作品タイトル不明
第25話 自己依頼
レベッカの言った意味をよく理解できず、頭に疑問符を浮かべているアレンを半ば引っ張るようにしてレベッカは冒険者ギルドへと向かった。
そしてたどり着いた冒険者ギルドの中で見知った顔のいるカウンターへと迷わず歩いていく。
「マチルダさーん」
「あらっ、レベッカさんに、アレン?」
「んっ、おう。お疲れ」
にこやかに声をかけてきたレベッカに対してマチルダが振り向き、そしてその後ろに続いて首をひねりながら歩いてきたアレンの姿に声色を変える。
アレンもマチルダに声をかけられたことで思考するのを一旦中止し、軽く手を上げてそれに応えた。
中途半端な時間であることもあり冒険者ギルドの中には冒険者の姿は少なく、受付嬢たちも少々暇そうにしているため、結構大き目の声でマチルダへと声をかけたレベッカは少し目立っていた。
「どうしましたか?」
「うん、依頼をお願いしたいんだけど」
「ええっと、依頼の受付ならあっちのカウンターでお願いしても良いかしら?」
マチルダが指差したのは冒険者たちが並ぶカウンターとは別に、独立して設置された間仕切りのあるカウンターだ。
現在は3つある窓口の内2つが使用されており、農夫らしき者と職人らしき者がギルド職員となにかを打ち合わせしている。
そこは冒険者ギルドへ依頼する者が、その内容や報酬などを決めるカウンターだ。
アレン自身使ったことはないが、その存在は当然知っているので、そりゃそうだよな、とレベッカを連れてそちらへと行こうとしたのだが、レベッカはマチルダの案内に首を横に振ってそれを拒否した。
「商人ギルドを通しての自己依頼なので、こっちでも良いかなぁと思って」
「そういうことね。うーん、それも一応あっちなんだけど……他の子に見学させても良いかしら?」
「良いですよ。珍しいですもんね」
「ありがとう」
にこっと笑みを浮かべたマチルダが立ち上がり、いくつかの書類を奥の方から取ってくると受付で暇そうにしていた数人の受付嬢に声をかけてからアレンたちのもとへと戻ってくる。
その後ろには声をかけられた受付嬢たちがずらずらと並んでいた。
まるで受付嬢に取り囲まれるようなその異様な光景に、なぜかアレンはごくりと唾をのみこんでしまう。
しかし当のレベッカは、全く意に介することなく普段通りの口調で話し始めた。
「今回は商人ギルドを通した自己依頼ですね。内容はトレントの建材の確保。建材の種類は随時相談で、10本を1セットにして報酬は8万ゼニー。依頼主は商人ギルドのレベッカで、指名依頼を鉄級冒険者のレベッカへ。その協力者として木級冒険者のアレンを同時に登録してください。これが商人ギルドと冒険者ギルドのギルド証です」
「はい、復唱しますね」
立て板に水のように滑らかに依頼内容を話したレベッカにアレンが驚く中、マチルダがその内容を繰り返し、確認を取っていく。
それにこくこくと首を縦に振ってレベッカは肯定を伝え、その内容をマチルダが手元の紙へと書き写していった。
まるでお手本であるかのようなスムーズさで行われていくそれを、他の受付嬢たちは熱心に眺め、その中にはメモを取っている者までいた。
今の状況がいまいち理解できていないアレンは完全に傍観者になっているが。
そして詳細確認の応答を少しばかりし、マチルダの動かしていた手が止まる。
「はい、これにて自己依頼の登録は終了です。ギルドへの入金については依頼達成時に随時お願いいたします。上限なしの継続依頼となりますので、終了する場合は連絡をお願いいたします。ご利用ありがとうございました」
「こちらこそスムーズな対応、ありがとうございました」
そう言ってお互いに感謝を伝えた2人は、顔を見合わせお互いに笑みを浮かべる。
それは先ほどまでの営業スマイルとは違う、おかしいから笑うといった自然なものだった。
「ありがとう、レベッカさん」
「いえいえ」
気さくな様子で再び感謝を伝えたマチルダに、レベッカもちょっと首を横に振りながら笑顔で応える。そしてマチルダが後ろで見ていた受付嬢たちに向き直った。
「これが商人ギルドを通した自己依頼の流れよ。今回のレベッカさんはかなり慣れていらっしゃるからスムーズだったけれど、実際はそうでない方が多いわ。滅多にないものだし、用紙も通常の依頼のものではなくて指名依頼のものだから、こちらが戸惑ってしまわないように。落ち着いてやれば普段通りのことだし、あなたたちなら必ず出来るから」
「「「はい、ありがとうございました」」」
声をそろえてそう言った受付嬢たちにレベッカがひらひらと手を振りながら笑顔で返した。
そして受付嬢たちが自分たちのカウンターへと戻っていき、場が少し落ち着いた事で唐突な展開に混乱していたアレンもだんだんと正常な思考が出来るようになってきた。
書き終えた書類をとんとんと揃えているマチルダへとアレンが声をかける。
「なあ、マチルダ。自己依頼ってなんだ?」
「あらっ、アレンは説明してもらってないの?」
首を縦に振るアレンから視線をレベッカへとやったマチルダは、無邪気な子供のように楽しげに笑っているレベッカの姿を見ておおよその事態を把握した。
本当にアレンの事が好きなのね、とそんなことを内心で思いつつマチルダが説明を始める。
