軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 飲みニケーション(後編)

「本日も、ご来店ありがとうございます。あら、そちらのお方はもしかして?」

「そう、王都で色々と評判になっているバウマイスター辺境伯だよ。今日はたまたま付き合ってくれることになってな」

「バウマイスター辺境伯様がいらっしゃるなんて、みんな喜びますわ。お席にご案内しますね」

前世で一度だけ、さすがに銀座ではないが、高級クラブなるものに行ったことがある。

勿論会社の接待でだ。

エドガー侯爵たち筋肉ダルマ集団に連れて行かれたのは、まさしくそんな雰囲気のお店だった。

歓楽街の真ん中に位置し、建物も内装も調度品も豪華。

薄暗い店内に点在するテーブル席では、お金持ちそうな大貴族、大商人が、ドレス姿の若い女性と話をしながら高価そうなお酒を飲んでいた。

現代日本の高級クラブそのものだが、果たして『おいくらなんだ?』と考えてしまうのは、俺がいまだに前世を引きずって貧乏性だからだろう。

出迎えてくれたママらしき女性は、上品さの中に色気も併せ持つもの凄い美人で、年齢は……いくつなんだろう?

見た目は三十代前半くらいに見えるけど、多分もっと年齢は上のはずだ。

いわゆる美魔女ってやつだな。

「この店は会員制で、一見さんは会員と一緒じゃないと入店できないんだぜ。嬉しいだろう?」

「ええ……」

まさかあまり嬉しくないとは言えないので、エドガー侯爵の質問に合わせて答えておく。

『会員になるのにどれだけ会費を払うんだろう?』とか考えてしまうのは、やはり俺が貧乏性だからだ。

筋肉ダルマ集団はいくつかのテーブル席に分かれて座り、俺はエドガー侯爵、アームストロング軍務卿、そして……。

「兄上、遅れてすまないのである!」

なんと四人目は、遅れてやってきた導師だったのだ。

俺以外全員筋肉ダルマなので、導師がこの集まりに参加しても不自然ではないけど。

「今から始めるところだから全然問題ないぞ」

「また王城でバカな貴族がいたので、ちょっと締めてきたのである!」

いつもどおりではあるのだけど、一応王宮筆頭魔導士なんだから、『締める』とかヤンキーみたいなことを言わないでほしいと俺は思った。

「ガンプケ伯爵だろう? あいつにつける薬はないな。陛下も迷惑していたし、たまにはいいだろう」

そしてそれを注意するでなく、むしろ容認してしまうアームストロング軍務卿。

真面目で普通な俺からすると、もうちょっと他のやり方はないのかと思ってしまうのだ。

「まったくである! おや、バウマイスター辺境伯がこんなところにいるとは珍しいのである」

「どうも……」

見つかってほしくない人と会ってしまった。

もし導師がエリーゼに、俺がこういうお店にいたと漏らしたら、途端にピンチに陥ってしまうからだ。

俺にやましいところはないが、『李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず』。

疑われることはしないに限るのだから。

そんな風に考えていたら、導師が俺に対し言葉を続けた。

「バウマイスター辺境伯、このお店は紳士の社交の場である! エリーゼに叱られることはないのである!」

「その辺の下品なお店じゃないからな」

「みんな大人しく飲んで話しているだろう? ここはそういうお店で、ルールを守れない奴は王族でも出入り禁止にされるんだぜ。今も出入り禁止になった大貴族や王族がいる」

アームストロング軍務卿とエドガー侯爵も言葉を続け、俺も安心なのはいいとして……それよりも、早く終わって屋敷に帰りたいと思っていた。

前世の頃からそうだけど、俺はこういうお店で綺麗に着飾った女性とお酒を飲んでも楽しくなかったからだ。

「確かに、高級そうなお店ですね」

ふと思った。

もし俺がバウマイスター騎士爵家にいたままだったら、死ぬまで縁がなかったはずだと。

「みんな自己紹介してね」

「マーサです」

「ミリアです」

「アンジーです」

「イヴァンカです」

美魔女のママが、四人のドレス姿で綺麗に着飾った女性たち……ホステス、キャスト、社交さんとは言わないを連れて来た。

さすがこの高級店で採用されるだけあって、全員が美人だ。

自己紹介を終えた四人は俺たちの隣に座り、グラスにお酒を注いでくれた。

「しかし、バウマイスター辺境伯がここが初めてとは意外だな」

「そうですか? 俺はこの手のお店にあまり行かないので」

「バウマイスター辺境伯ともなれば、誰か……たとえばルックナー侯爵あたりが連れて来ていると思ってたんだ」

「あの人、こんなに高そうなお店を利用するんですか?」

財務閥の貴族だからというのもあるが、あの人は根本的にケチだと思うので、こんなに高そうなお店には来ないと思っていた。

なお、俺も貧乏性が抜けきらないケチだけど。

「いや、貴族としての付き合いがあるからさ」

「ルックナー侯爵がケチだという意見には同意だが、大貴族には必要経費ってのがあるんだ」

政治家が、銀座の高級クラブに通うようなものか。

というか、ここいくらぐらいなんだろう?

