作品タイトル不明
第4話 イセリアとの約束
ギルド長の部屋から出ていき、マチルダにギルド長から渡されたミスリル級としての登録を認めるという紙を渡してネラとしての冒険者登録をアレンが始める。
その紙を渡した瞬間、少しだけマチルダの表情がピクリと動いたが、それ以降は普通どおりに冒険者の登録手続きを行った。
その様子からマチルダもギルド長がミスリル級までを認定する権限を持っていることを知っていたということにアレンは気づいた。
(そう考えると、俺って不良ギルド職員だったのかもなぁ)
そんなことを考えつつてきぱきと登録手続きを行うマチルダの姿をアレンが眺める。
ギルドに入ってすぐ、研修等もなくスライムダンジョンに行くようにアレンは指示されていた。ギルド内部の業務など、スライムの魔石を持ってくる時などに目にして、マチルダに教えてもらった程度しか知らなかったのだ。
もともとそういうことを期待してアレンが採用されたわけではない、という面はもちろんある。
しかしギルド職員としてしっかりとした知識を持ち、職務を全うしようとするマチルダの姿はアレンにはとてもまぶしく見えた。
「では、これで所定の手続きは完了となります。ただミスリル証の発行に関しては少々お時間がかかってしまいますので、一時的なものとして仮証をお渡しいたします。こちらを使用して依頼の受注やダンジョンへ入る事が可能です。なにか疑問点などございますか?」
ギルドの印が押された上質な紙をマチルダから受け取ったアレンは、そこに書かれたミスリル級という文字に少しだけ頬を緩める。
そしてマチルダへと向き直って首を横に振った。
「それではネラ様。改めて、ようこそ冒険者ギルドへ。私たちはあなたを歓迎します」
定型とも言えるその言葉どおりに満面の笑みを浮かべるマチルダへ、アレンは片手を上げて応えてから去っていった。
その背中を見送ったマチルダは、ネラの後姿が見えなくなった瞬間に大きく息を吐く。
ギルド内にいた冒険者やギルド職員たちの間でどこかぴりついていた空気も弛緩していき、いつもどおりの騒がしさが徐々に戻っていった。
通常通りの冒険者ギルドへと戻っていく中で、少し考え込むように首を傾げるマチルダの姿に気づく者は誰もおらず、そしてマチルダ自身もすぐにそれをやめ自分の業務へと戻っていったのだった。
めでたくネラとしての領民証とミスリル級冒険者としての立場を手に入れたアレンは、その足で街の南門を領民証を見せて普通に通り抜けてライラックのダンジョンへと向かった。
今までであればこんな昼前という時間帯にネラの姿をしてアレンが人の多いライラックのダンジョンへとやってくることなどなかった。
そもそも噂には聞いていても主に深夜に活動するネラの姿を実際に見た者はそこまで多くないのだ。
すれ違う冒険者たちにぎょっとした視線を向けられ続け嘆息をつきながらもアレンは進み、目的である9階層へとたどり着いた。
トレントの階層ということで相変わらず人気の無いその場所に佇み、アレンは耳を澄ませる。
「あっちか」
程なくして何かが破裂するような戦闘音を耳にとらえたアレンは、そちらへと足を向け駆け出す。そして目的の人物であるイセリアがトレントと戦っている場面に遭遇した。
イセリアは剣を使用していた以前とは違い、魔法主体で戦闘を行っていた。トレントの攻撃範囲外から一方的に攻撃を続けるその姿からは余裕すら感じられる。
「一応セオリーどおり枝を切り飛ばしてから戦っているな。ちゃんとギルドで調べたか。まあ今のあいつの魔法なら普通に幹を攻撃しても良いと思うが」
そんな事をぶつくさと呟きながらイセリアの戦いを観察していたアレンだったが、ほどなくして問題点を発見した。
それはソロでダンジョンへ行く事の多かったアレンが、その時に最も気をつけていること。パーティで戦う冒険者であればそれ専用の者を1人用意するほど重要なものがイセリアには欠如していた。
「あいつ、戦いに集中しすぎだな」
