軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第31話 レベッカの正体

薬草採取の依頼人の家である大きな屋敷へとたどり着いたレベッカは、少しの間普通の屋敷を訪問した時と同じように門の前で待ってみた。

しかし誰も来る様子がないことを確認すると、少し苦笑いしながら門を開け、そしてアレンに言われたとおりに屋敷の中へと勝手に入っていく。

アレンと一緒に通ったように屋敷のホールを抜け、そして奥の一室へと一応小さくノックをして、少し待ってからドアをゆっくり開けた。

調薬用の器具が並び、薬草独特の匂いが充満する部屋の中で、老人は以前と同じように机に座って紙へとペンを走らせていた。

良いところまで書き終えたのか、少しの間ペンがその紙から離れて止まったタイミングでレベッカが声をかける。

「おじいさん、こんにちは」

「んっ、おお。たしかアレンの妹の……」

「はい、レベッカです。いきなり来てすみません。お伝えしたい事がいくつかと、ちょっと厚かましいのですがお願いがありまして。おじいさん、と言うか王国特級薬師であるギデオン様に」

「……お主、何者じゃ?」

レベッカに自らの名前を言い当てられ、先ほどまでの好々爺とした笑みを消し、鋭さを感じるような視線をギデオンがレベッカへと向ける。

それを受けたレベッカは先ほどまでの気安い笑みを消し、感情の読めない、しかしどこか冷たいものを感じさせる能面のような表情へと変えた。

それは今までアレンの前で見せた事のないような姿で、後ろ暗い背景を持つ者特有の匂いをギデオンに感じさせた。

「儂を狙うなど……まあ心当たりは1つや2つない訳でもないが、覚悟はしておるんじゃろうな? 特級薬師が作る薬はなにも治療のものだけではないぞ」

「……」

自分の胸元から細長いガラス瓶に詰まった赤と青の液体を、レベッカに見せ付けるようにしてギデオンが取り出す。その様子をじっと眺めたまま、レベッカは一言も発さず、そして口を開こうともしない。

その落ち着き払った姿に、ギデオンのこめかみを一筋の汗が伝っていく。

そしてついに耐え切れなくなったギデオンがその2本のガラス瓶を地面に叩きつけようと振りかぶった。

「ちょっと待ってください! 私、ただの行商人ですから。今の演技、演技ですからね。そんないかにも危険そうな薬を使うなんて聞いてませんよ!」

さっと表情を変え、手を左右に振って必死にギデオンを止めようとしながらレベッカが叫ぶ。

先ほどまでの様子がなんだったんだ、と思うほど焦るその姿に、ギデオンはなんとかガラス瓶を投げるのを思いとどまった。

ギデオンの両手に残ったガラス瓶を眺め、胸に手を当てながらレベッカが大きく息を吐く。そんなレベッカの様子をギデオンはうろんげな視線で見つめていた。

「本当に、なんじゃお主は?」

「だから、ただのしがない行商人ですよ。ちょっとお得意様からギデオンさんに伝言を頼まれただけの。一応言っておきますが、さっきの演技も込みですからね」

「伝言?」

レベッカの説明に、なぜそんなことをするのかとギデオンが首をひねる。

なにか用件を伝えるのであれば手紙を送れば良いのだし、直接人をやるとしても、こんな演技など必要ないのだから。

「白くて長い髭のおじいさんから、と言えばわかりますか?」

その表現に、ギデオンの脳裏にさっと1人の人物の姿が浮かぶ。そしてなぜその人物がこんな事をしたのかをすぐに察したギデオンは汗をだらだらと流し、そしてどんどんとその顔色が悪くなっていった。

レベッカはそんな姿を見て言葉を続けるのを少しだけためらったが、まあ自業自得だし仕方ないよね、とあっさりと割り切って預かった言葉を伝える事にした。

「お主、儂が逃がしてやった交換条件のことを忘れておるじゃろ。お主のことじゃから久々に出来る自分の研究に浮かれておるんじゃろうが、約束を違えるなら次は本当の刺客を送って連れ戻すからの、とのことです」

「なにっ、それはいかん。あんな無駄に地位だけ高くて自分の研究時間もまともに取れない場所に戻るのは嫌じゃ!」

「それを私に言われても」

声色を変えたが、自分でも似ていないな、と思うようなレベッカの伝言を聞いたギデオンの反応は劇的だった。机にしがみついて、てこでも動かないと示すように首を左右に振っているのだ。

その姿はまるでだだをこねる子供のようであり、先ほどまでの年相応の雰囲気など全く感じられない。

それを見てドン引きしてしまったレベッカは、思わず心の声がそのまま言葉に出て、ばっさりと切り捨ててしまった。

「ならばメルキゼレム導師になんとか釈明を、そうじゃ、現在鋭意調査中ということでどうじゃろうか?」

「えっと、ギデオンさんの行動は完全に見抜かれているみたいですし、具体的な報告がないと納得されないかと思います」

ギデオンのあまりにも情けない姿に、様づけからさんへとナチュラルに格下げしつつ、レベッカが自分の考えを述べる。

わざわざ名前をぼかして伝えたのにそれを気にすることなく本名を明かしたことや、勝手に屋敷に入ってこいという今までの態度から、ギデオンがそういったものを重要視していないと確信が持てたからだ。

