作品タイトル不明
第84話 バウマイスター定食?
「ブラント男爵殿、たまには外で気軽に昼食をとらないか?」
「なんだい? 急に改まって。いいんじゃないかな? ダクスター卿」
「モンジェラ伯爵やルックナー侯爵との食事は堅苦しいからなぁ。昼食はいつもの仲間で、安くて美味い店の方がいい」
「それは言えている。さて、ダクスター卿。どのお店にしましょうか?」
「やれやれ、なにがダクスター卿だ。面白くて美味しい新店があるといいんだけど」
職場の同僚たちに誘われたので、昼食は外でとることになった。
私は元々辺境に領地があるバウマイスター騎士爵家の生まれであったが、五男なので家督と領地を継げず、王都で役人となった人間だ。
もしブラント家に婿入りしていなかったら、今頃は貴族でなくなっていただろう。
安い給金……男爵になって出世しても、決して給金が高いとは言えなかったけど……で、毎日慎ましく暮らしていたはずだ。
それが男爵となり、職場でも出世を果たしたけど、人の生活パターンはそう変わるものではない。
こうして職場の同僚たちと一緒に、安いお店で昼食をとる方が気楽だし、慣れていた。
「弟の七光りの男爵だからね」
「私もそういう弟がほしいものだ」
「いや、あんな弟、そうは生まれないだろう」
今の私は、職務に邁進してその功績で男爵に陞爵したことになっている。
だが実際のところ、私が男爵になれたのは弟のおかげであった。
私の弟ヴェンデリンは魔法使い、それも現在ヘルムート王国の最終兵器と称されるアームストロング導師に匹敵するか、彼を上回る実力を持つと言われている。
これまでに多くの功績をあげており、零細騎士の八男から辺境伯へと大出世していた。
そのおかげで私も寄親であるモンジェラ伯爵や、このところルックナー侯爵の覚えがめでたく、定期的に食事を共にする機会が多かったのだけど、どんなご馳走でも緊張で味がわかりにくいのが難点だ。
それなら、職場の同僚、部下たちと一緒に庶民的な料理を食べた方がよほど美味しかった。
「バウマイスター辺境伯のおかげで、このところ安くて美味しいお店が増えたからね」
「昼食の選択肢が広がって嬉しいよ」
「我々からすれば、それこそがバウマイスター辺境伯最大の功績だな」
不思議な話だけど、ヴェルはあのバウマイスター騎士爵家で生活していたのに、なぜかとてもグルメで、自ら新しい調味料や料理を多数生み出し、王国のみならず、帝国にも普及させ、荒稼ぎしていた。
実はヴェルのおかげで、バウマイスター辺境伯が商売を任せている商会の税収が大幅に増え、こちらとしても多いに助かっていたのだ。
だがハッキリ言って、私の実家でもあるバウマイスター騎士爵家で美味しい料理なんて滅多に出てこないし、レパートリーも貧弱そのものだった。
十二歳で実家を出るまで外の世界を知らないヴェルが、どうやって様々な調味料や料理を生み出しているのか。
不思議でならなかったのだ。
「あの店はなんだ? えらく人が並んでいるが……」
「あそこは確か……」
レストランだったはずだけど、特に美味しいわけではなく以前は閑古鳥が鳴いていたはずだ。
それが突然行列店になっているということは……。
「新店みたいだな。しかし、どうしてこんなに人が並んでいるんだ?」
「とても美味しい料理が出るのでは?」
「試してみようか?」
「いいですね」
今日は仕事がそんなにないので、多少食事休憩が長引いても問題ない。
勝手に休憩時間を増やすと上司がいい顔をしないが、そうならないように事前に手は打ってある。
忙しい時にはやらないが、暇な時に上手くサボるのも、役人や勤め人の大切なスキルということで。
私たちは新店の前に並んだが、さてどんな料理が出てくるのか。
こういう楽しみがあるから、私は断然昼食は外食派であった。
お弁当を作ろうかと言うミリアムには悪いのだけど、子供たちのこともあるので、少しは負担を減らしてあげないと。
「お待たせしました、『バウマイスター定食』三人前です」
「……これは……(しかも、メニュー名が聞き捨てならない)」
「なんか、えらく質素だな。、そしてバウマイスターかぁ……」
「そうだな。しかも、メニューはこれだけだとか……」
「安いは安いが、並んで食べる価値があるのか?」
「味を見てからにしよう」
行列の長さの割に、意外と早く店内に入ることができた。
だがこのお店、メニューが一つしかないらしい。
やる気のなさそうなウェイトレスに人数だけ確認され、料理が最速で出てきたのはいいのだけど……。
メニューが『バウマイスター定食』なるものだけで、これは私の結婚以前の姓なんだけど、もしかして実家となにか関係が?
