軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 新しい傷

スラムの簡易住居の建築が本格化し、2週間ほどその手伝いの依頼を受けていたアレンだったがやっとのことでその依頼から解放されていた。

大物の建材などの搬入が終わったこともあるが、木級や銅級といった新人の冒険者たちの間で実は割りの良い仕事という噂が広まったためだ。

建築現場での仕事の依頼は日給2万ゼニー。木級や銅級などの冒険者の普段の収入に比べれば明らかに高額なのだが、ダンジョンのようにモンスターを倒しレベルが上げられる訳ではなく、その仕事内容もきついという噂が流れていたため当初は受ける者は少なかったのだ。

しかし覚悟を決めて受けた新人冒険者が、その内容が思ったほどきつくない事を実感し、さらに食事の提供も始まり、加えてモンスターと戦わないため装備類のメンテナンス費用もかからず、その報酬がほぼ丸々懐に入るということをポロッと酒場で漏らしてから、その状況はすぐに変わった。

装備の更新を考えている冒険者などが効率よく金を稼ぐ方法としてその依頼を受け始めたのだ。そのおかげで晴れてアレンはお役御免となった訳だ。

実際、その報酬に比べて仕事がそんなに簡単であるはずがなく、ギルド長の思惑によりアレンにきつい仕事が振られていたことと、ニックなど知り合いの大工なども、重要な仕事を信頼の置けるアレンに任せたりしていたため、他の冒険者には簡単な仕事しかなかったにすぎない。

アレンが辞めた後に噂と違うと一騒動あったのだが、ものすごく割の良い依頼ではないが多少割の良い仕事である事は確かであったため依頼を受ける冒険者がいなくなるというようなことはなかった。

そしてようやくある程度落ち着いたアレンは、自宅へとマチルダを招いていた。

もちろん簡易住宅も建築途中であり、劇的に治安が回復するといった事はないのでアレンがしっかりと迎えに行った上でのことだが。

「うーん、本当に新築みたいね。男の1人暮らしなのに部屋の中も綺麗だし」

「まあ、臨時収入に加えて補助金もあったしな。俺が自分でリフォームした部分もあるが、大工の友人が仕上げてくれたんだ」

「良い友達がいて良かったわね。あっ、柱に傷」

家を支える大黒柱といえる最も太い柱についた横向きの傷を発見したマチルダが目を細める。

その柱には高さの違う5本の傷が、その柱をぐるりと回るようにして何か所にもついていた。時計回りに進むごとに少しずつ大きくなっていく傷を眺めながらアレンが口元を緩める。

「それは俺が12歳の時、新年を迎えた日に背比べした跡だな。それからなぜか毎年その日に背比べするのが恒例になったんだ。もちろん一番高いのが俺で、チビがレベッカだな」

マチルダの見ていた場所の一番上と一番下の傷を撫でながらアレンが微笑む。

アレンが12歳の頃と言えば、レベッカはまだ1歳と数か月だ。少し小さかったレベッカは当時70センチ弱しかなく、やっとつかまり立ちができたくらいの幼さだった。

柱につかまりながらふらふらと揺れるレベッカをエリックが支え、アレンがその手でレベッカの背の高さを測った思い出がアレンの脳裏に蘇る。

柱を眺めながら柔らかな笑みを浮かべるアレンの姿に、小さく笑いながらマチルダが部屋を見回す。

リフォームをしたというアレンの言葉の通り、家の中は一見すると新築であるかのような綺麗さだ。しかし目の前の柱と同じように、ところどころ昔のままと思われる場所があった。

