軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 アレンの決断

レベッカが来ない事をどう伝えようかとアレンは少し考える。さすがに手紙の内容を直接伝えるのは気まずかったからだ。

「レベッカさん、なんだって?」

「ああ。ちょっと用事で来れないそうだ。というかもう街を出ているらしい。だから2人で楽しんでくれ、だとさ」

「そう。行商人も大変ね。せっかく知り合いになれたのだからお別れぐらいは言いたかったんだけど」

手紙の中から事実だけを抜き出して伝えたアレンの言葉に、マチルダが少し残念そうに視線を落とす。

いや、この状況が全てあいつの計略みたいなもんだから、残念そうにする必要なんて全くないんだけどな、と心の中で思いつつアレンはそれを口にすることなく黙っていた。

「まあ仕方ないわね。せっかくの機会だしお言葉に甘えて楽しみましょ」

「そうだな」

いつものように気持ちを切り替え笑顔を見せてそう言ったマチルダにアレンも同意する。そのタイミングを待っていたかのように前菜と赤ワインが運ばれてきた。

2人は少し顔を見合わせて笑い、そしてグラスを手に取ると胸の高さの辺りで止める。

「レベッカさんの安全な旅路を祈願して」

「あいつの被害を受ける奴がこれ以上出ない事を願って」

「「乾杯」」

2人が少しだけグラスを上げ、そしてそれを口に含む。

普段アレンが口にする酸味や苦味が感じられるようなものではなく、まろやかで程よい酸味を感じられるそれにこれって結構高い奴なんじゃ、との予感がアレンの頭を駆けめぐる。

そしてそれは飲み終わった後に口から鼻へと抜けていく心地よい香りが長く続いた事でアレンにそれを確信させた。

「これ、かなり良いワインよね。アレン、私もお金出すわよ?」

「いや、レベッカの依頼で儲かったしな。それにあいつもいないから財布にも余裕があるし気にしないでくれ」

アレンと同じくワインに驚いたマチルダの申し出をアレンが断る。一応レベッカが無茶な事を言い出すんじゃないかと予測して、アレンの財布には結構な金額が入っていたのだ。

さすがに足りない事はないだろう、ないよな? と若干不安に襲われつつも、それを表に出すことなくアレンはマチルダに任せておけとばかりに微笑む。それに対してマチルダも少し心配そうにしながら、それでもアレンに微笑み返した。

「じゃ、楽しむか?」

「そうね」

わざわざそう宣言してナイフとフォークを手に取ったアレンの様子に少し噴き出しながら、マチルダも同じように食事を始めた。

酒場のように騒ぐものなどいない落ち着いた店内、美味しい食事とそれに合うワイン。ゆったりとした時間を満喫しつつ2人は会話を重ねていく。

最初はレベッカについての話題が中心だった。本来ならばここにいるはずだったのだから当然ともいえる。

レベッカに振り回された愚痴ともつかないようなアレンの思い出話にマチルダが苦笑し、逆にマチルダが話した、レベッカが依頼履歴を見ている時に絡んできた冒険者たちを軽くひねったという事実にアレンが頭を抱えたりしていた。

しかし次第に話題はレベッカから離れていき、何気ない日常会話に変わっていった。特別な事などではない本当に些細な話題の連続だったが、不思議と2人の会話は途切れる事はなかった。

そしてコースがメイン料理へとさしかかるころ、そういえばといった感じでマチルダが香ばしい匂いと湯気をあげるステーキから視線を外し、アレンを見た。

「アレン、あなたやっとランクが上がるわよ。鉄級に」

「おっ、マジで? って、鉄級?」

ランクが上がるという知らせに顔をほころばせ、それに続いた鉄級という言葉に一瞬大きな声を上げそうになったアレンだったが、なんとかそれを抑えることに成功した。

周囲の数テーブルにいた人々の視線が少しの間だけアレンへと向かったが、それもすぐに元通りに戻っていく。そのことにアレンはほっと胸をなでおろした。

アレンが驚いたのは無理もない。現在のアレンのランクは冒険者ギルドで最も低い木級なのだ。その上には銅級があり、そのさらに上のランクが先ほどマチルダが言った鉄級である。

順当に行けばアレンの次のランクは銅級であり、いきなり鉄級に上がるということなど普通ありえないことなのだ。

意味のわかっていないアレンの様子に、少し笑いながらマチルダが補足する。

「レベッカさんの自己依頼の貢献度が大きかったのよ。あの報酬で461回も依頼を達成すれば当然よね」

「確かに木級や銅級じゃ何年もかかるような金額だったしな」

なるほど、とアレンが納得し首を縦に振る。

実際、ギルドに入りたての木級や、それから少し経験を重ねただけの銅級の年収は良くて200万ゼニーほどなのだ。アレンが今回手に入れた金額を稼ごうとすれば最低9年、下手をすればそれ以上の年月が必要になってしまう。

