軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 行商人レベッカの行き先

世界で最も大きな大陸である中央大陸。その中でも有数の大国であるエリアルド王国の南から北へと伸びる主街道を一台の馬車がガタゴトと音を立てながら進んでいた。

通行量が多いため広い街道はしっかりと整備されており、巡回する領兵の姿も時折見られる比較的安全な街道だ。

その馬車の御者を務める男は20代前半と思われる柔和そうな笑顔を浮かべる糸目の若い冒険者である。

安全性の高い街道においてもその視線は常に周囲の警戒へと向かってる。

若い冒険者特有の驕りや油断とは縁がない、そんな男だった。

そしてその荷馬車の中では1組の男女の冒険者が革製の装備をつけたまま毛布に包まって眠っており、その最後方には2人の女がいた。

1人はローブをまとい杖を持った、いかにも魔法使いといういでたちをした冒険者であり、もう1人は動きやすそうなシャツとパンツの上に少し光沢のある革製の防具をつけた一見冒険者に見える格好の行商人だった。

2人は夜に備えて眠っている仲間2人を起こさないように小声で会話を交わしつつ、側方と後方の警戒を行っている。

「ねー、レベッカちゃん。皆と別れちゃって本当に良かったの?」

「うん。まあ長年一緒に行商してきたから残念ではあるけど、今回は速さを優先したかったしね。西のネルファ領を経由するとどうしても遅くなるし、どちらにせよそこで解散する予定だったから」

「あー、そういえばあの2人結婚して店を出すんだったね?」

「そうそう。お祝いは渡しておいたよ。というかロージーもお金を出したんでしょ。ドリスがお祝いを渡す時にそう言ってたよ」

ほんわかと話すロージーが「んー」とうなりながら首を傾げるのを見て、これは絶対に覚えていないなとレベッカは確信する。

ロージーは鉄級冒険者パーティ『さまよう牙』の一員であり、見た目のとおり魔法使いである。

魔法関連の知識については異常なほど記憶力が良いのに、それ以外になるとまるでその記憶力が活きないというのがロージーだということを長年の付き合いで十分すぎるほどレベッカは知っていた。

そのことでいつも一緒に動いているドリスが度々苦労しているのを見ているレベッカは、馬車の中で寝ている彼女へとちらっと視線を送り、心の中でご苦労様です、と呟く。

レベッカはここ3年ほど他の2人の行商人と、『さまよう牙』を随伴の冒険者として、キャラバンを組んで行商を行ってきた。

それぞれが主に扱う商品が違うため相互の利益に影響することはあまりなかったし、人となりも悪くなく、一緒に動く事で冒険者を雇う経費なども折半できるなど様々なメリットがあったため一緒にやってきたのだ。

そしてこの度その行商人2人がめでたく結婚する事になったのだ。

2人が貯めたお金を合わせてライラックの西に位置する行商人の男の出身地であるネルファ領の都市に店を出す予定だった。

レベッカとしてもそこまでは一緒に行ってお祝いなどをした上で解散しようと思っていたのだが、ライラックで起きた様々な事からそれを取りやめて、急いで王都へと行く事にしたのだ。