台所の壁に残されたうっすらとした焦げ目、何かを落としたのか凹んだままの床、そして今見える範囲外にも大小は違えどそれがあるだろうことがマチルダにはわかった。

それら全てはアレンと弟妹との思い出の詰まった物であり、きっと聞けばアレンは喜んで話してくれるだろうと考えて、マチルダは思わずふふっ、と声を出して笑った。

「んっ、どうした?」

そう言って振り返ったアレンになんでもないと首を横に振って返し、マチルダが柱に添えられたアレンの手の上にそっと手を重ねる。

「ねえ、アレン。今度の新年から、私たちも背比べしない?」

柔らかな手の感触に少しドギマギしていたアレンが、その言葉の意味を少し遅れて理解し、頬を赤くしながらにかっと笑った。

「おう」

返事の言葉こそ短かったが、その意味を正しく理解している2人には関係なく、幸せで温かな空気が2人を包んでいく。

この家に、マチルダが新しい思い出を刻んでいく、そんな将来にわたって違う事のない約束が今、交わされたのだった。

その後、なんだかんだで料理を作ることとなり、アレンと一緒に作り始めたマチルダだったがそのアレンの手際の良さに驚きと共に焦りも感じていた。

アレンが昔から家族のために料理を作っていたということはマチルダももちろん知っており、ある程度の腕はあるだろうと思っていたのだがそれが想像以上だったのだ。

マチルダも1人暮らしで自炊しており、料理も嫌いではないためそれなりの腕だと自負していたのだがその自信を砕いてしまいかねないほどだった。

そして……

「ねえ、アレン。問題発生だわ」

「どうした? 味付けが合わなかったか?」

「ううん。おいしいわ。おいしいんだけど、これを食べ続けたら私絶対に太るわよ!」

太るわよ! と断言しているにもかかわらず、そのフォークを止めないマチルダを困った顔でアレンが見返す。

その間にも、マチルダはひょいぱく、ひょいぱくと食事を口に運んでいた。

「レベッカは平気そうだったぞ」

「レベッカさんは行商人だけど冒険者でもあるでしょ。動く量が違うのよ」

その言葉に、確かになとアレンは納得する。

モンスターなどを相手にする現役の冒険者は大食いする者も多いが、太っている者はほとんどいない。

しかし冒険者をやめると大概の者が太ってしまう。運動量が減ったのにもかかわらず、食事量を減らすことをしないためだ。

その実例としてわかりやすいのが、冒険者時代は『疾風』の異名をとっていたのにもかかわらず、いまはぶくぶくと太ってしまった冒険者ギルド長のオルランドだろう。

とりあえず、ということでアレンはマチルダのフォークが今にも刺さりそうな肉の乗った皿を引っ込める。

マチルダが少しの間フォークをさまよわせて恨みがましい目でアレンを見つめた後、しぶしぶといった様子でフォークを置いた。

そして先ほどまでの姿が幻であったかのようにとりすました顔をする。

そのあまりの変わりようにアレンは苦笑いを浮かべながら皿に乗っていた肉をフォークで刺すと自分の口へと放り込んだ。感じる視線をあえて無視して。

マチルダが複雑そうに息を吐き出す。そして小さくあっ、と声をあげた。

「そうそう。レベッカさんで思い出したけど、アレンの注文していたマジックバッグ届いたそうよ」

「マジックバッグの注文? なんのことだ?」

「えっ? 報酬を現金でもらう代わりに性能の良いマジックバッグを格安で売ってもらえるよう、アレンがレベッカさんに領主様と交渉してもらったって私は聞いたけど」

「はぁ!? そんなの……」

聞いてねえぞ! と言おうとしてアレンが思い出す。

次々と入る依頼などに忙殺されて忘れていたが、トレントの建材を納入した報酬の残りである1千万ゼニーをまだ受け取っていなかったことを。

そしてそれについてレベッカが言っていた、残りの分はちょっと交渉中で、という言葉の意味が現金の支払いに関するものだと考えた自分の予想とは全く別のものであったことに気づいた。

「あの、馬鹿!」

そう悪態をついたアレンの脳裏に、ニシシ、と笑うレベッカの姿がありありと映る。そしてその予想が間違っていない事をアレンは確信していた。

拳を震わせるアレンの姿に苦笑いしながら、マチルダがなだめにかかる。

「値段以上の性能らしいから、商人ギルドなんかで売りに出せば損はしないと思うわよ」

「……いや、いい。なんかそれもあいつの思惑の内っぽいし。便利なのは確かだから使わせてもらう」

「普段は持ち歩くにしても、リフォームして良かったわね。防犯的にも」

「ああ、全くだ」

せっかく周囲の家々もリフォームを始め、外見から金を持っていると思われて狙われる心配がなくなったのにもかかわらず、再び狙われる理由が出来てしまった事にアレンが苦笑する。

