作品タイトル不明
第7話 カミアノール
剣先を下げたアレンを見て、おやっという顔をエルフの男はしたが、手を上げた姿勢のまま動こうとはしなかった。軽く目だけを動かしながらアレンの様子を眺め、そしてその奥の木に刺さっている矢を男が見つける。
エルフの男がそんなことをしている間に、アレンはこれからどうすれば一番良いかと頭を巡らせていた。
エルフの多くが住むのは、ライラックのあるエリアルド王国の南西にあるヴェルダナムカ大樹林だ。
アレンの今いるドゥル山脈とも繋がっており、ライラックのような普通の人の街ではまずお目にかかれないような巨大な樹木が林立する奥地に多くのエルフたちが住む都があり、多くのエルフはその都で生まれ、そして一生をそこで過ごす。
だから外に出るエルフというのは相当な変わり者、というのがアレンが以前聞いたエルフについての知識だった。
エルフの男の目の動きが止まったことを察したアレンが、考えを止めて口を開く。
「あんたは冒険者か? それとも普通のエルフか?」
「ほう。エルフの知り合いがいるのか?」
すこし目を見開いて驚きをあらわにするエルフの男を見ながら、アレンは努めて表情を動かさないようにしていた。エルフの年齢ほど見た目があてにならない物はないと知っているからだ。実際過去に一度アレンは失敗した経験が生きたとも言える。
「感情を見せるようなエルフは、あんまり信用しない方が良いね。それが武器として有効だと知っているってことだから。まあたまに素の人もいるけど判断は難しいな」
仏頂面を全く崩さないままそんなアドバイスをくれたかつての知り合いのことを思い出しつつアレンは目の前のエルフの反応を窺う。
先ほどのアレンが聞いた言葉も、その知り合いにエルフに会ったらまず聞いてみろと言われた言葉だった。
「俺は 冒険者(・・・) だ。ふふっ、このやり取りも久しぶりだな。最近では滅多に知る者などいなくなったのに。こんなお節介を焼くのはリサナノーラ辺りか」
知り合いのエルフの名前を当てられ、アレンの頬がほんの少し、ピクリと動く。それを見たエルフの男がニヤリとした笑みを浮かべるのを確認し、内心、失敗したなと思いつつアレンは下げていた剣を鞘へと納めた。
冒険者である、と答えたのなら、少なくとも今は敵対する意図はないという意味だと教えてくれたリサナノーラに心の中でアレンは感謝と共に謝罪する。故意ではないにしても名前を察せられてしまったことについて。
「さて我が同胞たるリーラの友人に、自己紹介と改めて謝罪をしたいのだが手は下ろしても大丈夫か?」
「ああ」
アレンの返事を予想していたかのように、返事とほぼ同時に手を下ろし、そして軽く振って様子を確かめたその男が、魅了されてしまいそうなにこやかな笑みを浮かべてアレンを見つめる。
「私の名はカミアノール。『流れ雲』のカールの方が通りは良いかもしれないが、ミスリル級の冒険者だ」
首にかかっていた銀に輝く金属製のチェーンを引っ張り、その先端についていた革製の入れ物に入った冒険者証をカミアノールがアレンに示す。
ギルド証には確かに先ほどカミアノールが言った言葉どおりの事が記載されており、そのギルド証の素材も、アレンがネラとして持っているミスリル証と同じであるとアレンは判断した。
そしてチェーンから手を離したカミアノールがアレンへと右手を差し出す。
「『天眼』の方が俺は良いと思うけどな。アレンだ。鉄級への昇級試験の最中の、しがない木級冒険者だよ」
カミアノールの差し出された手に自らの右手を重ねながらアレンが告げる。ほっそりとした見た目の割に、しっかりとした硬さのあるその手の感触に確かな武をアレンは感じる。
それはカミアノールも同じだったのか、ほんの一瞬その動きがぎこちなくなる。しかしすぐに笑顔を取り戻し、そして歯を見せながら笑った。
「ははっ、しがないはないだろう。私の矢を避けたのだからな。しかし改めてすまなかった。追っていた獲物と背格好が似ていて誤認してしまった。何度も逃げられているので気が急いてしまったんだ。今は預けていて手持ちがないが、それ相応のお詫びはしよう」