しかし、以前のバウマイスター騎士爵家に名物料理なんてなかったはず。
「(懐かしいなぁ……)」
だけど、この料理に見覚えがあった。
まだ実家であるバウマイスター騎士爵家に住んでいた頃、ほぼ毎日出された野菜クズの入ったお湯のようなスープと、固くて不味い黒パンのセットそのものだからだ。
同僚たちは法衣騎士かその子弟ばかりだけど、王都住まいなのでこんなに質素な料理は食べない。
だから、どうしてこんな料理で行列ができているのか首を傾げていた。
同様に私も、どうしてこの料理に行列ができるのか、不思議で堪らなかったのだ。
「もしかして、見た目に反してもの凄く美味しいとか?」
「いや、塩気がなさすぎてお湯みたいなんだけど……」
「黒パンも固いなぁ。スープに浸せば柔らかくなるけど、スープ自体が薄味すぎて不味い」
私も味見してみるが、実家で出された薄い塩味スープと固い黒パンそっくりだった。
具材の少なさもそっくりだ。
もしかして、バウマイスター定食って毎日実家で出されていた、あの料理の再現をしてるのだろうか?
「すみません」
「はい」
知りたいことだらけなので、私は他のテーブルで注文を取り終えたウェイトレスに声をかけた。
どうしてこの料理が人気なのかをだ。
「薄い塩のみで味付けされ、野菜クズと肉の破片しか入っていないスープと、とにかく固い黒パンは、バウマイスター辺境伯様が幼少の頃、実家でよく食べていた料理と聞いています。これを食べることで誰でも立身出世ができる、大変縁起のいい料理なのです」
「(そういうことか……)」
つまりこのお店に並んでいる客たちは、料理を楽しむためでなく、あえて子供の頃のヴェルと同じく質素な食事をとることで、同じように立身出世を果たしたい。
願掛けのためにこのお店を利用しているってことか。
「そう聞くと、この料理がありがたいものに感じるな」
「出世かぁ……」
「安いから、まあダメ元ってことで」
同僚たちの食べる手が早くなった。
彼らは法衣騎士で襲爵する可能性も低いし、この料理にお金を払ってしまった以上、楽しみながら完食した方がいいと思ったのだろう。
「(それにしても……)」
料理が料理なので材料費がとても安く、この値段でも利益は大きそうだ。
あと、この値段ならもし立身出世しなくても、文句を言いにくいというのがあるのか……。
神殿で貰えるお札よりも安いのだから。
「(そして、リピーターは期待できそうにないな)しかし、誰がこんな商売を……」
バウマイスター騎士爵家で出されていた食事の貧相さを直接知っている人は少ないが、貧しい地方の零細貴族家の普段の食事は案外こんなものなので、想像で出すということも可能か……。
「(もしやヴェルが、新しい商売としてやっているのかな?)」
不思議なことに、節約して金を貯めることばかり考えていた父やクルト兄と血が繋がっているとは思えないけど、ヴェルは商売にも明るい。
もし貴族になっていなかったら、商人になって荒稼ぎしていただろう。
そんなヴェルだから、こんな突拍子もない商売を始めても不思議ではないのだけど、さすがにこれはどうかと思う。
「(今度会った時に注意しないと)」
バウマイスター騎士爵家が貧しかったのは事実だけど、腐っても貴族だ。
こういうお金の稼ぎ方はよくないし、今上手くいっているからこそ、隙を見せて足を引っ張られることがあってはならないのだから。
「ブラント男爵殿、味はどうだい?」
「昔を思い出すから、二度は食べたくないなぁ」
「単純に美味しくないからな。もしバウマイスター辺境伯のように立身出世できたら儲けものだ」
「ここに薄いスープと固い黒パンを食べに来る客は多いので、全員が立身出世できるわけがない。それでもこの値段だから文句も言いにくいか」
「リピーターは期待できないから、短期間の商売なんじゃないのかな?」
同僚の言うとおり、この料理に二度もお金を払いたくないのは事実だ。
実家を出てからは色々と美味しい物も食べるようになっていたため、ますます不味く感じてしまう。
それでも完食できるのは、私がバウマイスター騎士爵家の出身だからなんだろうけど。
なににせよ、今日のお店は完全にハズレだな。
こんな日もあるのが、外食の流儀ということで。
