作品タイトル不明
第3話 鉄級冒険者
鉄級冒険者。
そのランクになると初めて世間から一人前の冒険者として認められるランクであり、そしてそのランクから先へと進む事が非常に難しいとして知られるランクである。
多くの一般的な冒険者はこの鉄級でその冒険者生活を終える。その上の銀級へと進めるのは才能か幸運を持ち合わせた一握りの者なのだ。
つまり一般人の頂点と言っても過言ではない鉄級冒険者であるが、それまでの木級や銅級とは大きく違う事がある。その1つが指名依頼の有無だ。
指名依頼というのは、その名の通り依頼人が冒険者を指名して出す依頼である。
通常の依頼料に加え、指名するために加算料金を払う必要がある上に、その依頼を受注するかどうかの選択権は冒険者にあるという依頼人にとって一見して負担が大きい制度のようにも思える。
しかしメリットは当然ある。鉄級の冒険者の数は多い。ベテランの冒険者のほとんどは鉄級であるし、銅級から上がったばかりの新人に近い者も少なくない。つまり玉石混淆、鉄級の中でも天と地ほど実力に差がある者がいるのだ。
さらに言えば冒険者によって依頼達成の早さを重視する者、丁寧さを重視する者などその性格による違いも出てくるし、護衛依頼などでは依頼人との相性なども重要になってくる。
誰が受けるかわからず結果に満足できるか不安に思うよりも、自分の見知った確実にその依頼をこなせる冒険者に任せたいという需要に応えるのがこの指名依頼なのだ。
この指名依頼はその冒険者に対する信頼の証であるとも言える。
ただ鉄級冒険者になることによって変わるのは冒険者にとってメリットの多い指名依頼だけではない。
滅多にないことではあるが先のスタンピードの時のように、緊急時で戦力が必要になった時にギルド長の権限によって発動される緊急依頼を受けるように要請されるのだ。
もちろんそれが出るような状況というのは死ぬリスクの高いことを意味しており、建前上それを断る事は出来る事になっている。そして断ったとしてもギルドからの罰則は 表向き(・・・) はない。
ただ緊急依頼を断った者としてギルド内部にはしっかりと記録が残されてしまい、それが今後の査定に大きく響く事にはなる。簡単に言えばその冒険者はよほどの事がなければそのランクで打ち止めになるという訳だ。
ギルド側からすれば、なぜ緊急時に要請を聞いてくれないような冒険者に便宜を図らなければならないのかといったところか。
他にも冒険者ギルドと提携している店舗における扱いなどが変わったり、ギルド内の資料室の閲覧できる範囲が広がったりといった細々とした違いはあるのだが、大きく違うのはその2点だった。
冒険者ギルドのランク制度において、条件を満たした上で試験を申込み、その結果で昇級できるかどうかの合否が決まるのはこの鉄級に昇進する時のみである。
それ以外の昇級については、全てギルドの査定により行われ、試験などは全く行われない。なぜ鉄級のみが特別なのか、それには幾つかの理由があった。
対外的に知られているのは、一人前の冒険者に値する資質を持っているか確認するためという理由である。
鉄級から上の冒険者は既に初心者を脱しており、いわばギルドの顔と言っても過言ではない。下手な事をして冒険者ギルドに泥を塗るような者が出ないように審査しているという訳だ。
そしてもう1つの大きな理由が、ランクを鉄級へ上げてはいけない冒険者を間違って上げてしまわないようにという理由だった。
これは兼業冒険者、つまり冒険者以外に本業を持っている者への配慮からきている。
この兼業冒険者であるが、その大多数は領兵などの職業兵士である。
休日などに自己鍛錬のため、そのついでに小遣い稼ぎするために冒険者としてダンジョンに入ったり、依頼をこなす者が兵士の中には少なくなかった。
軍としてはダンジョンでモンスター相手に戦えば強くなる事が出来るし、冒険者ギルドとしても日々鍛錬しており、規律も正しい彼らが冒険者として働くことでイメージを上げることができ、さらに依頼もこなしてもらえるのでそれは認められていた。
しかし彼らはあくまで兵士が本業である。
冒険者としてのランクが上がり、人に認められるようになるとそちらへと重点が置かれていってしまい本業である兵士の仕事が疎かになる可能性があった。
いや、事実この鉄級の試験制度が始まる前は自動で昇級していってしまい、そのせいで非常時に軍の規律が乱れたという記録まで残っているのだ。
実はそのせいでこの制度は始まり、その後付として一人前の冒険者の資質うんぬんの理由がついたのだが、その事実を知る者は少ない。