「実質被害はなかったんだし、金とかは別に良いんだが、ミスリル級から逃げられるような危険な奴がこの辺りにいるのか?」
二つ名持ちのお詫びがなんなのか少し興味を引かれたアレンだったが、それよりも気になる言葉に話題を転換する。
ミスリル級の冒険者であるカミアノールの強さをまだアレンは推し量れていない。普通の冒険者であれば、ランクの高さとその強さは比例関係にある事が多いのだが、カミアノールに関してはそうとは限らないからだ。
カミアノールがミスリル級へとそのランクを上げた理由として知られているのは、未発見のダンジョンを3つ見つけたという功績によるものとの評判だった。
「ミスリル級とは言え、俺の強さはせいぜい金級の下位か中位程度だよ。しかも相性が悪いモンスターにはとことん弱いしな」
自嘲するような笑みを浮かべながらも、カミアノールがきっぱりと断言する。その言葉に嘘や偽りがあるようには思えなかったが、アレンはそれでもその言葉を全面的に信頼はしなかった。
「ちなみにどんな奴なんだ?」
「ゴブリンの上位種らしいのは確かなんだが、異常なほど警戒心が強くてな。発見したと思った時には既に逃げ始めているんだ」
「スカウト系列の可能性が高いって事か」
「そうだな。俺はそれなりに斥候も出来るんだが、正直向こうの方が上手だ」
そう言ってカミアノールが肩をすくめる。整った顔立ちとあいまって異様なほど似合ったその仕草にアレンは思わず苦笑した。
一か所に留まることなく、常に放浪を続けることからつけられたといわれるカミアノールの二つ名である『流れ雲』の裏の意味、行く先々の街で浮名を流し、相手がどんなに拘束しようとしても掴む事などできずにするりとどこかへと行ってしまう色男という噂の片鱗を見たような気がしたからだ。
「攻撃を仕掛けてくることはないんだな?」
「ああ、今のところは。罠にはめられるのを警戒して動いているおかげかもしれないが」
「わかった。情報感謝する。じゃあ俺は薬草を採取したらさっさと帰ることにするわ。木級冒険者にはちょっと危険が大きすぎる」
そう言って、足元に生えている薬草を手早く採取し始めたアレンをしばらくの間カミアノールは見つめる。そしてアレンがそれ以上関わってきそうになく、お詫びとして金なども受け取りそうにないと察してしばし黙考した。
そして腰に下げていたマジックバッグから物を取り出すと、アレンの目の前にそれを差し出した。それを見てアレンが顔を上げる。
「チェーン部分はミスリル、革はヴェルダオックスを一流のエルフの職人が加工したものだ。俺の予備だが、お詫びの品として贈ろう」
「いいのか。結構な価値だろ?」
「里に帰って外の話を聞かせてやればもらえる程度の物だ。殺しかけたお詫びとしては不足かもしれんが、他に良さそうな物がなくてな」
「いや、十分だ」
アレンが目の前に差し出されたそれを受け取ったことに満足し、カミアノールは落ちていた弓を拾うとくるりと背を向けて歩き始めた。
そして5メートルほど離れたところで足を止めたカミアノールが薬草採取を続けているアレンの方へ振り向く。
「無作法な覗き魔は、恩返しのついでにこちらで対処しておこう」
「んっ、なんのことだ?」
「ふふっ、とぼけているのか、本当に知らないのか。どちらにせよ面白いな。アレン、お前の名前は覚えておこう」
「二つ名持ちに覚えてもらえるなんて光栄の至りだな」
肩をすくめて返したアレンの姿にくくっ、と笑い声を漏らしながらカミアノールは森の奥へと消えていく。その方向はアレンが、追跡者が潜んでいると考える方向と寸分の違いもなかった。
薬草を採取しながら気配を探り続け、カミアノールの気配が完全に消えたことを察したアレンがはぁー、と大きく息を吐く。
「やっぱ面倒事だったな」
そんなことを呟きながら立ち上がると、アレンはそばにあった矢の突き刺さった木を切り倒してマジックバッグへと収納する。乾燥させれば薪としても使えるし、射掛けられた証拠として取っておこうという思惑もあったからだ。
そしてアレンはさっさと森を抜けるべく引き返していった。アレンを追跡する何者かはもういなかった。