作品タイトル不明
第9話 ゴブリン討伐
集落の奥にある穴からは次々とゴブリンが出てきていた。その数は冒険者やエルフたちが倒している数よりもはるかに多く、このままの勢いで増え続ければ弱いゴブリンとは言えどいつか押し潰されてしまうのではないかと思わせるほどだった。
「表に出てるのは防衛拠点で、本隊は奥の洞窟って訳か。しかし話には聞いていたが、本当にゴブリンって拠点を築くんだな。ダンジョンだとそんなことはしねえんだが」
普段行っているダンジョン内部とダンジョン外のゴブリンの違いを改めてアレンが確認する。
実際、ダンジョン攻略が冒険者の基本的な仕事であり、地上でモンスターに遭遇する事もそこまで多くないライラックを拠点に活動してきたアレンにとって、ゴブリンが拠点を作っているところを見ることなど初めてだった。
冒険者歴の長いアレンではあるがライラックでずっと活動していたため、その知識はダンジョン内部の事に偏っていた。言うなればダンジョン探索に特化した冒険者である。
ギルドの資料室ではもちろん見た事があるし、冒険者の知り合いから話を聞いたりは当然していたが、知っているのと実際に見るのとでは大きく違っていた。
「しかし滅茶苦茶多いな。どれだけいるんだ……んっ?」
減ることなく洞窟から出てくるゴブリンの数に若干呆れながら、頭の中の知識と実際の光景を結び付けていたアレンだったが、その途中でおかしなことに気づく。
出てくるゴブリンたちが持っている武器についてだ。そのゴブリンたちは朝にアレンを襲ってきたゴブリンが持っていたような木の槍ではなく棍棒を持っていた。アレンにとってとても見覚えのある形をした棍棒を。
「いや、あれダンジョンなんじゃねえか? っていうかこれスタンピードか!」
その推測が本当であれば、普通に考えれば最悪と言っても良い事態であるのにもかかわらず、アレンは驚きつつも少しだけ顔に喜色を浮かべていた。
冒険者とエルフの争いに関われば面倒事に巻き込まれるのは確実だ。しかもゴブリンが襲ってくる状況でさえ殺し合いをしようとしているくらいなので、何らかの事情があるのは確実で簡単に解決できるようなものである可能性は低い。
通りがかりで時間がなく、旅に影響が出ないようにとやって来ただけの自分が関わるべきではない。それにそちらは放置しても旅に関わってくる可能性は低いが、スタンピードを放置すれば旅どころか、ふもとの村まで影響が出るのは確実。
「どっちを優先するかは明白だよな。うんうん」
ただ単に面倒事に関わりたくないだけなのだが、ある程度自分を納得させるだけの理由を考えついたアレンはひょいっと木から飛び降りてゴブリンが出てきている穴へと向かって迷いなく駆け出した。
スタンピードに対応している間に、冒険者とエルフの決着がついてどっかに行ってくれていれば良いんだけどな、という願いを胸の内に秘めながら。
ゴブリンの拠点の粗末な柵を飛び越え、そして出てきたゴブリンを殴り飛ばしながらその穴の中へとアレンは入っていく。
頭の片隅で可能性としてはただの洞窟を使ったゴブリンの巣穴かもしれないと考えていたアレンだったが、入ってすぐに視界が明るくなり、そして果樹園のように拳大の赤い実のついた木々が一面に生えている光景に即座にその考えを捨てた。
「おーおー。こりゃ食料も豊富そうだし増えるよな。あれっ、でもダンジョン内で自然繁殖はしないはずだし意味がねえのか?」
木々の間を埋め尽くすように広がっているゴブリンの集団の目の前で、そんなことを言いながらアレンが首を傾げる。その異常な数は脅威だとアレンにもわかっていたが、不思議と危険という感じはしなかった。
突然姿を現した侵入者に一瞬動きが止まったゴブリンたちだったが、相手はただ1人。押しつぶしてしまえば問題ないとでも考えたのかすぐさまアレンに襲い掛かる。
まるで津波のように一斉に襲い掛かってくるゴブリンの姿をゆっくりと眺めながら、アレンはどうやって倒そうかと考えていた。
基本的にアレンとして戦う時は剣と威力を抑えた初級魔法までという制限をアレンはつけている。そしてネラとして人前で戦う時はステッキと中級以上の魔法、特に氷や風系列の魔法を中心に使用していた。
しかし今回はそのどちらでもない。人に見られるつもりはないが万が一の事もある。
仮面をかぶっているという点だけでもネラと同一人物だと思われる可能性があるため、アレンが行くところにネラが出るという事態にはしたくないアレンはネラとまるっきり戦い方を変えた方が良いと考えた。
「よし」
アレンは襲ってきたゴブリンたちを弾き飛ばすと、近くに生えていた一抱えはありそうな果実のついた木を掴み、力任せに引っ張った。根が切れるぶちぶちという音を立てながらその木が地面から引き抜かれていく。
