作品タイトル不明
第17話 『ライオネル』たちの裏で
ライオネルたちが大岩の前へと移動して戦いを始めようと準備していた時、アレンはブルファングの大群の真ん中に突っ込んでいた。
「ほらよっ!」
アレンがブルファング2体それぞれの角を片手で掴んで持ち上げると、それを別のブルファング目掛けてぶつけていく。
かなりの速度でなげられたその1トンを超える巨体は、周囲にいたブルファングたちを巻き込みながら吹き飛んでいき地面を埋め尽くすような大群の中にぽっかりとスペースが空いた。
アレンはそこへ向かって走りながら、攻撃を仕掛けてきた2体のブルファングの角を掴んで引きずり、そして再びブルファングたちを投げてぶつけていく。
「意外と面倒だな、これ。とはいっても派手な魔法を使うわけにもいかねえし、こんだけいると剣で切ったら返り血とか、そうじゃなくても流れた血とか踏んじまいそうだしなぁ」
そんなことをぼやきながらアレンはブルファングを投げるという作業を続けていく。
突入した当初はこれだけの大群を相手にするのだからステータスが上がった自分でも厳しいかもしれない、と多少不安を覚えたのだが戦っているうちにそんなアレンの不安は完全に解消されていた。
アレンの思った以上にブルファングが弱かったためだ。いや、アレンが強くなりすぎていたと言う方が本当は正解なのだが。
アレンがわざわざその身をさらしてブルファングへと突っ込んだのは、その注意を自分へと向けるためだった。ただ倒すだけであれば遠距離から魔法を放つなり、大岩を投げるなりすれば事足りる。
だがそんなことをすれば目立ってしまい誰かが戦っている事を『ライオネル』の面々に知られてしまう。それはアレンの望むところではなかった。
そしてもう1つこんな戦い方をしている理由としては……
「というか薬草採取がなけりゃあ血の匂いがつくのを覚悟で倒しても良いんだが、あの偏屈じじいの基準って滅茶苦茶厳しいんだよな。やったことはねえけど、きっと駄目だろうな」
薬草の納品先の依頼主のことを思い出しつつ、アレンが苦笑いする。
最初は納品してもダメ出しばっかりされて、ふざけんなと憤慨していたアレンだったが回数をこなすうちにその基準が大まかにではあるがわかっていった。
そして安定して納品をするアレンに気を許したのか、半ば強引に自分の採取してきた薬草がどのような実験に使われているのかということを依頼主に見せられ、その執念にも似た研究心を知る事で、なんとなくではあるがその偏屈な依頼主が憎めなくなってしまったのだ。
面倒な依頼という意味では全く変わっていないし、達成するのに時間がかかるためランクアップを急ぎたいアレンとしてはあまり受けたくはないと思うが、まあ協力を頼まれれば受けても良いかと思える程度には気持ちは変わっていた。
そして依頼を受けたのであれば、依頼主の希望の通りに動くのが冒険者だという信条のもと、アレンはわざわざ薬草採取に影響が出ないであろう戦い方をしていたのだ。
「まっ、面倒とはいっても数分の辛抱だしな」
そんな事を言いながらアレンがブルファングをぶつけていく。
戦い始めて既に1分程度経過しているため、既に逃げていた冒険者たちは『ライオネル』と合流しているだろうとアレンは予想していた。
こんな大群を相手にしてはいかに『ライオネル』の腕が良いといっても、全滅は免れない。
リーダーであるライオネルはアレンから言わせれば、人のために自分の命を賭けるような馬鹿だが、それでも愚かではない。彼我の戦力差については十分に理解していると、アレンは確信していた。
だから『ライオネル』がとる選択も自ずと予想できた。
まずネックとなるのは逃げていた冒険者たちだ。今までは必死で走って逃げてきたようだが、怪我を負っている者ばかりで装備もボロボロだった。はっきりいってこのまま逃げれば19層へと続く階段にたどり着く前にブルファングの餌食になるだろう。
だから最優先すべきは、彼らの回復。
幸いにも『ライオネル』の中には腕の良い神官のトリンがいる。祈りを先に捧げておくことで、時間を大幅にロスすることなく回復させることは可能なはずだとアレンは考えた。
後は逃走途中に後方以外からブルファングが集まるのを防ぐためにアラームバードの駆除も必要だが、アレン自身が先ほど見たようにピートの弓の腕があれば十分に対処可能なはずだ。
おそらくこの2つの事項をこなすのに必要なのは10秒から20秒ほど。そのくらいの間であればライオネル、ナジーム、パーシーが協力してブルファングを押し留めることは可能なはずだった。