それが気になってしまい、高級そうなお酒の味がわからない……まあ俺は、お酒に関してはバカ舌だけど。

猿酒、ミズホ酒、ラム酒など。

各地の珍しいお酒の販売や、領内の酒造業の基盤整理には積極的だけど、自分ではあまりお酒を飲まないという。

「今回は、王国軍の経費だから心配するな」

「はあ……」

『それっていいのかな?』と考えつつ、高い飲み代を支払わずに済んで安堵する俺は、間違いなく小市民だと思う。

「ところで、このところ景気はどうだ?」

アームストロング軍務卿が、隣でお酒を注いでくれる女性に尋ねた。

「苦戦しています」

「そうなのか? 客は普段どおりいるみたいだが」

「現在王都は好景気なので、歓楽街の売り上げは大幅に上がっています。それなのに、このお店の売り上げはほとんど増えていませんから」

まだ若いのに、アームストロング軍務卿が尋ねてきた経済に関する質問に淀みなく答えるアンジーさんという女性キャストさん。

このお店は、ただ綺麗なだけでは務まらないのか。

商人や貴族と話を合わせられ、質問されたらすぐに答えられる頭脳と教養もなければ、採用してもらえないのか。

「(このお店の女性の中には、貴族の側室になる者も定期的にいるんだ。ただ綺麗なだけでは働けないのさ)」

小声でエドガー侯爵が、このお店のキャストさんについて教えてくれた。

「ママは、売り上げが下がっていないのであれば問題ないっておっしゃっていますけど」

「ここは歴史が長いからな。過去に様々なピンチを乗り越えて続いている。売り上げが上がらないくらいはピンチでもないか」

「景気というのは上がったり下がったりしますし、好調な歓楽街のお店も一過性のブームで終わる可能性だってあるじゃないですか」

「歓楽街が寂れると景気が悪くなるから、このまま続いてほしいものである!」

導師の言葉に、全員が賛同の表情を浮かべた。

「ただこのお店って、会員制で客が限定されてしまうので、短期で売り上げをあげるのは難しいと思います。その代わり、景気が悪くなってもさほど売り上げは落ちないで安定はしているはず」

「バウマイスター辺境伯は、そういうのに詳しいよな」

「まあ、これも領地のためですよ」

飲食店や食材、料理の普及は自分が好きでやっているのもあるけど、前世の知識を生かして新しい商売をやるのは、新興貴族家であるバウマイスター辺境伯家の力を増やすためだ。

それも、上手くいくと楽しいのでゲーム感覚ではあるのだけど。

「バウマイスター辺境伯領って、発展著しいってお客さんからも聞きますよ。ガトル大陸産の猿酒の長期熟成品でしたら、このお店で飲むこともできますよ。ママが仕入れたんです」

「なにもないから、なんでもやれば勝手に数字が出るだけさ。猿酒をすぐメニューにするなんてさすがだ」

私のグラスにお酒を注いでくれたアンジーと話すが、ただ綺麗なだけでなく頭がいい娘なんだってすぐにわかった。

残念なことに、うちにはエリーゼやテレーゼ、イーナがいるから特に新鮮さもないけど。

お話するにはとてもいい子だな。

「そうだ、バウマイスター辺境伯。このお店の売り上げが上がるいい方法はないのか?」

「どうかなぁ……」

突然エドガー侯爵がそう尋ねてきた。

売り上げだけを上げるのであればいくらでも方法はあるけど、ここはお客さんを選ぶ会員制の超高級クラブなので、色々と制約があるのだ。

「バウマイスター辺境伯様のアイデアを聞いてみたいです」

「言うだけならまあ……。定期的に衣装を変えればいいんじゃないかな?」

「それはママも検討したんですけど、他の歓楽街のお店で派手にやっていますから」

「……(あっ!)」

実はそれ、俺がアルテリオの知り合いの商人から相談を受けたから、キャンディーさんに色々な衣装を作らせ、夜のお店に卸したんだった。

セーラー服、ナース服、ミニスカメイド服、俺が好きなアニメキャラの服などがあり、『よく意味がわからないけど、なんかいい!』と多くの夜のお店で普及しているとか。

まだ過度期だし歓楽街のお店なので規制はないけど、神官服は教会に怒られるからなかった。

俺もホーエンハイム枢機卿に叱られそうだから、神官服は作らせなかったな。

もはや俺の手を離れて、勝手にやってることだから忘れていた。

「ただ真似するのは駄目だけど、ちゃんとしたミズホ服を仕入れて、しっかりと着付けてもらえばいいんじゃない? あと、ミズホ服を着た時の歩き方とか、所作も習わないと綺麗に見えない。ミズホ人の専門家に研修を受ける必要もあるだろう。経費はかかるけど。決められた日はキャストさん全員がミズホ服で接客するとか、このお店らしい高級感を出せばいい。会員といっても頻繁に来る人は少ないから、来店契機にはなるんじゃないかな?」