格下げされたギデオンはといえば、その読みどおりそんなことを気にした様子もなく、ただずーんと重い空気をまとい頭を垂れていた。

「そ、それもそうじゃな」

気落ちしたその反応にレベッカが心の中でにんまりと笑う。

自分の考えた計画からはだいぶずれてしまっているが、どちらかと言えば大幅に工程を省略できる可能性が高いと踏んだからだ。

レベッカが楽しげな表情をしたままギデオンに近づき、その隣へと座る。

「そんなギデオンさんに朗報です。その困りごと、私が解決してさしあげます。ちょうど縁あって、なんとか出来そうなので」

「本当か?」

まるで地獄で天使にでも会ったかのように、救われた者特有の畏敬の眼差しを向けてくるギデオンに、レベッカが女神のような優しい微笑を返す。

見る者によっては悪魔の微笑みに見えるかもしれないようなどこか愉悦の混じったものだったが、ギデオンがそれに気づく事はなかった。

「ええ、もちろんです。むろんただとは言いません。私は行商人ですし、ただでそんな事をしてくれる者より、むしろその方が信頼いただけると思いますが」

「そうじゃな。で、何を望む。儂に出せるのは金か薬くらいじゃぞ」

「あー、そうですね。ここでお金という選択肢もあったんですよね。ギデオンさんお金持ちですし」

「うむ。行商人ならば、店を持てる程度の金で良いか? 本当にメルキゼレム導師の対応をしてくれるのであれば即金で出そう」

その男らしいんだか男らしくないんだかよくわからないような発言に、今度はレベッカがうーん、うーんと悩みだす。

取引の対価としてはありえないほど好条件であり、そしてレベッカのライラックに自分の店を出すという望みも叶ってしまうのだから迷う必要などなさそうなのに、レベッカはすぐに決断できなかった。

レベッカがこのライラックに自分の店を出そうと考えたのは、アレンと一緒に暮らすためだった。

危ない冒険者稼業をやめてもらい、アレンと一緒に店を切り盛りして、そして儲かったお金で少しだけ贅沢をしたりしながら楽しく過ごす。

そこにたまにエリックが訪ねてきたりすればもっと楽しいかもしれない。

商人を目指すと決めたその日からレベッカはずっとそんな風に夢想していたのだ。

自分を大切に育ててくれたアレンに、自分に出来る精一杯の恩返しとして。

その長年の夢が叶いそうになっているのにもかかわらず、レベッカは即決できなかった。

この街に帰ってきてアレンと再会し、そしてその近況を知った事が迷いとなってしまったのだ。

笑うアレンの姿を頭の中で思い描き、そしてレベッカは決断した。

レベッカが心からの柔らかい笑みを浮かべながら、ギデオンに対して首を横に振る。

「ギデオンさんにお願いしたいのは、領主様のもとで働いている会計の担当者と建設計画などの担当者への縁つなぎです。お金は必要ありません」

「良いのか。儂にとってその程度、何もしていないようなもんじゃが」

「行商人にとってはそういった方々と縁つなぎが出来るというだけでも十分な価値があるんですよ」

腑に落ちないような表情をするギデオンに、レベッカがそう言って笑う。

実際、伯爵のもとで働く担当者は、そのほとんどが下級貴族だ。一介の行商人であるレベッカでは普通は相手にしてもらえない存在なのだ。そんな人々と話ができるというだけでも価値があるというのは嘘ではない。

もちろん全てがレベッカの本心というわけではないし、意外な理由で相手から縁を繋ごうとしてくることもあるとは知っていたが。

(今は私がレン兄の近くにいない方が良さそうだしね。まっ、来るべき時までお金をためていつかどーんと返そう。でも何が一番喜ぶかなぁ)

そんなことを考えて少し浮かれていたレベッカは1つ見落としていた。

ギデオンという存在が、どういった性格をしているのかということを。そして何を最も重要視していたのかを。

「しかし、担当者ごとに紹介は面倒じゃな。よし、ナヴィーンを紹介するから、そこからは奴に頼むと良い」

「えっ? ナヴィーンって、領主様のことですよね」

「うむ。昔、奴が王都で働いておった時に、恩を売っておいたんじゃ。将来領主になった暁にダンジョンの素材を優先的に卸してもらうつもりだったのじゃが、ちょうど良い」

「ちょうど良いって問題じゃ……」

「ほれ、行くぞ! 面倒事は早めに済ます主義なんじゃ。まあ先触れも出してないが、今日中にはどうにかなるじゃろ」

「えー!!」

驚き困惑するレベッカを強引に引きつれ、ギデオンが屋敷から領主の館へと向かって歩き始める。

自分の想像のはるか上を行く展開に混乱しつつも、これをどうにか活かさないと、と必死にレベッカは頭を巡らせ始めたのだった。

そして数時間後……

「いや、なんでいねえんだよ。っていうか帰ってもこねえし。もしかしてこれも失敗になるのか?」

ギデオン不在の屋敷に1人納品予定の薬草を持って佇んでいたアレンが、薬品の匂いが残るその部屋でそう呟く。

そして周囲を見回し、再度確認しても全く気配の感じられない事にがっくりと肩を落としたのだった。