軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 トラウマ改善?

1人でトレントの潜む森を進むイセリアは、幾度かのトレントとの戦闘を繰り返して少しずつ落ち着きを取り戻し、次第にその緊張した表情を和らげ始めていた。

「なんとか大丈夫みたい。結局は慣れ、なのかしら」

今までのトレントとの戦闘を振り返りながらイセリアが呟く。

実際、今回初めてトレントと遭遇した時には、周囲の木々を巻き込むほどの威力の魔法をイセリアは放っていた。しかしそれであっさりとトレントが倒れた光景を見て不安が消えていくのを感じていた。

それからは徐々にではあるが威力をコントロールできるようになり、そしてトレントが倒れていくごとに不安が減っていった。

そして今では過度に緊張することなく歩き、戦闘を行えるようにまでなったのだ。

「そろそろ資料に書いてあった弱点を確かめても良さそうね」

ふぅ、と息を吐きイセリアがそう決断する。

今までの戦闘はいわゆる魔法の威力に任せて、安全最優先の戦いだった。しかしギルドの資料室に書かれていた推奨する戦い方は別であり、普段どおりに近い状態になったのだからそれを試してみようと考えたのだ。

「トレントの弱点は攻撃手段の少なさと移動が出来ないということ。魔法で遠距離から攻撃すれば関係ないけれど、近接で戦うなら攻撃してくる枝を先に落としてしまえば、後は安全に倒せる、でしたね。私が剣で戦っていた時は振り回す枝に苦戦しましたが……」

そんなことを言いながらイセリアが歩いていると、ダンジョン内で風も吹いていないのにざわっと葉がこすれる音が頭上から聞こえた。

その瞬間、イセリアが表情を鋭くし、そして大きく横へと飛びずさる。

ぶんっ、と振り回された太い枝が先ほどまでイセリアがいた場所を通り抜けていった。

そしてざわざわと枝を震わせトレントが醜悪な笑みを浮かべながら、枝の届く範囲外の位置に立つイセリアを眺めた。

「ふぅ、とりあえず最初は魔法で対応してみましょう。クイックバースト」

じっくりとトレントを観察しながら、手をトレントに向けて風と火の混合魔法であるクイックバーストをイセリアが唱える。

その手の先から発生したほんのりと赤色に色づいた透明な空気の弾がトレントへと向かって飛んでいき、そして枝の付け根へとぶつかる。

バンッ、という軽い破裂音が響き、そしてその周辺の枝葉がバラバラと地面へと落ちる。太い幹などはまだまだ残っているものもあったが、自重に耐え切れずにミシミシと音を立て今にも折れてしまいそうな物も多かった。

クイックバーストは簡単に言えばその透明な空気の弾が当たった場所で破裂し、その周辺へ風の刃をばら撒く魔法である。

消費する魔力が少ない割に威力が高いため、イセリアがよく使用している魔法の1つだった。複合魔法であるため使えるものはそこまで多くないのだが。

イセリアが効果を確認しつつ何度かクイックバーストを唱え、そして枝が全て落ちた事を確認した上でトレントへと近づいていく。

一応いつでも逃げられるようにとイセリアも注意していたのだが、ギルドの情報の通り、トレントは憤怒の表情のままイセリアを見るばかりで攻撃を仕掛けてくることはなかった。