これだけだとお腹がすくから、帰りにパンでも買って職場に戻ろうかな。
「えっ? 俺はそんなお店をやっていませんよ」
「そうなのかい? 商売のやり方が巧みというか、よく考えられていたから、ヴェルがやらせたんだと思っていた」
「やりませんよ、そんな飲食店。だって不味いんでしょう?」
「美味しくなかったね」
「そんな方法で一時的にに客を集めても、リピーターがいなければ店は長く続きませんよ。なにより不味い食べ物を出すなんて、飲食業失格です」
「確かに、ヴェルは不味い料理が嫌いだったね。あんなお店をやるわけがないか。だとすると誰が?」
「そこが謎ですね」
王都に用事があったので『瞬間移動』でやってきたついでに、エーリッヒ兄さんの屋敷を尋ねた。
彼は財務閥貴族期待の若手で、ルックナー侯爵のお気に入りでもある。
バウマイスター辺境伯領、ガトル大陸と。
開発案件が多数あって王国からの補助金も入っている関係で、定期的に打ち合わせをする必要があったからだ。
俺個人としてはエーリッヒ兄さんが一番気の合う兄弟なので、個人的に会いに行くのが一番の目的なのだけど。
今日もエーリッヒ兄さんの屋敷でお茶を飲みながら話をしていたところ、珍しく注意されてしまった。
なんでも、バウマイスター騎士爵家で毎日出ていた薄い塩味のスープと固い黒パンを出すお店がオープンしており、そこの売りが『これを食べると、バウマイスター辺境伯のように出世する』だそうで、不味い料理なのに毎日大行列ができているらしき。
どうやらエーリッヒ兄さんは、そのお店を俺が経営していると思ったようだ。
「(確かに、現代人風な商売のやり方だよなぁ)」
料理なんて美味しくなくても、飲食店を繁盛させることはできる。
だけど俺は、不味い料理なんか死んでも売りたくなかった。
むしろ、不味い料理なんて滅べと思っているのだから。
現に今のバウマイスター騎士爵家では、あのクソ不味いお湯のようなクズ野菜スープと歯が欠けそうなほど固い黒パンは滅んでいた。
あんな食事が二度と出ないように、ヘルマン兄さんが当主となったバウマイスター騎士爵家領の開発を手助けしているのだから。
「ヴェルに心当たりはあるのかい?」
「もしかしたら、バウマイスター騎士爵領出身だったりして」
バウマイスター騎士爵領の領民たちは、昔の実家の食事が質素なのを知っていたからだ。
だから領地が成立して以来、領民たちの反乱や一揆は起こったことがなかった。
「もう一つの可能性としては、ヴェルが誰かに話したことなんだけど、心当たりはあるかな?」
「ないですね」
エリーゼたちは知っているけど、このお店のオーナーではない。
貴族なので定期的に呼ばれるパーティやお茶会で、俺がバウマイスター騎士爵家時代の飯が貧相だった話をしたことがなかった。
なぜなら、俺はバウマイスター辺境伯だからだ。
昔の貧しい自慢なんて貴族たちにしても、理解が及ばないというか、貴族が貧しかった話なんてしても、共感と好感度も得られない。
むしろ、他の貴族たちに弱みを見せることになってしまうのだから。
「となると、ふとこのアイデアを思いついた普通の商売人か、バウマイスター騎士爵領の出身者ってことかな?」
「聞いてみればわかりますよ」
俺とエーリッヒ兄さんは急ぎそのお店へと移動した。
お店は休憩中だったが、やる気のなさそうなウェイトレスに来訪の目的を告げると、すぐに店主兼オーナーを呼んでくれた。
オーナーは、まだ二十歳前に見える若者だった。
「ヴェンデリン様、エーリッヒ様。お久しぶりです」
「お前はリグントか!」
「はい、エーリッヒ様」
「……」
エーリッヒ兄さんは、お店のオーナー兼店主のことを知っていた。
ということは、俺の予想が当たって彼はバウマイスター騎士爵領出身ということか。
ちなみに俺は領内ではずっとボッチだったので、彼の名前と顔をまったく知らなかった。
「 バウマイスター定食は、リグントが考えたのか?」
「はい、飲食店をやりたくて王都に出てきたのはいいんですけど、ライバルが多いので、注目を集めるメニューを考えようと思いまして」
「しかしまぁ、よくぞあそこまで再現したものだ」