そんな歴史ある鉄級の試験ではあるのだが、専業冒険者であるアレンにとってはただの試験にしか過ぎない。しかも1度は合格している試験である。
さらに言ってしまえば五千を超えるステータスを得ているアレンにとって不安になる要素など全くないものだった。
「という訳で、試験の申込な」
「昨日の今日ね」
「まあ、このままだらだら放置しててもな。試験でも受ければ気持ちも変わるかもしれねえだろ」
アレンが差し出した鉄級への昇級試験の申込書を受け取ったマチルダがくすくすと笑いを漏らす。しかしその手はよどむことなく動いており、必要事項のチェックを終えるとその書類の確認者の欄に自分の名前を書き記した。
わずか1分程度で仕事を終えたマチルダの手際に、さすがベテランと、いらない言葉が口から出そうになったアレンだったが、なんとかそれを我慢して感心したようにうなずくだけに留める事に成功した。
「はい、これで手続きは終わりよ」
「了解。試験の依頼内容と、一緒にやる試験官が決まったら教えてくれ」
そう言ってアレンが掲示板で適当な依頼でも探すか、と体の向きを変えようとしたその時、マチルダがかけてきた声にそれが止まる。
「試験の依頼内容ならもう決まってるわよ」
「はぁ!? 今さっき出したばっかりだぞ。あっ、まさか試験を受けろって言ったのは……」
「半分はそうね。せっかく依頼人がアレンを指名してくれて、試験の依頼内容としても十分なものだったから。でも残りの半分はアレンが心配だったからよ」
ストレートなその言葉にアレンがパクパクと口を動かし、そして頭をかいてそっぽを向く。その予想通りのアレンの反応に笑みを深めながらマチルダは試験の依頼内容を話し始めた。
「ギデオンさんからの依頼で、内容は学術都市国家キュリオまでの道中の護衛依頼ね。アレンは一度行った事があるわよね、確か」
「そうだな」
カウンターの下から取り出した依頼用紙から目を離してそう聞いてきたマチルダにアレンが返す。
学術都市国家キュリオとはライラックの南方、徒歩で1月ほどの距離にある国である。
一応名義としては国ではあるのだが、その周辺を囲むライラックを含めた3つの同盟国が共同で管理し、協力して様々な研究を行うための場所として建国されたという歴史がある。
そのため軍備や政治に関しては国と言いつつも3国が共同して行い、住人のほとんどは研究者もしくは学生という特殊な都市、それが学術都市国家キュリオだった。
そしてアレンが唯一国外に出た場所でもあった。
「ってことは往復で2か月ってところか?」
「ううん、行きは依頼人が馬車を用意するらしいから、もっと早いと思うわよ?」
「へぇ、個人で馬車を用意するなんて金持ちだな。そのギデオンって依頼人は。でもなんで俺を指名依頼したんだ?」
「まっ、知っている冒険者がおった方が気楽じゃからの」
聞き覚えのある声が背後から聞こえ、そちらに向けてマチルダが頭を下げたのを横目に見ながらアレンが振り返る。そこにはアレンの予想したとおりの、薬草採取の依頼人の偏屈な老人がいた。
「じいさんの名前がギデオンって訳か?」
「んっ? お主の妹から聞いておらんかったか?」
「じいさん、レベッカには名前教えてたのかよ。というかなんで俺にはかたくなに名前を教えなかったんだ?」
「なんとなくじゃな」
少しにやりとしながら言った、ギデオンのあんまりな理由にアレンがガクっと頭を傾げて返す。
その様子になぜか上機嫌になったギデオンはごそごそと持っていた鞄から大量の紙の束を取り出すとそれをアレンの目の前に示した。
「まあ気にするでないわ。それよりこれを見てみるが良い」
「んっ?」
アレンが目の前にある分厚い書類の束の表紙の1枚にかかれた文字を目で追っていく。
その書類の題材である『ダンジョンにおける薬草採取の場所による効能の変化、及びモンスターによる影響の可能性について』という文字が大きく書かれており、その下には筆者であるギデオンの名前が達筆な文字で記されていた。
そしてその最下部には……
「協力、冒険者アレン」
「うむ。アレンには世話になったからの。お主のおかげで研究成果が出たといっても過言ではない。この論文はキュリオに提出され、大切に保管される予定じゃ。そしてその論文を読んだ研究者や学生はお主の名を知る事になろう。誇るが良い」
バンバンとギデオンに肩を叩かれながら、自分の仕事がこんな形で示されたのは初めてだったアレンは少し戸惑いつつも、その顔には自然と笑みが浮かんでいた。