作品タイトル不明
1035話 名無しの少女
「もう大丈夫だ」
「……」
後ろの茂みに声をかけると、さきほどの女の子が恐る恐る顔を出した。
ただ、こちらに来ない。
「大丈夫。怖い人は動けないようにしたから」
「……」
「怪我はしていないか?」
「……」
返事がない。
じっとこちらを見たまま、どこかぼーっとしている様子だ。
俺のことも警戒しているんだろうな。
でも、男達を叩きのめしたから、少しは信じていいかも? と迷っている様子。
さて、どうしよう?
こういう時は……
「これ、食べるか?」
「っ!?」
ポーチから保存食を取り出してみせると、女の子の顔色が変わった。
目をキラキラさせて、だらりとよだれを垂らす。
すごくわかりやすい反応だ。
ついつい苦笑してしまう。
ただ、お腹は減っているみたいだけど、それでもなかなか警戒心は解けないらしい。
迷っている様子で、何度も俺の顔と手に持つ保存食を交互に見ている。
「ほら」
「……あぅ……」
ややあって、女の子はゆっくりと歩いてきた。
びくびくとした様子ではあるものの、保存食を受け取る。
距離を取り、離れたところで食べ始めた。
臆病な小動物みたいだ。
ただ、彼女は奴隷商人に狙われていたわけで……
その背景を考えると、怯えてしまうのも無理はない気がした。
「ん……!」
保存食を口にすると、女の子は目をキラキラと輝かせた。
そのまま、口元が汚れてしまうような勢いで食べ始める。
保存食なので特に味がいいわけじゃない。
むしろ、味は微妙なのだけど……
それでも、女の子はとても嬉しそうだ。
「この子は……」
どれだけ劣悪な環境に置かれていたのだろう?
奴隷商人に改めて怒りが湧いてくるものの、我慢した。
さすがに、動けない相手をどうこうするわけにはいかないし、裁きは騎士団で受けさせるべきだ。
「……」
女の子は、あっという間に保存食を食べた。
恐る恐るこちらを見る。
その瞳には期待の色があり……
「まだ食べるか?」
「っ!」
追加の保存食を差し出すと、女の子はものすごく嬉しそうにした。
受け取る時は変わらずに警戒心がすごいけど、その後は、すごい勢いで食べていた。
その間、ちらちらとこちらを見ていた。
少し警戒心が解けているようだ。
なんでこんなことをしてくれるのだろう? と不思議に思っているらしい。
今なら、少しは話ができるかもしれない。
しゃがんで、目線を合わせて話しかける。
「美味しいか?」
「……」
女の子は無言で頷いた。
「よかった。たくさんあるから、慌てないで、ゆっくり食べていいから」
「っ!」
「ところで……自己紹介をしようか。俺は、レイン・シュラウド。冒険者だ」
「……」
「よかったら、キミの名前を教えてくれないか?」
「……」
返事はない。
というか、女の子は不思議そうに小首を傾げていた。
「……ない」
「え?」
「わから……ない」
ちゃんと喋ることはできるみたいだ。
というか……
わからない、ってどういうことだ?
喋ることはできるけど、自分の名前を理解できないなんて……
名前をつけてもらっていない?
いや……待て。
女の子の不憫な環境に目がいっていたせいで、今まで気づかなかったけど……
この魔力は覚えがある。
「魔族……なのか?」
様々な最強種と接してきたから、女の子が持つ魔力の波長が特定できた。
ライハやエーデルワイスとよく似てて、魔族のものであると推測できる。
推測できる、という曖昧な表現になってしまうのは理由があった。
魔族の魔力反応だけじゃない。
普通の人間の魔力反応も感じるのだ。
「もしかして……」
魔族と人間のハーフ……?