「商人ギルドを通した自己依頼は、その言葉の通り自分で自分に出す依頼の事よ。商人としての自分から、冒険者としての自分にって事だけどね」
「いや、それは見ていてわかったんだが……これ、意味あるのか?」
「冒険者ギルドの立場からすると普通の指名依頼とあまり変わらないわね。依頼と共に受注も受け付けるということと、報酬の支払いが特殊になるというのが違いかしら。商人側については……」
「私の出番だね」
言葉を止め、先を促したマチルダに応えるように、レベッカが手を上げてアレンへと向き直った。
その楽しそうな姿にアレンが苦笑いしながら耳を傾ける。
「メリットとしてはやっぱりその依頼料を経費に算入できる事だね。冒険者ギルドで報酬として受け取った金額は既に税が納められた後のものだから、その収入に対してまた商人ギルドで税がかかるってことはないんだ」
「それじゃあ結局税を払うって事だろ。手数料の分、損するんじゃねえか?」
「チッ、チッ、チッ。それは違うんだなー」
アレンの疑問に、得意げな顔をしながらレベッカが指を振ってそれを否定する。
「商人って税率が2段階あってね、儲けが少ない場合は冒険者が支払っている税率よりも低い税率がかかるんだけど、一定の金額を超えると冒険者の、ええっとたしか2倍くらいの税率になっちゃうんだ。つまり税金が高くなるって訳」
「つまり、ギルドの手数料を払っても自己依頼をした方がお得になるってことか。いや、それって良いのか?」
「まあ店を持っていない行商人の特権みたいなところもあるんだけどね。それに絶対にお得になるって訳でもないし」
レベッカが続ける説明を聞きつつ、アレンが思考を整理していく。
昔のアレンだったら途中で確実に思考放棄してしまっただろう面倒でややこしい税に関する話だったが、上がったステータスのおかげかなんとか大まかには理解する事が出来ていた。
そのことに自分自身でちょっと驚きながら、話し終えたレベッカと答え合わせするためにアレンが口を開く。
「つまり法的には問題が無い。その年の利益によっては損する可能性もあるというのは確かだが、うまくすれば納める税を節約する事も出来る。ただし依頼内容があまりに常識の範囲から外れていると経費として認められない場合がある、と」
「うん、さっき商人ギルドへ行ったのはその金額の確認のためもあるね」
「で、そんな事が認められているのは各地を移動する関係で行商人の納税地が明確に定まっていないため。というより行商の途中で死ぬ可能性もあるから、随時税を納めてもらった方が取りっぱぐれないって事で認められているって理解でいいんだな?」
「おー、レン兄。良く出来ました」
ぱちぱちと手を叩くレベッカに、アレンが苦笑いを浮かべる。
アレンも一応なぜレベッカがそんなことをしたのか大まかには理解した。だが、これはあくまでレベッカがわかりやすく説明してくれたことをまとめただけであり、本来はもっとややこしいものだと察しがついたからだ。
そして自分は大人しく冒険者ギルドに全部任せようとアレンは心の中で決意した。
「まっ、実際にやる人は少ないんだけどね」
「えっ、なんでだ? 年間の利益の大まかな予想ができた段階で依頼をかければ、まず確実に税を安く出来るだろ」
「アレン。冒険者ギルドもそこまで緩くないわよ。実力の伴わない者に鉄級なんて与えないわ。ギルドの評判に関わってしまうでしょ」
2人の話を興味深げに聞いていたマチルダが、そう言って口を挟む。
その言葉にアレンが確かに、と納得し、そして付随していくつかの事実に思考がたどり着いた。
「あれっ、でも自己依頼は無理でも商人として依頼を出すのは可能だし、それを自分でもぎ取る事さえ出来れば同じような事が出来るよな。しかも依頼人が自分だから継続依頼にして何度も達成させる事も……」
「可能ね。その結果貢献度が早く溜まるから、そういう風にランクを上げている人もいるわよ。まあ鉄級に上がるには試験があるからそれに合格しなくちゃダメだけれど」
「貴族とかも同じ事しているしね。まあ公然の秘密ってやつ」
「いや、冒険者のランクを強さの象徴みたいに考えている馬鹿貴族はどうでも良いんだが。それって、ずるくね?」
アレンのそんな発言にマチルダとレベッカが顔を見合わせる。
そして2人でぼそぼそと会話を交わすと、アレンに向かって同時に微笑んだ。
「「お金も1つの力だから」」
「うっわ。汚い世の中だな」
声をそろえてそう言った2人に、アレンが苦々しい顔をしながらツッコミを入れる。その反応にマチルダとレベッカが噴き出し、そしてクスクスと笑い始めた。
そんな2人の姿を見ながら、少しだけランクアップのために自分もそうしてみようかという誘惑に駆られたアレンだったが、あまりにも不自然で、意味もないように思えたので結局それを行う事はなかった。
そして2人が落ち着き、自己依頼の手続きも終わったので帰ろうとしたその時、ギルド証をしまうレベッカを何気なく見ていてアレンは気づいてしまった。
(やべえ、そういえば俺、レベッカよりランクが低いって事じゃねえか)
最初からわかっていたはずなのに、別のことに考えをとられて認識していなかったその事実に、ずーんと気を落としながらアレンは冒険者ギルドから出ていったのだった。