軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話 恋人として

『木漏れ日の庭』での食事を終えたアレンは、マチルダの手を取り夕闇の通りをマチルダが住んでいるギルド職員用の家へと送っていった。

はれて恋人同士となり勢いで手を繋いだものの2人ともどこか気恥ずかしく、顔を赤く染めながら無言のまま歩いていく。しかし手から伝わるお互いの温かさのおかげか、その空気はどこか柔らかなものだ。

マチルダの胸元で揺れる空色のペンダントトップに目をやってアレンは小さく笑みを浮かべ、少し顔を上げて恥ずかしそうにしながらも、とても幸せそうにこちらを見るマチルダを眺める。

自分が全く同じ表情をしていることをアレンは気づいていない。頭の中が幸せでいっぱいになりまともな思考が出来ていなかったからだ。

夢なんじゃないかと思うほどふわふわした足取りのままアレンはマチルダを家まで送り、その玄関先で2人は見つめ合っていた。手に感じる体温が消えてしまうのが名残惜しく、本当にゆっくりと2人の手が離れていく。

「今日は楽しかった。そして告白を受け入れてくれてありがとう」

「ううん、私こそ」

そんな言葉を交わし、お互いに見つめあったまま2人は幸せそうに笑った。そしてアレンがゆっくりと顔をマチルダへと近づけ、それを察したマチルダがそっと目を閉じる。

軽く触れるだけのようなキスを交わし、そして2人の顔が再び離れていく。その2人の顔は湯気が出てしまうのではないかと思うほど赤く染まっていた。

「じゃ、また来る」

「今度は私がアレンの家に行くわ。気をつけて帰ってね。おやすみなさい」

「おう。おやすみ、マチルダ」

相手の赤く染まった顔にお互いに微笑み、そしてアレンが軽く手を上げてその場を去っていく。名残惜しい気持ちはあったが、これ以上ここにいれば気持ちが暴走してしまいかねないと思ったからだ。

きっとアレンがそうなったとしてもマチルダは受け入れてくれるだろうと思っていたが、そういう事は酒の入っていないまともな状態でちゃんと手順を踏んだ上でするべきだとアレンは考えた。

その手順がどういったものなのか、いまいちよくわからなかったが。

姿が見えなくなるまでマチルダに見送られたアレンは、上機嫌で家へ向かって通りを歩いていく。時々、今この瞬間が夢なのではないかと頬を引っ張ったりし、そのたびにニヤニヤするアレンは傍から見ればおかしな人だっただろう。

とは言え、夜の街に出るような者にそんなことを気にするものなどほとんどいなかったが。

家に近づくにつれて徐々に明かりが減り、そして人気もなくなっていく。とは言えアレンにとっては目を閉じてでも問題がないほど通い慣れた道だ。

そんな薄暗い通りを浮かれながら1人で歩いていたのだが、わき道から突如伸びてきた手にアレンの顔が瞬時に切り替わる。

ゆっくりとスローモーションのような遅さで動くその手を逆に捕まえ、アレンはその手首をギリギリと締め上げた。

「なんのつもりだ?」

「い、いたたた! 許してくれ、俺は何もしてない」

「何もしてないなら許してもらう必要なんてねえだろ」

あまりの痛みにボロボロの服を着た男が悲鳴をあげながらはなった矛盾した言葉に、アレンが鋭い視線を向けながらそれを指摘する。そして手の角度を変えると、男は自分からうずくまるようにして地面に倒れた。

痛みで動きの取れないその男を見下ろしながら、アレンが問いかける。

「お前、スラムの人間だろ。なんで俺を狙った?」

「だから狙ってない……」

「へえ。それで腰のナイフはあくまで護身用ですって言うんだろ。そんなの百も承知してんだよ。せっかくの楽しい気分に水差しやがって、このまま衛兵に突き出してやろうか?」

アレンの言葉に男の顔がサッと青くなる。そしてアレンを見上げ、それが本気である事を察したのか観念したように話し始めた。

「すまん。その通りだ。あんた金をもってそうだから、少し脅してやろうかと。虫の良いようだがそれは勘弁してくれ、家族がいるんだ」

「俺が金持ち? あぁ、そういやそうか」

言われた事の無い単語で自分を表現され、一瞬アレンは戸惑ったが今の自分の格好を思い出して納得する。

アレンは今貴族とでも会う事が出来るようなしっかりとした服装をしているのだ。そんな者が1人でふらふらとスラムの近くを歩いていれば、そういった者どもからすればかっこうの獲物に見えてしまうのは当たり前だ。