「さすがはバウマイスター辺境伯様です。素晴らしいアイデアですね」

アンジーがえらく感動しているけど、お世辞の類だろう。

このくらいなら誰でも思いつくから。

確かにこのお店は落ち着いてキャストさんとお酒を飲むだけであり、これまでのように向こうからグイグイくる女性がいないのはありがたかった。

さすがは、超高級店というわけか。

「(えっ! そんなに高いの!)」

超高級店の宿命なのだろう。

自分で払うわけではないのに、お代を聞いて飛び上がらんばかりに驚いてしまった。

その金額があれば、美味しい物がどれだけ食べられるか……。

と考えてしまう俺は、やはり夜のお店に合っていないのだと思う。

二時間ほど飲んでから俺はエドガー侯爵たちと別れ、『瞬間移動』で屋敷に戻った。

「(まあ、一回くらいならいいか)」

夜の高級なお店を経験するのは。

そんな風に思いながら、エリーゼや子供たちに王都のお土産を渡してから数ヵ月後。

俺の元に、予想すらしていなかった贈り物が届いてしまった。

「おっ! 『エクセレント』の会員証じゃないか。さすがは辺境伯様だ」

たまたま屋敷を訪れていたブランタークさんは、それがあの超高級クラブの会員証であることにすぐに気がついた。

「エクセレントの会員証だが、会員に何回も連れて行ってもらってから、申し込みをしないといけないんだぜ。いつの間に、そんなに通っていたんだ?」

「いえ、エドガー侯爵とアームストロング軍務卿に一回だけ連れて行ってもらっただけですよ。俺は会員の申し込みすらしていないです」

だって、一回行けば十分だなって思っていたから。

あそこに一回行くお金で数十回、下手をしたら数百回も外食できると考えてしまう俺は、やはり貧乏性だと思う。

「じゃあ、どうして会員になれたんだ?」

「それはである!」

「「導師!」」

とそこに、たまたまだと思うが、導師が姿を見せた。

またバウマイスター辺境伯領に遊びに来たのか。

導師の部下って大変そうだな。

「この前、バウマイスター辺境伯が提案した、キャストにミズホ服で接客させる案。ママが実行して、客が増えたそうである! 会員になれたのはそのお礼であろう」

「あれ、採用したんだ」

「なかなかの人気だそうである!」

歓楽街の他のお店のようなコスプレ風でなく、高級なミズホ服の入手から、着付け、所作、マナーの教育のためにミズホ人キャストを雇い入れ。その結果エクセレントのミズホ服デーは、普段の数倍の客入りになったと導師が教えてくれた。

「某は気にせぬが、大貴族や大商人の中には、他のそういうお店に行きにくい者も多いのである!」

そこで、エクセレントのミズホ服デーというわけか。

しかし、歴史と伝統のあるお店なのに、よく俺の提案なんて受け入れたものだ。

「エクセレントの会員であるが、年会費などはないのである! その代わり、なかなか会員になれぬのである!」

年会費無料という言葉に安堵する俺は、やはり貧乏性だと思う。

俺が今度エクセレントに行くか不明だが、せっかくのご厚意なので受け取っておこう。

俺は魔法の袋のエクセレントの会員証を仕舞い、これで一件落着……とはならなかった。

「お館様、エクセレントってどんなところなんですか? もし行かれるのであれば、俺がお供を……」

「お館様、褒美でしたらエクセレントに連れて行ってほしいです!」

「エクセレントの会員になれるなんて、さすがはお館様だ。エクセレントに行かれる時のお供はこの私に!」

「……」

俺がエクセレントの会員証を持っていることが広がると、重臣たちがお供しますとうるさくなった。

彼らは王都の大貴族の子弟が多いので、選ばれた人しか会員になれないエクセレントに大きな憧れがあるのだと思う。

そしてエルも……。

「ヴェル、金は出すからエクセレントに連れて行ってくれよ。凄いところなんだろう?」

「……」

俺に言わせれば、ただ綺麗なお姉さんとお酒を飲むお店なんだけど。

結局一度重臣たちを連れて行く羽目になってしまったが、これも大貴族の必要経費ってことなのだろうか?