「俺の婆様が、バウマイスター騎士爵家でメイドをしていましたからね。料理については聞いていましたよ。子供の頃に美味しい物が食べたいって言うと、『贅沢抜かすな! お館様のところでも普段はこんな食事なんだ!』って怒られていまして」
「ううむ……」
バウマイスター定食は実家の恥とはいえ、嘘ではない。
俺にあやかりたいというポジティブな謡い文句のメニューであるし、エーリッヒ兄さんはすでにバウマイスター騎士爵家の人間ではない。
しかも始めたのがバウマイスター騎士爵領出身の人間ということで、文句を言いにくくなってしまったようだ。
「ヴェルはどう思う?」
「別にいいんじゃないですか。だって、長く続けられないし」
「確かに、リピーターは来にくいだろうけど」
バウマイスター定食は全然美味しくないので、俺にあやかりたい人たちが一回食べたらもう終わりだ。
じきにお客さんが減っていく運命なのだ。
「それよりも、客が減っても過去の売り上げが忘れられず、そのままバウマイスター定食を続けてお店を潰すのではないかと心配している」
人間は、過去の成功体験を忘れられない。
だからそれが駄目になってもやめられず、ついには駄目になってしまうのだ。
「リグントは、そこのところをどう考えているんだ?」
「バウマイスター定食は、王都に次々と生まれは消えてていく飲食店を上手く続けるために、まずはこのお店を覚えてもらうためのメニューです。お客さんが減った時に備えて、後継メニューの準備も進めていますよ」
「それならいいんだ。エーリッヒ兄さん、じきにこのメニューは終わるから腹を立てても仕方がないですよ」
どうやらリグントは、かなりのアイデアマンのようだ。
「バウマイスター騎士爵家に残ってくれたらよかったのに」
「王都で成功したかったんです」
「それは避け得ないか」
いくら順調に発展しているとはいえ、バウマイスター騎士爵領は田舎だ。
若者が華やかな王都に出たいと思う感情を止めることはできない。
「リグントは長男じゃないんだろう?」
「はい、家と畑は兄貴が継ぐから、俺はこうして上京できたわけです。あっ、バウマイスター定食、いかがですか? 無料でお出ししますけど」
「「いらない」」
俺もエーリッヒ兄さんも、アレを食べずに済むように頑張ったのだ。
今さら、お湯のような塩スープと、歯が欠けそうな黒パンなんて食べたくなかった。
「もう食べ飽きていますか」
「そういう問題じゃなくて……。バウマイスター定食が終売になって普通の料理が出るようになったら来るよ」
俺は、魔法の修業を始めると夕食をキャンセルすることも多かったけど、エーリッヒ兄さんはバウマイスター騎士爵領にいた頃は、毎日食べていたのでもういらないのだと思う。
ノスタルジーな気持ちすら抱かせてくれない料理だったからなぁ……。
「俺もそうする」
俺は、このアイデアで荒稼ぎしたリグントが、バウマイスター定食の次にどんな料理を出すのか気になったので、必ず再訪すると宣言した。
「その時は、無料で提供させていただきますので」
それにしても、よくぞ考えたものだ。
そんなリグントだが、後日、やはりバウマイスター定食を注文する客が減ったので、普通の定食を出すお店になっていた。
美味しいし、このところ拡張している役場に勤める人たちのニーズに応えた料理を出すことで繁盛したので、リグントには才能があったのだろう。
後日、リグントが経営する食堂の通常メニューを食べようと、お昼にエーリッヒ兄さんと待ち合わせて行ったのだが……。
「あっ、バウマイスター辺境伯様、エーリッヒ様。今日は特別日の『バウマイスター定食デー』なんですけど、食べます?」
「「いらない……」」
「ですよねぇ。限定にしたら、バウマイスター定食もまだイケるみたいです」
なお、注文する人が減って定番メニューから外されたバウマイスター定食であったが、注文したい人は少なくないようで、定期的にバウマイスター定食デーなる日を作って大勢の客を集めていた。
理屈は理解できるのだけど、あのお湯のような塩スープと歯が欠けるほど固い黒パンを食べるのは二度とゴメンなので、エーリッヒ兄さんとは別のお店に向かうのであった。
なにより、それを食べたからって出世できる保証はない……それを言っても意味はないのか。