作品タイトル不明
第33話 建材の購入の理由
「おーい、レン兄。そろそろ帰ってきてよー」
「……いや、これ。どうすんだよ?」
レベッカの呼びかけになんとか正気を取り戻したアレンが、手にずっしりとくる重みを感じながら助けを求めるようにレベッカを見る。
しかしレベッカはにやにやとした笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「それを私に聞かれても困るよ。正当なレン兄の受け取り分だよ。自由に使えば良いじゃん」
「いや、だって1844万ゼニーだぞ。昔の俺の年収6年分くらい……あれっ、なんかそれにしては軽いような気が」
動揺を隠しきれないアレンだったが、過去の自分の年収と比べた事でオーガキングの素材売却で最初に大金を手に入れた時のことを思い出して首を傾げた。
自分の手の中の重みがその時に手に入れた重さと大して変わらないことに気づいたからだ。
オーガキングの素材の売却金額は最初600万ゼニー、つまり金貨600枚だった。その重みはしっかりとアレンの記憶の中に残っている。
今回の報酬についてはその3倍なのだ。明らかにこれは少なすぎる。その違和感にアレンが考え込む様子を見てレベッカは少し驚いた。
「レン兄、良くわかったね。それ844万ゼニーしか入ってないんだ。残りの分はちょっと交渉中で」
「んっ? あぁ、まだトレントを売った金が入ってないのか。いや、別になにかに使う予定もないからどうでも良いぞ。しかし交渉中って……つまりこの金って純粋にレベッカがもともと持ってた金ってことか!?」
驚き目を見開いてレベッカを見るアレンに、ちょっと不満げにしながらもレベッカが首を縦に振った。
「うん。私のお金なのは確かだね。あーあ、せっかくレン兄に1枚1枚数えてもらって、全然足りねえじゃねえか、って驚いてもらおうと思ったのに」
自分が受け取った金額が、もともとレベッカが持っていたものだと確認したアレンが驚愕する中、残念そうな顔でレベッカがそんな事をぼやく。
その言葉に、自分が袋の金貨を取り出して1枚ずつ数えていくところを想像したアレンは、その不毛さにはぁー、と大きく息を吐いた。
「いや、なんでそんな苦行みたいなことをしないといけねえんだよ」
「えっ、楽しくない? 私はこれだけ稼いだんだーって感じで」
「えっ、もしかしてお前やってんの?」
アレンの問いかけに、ふふふ、とレベッカが意味ありげな笑みを浮かべて返す。
それだけで、あっ、絶対こいつやってねえわ、と察したアレンは改めて目の前の袋へと視線を向けた。
視界の外でレベッカがなにか文句を言っているような気もしたがあえて気づかないふりをして、アレンは袋に詰まった金貨を見ながらどうするべきかを考える。
そしてすぐに結論は出た。
「よし、とりあえず必要になるまで放置だな」
「レン兄ならそうすると思った。家に置いておくのが不安なら商人ギルドの預かりサービスを利用すると良いよ。ギルドに入ってなくても利用できるから。まあ出し入れするときに手数料がかかるけど」
「安全には代えられないって事だな。ありがとな、ちょっと考えとくわ」
自分の事を考えてそんなことを教えてくれたレベッカにアレンは感謝を伝えて、とりあえず渡された金貨の入った袋を机の上に置いた。
そしてそのまま台所へと向かうと、夕食の準備を始める。本当は夕食の準備するには少し早いのだが他の事をするには中途半端な時間だったので、ちょっと手の込んだものでも作ろうかと考えたのだ。
変な事を思い出したり考えたりしないために、何かに集中したかったということもあったが。
テーブルに座ったレベッカは楽しげにそんなアレンの後姿を眺めていた。
アレンの料理をする姿を眺めるのがレベッカは好きだった。ここに住んでいたころ、冒険者として生活費を稼ぐために朝早くから働きに出てしまうアレンと、まだ小さかったレベッカが一緒に過ごす時間はそんなに多くなかった。
帰ってきてから少しだけ遊んでもらい、そしてアレンが料理を作るところをテーブルに座りながらじっと眺めるというこの時間は、小さなレベッカにとってとても大切な時間だったのだ。
トントンと包丁がリズミカルに動く音を聞きながら、他の兄弟たちと今日は何のご飯だろうと話したり、料理をするアレンに聞こえるように今日あった面白い事を話したりする。
お金がなくて苦労する事はあったけれど、レベッカはそれだけでも十分に幸せだった。だからそんな風に幸せを守り続けてくれたアレンが大好きだった。
そんな昔の事を懐かしく思い出していたレベッカに、そんな事をレベッカが考えているとは想像もしていないアレンが料理をしながらいつもの調子で声をかける。
「そういやレベッカ。あのトレントの建材って結局どこに売ったんだ?」
「んっ? 領主様のところだよ」
「はっ!? うわっ、危ねっ!」
何気なく振った話に領主という思わぬ単語が出てきたことで、思わず手元が狂ったアレンが自分の指に向かって包丁をふりおろしそうになって慌ててそれを避ける。
あとほんの少しアレンの反応が遅れればスパッとやっていたかもしれないほどのギリギリのタイミングだったので、アレンは大きく息を吐いて安堵していた。
そして心が少し落ち着いたところで、改めてレベッカに問いなおした。
「領主って、このライラックのだよな?」
「うん。ナヴィーン・エル・ライラック伯爵だね。なんか昨日、ちょっと色々あって本人と会ってきました」
「いや、会ってきましたで会えるような人ではないと思うんだが」