そしてその音が途切れ、引き抜き終わった木を軽々と持っていたアレンが、それをぶん、と勢いよく振る。10メートルを優に超えた木を振っているとは思えないほどの速度で振られた勢いに耐え切れなかった赤い実がいくつか飛んでいき、その光景を唖然としながら見ていたゴブリンの頭にごんっ、と当たった。
「うーん、やっぱバランスが悪いな。まあやっていくうちに慣れるか」
そう呟いたアレンがその木を振り上げる。そして目の前のゴブリンの集団に向かって思いっきり叩きつけた。
その速度に反応すらできず、多くのゴブリンは潰される一方で、木の先の細い枝部分などがメキッという音を立てながら折れていく。
あまりに常識外のその光景にシンと一瞬静まりかえったが、すぐに狂ったような声をあげながらゴブリンたちがアレンに襲いかかり始める。
このままでは自分たちも同じ末路だ、それをモンスターとしての本能が伝えていた。
「さて、ゴブリン退治の時間だ。悪いが外に出られると困るし、俺も時間がねえからさっさと潰させてもらうぞ」
そんな事を宣言して、アレンは木を振り回してゴブリンと戦い始める。
いや、それは戦いと呼べるのかどうかさえわからないような一方的な蹂躙劇だった。
アレンの振り回す木は一振りで10体以上のゴブリンを屠るのに比べ、ゴブリンの攻撃は一度としてアレンに届いていないのだから。
潰された時に飛ぶ緑の血が攻撃に含まれていなければ、という前提ではあるが。
「うーん、いっこうに減らねえな。よし、とりあえずもう一本増やしてっと……」
アレンが近くに生えていた木を引き抜いて2本の木を振り回し始める。片手で木を扱うため、今までよりも大雑把な狙いになってしまい一度に倒せる数は減ってしまったが、2本に増えたことによりその殲滅速度が多少上がる。
しかし明らかにゴブリンの数に対して足りているとは言えなかった。
「うーん、このままだと朝までに間に合わねえな。仕方ねえ。いっちょやってやるか」
ぶおん、と音が鳴るほどに大振りにアレンが木を振り回してゴブリンを吹き飛ばすと、殲滅してゴブリンのいなくなった入り口方向へと大きく跳ぶ。
そしてニヤリと笑いながら手を上げた。
「クラッグプレス」
アレンが唱えたクラッグプレスは上級の土魔法だ。その声に呼応するかのようにアレンの目の前にごつごつとした一面を覆いつくすかのような岩の壁がそそり立つ。
予想以上に大きな岩の壁に驚き固まるアレンをよそに、それはゆっくりした速度でゴブリンたちのいる前方へと傾いていった。
そのまま岩の壁が生えている木もろともゴブリンを押しつぶすことは明白だったのだが……
「やべっ、やりすぎたかも。これって俺まで……」
そこまで言ってアレンの言葉が強制的に止まる。巨大な岩の壁が倒れた余波の衝撃によってアレン自身が吹き飛ばされていたからだ。
逃げる時間はないと瞬時に判断したアレンは、最低限身を守るようには動いていたので怪我などを負うようなことはなかった。しかし地面をゴロゴロと転がったその姿はひどいものだった。
元々コートについていたゴブリンの緑の血に、土の茶色と木の葉などがくっつきまるで茂みが動いているようなもっさりとした姿になっていたのだ。
仮面をつけているため視界が狭く、自分の姿があまり見えないアレンは動きにくいとは思えど、そこまでひどいことになっているとは気づいていなかったが。
口に入った土を吐き出し、アレンが立ち上がり周囲を見回す。
その視界に映ったのは見渡す限りごつごつとした岩が転がり、折れた木々がその所々から姿を現す先ほどまでとは一変した風景だった。さんざんいたはずのゴブリンの姿も全く見えず、そして追加で現れる様子もなかった。
「あー、やっぱぶっつけ本番で上級魔法なんて使うんじゃなかったな。とは言え下手なところじゃ訓練さえできねえんだけどよ。まあ良いや。とりあえずスタンピードっぽいのは終わったし帰るか」
こきこきと首を鳴らし、大きく息を吐くとアレンは入り口に向かって歩き始めた。一応何かあったときに対処できるように2本の木を引きずりながら。
そしてアレンがダンジョンから外へと出ると、冒険者らしき者たちとエルフとの壮絶な殺し合いが目の前で起きていた。
なんでこっちにやって来てんだよ、と不平を心の中でぼやきつつも、自分がゴブリンを倒したから戦いの場が移動したんだろうな、ともアレンは冷静に予想していた。
突然ダンジョンから出てきたアレンの姿に、殺し合いをしていた両者の動きが止まる。
冒険者らしき者たちの殺気が自分へ向けられ、ほどなく攻撃されるだろうことを察したアレンが、手に持っていた木を冒険者に向かってぶん投げた。
まるでボールのように木によって跳ね飛ばされていく冒険者らしき者たちだったが、怪我は負えど死ぬような者はいなかった。絶妙な力加減が出来た事にアレンが満足そうにうなずく。
そしてアレンはもう片方のエルフのほうへと振り返った。
そして、片膝をついて頭を下げるという、まるでアレンを崇めるような姿勢をとるエルフたちの姿を見て、思わず固まったのだった。