もちろん2人にはそれなりのお祝いの品を渡し、今度商品を売りに行くから儲けさせてね、と伝えて、それを聞いた幸せそうな2人に快く送り出された上でのことだが。

「まあ良いか。それよりもメルキゼレム導師のところが目的なんだよね。うわー、楽しみだなー」

「ちょっとした報告と商談に行くんだからね」

「わかってるよー。でもメルキゼレム導師を、魔法使いの憧れのお方を生で見られると思うだけで……うっ、鼻血出そう」

「やめてよ。モンスターが集まってきちゃうでしょ」

幸せそうな表情から一転して鼻を押さえてうつむいたロージーの姿にレベッカが苦笑いしながら布を取り出して渡す。

その布で鼻を押さえるというなんとも情けない格好をしたままロージーが顔を上げた。

「ありがと、レベッカちゃん」

「いえいえ。ちなみにその布代は五千ゼニーとなります」

「わかったー。後で渡すね」

「いや、いらないから」

冗談をすんなりと受け入れてしまったロージーにがくっとなりながら、レベッカが自身の発言を否定する。

ここにアレンがいれば、もしくはドリスがいればという思いがレベッカの中に湧くが残念ながら片方はライラックに、もう片方は目の前で眠っている。

はぁ、と小さく息を吐いたレベッカを不思議そうに見つめていたロージーだったが、そういえば、とでも言うように手を合わせて小さな音を立てた。

「予定を変えてまでする急ぎの商談って話だけどレベッカちゃんはなにを売るつもりなの?」

「あれっ、ロージーが商談を気にするなんて珍しいね」

「だって、メルキゼレム導師が欲しがるものがなにか知りたいし」

「あっ、やっぱそっちなんだ」

珍しいこともあるもんだ、と思ったが結局はいつも通りだったロージーらしい理由に苦笑いしながらレベッカが自身のマジックバッグをごそごそと探る。

そして1枚の20センチ四方ほどの木の板を取り出し、光沢のある薄い鱗がついた皮の一部を見せた。

「じゃじゃーん。今回の商材はこちら。トレントの木の板とスタンピードで冒険者たちによって討伐されたというドラゴンパピーの皮です!」

「んー?」

どうだ! と言わんばかりに胸を張って自慢の商材を見せたレベッカだったが、これに反してロージーの反応は思わしくない。

それもそのはずでトレントは鉄級であるロージーたちであれば余裕を持って倒せるモンスターであり、ドラゴンパピーの皮も素材のままの状態では珍しくはあるが、それを使った装備であればそこまで珍しくはない程度のものであるからだ。

どう考えても魔法使いの頂点と言えるメルキゼレムが欲しがるとはロージーには思えなかった。

「お弟子さん用の装備を作るために依頼を受けていた、とか? トレントはわからないなー」

「さーて、なんでだろうね」

「正解は教えてくれないの?」

「ふっ、商人がそんなに簡単に儲けの種を話すわけないのさ」

きざったらしく遠くを見ながらそう言ったレベッカの横で、ロージーが頬を膨らませる。とは言え、ロージーもそれは当然だとわかっているので、ただ不満をあらわにしているだけにすぎず、レベッカに対して怒ってはいなかったが。

まるで食べ物を詰め込んだリスのように膨れたその頬をチラッと見て、レベッカが噴き出した。

「ごめん、ごめん。お詫びにメルキゼレム導師とロージーが話せるようにとりはからうから」

「ほんと!?」

「「なんだ!!」」

馬車の外まで響くような大きな声で、叫ぶように聞き返したロージーの声に、寝ていた2人の冒険者がバッと身を起こして辺りを見回す。そして視界に入った目をキラキラとさせているロージーと、あちゃー、とばかりに頭を抱えるレベッカの姿に即座に状況を把握した。

2人は鋭い視線をロージーに送り、そしてうきうきと浮かれているその姿にため息をついて再び毛布へと入っていった。

レベッカはふわふわとメルキゼレムとの会話という妄想を膨らませているロージーから視線を逸らし、後方全域の警戒を始める。

(しまったなぁ。後で謝らないと。メルキゼレム導師からゼニーをふんだくったらお詫びに何か買おうかな?)

そんなことを考えつつ、レベッカは警戒を続ける。

トレントの木の板とドラゴンパピーの皮はかなりの高額でメルキゼレムに売れるとレベッカは確信していた。なぜならそれらは、イセリアが攻撃を加えたと思われるドラゴンパピーの皮であり、イセリアが自ら倒したトレントの板なのだから。

メルキゼレムと接した回数はそこまで多くはないものの、おおよその金銭感覚、そしてイセリアに対する思いをレベッカは見抜いていた。

(有名な冒険者のサインを収集している人がいるって言って、イセリアさんにお願いしてトレントにサインしてもらったし、ドラゴンパピーも領主様のお墨付き。さて、いくらふっかけようかな?)

そんなことを考えつつも、馬車は進んでいく。

ライラックの出身の行商人の若い女という理由だけで、偶然メルキゼレムに出会うことを仕組まれたレベッカだったが、利用されるだけで終わるつもりなど全くなかった。

「こっちもせいぜい利用させてもらいますからね。おじいさま?」

そう呟くとレベッカはにやりとした笑みを浮かべ、そしてそんなことをしている自分がおかしくなって思わず吹き出しそうになっていた。

緊張感のどこか感じられないまま馬車は王都に向けて順調に進んでいくのだった。