軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 新たな日常

「……レン、アレン!」

「んっ、おお!」

椅子に座って考え事をしていたアレンの顔を挟むように手が添えられ、そしてぐいっと顔の方向を変えられる。その事に驚くアレンの目の前には、まるで理解ができないことをする子供に向けるような優しい困惑顔をしたマチルダがいた。

アレンが視線をテーブルの上に向けると、そこにはマチルダ特製の料理の数々が美味しそうな匂いと湯気を立てながら並べられている。そのことにさえアレンは気づいていなかった。

「美味そうだな」

「ええ。腕によりをかけたからね。気づいてもらえなかったけど」

少しすねるようなその口調に、ピシっと凍ってしまったかのようにアレンが固まる。せっかくマチルダが手料理を振舞ってくれようとしたのに、言われたとおりアレンは考え事に夢中になってしまって見てもいなかったのだ。

全面的に悪いことは明白なので、アレンは素直に謝る事にした。

「すまん」

「いいわ。原因は私にもあるんだし」

「いや、マチルダは……」

言葉を続けようとしたアレンの唇を、少し強引にマチルダが自分の唇でふさぐ。ほんの数秒でその唇は離れ、マチルダは再び固まったアレンの姿にうっすらと笑みを浮かべる。

「でもね、アレン。少なくとも私といる時は私だけを見てほしいと思うんだけど、それは贅沢かしら」

「……いや、そんなことはないぞ!」

少しだけ首をかしげそう聞いてきたマチルダに、アレンは少しの間見惚れ、そしてぶんぶんと首を横に振りながらそれを否定する。

その必死な姿にマチルダは笑みを深め、そしてこらえきれずに噴き出して声を出して笑い始めたのだった。

マチルダがアレンの家に初めて訪れてから2週間が経過し、今日で4回目の訪問だった。

基本的にアレンは週6日の内2、3日はネラとしてイセリアとダンジョンを攻略している。現在はドラゴンダンジョンの10階層辺りを探索中であるのだが、ドラゴンダンジョンは1階層ごとがかなりの広さを誇るためその行き来だけでも2日はかかってしまうのだ。

なぜわざわざそこまで行くのかと言えば、実力の伯仲したモンスターとイセリアを戦わせるためだった。

ステータスが伸びるようになり、そしてレベルが上がったイセリアは、元々の魔法の知識のおかげもあり多彩な魔法を操ることで並みのモンスターであれば圧倒できる実力になってしまっていた。

そのせいかアレンが冒険者としての常識を教える最中に襲ってきたモンスターへのイセリアの対処方法が最初に比べて大雑把になってきていることにアレンは気づいたのだ。

その時、アレンとイセリアは基本的に日帰りで、しかも余裕のある階層でしか探索を行っていなかった。だからこそ問題はなかったが、本気でダンジョンを攻略するときにはそのダンジョン内で何泊もすることは珍しくないのだ。

余力を残す事は至上命題であり、それが出来ない状況であればそれ以上進むべきではない。その判断を誤った冒険者に待っているのは死だ。

その重要性を知り、自身の中で引き返すかどうかを判断する基準を作っていくには実力的に同程度、もしくは少し上のモンスターと対峙する必要があった。アレン自身もそうして経験を積んだし、他の冒険者にしても大概同じようなものだった。

だからこそアレンはイセリアも同じように経験を積ませる事にしたのだ。もちろんいざというときは手助けするつもりではあるが、今のところ幸いにもそういった機会はなかった。

そんな訳で週の残り3日ほどの内、マチルダは2日アレンの家にやってきているということになる。

と言っても長居するわけではなく、食材を一緒に買いがてら街を歩き、そして夕食を作って一緒に食べ、そしてアレンがマチルダを家まで送って別れるというのが定番の流れになっていた。

特別な事は何もなく、日常の中の1コマを2人で過ごしているだけなのだが、それでも2人は満たされていたのだ。

美味しそうに自分の手料理を食べるアレンを幸せそうに柔らかい笑みを浮かべながら眺めていたマチルダが、先ほどまでのアレンの姿を思い出して苦笑いを浮かべる。

それに気づいたアレンが顔を上げたのを見てマチルダはあごを乗せていた両手を解き、そして少しだけそのまなじりを下げる。

「アレンって、本当に変なところで真面目よね」

「んっ、ああ。例の事か」

「そうそう。私の知らない例の事」

そう言ってマチルダがクスクスと小さな声を出して笑う。

聞かなかったことにする、と言ってアレンが強くなった理由を知ることを拒否したマチルダだったが、なにもそれらに関する全てをアレンに押し付けて自分は関わらないようにした訳ではない。

むしろ積極的にアレンの手助けになるように聞かれたことに応えたり、調べたりはしていた。

アレンの状況から考えて相談できる人が他にいるとは思えなかったし、なによりマチルダ自身がそうしたいと考えていたからだ。

あえて理由を聞かなかったのは、これまでギルドで勤めてきた経験からそうした方が後々のためにも良いだろうと判断したからだった。そんな時が来ない事をマチルダは祈っていたが。

笑うマチルダの姿を少しの間眺め、アレンが釣られるように笑みを浮かべる。笑みと言っても苦しいという文字が前につくようなものだが。

「まあ、後先考えずにやっちまったのは俺だしな。そうしちまった者として、そして発見者として、どうにかうまく丸く収められないかって思うんだが……」

「解決策が見つからない?」

「その通り」

アレンがフォークで目の前のカットした果物を刺し、正解したマチルダへと向けて差し出す。それをぱくっと口に含み、咀嚼して幸せそうな顔をするマチルダに見とれそうになりながらも、なんとかアレンは平静を装った。

もちろんマチルダにはバレバレだったが。

「でもね、あまり根を詰めても良い事ないわよ。すぐにそんなに強くなれるって訳じゃないのよね」

「そうだな。現状では不可能だ」

マチルダの言葉にうなずき、アレンが断言する。

現状、アレンの発見した方法の1つの重要な要素であるレベルアップの罠は予約で一杯であるため自由に使う事が出来ない。

つまりレベルダウンの罠とスライムを利用して高いステータスを1度は得る事が出来ても、次のレベルに上げるには地道にモンスターと戦うしかないのだ。

レベルアップの罠を予約しておいてステータスが望みどおりに上がったら踏む、ということも考えられなくはないが、せっかく1時間予約したのに1度や2度しか使わないのはあまりに不自然すぎる。

そんなことをしている者がいれば、確実にギルドにいるマチルダにも話が入ってくるはずだが、変なレベルアップの罠の利用者の噂などは知らないとアレンは既にマチルダに確認済みだった。

「ならちょっと別のことをしてみるのも良いんじゃない? そうすれば気分転換になって良い考えが浮かぶかもしれないし。それにアレンもしなくちゃならない事があるでしょ?」

「しなくちゃならない事? そんなの……」

するべきこと、するべきこと。そんな風にアレンが頭を巡らせる。何かが引っかかっている気はするのだが、どうしてもレベルアップ関連の事がちらついてしまいうまくいかなかった。

悩むアレンを見ながらクスクスと笑っていたマチルダが、両手の親指と人差し指を使って四角い形を作る。それを見て、ハッと、アレンは何が引っかかっていたかに気がついた。

その大きさと形がアレンにとって見慣れたある物を思い起こさせたからだ。

「鉄級の試験か!?」

「その通り」

先ほどの誰かを真似するようにそう言ったマチルダは、フォークに口に入るかどうかというほど大きくカットされた果物を刺して差し出し、それに少し頬を引きつらせながらアレンは大きく口を開けてそれを詰め込みなんとか咀嚼したのだった。