作品タイトル不明
第29話 誰でも造れる一夜砦?
「レベッカさん。これはなんでしょうか?」
「ええっと……砦でしょうか?」
目の前にそびえ立つ高さ4メートルはあろうかという巨大な木製の壁を見上げながらレベッカとイセリアは呆然としていた。
その木製の壁はトレントの表皮に近い部分の幹から出来ており、まるで外見上はログハウスのように丸太が並んだ姿をしていた。
なんとか気を取り直した2人が持ってきたトレントをその場に置き、壁沿いを歩いていく。そして一辺の幅が10メートルほどの正方形に並んだ壁の一部に入り口らしきものを見つけた。
「なんか中に入るのが怖いですよね。レン兄がいるとは思うんですけど」
「大丈夫、なはずです」
「いや、イセリアさん。そこは断言してくださいよ」
「無理ですよ」
あまりに異様な光景に、2人が尻込みしながらもその入り口へと進んでいく。
その引きつった表情を見れば気が進まないというのは明らかなのだが、さすがにこの状況で中に入らないわけにもいかなかった。
ここにアレンがいたのは確かであり、目の前の光景を作り上げたのはおそらくアレンなのであろうと2人にもわかっていたが、森の中に突然現れた砦のような建造物という信じられない光景に、中を見るのが怖くなっていたのだ。
壁際に身を寄せながら2人が仲良くこっそりと顔をのぞかせる。そしてそこに広がっていた光景に思わず息を飲んだ。
そこには部屋が出来ていた。10メートル四方の広い床一面が板張りになっており、その一区画にテーブルや丸太を利用した椅子などがぽつんと置かれている。
立って中を覗いていたイセリアが視線を下げ、身をかがめて中を覗いていたレベッカが上を見上げる。目を合わせた2人が無言の内に語るのは、何、これ? という疑問だった。
「お前ら、なにやってんだ?」
「「ひゃっ!!」」
背後から声をかけられたレベッカとイセリアが、驚いた猫のように体を飛び跳ねさせる。まるで双子のように同じ仕草で逃げた2人を見ながら、声をかけた本人であるアレンは首を傾げつつも笑っていた。
その姿に、正気を取り戻したレベッカがアレンに詰め寄る。
「レン兄、これ何!?」
「えっ、休憩所?」
「休憩所ってレベルじゃないでしょ! 砦だよ、砦。なんてもの造ってんの! っていうかよく造れたね」
「いや、砦なんて大層なものじゃねえし。外見は立派だけど半分張りぼてみたいなもんだぞ。中に入ればわかる」
そう言って中へと歩いていくアレンに続いて、レベッカとイセリアもその中へと入った。
外側の丸太のような姿とは違い、真っ直ぐ切られた板のような壁面へと近づいたアレンが、そこをコンコンと叩く。
「これ、余った端材を地面にぶっ刺して並べただけだからな。一応二重にして倒れにくくしてはいるけど耐久性とか全く考えてねえし、ほぼ目隠しみたいなもんだ。ちなみに床も端材を並べただけだぞ」
「目隠し?」
「端材を並べただけって、床に段差とかほとんどありませんよ」
アレンのあまりの言い草にレベッカの首はどんどんと傾いていき、すり足で床の段差を確認したレベッカはその突っかかりのない接合部に驚いていた。
そんな2人の反応を見ながらアレンがニッと笑う。
「まっ、そこはコツがあるからな。ちなみに接合部付近でわざと体重をかけたり、思いっきり踏んだりするとたぶんずれるからやめてくれよ」
「さすがにそんなに重くないよ。レン兄、デリカシーがない! イセリアさんなんて、私より軽いんだよ。私より身長高いのに……」
「いや、その発言の方がデリカシーないと思うんだが。と言うか自分で言ってて落ち込むなよ」
ずーん、と暗い影を背負ったレベッカを見ながらアレンが苦笑する。
視界の端で頬を染めて恥ずかしそうにしているイセリアの姿にも気づいていたが、なんと言って良いのかわからなかったのであえてアレンは無視することに決めた。
「まっ、レベッカはよく食べるしな。それに長旅に備えて栄養を備蓄していると考えれば行商人としては正しい行動なんじゃないか?」
「そうだね、行商人としては……ってなるわけないでしょ! 備蓄ってなに? 私は普通だよ。ちょっと普通の女の子より筋肉はついてるかもしれないけど、許容範囲内だし。むしろそういうのが良いって言ってくれる人だって……」
「どうどう。落ち着けって」
「なに? レン兄は私が馬みたいに筋肉がついているって言うの?」
「いや、そんなこと言ってねえし。どうすりゃいいんだよ」
行商人や冒険者として活動するうちに、筋がうっすらと見える程度の筋肉がついてしまったことにコンプレックスを抱いていたレベッカの暴走は止まらない。
どんな言葉も全く通じないそんな状況に天を仰ぎつつ、レベッカが重要な思考をしている神状態の時に邪魔すると起こる神罰をアレンは思い出していた。
「ねえ、レン兄! ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるって」
ふぅ、と小さく息を吐き、アレンは覚悟を決めてレベッカの言葉に耳を傾ける。黙って真面目に話を聞いていれば、そのうちレベッカは正気を取り戻すと経験からわかっていたからだ。