もちろんそんな年月を過ごす前に才能のある者はランクを上げてしまうし、才能のないものは冒険者を辞めてしまう事がほとんどなのだが。

そんな事を考えるアレンを見つめながら、ワインでほんのりと赤く染まった顔を少し残念そうにさせながらマチルダが小さな声で呟く。

「私も頑張ってたんだけどね」

「んっ、何をだ?」

「へっ? あっ、いや。今のはなんと言うか……」

聞こえると思っておらずとっさにごまかそうとしたマチルダだったが、じっと見つめてくるアレンの瞳にそれは無理だと判断し全てを白状する事に決めた。

「アレン、あなた依頼をかなりこなしていたのに全然銅級に上がらなかったでしょ」

「そうだな。あんな風にギルド職員をやめて冒険者に戻ったんだし、多少は仕方ないと思ってたんだが」

「その前提が違うのよ。多少なんてものじゃないの。ギルドのランクが貢献度で上がるのは知ってるでしょ。アレンは大勢の冒険者の面前でギルド長の命令に反してギルド職員を辞めたのよ。それはギルドへの貢献という意味で見れば大きなマイナスに値するのよ。普通に木級の依頼をこなすだけでは10年かかっても銅級にも上がれないくらいにね」

「マジか」

告げられた衝撃の事実にアレンが頬を引きつらせる。

確かにアレン自身もランクが上がらない事を不思議に思っていた。木級はいわば冒険者に適性があるのかどうかを判断する研修期間のようなものなのだ。新人でも1、2か月真面目に依頼をこなしていればほどなく銅級には上がる事が出来る。

それなのにアレンが依頼をこなし続けても一向にランクが上がる事はなかった。だからアレンも多少そういった事が響いているのかと予想してはいたのだが、実際はそのはるかに上を行っていたということだ。

「アレンの行動はギルド長の面子を潰したみたいなものよ。まあここまで査定に響くとは私も知らなかったんだけど。普通そんな冒険者はいないしね」

「もともと潰れたような顔してるだろ、あのおっさんは」

「ぷっ」

ふてくされたような顔をしてアレンが言ったその言葉にマチルダが思わず吹き出し、そして慌てて周囲を確認する。幸いな事にここにその本人はいなかった。

はぁ、とため息を吐き、そういう事だったのかよと納得するアレンが、ふと気づく。

「で、結局マチルダが頑張っていたってのは?」

「うっ、普通の木級や銅級の依頼じゃあ絶対に無理だから、鉄級の、しかも貢献度の高い依頼をアレンに回していたのよ。塩漬け依頼やそうなりそうな依頼の中で、アレンがこなせそうなものを。もちろんギルド長にも許可はとったわ」

「よく許可が出たな」

「依頼をこなせるなら問題ない。むしろ面倒な依頼を押し付けて懲罰を受けていると周りに思わせるくらいした方が良いだろうな、二度と同じ事をしようとする者が出ないように、だって」

マチルダの言葉に、一瞬見せしめかよ、と思ったアレンだったが、最初に難易度の高い薬草採取の依頼を振ってきたのがギルド長のオルランドであったことを思い出したアレンは少し考えを変える。

見せしめにするなら、ずっとランクも上げられずに少ない報酬を得る事しか出来ない、そんな姿を見せ続け、そしてその理由を他の冒険者へとそっと流してやった方がはるかに効果はあると気づいたのだ。

難しい顔のままうなるアレンの様子を見て、オルランドの真意に考えが及んだ事に気づいたのか、マチルダがくすくすと笑いながら付け加える。

「あれで結構、アレンのこと気にいってたみたいよ」

「男にばっかもてても嬉しくねえよ。それより、ありがとな。マチルダが動いてくれなかったら、きっとそのままだった」

そう感謝を伝え満面の笑みを浮かべたアレンの姿に、ワインで赤くなった頬をさらに赤くしながらマチルダがうつむく。

そしてマチルダは大きく息を吐くと、顔を上げじっとアレンを見つめた。その瞳には確かな意志の力が宿っていた。

「あの、アレン、私ね……」

「あのな、マチルダ。ちょっと俺の話を聞いてくれるか?」

持てる勇気を振り絞り、言葉を発しようとしたマチルダに向け、アレンが柔らかく微笑みながらそれを止める。

一度止められてしまったその言葉は奥へと引っ込んでしまい、マチルダは黙ったままコクリと首を縦に振った。

その姿にアレンが優しげに目を細める。

「俺な、弟妹を育てるのに必死だったんだ。むしろそのために生きてたって言っても過言じゃない。でもさ、やっぱ若いときって辛かったり悲しかったりしたんだよ。俺の人生ってなんなんだろうって思ったりしてさ。でも家族の前じゃそれは見せられないし」