イセリアの意識が目の前のトレントへと全て向かっている事がアレンには手に取るようにわかった。
相手との実力差がなく、本当にギリギリの状態であれば仕方ない部分もあるとアレンは考えているが、イセリアにはまだまだ余裕が感じられるのだ。
「じゃあ指摘するか。冒険者の心得を指導するだけで正体を黙っていてくれるって約束だしな」
そう呟いたアレンは、こっそりとその場から移動を開始した。
その日の朝一番にライラックの街を出て、ライラックのダンジョンへとやってきたイセリアはつい昨日までギルドの資料室で調べていたモンスターの特性や弱点などを確認しながら歩を進めていた。
(気づいていなかったけれど、今までの私はステータス任せの力押しだったのですね)
ギルドの資料室に行ってせめて自分が行く階層や周辺のモンスターは確認しておけ、というアレンの指示に素直に従ったイセリアは、ここ最近ずっとギルドの資料室へとこもっていた。
冒険者たちからの情報を集積したギルドの資料室には、古いものから新しいものまで様々な書面が残されており、元々の読書好きも高じてイセリアは次々とそれを読破していっていたのだ。
そしてそこで得た知識を基に、ダンジョンで実際にモンスターと戦ってみると今までよりもはるかに戦いが楽になっていることにイセリアは気づいた。
レベルが上がるようになってステータスも上がり、戦い方も本来の得意の魔法を主体とするように変わったという点はあれど、その違いははっきりとイセリアにも感じられたのだ。
「そういえば、資料室に来ている人はベテランの方が多かった印象がありますね。経験を重ねる事で知識の重要性を認識するということでしょうか。冒険者ギルドとしてそういった指導を新人にするようになればその辺りは改善できそうな気もしますが」
いつの間にか組織改革にまで言及しつつ、イセリアは何も問題なくダンジョンを進んでいく。
そもそもイセリアはアレンのパワーレベリングによりレベル200を超えている。さらに言えばドラゴンダンジョンのスタンピードで戦い続けた結果、そのレベルは既に268にまで上がっていた。
それは冒険者としてのランクで言えば少なくとも金級以上、多種の魔法を使用できることを考えればミスリル級でもおかしくないほどの強さである。
新人から中堅までの冒険者たちが主に戦うライラックのダンジョンの低階層を進むことなど、今のイセリアにとっては散歩するのと変わりのないことだった。
そしてアレンとの待ち合わせ場所である9階層にたどり着いたイセリアは、目の前に広がる森林地帯を眺めながら少しだけ身を震わせた。
アレンに助けられた当時は動転していて気づかなかったのだが、改めて自分がここで死に掛けたことを認識したのだ。
一歩でさえ踏み出せずにすくむ足を見ていたイセリアは、目を閉じて数回呼吸を繰り返す。
アレンの、9階層にはまだ1人で行かない方が良い、という言葉を断って集合場所をここにしたのはイセリア自身だった。
アレンが何を危惧しているのかを、本の知識としてイセリアは知っていた。大きな衝撃を受けた場所を見るとパニックを起こしたり、動けなくなる者がいるのだ。今、自身に起こっているように。
それを治療する方法はイセリアの読んだ本には載っていなかった。勝手に治ることもあるし、一生治らないこともある。そんな治療例とも呼べない経過が記載されていただけだ。
そういった知識があるからこそ、イセリアは逆に不安だった。もし一生治らなければ勇者アーティガルドのように生きるという自分の夢が潰えてしまうかもしれないのだから。
しばらく呼吸を繰り返し、そして顔を上げたイセリアが目を開く。そして目の前に写る森林地帯へ向けて一歩踏み出した。
かすかに震え、普通の半分の距離にも満たないようなその一歩だったが、イセリアは確かに前に進んだ。
そしてゆっくりとした呼吸を繰り返しながら一歩、一歩、着実に足を動かしイセリアは森の中へと入っていったのだった。