暴走するレベッカと、それを真剣な顔で、しかし少し楽しげに聞くアレンの姿を離れた場所で見ていたイセリアの顔には、どこかうらやましげな気持ちが見え隠れしていた。
「ってことはこれは全部トレントの端材で、レン兄が適当に造った物って事なんだ」
「ああ。最初からそう言ってるだろ」
「それは、すごいですね」
レベッカが落ち着いたところで改めて内部を見て回りながら、アレンの説明をレベッカとイセリアは聞いていた。
「でもなんでこんな物を造ったの?」
「いや、最初はそこの椅子とかテーブルとかを用意して休憩しやすいようにって思っただけなんだが、全然帰ってこないから時間が余ってな。それに大量に端材が余っていてもったいなかったし」
部屋の一角に置かれたテーブルと椅子を指差しながらアレンがレベッカの質問に答える。
イセリアが必要なものはトレントの魔石であり、そしてレベッカが必要としていたのはトレントの建材だ。一見して無駄なところのない取引のように思えるが、実はそうでもない。
なぜなら建材と言っても、トレントの幹全てを使用するわけではないのだ。
建材に加工されていたのはトレントの幹の中心のあたりであり、外側や長さをそろえるために切られた枝に近い幹の部分などの大量の端材が発生していた。
解体中はそれらを気にする時間などなかったので、邪魔にならないくらい離れた場所に捨てていたアレンだったが、その場所はトレントの端材によって山のようになっていた。
2人が帰ってくるのが遅く、その端材で休憩用の簡易な机や椅子を造ってなお時間が余ったため、どうせまだ数日過ごすことになるんだし、と考えたアレンがもったいない精神を発揮した結果が現状だった。
「でも、イセリアさんの調査に後2、3日付き合うことになるとはいえ、これはさすがにやり過ぎじゃない? やり過ぎで出来るレベルじゃない気もするけど」
そう言ってアレンに何やら疑いの目をレベッカが向けてきたが、アレンは全く気にすることなく、むしろそう言われるのは予想済みとばかりに笑いながら返した。
「じゃあ、レベッカも造ってみるか?」
「へっ? 私に出来るの?」
「おう。行商人兼冒険者なら土魔法のディグはよく使うだろ?」
「うん」
そんなことを話しながら部屋から出ていくアレンとレベッカの後をイセリアもついていく。
そして外側の壁の一角にあった半円を横に引き伸ばしたような形をした、5メートルほどの長さのトレントの表皮と幹が積まれた場所で立ち止まる。
「じゃあ、レベッカ。ここでディグだ。この切り口の形になるように掘れよ」
「えー、そんなこと普通しないよ。ディグって、火の始末とか、お花摘みの処理用だし」
「まあ多少は大きくても問題ないからやってみろって。深さはだいたい1メートルくらいな」
「わかった。ディグ」
アレンに促され、レベッカが地面に向かって手を向けて魔法を唱える。すると地面の土がもりもりと盛り上がっていき、中心部には半円状の凹みができ、そしてその周囲にその穴の部分に詰まっていた土が小さな山となっていた。
「おっ、まあまあ上手いな」
「えっ、そう?」
「ああ。深さはもっと必要だから続けてやってみろ」
「わかった。ディグ」
アレンに褒められ嬉しそうな顔をしながらレベッカが魔法で穴を掘っていく。
このディグという魔法は旅をするうえで非常に有用な魔法として知られていた。効果としては今レベッカが使用したように魔法で穴を掘るだけなのだが、野営するときはなにかとこの穴を掘るということが重要になってくるのだ。
罠としても使え、そして衛生面などにも寄与してくるこの魔法は冒険者や行商人にとっては必須の魔法と言っても良かった。
「よし、こんなもんだな。で、これをこの穴にぶっさす。やってみろ」
「うん」
レベッカが5メートルあるトレントの端材を軽々と持ち上げ、そして穴へと突っ込んだ。
1メートルほど埋まったが少し穴が大きいため、ぐらぐらする端材を支えながらアレンが穴の隙間に余った土を詰めて踏みしめていく。それだけでだいぶその端材は安定し、柱らしくなっていた。
「おー、本当に簡単だ」
「だろ。後はこれを繰り返してやれば壁の出来あがりってわけだ」
「ディグ。うーん、これは魔法の制御には結構良い方法かもしれませんね」
レベッカが作った穴よりもはるかに精度の高い穴を作り上げていたイセリアがそんな感想を漏らす。思い通りの形に穴を掘るということが思いのほか難しかったせいだ。
イセリアが端材を持ち上げ、そして穴に突っ込んで先ほどのアレンのように土を隙間に詰めて踏みしめる。その様子を見てアレンは首をコキコキと鳴らし息を吐いた。
「じゃあ俺は飯を作ってくる。2人はそのままここに小部屋を造っておいてくれ」
「えー。どうして?」
「水浴びでもしてさっぱりしたいんじゃないかと思って目隠しできる部屋を造ろうと思ったんだが、必要ないなら別に良いぞ」
「よし、イセリアさん。レン兄が覗けないように強固に造ろう!」
「覗くか!」
アレンのツッコミに2人が良い顔をして笑う。そして楽しそうに2人で話しながら柱を立て始めたのを確認し、アレンも夜食の準備を始めるのだった。