「うん、知ってる。ライオネルと仲たがいした時とか……」

「俺を巻き込むなって言ってんのに、あいつがしつこ過ぎるんだよ。まあ、それは今はいいとして、そんな時でもさ、俺ギルドに行くのは好きだったんだ。なんでかわかるか?」

そう聞いたアレンに、マチルダは首を横に振る。

自分が期待している言葉はあった。しかしそんな都合の良い事が起こるはずがない、そんな風にマチルダは考えたのだ。

その反応に、少しだけ笑みを浮かべ、そしてアレンが言葉を続ける。

「俺、マチルダが好きだったんだ。でもだからこそ必要以上に近づいたら駄目だと思ってた。俺は貧乏だし、弟妹を優先しないといけない。運よく付き合えたとしても、マチルダを不幸にしちまうって思ってたんだ」

「ケイリーさんや、ディアナさんは?」

「……良く覚えてんな」

「アレンのことだもの」

少し冷たいものを含んだ視線をマチルダがアレンに送る。その視線を受けたアレンは、少し気まずそうに頭をかきながらも、視線をマチルダから外す事はなかった。

マチルダの言ったケイリー、ディアナというのは昔アレンが非常に短期間ではあるが付き合った女性冒険者の名前だ。アレンの言葉が真実であるのなら、その行動はおかしい。その理由をマチルダは知りたかった。

「ケイリーは、告白されたからマチルダのことを忘れられるかと思って付き合った。まあ忘れるなんて無理だったし、家族を優先してたらすぐに怒っちまって別れを切り出されたな。今思うと最低な事をしたと思うが」

「本当に最低ね」

「ははっ、それ本人にも時々言われるわ」

情け容赦のないその言葉にアレンが苦笑いを浮かべる。

現在、ケイリーは冒険者を辞め、結婚した旦那と共に街で宿屋を切り盛りしていた。宿が暇な時にアレンが通りかかると無理矢理食堂へと引っ張り込み、からみながら食事を食べさせ料金を徴収する、そんな関係になっていた。

「ディアナはなぁ……うーん、内緒にしてほしいんだが、恋人のふりをしてほしいって頼まれたんだよ」

「ふり?」

「ああ。なんか狙っている男がいたんだが、そいつの趣味が恋人のいる女だったらしい。で、そうなるために無害そうな俺に恋人の振りを依頼したって訳だ。対価は食料だったな」

「ちょっと待ってよくわかんないわ」

「すまん。当事者の俺にもよくわからん。まあ期間は短かったが食料は実際助かったな。皆がよく食べるようになった時期だったし」

混乱するマチルダに、アレンも同意する。世の中には色んな趣味の奴がいるもんだ、と思ってそれ以上理解するのを放棄していたからだ。

ディアナについては既にライラックから出ていっているので今はどうしているのかアレンは知らない。ただなんとなく今も元気でやっているんだろうな、とは思っているが。

こほん、とアレンが小さく咳をする。その音にマチルダが考えるのをやめてアレンを見つめた。

「まあそんな感じだな。我ながら馬鹿だったなぁとは思っている。今更どうしようもねえけどな」

「そうね。過去は変えられないもの」

「だな。で、現在の話だ。俺がマチルダが好きだという気持ちは変わってない。弟妹を育てる必要もなくなって、ちょっとした小金も貯まった。でも俺がマチルダに相応しい男かどうかいまいち自信がもてねえんだ。情けないことにな。だから……」

アレンが胸元からプレゼント用に買ったネックレスを取り出し、マチルダの前へとそっと置く。

「俺はマチルダが好きだ。結婚を前提に付き合ってほしいと思っている。これからマチルダに見合う男になるよう頑張っていくから、俺がそうなったと思ったらこれを着けて返事を聞かせてくれ。もちろん今突き返してくれても構わない。その時はすっぱりと諦める」

そう言って緊張した面持ちで大きく息を吐いたアレンの目の前でマチルダがその袋からネックレスを取り出す。

空色のペンダントトップごしに青く染まったアレンの顔を眺め、そしてマチルダがそれをアレンへと差し出す。アレンの顔が見事に青くなっていくのを眺め、マチルダは笑った。

「ねえ、アレン。ネックレスをプレゼントするなら、相手に着けてあげないと駄目よ」

「それって……」

「ずっとアレンを見てたのよ。アレンが最低で、馬鹿で、でもとっても優しい事を私が誰よりも知ってるわ。駄目な訳ないでしょ。そんなアレンに恋したんだから」

そう言って少し涙を見せながら笑ったマチルダにアレンは心を射抜かれた。

そして受け取ったネックレスをマチルダへと着けようとしたが手が震えてしまってうまくいかず焦るアレンの姿に、マチルダは本当に楽しそうに笑いながらこの時間がずっと続けば良いのになんて考えていた。