しばらくその様子を観察していたイセリアだったが、ギルドの資料室で得た情報が正しい事を確信して、うんうんと首を縦に振る。

そして止めを刺すべくその手をトレントへと向けた。

「クイックバ……」

魔法の詠唱の途中でイセリアの言葉が止まる。

その眼前には今までなかったはずの手刀が突きつけられており、息をすることも出来ないほどのプレッシャーがイセリアを襲っていた。

「目の前の敵ばかりに集中すると死ぬぞ。余裕だと油断している奴ほどそういうことが多い。これ冒険者の常識な」

そんな声が聞こえ、そしてイセリアの目の前にネラの姿でアレンが現れる。そして手刀をやめるとイセリアを襲っていたプレッシャーは嘘であったかのように霧散した。

ぺたんと腰を落としたイセリアが地面に手をついて荒い息を吐く姿を、アレンは眺めていた。ちょっと驚かすつもりだったのにやりすぎたかもしれん、と内心後悔しながら。

しばらくして息を整えたイセリアがアレンを見上げる。明らかに不服だと頬を膨らませたその姿に、末っ子の妹のことを思い出したアレンが思わず笑みを浮かべる。

「ご教示ありがとうございました」

「それにしては不服そうだがな」

「それは……まあ油断した私が悪いのでしょうけれど、ネラ様も性格が悪いと思います」

手を差し出しながらそう言ったイセリアの言葉に、アレンは無言のまま少しだけ首を傾げることで応え、その手をとってイセリアを立たせた。

立ち上がったイセリアは膝やお尻をパンパンとはたくと、ふぅー、と大きく一度息を吐いた。そこに恐れや恐怖といったものが残っていない事を確認したアレンが微笑む。

「ちょっと心配していたんだが、トレントなどに対する恐怖も大丈夫そうだな」

アレンの唐突な言葉にキョトンとしながらイセリアが見返す。そしてその意味を理解し、アレンが自分を心配していたという事実に少しだけ頬を緩ませた。

「そうですね。もしかしたらもう戦えないかもって自分でも不安でした。本にもそういった症例があると書いてありましたし、もしかして自分も、って思って」

素直に自分の感情を伝えるイセリアの言葉を聞きながら、アレンが首を傾げる。その様子に何か変な事を言ったかと考えたイセリアだったが、特に何も思いつかなかった。

「何か?」

「いや、戦えないってさんざんイセリアは戦ってきただろ。鬼人のダンジョンとかドラゴンダンジョンとかで」

「いえ、そういう意味ではなくてですね」

自分とアレンの考えがすれ違っている事に気づいたイセリアが補足説明をしていく。それを聞いてアレンはすぐに自分の思い違いに気づいたのだが、イセリアが話したそうにしていたためその説明を最後まで聞くことにした。

恐怖は人に話すことで薄れるという事を経験上知っていたからだ。

「……という感じです。治療法もよくわかっていないので余計に怖くて」

「そうだな。確かに冒険者でも結構そういう奴がいるな。程度に違いはあるが」

「程度、とは?」

疑問を返してきたイセリアに、頭をかきながらアレンが話し始める。

「一番酷い奴は冒険者って職業自体が駄目になっちまうな。もうギルドにも入れなくなる。で、ちょっとマシなのがモンスターを相手に出来なくなったり、特定の場所、例えば森の中に入れなくなるってのだな。もう少し軽い奴だと同系統のモンスターだけが駄目になったり、特定の階層だけが駄目なんて奴もいたな。本当に軽い奴だと特定のモンスターだけが駄目とか……」

「ちょ、ちょっと待ってください! その知識って専門書に書いてあるより詳しいのですよ」

アレンがとうとうと語ったその言葉にイセリアが驚き、思わずそれを止めてしまう。それはイセリアにとって信じられない事だった。

なぜならイセリアが読んだその本は、本来であれば研究者が読むような医学書なのだ。それよりも詳しい知識を冒険者しかした事がないというアレンが持っている。そのことに驚きを隠せなかったのだ。

言葉を止められたアレンは、明らかに動揺しているイセリアを見ながら首を傾げる。

「いや、ベテランの冒険者なら大体知ってるぞ。そういう奴を見る機会も多いし、臨時にパーティを組む場合、情報共有で伝えるべき事項だしな。ある意味、冒険者にとっては常識だ」

「冒険者の常識……もしかして治療法も?」

「いや、それは」

言葉を濁したアレンに、イセリアが少しだけ落ち込む。アレンの話を聞いた限り、ハンギングツリーに対してだけは恐怖が残っていて、取り乱してしまう可能性がまだあるとわかったからだ。

その様子に、アレンは確実とは言えないために濁した言葉の先を続ける事を決めた。

「無い訳じゃない。確実じゃねえけど」

「あるんですか?」

ばっ、と顔を上げ希望を見つけたかのような表情で自分を見るイセリアの態度に苦笑しながら、アレンがうなずく。

「一応聞いた事があるのは、その恐怖の対象になった奴を倒す事で軽減するとか、それが難しいなら同系列のモンスターでも多少は効果があるとかだな」

「それは、そうかもしれません」

トレントを倒すことで不安が消えていったことを思い出しながらイセリアがうなずく。しかし同時に、これ以上トレントを倒したとしても変わりはしないだろうとも冷静に判断していた。

「あとは、それをはるかに上回る恐怖を体験するとどうでも良くなるってのも聞いたことが……」

「それ、やってみましょう」

「えっ、マジで? でもどうするつもりなんだ?」

「ネラ様に本気で殺気を放ってもらえば、きっと。先ほどの警告だけでもかなりのものでしたし」

俺かよ、と内心思いつつも、その真剣な表情と様子にアレンは気の済むようにしてやろうと決める。そもそもが確証などないのだ。

おまじない程度にでも、イセリアが安心するならそれでも良いだろうと。

「了解。じゃあいくぞ?」

「はい。いつでも……」

殺気、殺気ねぇ、と普段はあまり縁のないそれについてどうしようかと考え、先のスタンピードで瀕死のエリックに向かうドラゴンパピーのことをアレンは思い出してしまった。

そして放たれたアレンの恐ろしいほどの殺気に、イセリアが言葉の途中であっさりと白目をむいて気絶する。

無防備のまま倒れていくイセリアの姿に我を取り戻したアレンが、慌ててその装備をつかんでイセリアを受け止める。

「いや、どうすんだよ。これ」

胸の内にいる、普段の美女然とした姿からは想像できない白目に口をパカッと開いた他人には見せられない顔をしたイセリアの姿を眺め、アレンは思わず頭を抱えた。