理由がわかり、そこまでの面倒ごとではなさそうだと判断したアレンが男の手を離してその場から少し離れる。倒れていた男が立ち上がり、手首と肩をさすりながら逃げるようにしてアレンへ背を向けた。

「待て」

「なにか?」

引きつった顔で振り向いたその男に、アレンが1枚の銀貨を投げ渡す。1000ゼニーとそこまで大きな金額ではないが、手に納まったそれに男はしばらく目を白黒させ、そしてアレンに視線だけで謝意を伝えてすぐに去っていった。

その後姿を見送り、アレンが頭をかく。

アレンが衛兵へと男を突き出さなかったのは、あの男が比較的まともな者だったからだ。

ナイフを持っていながらそれを最初から使わなかったことからも、おそらく素手のみで脅すつもりだったのだろうとアレンは予想していた。

ある意味で護身用というのは間違っていないのだ。

人を脅して金品を得ようと考える時点でまともとは言いがたいのではあるが、もっとひどい者がいるのをアレンは経験上十分すぎるほど知っている。

あの男がいなくなればその縄張りにそういった者が出てくる可能性があり、それを避けるためにアレンはわざわざ男を逃がしたのだ。わずかばかりの稼ぎを与えた上で。

「はぁ、やっぱこっちは治安が良くねえな。まあいつもの服ならこんなことにはならなかったんだろうが」

そんなことをぼやきながらアレンが早足で歩き始める。たらたらと歩いていれば再び先ほどのような事が起きかねないからだ。

アレン自身、こうしてスラムの者に襲われるのは初めてではない。しかしこの数年は経験したことがなかったため、そういった意識が薄れていたのだ。

それはアレンの服装や姿からこの付近の住人であると相手にもわかっていたから、襲われなかっただけで、治安は相変わらずであった事を改めてアレンは認識した。

そして問題に気づく。

「やべえ、マチルダが来たら襲われるんじゃねえか?」

そこに思い至ったアレンの顔が、先ほどの男よりも青くなる。

レベッカは元々ここに住んでおり、そういった危険を察知するのには慣れている。しかも今ではかなりレベルが上がっているためスラムにいる者程度は相手にならないほど強いのだ。だからこそアレンは心配していなかった。

しかしマチルダはギルド職員であり、この辺りに住んでいた訳でもない。マチルダがアレンの家に遊びに来るというのは、蜘蛛が周到に張り巡らした巣の近くに蝶を放すようなものだった。

「マチルダのレベル上げをするか? いや、そもそも家に来ないように言えば……それはそれでなんか誤解を招きそうだよな」

アレンが考えを巡らせていくが、なかなかによい解決策は思い浮かばない。スラムによる治安悪化などアレン個人にはどうしようもない問題なのだから当たり前だ。

そしてそれ以上何事もなく家へとたどり着いたころ、とりあえず家に招くときは送り迎えをし夜遅くにならないようにする、という根本的な解決にはならない対処法にアレンの考えは落ち着いたのだった。

その翌日、アレンはネラとしてイセリアと共にダンジョンを探索していた。しかし……

「ネラ様。今日はこれ以上の探索は止めておきましょう」

「悪い」

ドラゴンダンジョンへと入ったものの、半ば心ここにあらずといった状態のアレンを見て、イセリアがそう提案する。その周囲には襲ってきたワイバーンだった肉塊や、攻撃の余波を受けてなぎ倒された木々があった。それらは全てアレンが行ったものだ。