そして準備が整い次第、全員で一斉に大岩を登って逃げる。ここで間違ってはいけないのは誰一人遅れることなくという点だ。
アレンも資料でしか読んだことはないが、ブルファングの性質の1つとして大岩などの高所に人がいると、仲間をその角で挟んで回転を始め、砲弾のように飛ばしてくるというものがあった。
その速度はかなりのもので、直撃すれば普通の人が耐えられるものではない。
飛ばすまでに多少の時間があるためそれまでに逃げ切れれば良いが、一度始まってしまえば四方八方から飛んでくるそれを避ける事など実質不可能だ。
その状態が解除されるのにはしばらく時間がかかるため、その後に岩を登ろうとすればすぐにブルファングが飛ばされてくる。つまり一度に逃げ切らなければ、その後の逃走は絶望的なのだ。だからこその誰1人遅れることなくということだった。
一方でブルファングたちはその場で回転をしながら仲間を投げるため、その追撃の足は一時的ではあるが鈍くなる。
つまりそこを抜けてさえしまえばほぼ確実に逃げる事が可能になるのだ。そういったメリットがあるため、わざわざライオネルは岩の前に陣取ったのだろうとアレンは予想していた。
「おっ、始まったか」
ライオネルたちのいる大岩の方向から響いてきた重さを感じられるような鈍い音にアレンがそちらを眺め、少しだけあっけにとられる。なにせ3メートルの巨体が大岩に向かって次々と飛んでいくのだ。
アレンも知識としては知っていたのだが、実際に見るのでは大違いだった。赤茶けた色の大岩がものすごい勢いで次々と黒に染まっていく、そんな光景を眺めながら、確かに逃げ遅れれば確実に死ぬだろうなとアレンは実感していた。
「さて、もうしばらくひきつけたら終わりにするか。そんなことをしなくてもたぶん大丈夫だろうけど、一応な」
大岩へと向けた視線を戻し、アレンが周囲のブルファングとの戦いを再開する。
そしてそれを数分ほど続け、さすがにこれだけやれば問題ないだろうと1体のブルファングをレベッカのお土産用として確保した上でアレンはその場を離れようとしたのだが、大群の中から抜け出たところで異常に気づいた。
「なんであいつら未だに大岩を囲んでやがるんだ?」
アレンの瞳に映ったのは、先ほどまでライオネルがいたはずの大岩を大量のブルファングが取り囲んでいる光景だった。
逃げたライオネルたちを追うのであれば、19層へと続く階段の方向に群れが伸びていてしかるべきであるし、遠くに離れすぎてしまっているのであればアラームバードが鳴いているでもない現状、群れ単位に戻って自然と離れていくのが普通だった。
アレンがその光景をいぶかしみ、しばらく様子を見ていると大岩の近くにいた1体のブルファングが宙を飛び、そして少し離れた地面へと叩きつけられた。そのブルファングは立ち上がることなく、他のブルファングの影へと消える。
その光景を眺めていたアレンは、仲間によって飛ばされたブルファングがいた場所の大岩に奥へと続く穴が空いている事を見逃さなかった。
「まさか誰か逃げ遅れたのか?」
ありえない、という予想に反し、再び仲間によって飛ばされたブルファングの姿と、大岩に空けられた穴を確認しアレンはため息を吐く。
「助ける奴がみんな良い奴なんてことはねえって言っただろうが、馬鹿ライが!」
アラームバードの処理を誤りブルファングの大群に追われるような者が、大岩に穴を開けるというこの階層の緊急回避行動を知っているはずがないため、あそこにいるのが『ライオネル』の面々だろうとアレンは確信していた。
「自分たちが助かる事を優先した冒険者たちが先走ったか? それともていよくなすりつけられたか。どっちにしろ、ろくな奴らじゃねえな」
チッ、と舌打ちしながらアレンが苦々しい顔をする。
ある意味ではアレンの忠告を無視し続けたライオネルの自業自得ともいえる結果だが、だからと言ってそれで終わりにする、そんな考えはアレンの頭の片隅にもなかった。
「まっ、今回は俺がお前の尻拭いをしてやるよ。せいぜいこれで懲りてちょっとは頭を使うようになってくれれば……あー、なんか無理そうな気がしてきた。まあ良いや。あいつら穴の奥で外の様子なんて見えないだろうし、さっさと始末して帰るとするか」
解体して肉をお土産にしようと考えて持っていたブルファングを適当に放り捨て、アレンは再び駆け出す。
その目の前には未だ数え切れないほどのブルファングの大群がいたがアレンの瞳には一切恐れなど浮かんでおらず、そして間もなくアレンの魔法による蹂躙が始まったのだった。