そんなアレンを見ながら、マチルダが自然に言葉を続けた。

「でも冒険者憧れのマジックバッグを2つも持つなんて、アレンも贅沢になったわね」

「んっ? 何のことだ?」

「ネラとしても1つ持ってるでしょ?」

あまりに当然であるかのような口調のマチルダの言葉にアレンは思わず返事をしてしまいそうになった。

しかし、なんとかそれを押し留めて表面上動揺を見せることなく、アレンはマチルダに向けて意味がわからないとでも言うように首をかしげてみせる。その内心はひどいものだったが。

(イセリアが……いや違うな。あんなに真剣に勇者を目指している奴が裏切るとは思えねえし。となると、やっぱり……)

なんとか動揺を静め、マチルダがその考えに至ったのはなぜかとアレンが考える。そしてその原因は自分にあるのだろうと確信した。

アレンの考える様子をじっと眺めるマチルダの視線が、アレンはネラであると確信していることをアレンが察する。そして降参とばかりに両手を挙げた。

「気づいたのは、俺のなんかの癖とかか?」

「その通り。去り際に手を上げる癖よ。そういう人は多いけど、顔は見えなくても格好が同じだもの気づくわ」

「そんな癖あったか?」

「あるのよ。まあなにかあったんだろうな、って気づいたのはアレンがギルド職員の時だけどね。ある日を境に昔みたいな表情に変わってたし」

「そんな前かよ」

自分のうかつさ加減にアレンは、がしがしと頭を掻く。それも図星を指された時とかの癖よね、と内心で思いつつもマチルダはニコリと笑って何も言わなかった。

「他の奴らは?」

「気づいてない、と思うわ。そもそもアレンと親しいギルド職員って私だけでしょ」

「うっ、いや。そんなことはないぞ。知り合い程度ではあるはずだ」

「それ全く自慢にならないわよ。まあ私としては嬉しくもあるんだけどね」

そう言って笑うマチルダを見ながらアレンは複雑な表情をしていた。冒険者生活が長いため知り合い、顔見知りは多いものの、アレンは基本的にマチルダの受付ばかりに並んでいたので他の受付嬢は顔と名前が一致している程度でしかない。

ギルド職員になってからも基本的にはスライムダンジョンばかりに行かされていたので、他の職員と交流する機会などほとんどなかったのだ。

「で、改変が起こったスライムダンジョンになにかあるのね」

「ああ」

「アレン、あなたそれは明確な報告義務違反よ」

「ぐっ」

ぐさりと刺さる正論にアレンが苦しい表情をする。言い訳はいくつも浮かんできたが、それは所詮言い訳に過ぎない。真っ直ぐに指摘してきたマチルダに言う事などアレンには出来なかった。

しばらくの間じっとアレンの様子を眺めていたマチルダがふっと表情を和らげる。

「自覚はあるみたいね。ねえ、アレン。それを利用すれば皆、ネラのようになれるの?」

「時間と根気があれば」

「そう。わかったわ。とりあえず私は何も聞かなかったことにする。でもいつかアレンと同じことを見つける人が出るかもしれないわ。それに備えて、その何かをどうするのか一度ちゃんと考えた方が良いわよ」

「そうだな。わかった、ちょっと真剣に考えてみる」

真剣な表情でうなずくアレンをマチルダが満足そうに見つめる。そしてしんみりした空気を変えるように少し声を弾ませながらマチルダが言った。

「今度、じっくりネラの姿を見せてね」

「……了解」

渋い顔になったアレンを見て、アレンがその格好が気に入っている訳ではないとわかっているマチルダは楽しそうに笑ったのだった。