本日はイセリアが斥候の訓練として索敵などを行い、発見したものはアレンが排除していたのだが、ことごとく力加減を誤っていたのだ。

既に周囲にはモンスターの姿はない。その惨状に付近にいた者は恐れをなし逃げ出してしまっていたのだ。これでは斥候の訓練になどなるはずがなかった。

謝罪し、そして何やってんだ俺は、と内心で自分に呆れるアレンの顔をじっとイセリアが眺める。

「なにか悩んでいるようですが、お聞きしましょうか? 実地の知識はまだまだですが、本から得た知識はそれなりにありますよ」

「……そう、だな。ちょっと聞いてくれるか?」

話すべきかどうか少しだけ迷い、しかし解決する糸口にでもなればと、わらにもすがる思いでアレンは話し始めた。

「マチルダに告白して付き合うことになったんだが、俺の家がスラムの近くであんま治安が良くなくてな。遊びに来てくれると言ってるんだが、危ない目にあわせるんじゃないかって心配でな」

「それは、おめでとうございます。そんなに心配ならネラ様が引っ越せば良いだけの話ではありませんか?」

少しだけなにか思うところがあったのか、若干冷えた声でイセリアがはっきりと解決方法を告げる。その答えはアレンも既に思いついていたものだった。

スラムの近くに住んでいるから危険なのだ。お金に余裕の出来た今のアレンであれば別の場所に住居を持つことも十分に可能だった。しかしアレンは苦笑いしながら首を横に振った。

「だよなぁ。でも弟妹との思い出が残った大事な家なんだよ。だけどマチルダも大事にしたい」

「ネラ様は欲張りですね」

「自分でも知らなかったがそうみたいだな」

あっさりと認めたアレンの答えにイセリアが微笑む。そして下唇に人差し指を当て、少し上へと視線をやりながら自分の知識の中で使えそうなものを探り、そしてイセリアが口を開く。

「スラムの形成は周辺地域から都市部へ、住環境の向上を目指して移り住んだ人々が思うような所得を得られず、逆に生活のレベルを落として暮らしていけなくなった結果発生すると言われています。他にも色々な説がありますけれど主流はこれですので、そこは省略しますね」

「あ、ああ」

すらすらと話し始めたイセリアの姿に少し驚きながらも、アレンがコクコクとうなずいて返す。

今の話だけでも、アレンよりもはるかに多くの知識をイセリアが持っていることは明らかであり、なんとかそこからヒントを得られないかと考えたからだ。

「特徴としては、高い失業率、そしてそれに伴う貧困。衛生面の悪化による疫病発生。雑多な建築などにより衛兵などが入りにくくなり、火災の際の被害が拡大したり、犯罪がはびこるなどでしょうか」

「それは、そうだな。疫病は今のところ発生したことはねえが」

「そうでしたか。対策として有効だったのは、他に居住区を造り移住させる、仕事を斡旋するなどのスラムの人々の生活基盤を支えるものですね。ただこれで全てのスラムがなくなった事例はありません」

対策と聞いて目を輝かせたアレンだったが、その内容はとても個人が行って出来るようなものではなかった。

そもそもスラムなど都市全体の問題であるため、当然その対策として挙がるのは領主などが行ったものなのだ。アレン個人の参考になるようなものがあるはずがなかった。

肩を落とすアレンに、苦笑しながらイセリアが付け加える。

「今度、このダンジョンの入り口を取り囲む砦を造る計画にスラムの住人も動員する予定だとうかがっています。食事と賃金も払われるそうですので、多少は改善するのではないでしょうか?」

「金と飯か。確かに多少はマシになるかもな」

その言葉にアレンは少しだけ顔を明るくしたが、それでも根本的な解決にならないのはわかっていた。仕事がいつまでもある訳ではないし、アレンの家がスラムに近い限り危険性は残ってしまうのだから。

そんなことを考えていたアレンの頭に、ふと考えが浮かぶ。

「完全にスラムをなくせなくても、家から近くなくなれば良いんだよな。丁度俺自身どうしようかと思ってたところだし、いっそのことそうしちまえば……」

「ネラ様?」

いきなり独り言を言い出したアレンの仮面をイセリアが覗き込む。そして目があったアレンは笑みを浮かべ、そしてイセリアの肩をぱんぱんと叩いた。

「ありがとな、イセリア。うまくいくかはわかんねえが、試してみたい事が出来た」

「試してみたい事、ですか?」

「ああ。ところで領主様に会う方法って知ってるか?」

突然そんなことを聞かれ、驚きながらもイセリアはその方法を伝え、そしてアレンに連れられてドラゴンダンジョンから出たのだった。