「うん、私もそう思う」
アレンの感想に腕を組んで真顔で返してきたレベッカに、意味がわかんねえよ、と聞き返したくなったアレンだったが、レベッカの反応を見るに本人も良くわかっていなさそうだったのでそれを止めた。
そして昨日、あれだけ疲れていたのはそのせいか、と少し納得もしていた。
伯爵である領主に会うという事が非常に疲れるというのはネラとしてではあるが経験済みのアレンにもよくわかったからだ。
「しっかしあれだけ大量のトレントの建材を買うってなにか造るのかね?」
「この前スタンピードがあったでしょ? 今後の事も考えてその周囲に砦を建てるみたい」
「へー、そんな話良く知ってたな。俺、全然知らなかったぞ」
地元民である自分でも知らなかったのに、さすが行商人なだけあるな、とレベッカの成長を嬉しく思いつつ、アレンは再び料理を再開しようとしたのだが……
「うん、だってまだ公表されてないし」
「……」
その返ってきた言葉に包丁を置く。そしてつかつかとテーブルへと向かうと、にやにやとアレンを見上げているレベッカの対面に座った。
そのアレンの姿を見ながら、レベッカが笑みを深める。
「あれっ、料理しないの?」
「出来るか! お前の話を聞きながら作ったら指が何本あっても足らんわ」
「レン兄、指は5本しかないよ。はっ、もしやレン兄、指が生えるようになったり……」
「するか! レベッカの話を聞いてから料理するからさっさと話せ」
「ええー、どうしよっかなー?」
構ってもらえる事が嬉しいということを隠そうともせずにからかい続けるレベッカに、ほんの少しだけアレンの堪忍袋の緒が切れかける。
とは言え直接暴力に訴える事などアレンはしない。レベッカに対して最大のダメージを与える方法を家族であるアレンは知っているからだ。
「よし、夕食はピーナスづくしに変更な。ピーナスとウサギ肉の炒めに、ピーナス汁、ピーナスの煮物なんてのも良いよな。おっ、時間もあるしパンもピーナス風味にしてみるか?」
アレンの言葉にレベッカの顔がさっと青くなる。
ピーナスとは長さが30センチほどの細長い顔のような形をした緑色の野菜である。栄養価が非常に高く、健康食として一部には人気の食材であるのだが、なにせ非常に苦いのだ。
親は食べさせたいが子供には不人気の代表格と言って良い野菜だった。
そしてレベッカが最も苦手とするものでもある。
「レン兄の人でなし! あんなものを人に食べさせようとするなんて、きっとレン兄に魔王が乗り移ったんだ。この魔王め!」
「とりあえずお前はピーナスを作ってる人に謝れ。で、どうするんだ。本気でメニュー変更するか?」
「ピーナス農家さん、すみませんでした。そして魔王様、ぜひ寛大なご処置を」
くるっと掌を返して謝り始めたレベッカにアレンが苦笑いを浮かべる。
そして魔王扱いはかわらねえのかよ、とも思ったが、さっさと流して本題へと進めようとアレンは無視することに決めた。
「で、なんでお前が公表前のそんな計画を知ってるんだ? トレントの建材が欲しかったのもそれを知っていたからなんだろ?」
「うーん、半分正解かな。具体的な計画の事を聞いたのは昨日だからね。大量の丈夫な建材、まあトレントとかが必要になる何かを造ろうとしているんだろうなぁ、とは予想してたけど」
「へー、どうしてそう思ったんだ?」
アレンの質問に、得意げな顔に戻ったレベッカがすらすらと答え、そして続けられたアレンの言葉に、レベッカがピッ、と指を3本立てて話し始めた。
「まず1つは冒険者ギルドの依頼だね。レン兄も受けていたけど、最近ニックさんたち大工の人のレベル上げの依頼が増えてるの知ってた?」
「いや、ニックの大工仲間とかは結構レベル上げに連れていってたが、他の依頼もあったのか? 最近はマチルダに依頼を振られる事が多くて掲示板とかあんま見てなくて気づかなかったな」
「そこまであからさまじゃなかったけどね。でも最近の依頼履歴を調べれば目につくくらいの変化はあったね」
そう断言したレベッカの様子に、アレンがうなずいて返す。
冒険者ギルドには、最近出された依頼を調べる事のできる一覧が掲示板の隅に備え付けられているのだ。
今、掲示板に出されている依頼が適正なものなのか判断に迷う場合に、最近の依頼内容とその報酬金額のみが書かれたそれを調べる事で、依頼を受けるかどうかの判断材料の1つと出来るようにという目的でそれは備え付けられているのだ。
ただそれを使用する冒険者はほぼいないのが現状であったが。
「よく依頼履歴のこと知ってたな」
「まあね。行商で訪れた場所の需要とかが簡単にわかって便利だよ」
「ギルドの奴に教えてやれば喜ぶかもな」
冒険者に使われない割に、まとめたり、更新したりが面倒なために廃止論が出ていることをギルド職員時代に知っているアレンがそんな事を呟く。
意外な使い方があるもんなんだな、感心するアレンにレベッカが説明を続ける。
「実は依頼の増加はレン兄がブラント工房のニックさんたちのレベル上げをしたから対抗して、ってことも考えられるんだけどね。で、次が私がなにか計画があることを確信した理由でもあるんだけど、ブラント工房がレン兄の持ってきたトレントの建材を買い取った事なんだ」
ニッ、と笑みを浮かべて2本の指を折り曲げながらそう言ったレベッカの言葉から、なぜそう考えたのかアレンが推理しようとする。
しかしアレンの理解では特に大工であるプラント工房がトレントの建材を買ったとしても不思議ではないとしか思えなかった。