作品タイトル不明
第6話 新たなトラウマの誕生?
気絶してしまったイセリアを近くの木へと背中をもたれさせて座らせ、なぜかイセリアと同じように白目をむいているトレントをあっさりと切断したアレンは一応周囲を警戒しつつトレントを加工し始めた。
当初の目的であるイセリアに冒険者としての心得を教えるという約束を考えるのであれば起こすべきなんだろうと理解しつつもアレンはそれをしなかった。
(今日は9階層に来てある程度恐怖を振り払えたってだけで十分だろ。しかしここまで必死になるってのはなんでなのかね。やっぱ若さゆえってやつか?)
人には見せられない顔で気絶しているイセリアの方をあまり見ないようにしながら、作業するアレンはそんなことを考えていた。
本当であれば、今日アレンはイセリアをトレントと戦わせてその様子を観察するつもりだったのだ。ハンギングツリーと同系統のモンスターであるトレントに対してイセリアがどのような反応をするか確認するために。
イセリアがこの9階層で死にそうな目にあい、その後レベル上げのために鬼人のダンジョンを攻略したり、ドラゴンダンジョンで戦っていた事から考えて普通のモンスターに対する恐怖はあまりないとアレンは判断していた。
また森という場所についても、ドラゴンダンジョンの1階層もそれに近い地形であるのにもかかわらずイセリアが気にした様子はなかったため、場所についても大丈夫だろうと考えていた。
とは言えその時はエンシェントドラゴンのミズチと会った事でイセリアが興奮していたため確証はなかったのだが。
「よっと、簡易ベッドとしてはこれで上等だろ。毛布は適当だがまあ直で寝るよりはマシだろうしな」
組み立てあがった、以前アレンが使っていたのよりもはるかに上等なベッドにうんうんと満足げにうなずいた後、その上に毛布を敷いてアレンはイセリアをそこに寝かせる。
「う、うん……」
「!!」
ベッドに置いたイセリアが身じろぎしてそんな声をあげ、それに反応したアレンはさっとその場から離れた。
イセリアが少しでも楽に休めるようにという気遣いで簡易ベッドを造ったのだが、その声と姿にある考えが頭をよぎったからだ。
(やべ、これってベッドに連れ込んで襲おうとしているみたいに見えるんじゃねえか?)
意識のない若い女、そしてベッド。そしてその隣に佇む男。傍から見たらそう思われる可能性も確かにあるのかもしれない。
ただここがダンジョンの中であり、そこにわざわざベッドを持ち込み、さらに男がクラウンの姿をしているという時点でそう考える者が多いとは思えないが。
起きるなよ、というアレンの願いが通じたのかどうかはわからないが、イセリアは体を少し横にずらしただけだった。
先ほどの身じろぎしたタイミングで白目も中途半端に開いた口も閉じていたので別の意味でも安心し、アレンはふぅ、と小さく息を吐く。
すやすやと眠るイセリアの姿を見ながらアレンはどこか懐かしさを覚えていた。
弟妹たちが少し大きくなり、自分たちで食事の準備などが出来るようになったころアレンはお金を稼ぐために遅くまで仕事をすることも少なくなかった。
質素倹約に努めていたし、お金についてはアレンよりもはるかに管理が上手な妹がしっかりと管理してくれていたのだが、それでも大きくなるごとに食費などかかるお金は増えていったからだ。
疲れた体をひきずりながらアレンが夜遅くに帰ってくると、当然弟妹は寝てしまっている。起きて待つのをアレン自身が禁止したので、それを皆がちゃんと守っていたので当然なのだが。
用意してあった簡素な夕食を口に運び、そして明日に備えて寝る前にアレンはいつも弟妹の寝姿を眺めていた。
そうすることで明日も頑張ろう、そう思えたから。
「そういえば今頃なにしてるんだろうな」
そんな事を呟きながらアレンが物思いにふける。
次男であるエリックはこのライラックの街にいるし、最近も顔を合わせたのである程度の状況はわかっているが、他の3人については既にライラックの街を離れてしまっているため、たまに来る手紙以外どんな生活をしているのかさえわからないのだ。
特に王都にいる長女と三男についてはライラックを出ていってから一度も顔を合わせていない。まあ三男についてはそこまで昔に出ていったという訳でもないのだが。
「会いに行ってみるってのもいいかもしれねえな。この街に縛られる必要はもうないんだし」
そんなことを呟くアレンの表情は、今までに見た事がないほど柔らかく優しげなものになっていた。
およそ2時間後、目を覚ましたイセリアは状況が掴めずにキョロキョロと周囲を見回していた。
ライラックのダンジョンの9階層でトレントと戦い、そしてアレンと話していたはずなのに、いきなりベッドに寝かされていたのだから当然である。
ぼんやりとした頭のまま体を起こし、そしてベッドから足を下ろして座る格好になったイセリアに、少し離れた位置で大人用にしては明らかに小さすぎる机と椅子を作っていたアレンが声をかける。
「起きたか。すまない、やりすぎたようだ。体の調子はどうだ?」
「いえ、頼んだのは私ですし。それに何があったのかよく覚えていないのです。体の調子は特に悪くないと思うのですが」
実際、イセリアの記憶はあいまいになっていた。
アレンと治療法について話していたこと、そして恐怖体験をはるかに上回る恐怖を体験することで治療できる可能性があると聞いてそれを試そうと自分が提案したところまでは覚えていた。
しかしその先に何が起こったのかについてはイセリアの記憶にはなかった。
無理矢理それについて考えようとしたイセリアだったが、その瞬間ぞわぞわっとした寒気が襲い、体が震え始める。
「何があったかは考えない方が良さそうですね」
「みたいだな。本当に悪い」
「大丈夫ですよ。当初の目的は達成できたような気がしますから」
軽く頭を振って、思考を放棄したイセリアがすまなそうな雰囲気を醸し出しているアレンに笑顔を向ける。どれだけの恐怖をアレンから受けたのか今のイセリアにはわからなかったが、その影響でアレンを恐れるようなことにならなかったことに内心安堵しながら。
まだ言葉を続けようとしたアレンだったが、その笑顔を見て頭を掻いてそれを止める。これ以上の謝罪は無粋だと気づいたからだ。
「よし。じゃあ今日は帰るぞ。無理をしないってのも冒険者の心得だからな」
「はい」
アレンの提案にそう答えて立ち上がったイセリアが、先ほどまで作っていた小さな机や椅子をマジックバッグに入れて片づけを始めたアレンの背中へと声をかける。
「あの、このベッドと毛布はどうしましょうか?」
「あー、どうすっかな」
机と椅子の片づけを終えて立ち上がったアレンは少し悩んだ。既に自宅にはちゃんとしたベッドを造って備えているし、毛布についても最近買った物で思い入れがある訳でもない。
むしろイセリアが使った毛布を自分が使うのもどうなんだ、という考えが浮かんでしまったのだ。そしてその考えがお金に困っていた昔なら思わなかっただろうことに気づき、アレンは苦笑する。
「ついでだし孤児院に寄附してくる。机とか椅子とかも持っていくつもりだったし」
「わかりました。じゃあ毛布は畳んでしまいますね」
「頼んだ」
てきぱきと2人が動いた事もあり、ほどなくして全ての片づけが終わった。
そして2人は出口に向かって歩き始める。ときおり襲ってくるモンスターを倒したり、アレンが冒険者としての心構えなどを教えながら。
ライラックのダンジョンから何事もなく外へと出て2人は街へと向かった。アレンが来るまでにイセリアがダンジョンでしていた事などを聞き、それにアレンがアドバイスをしたりしながら。
そして話題が一段落し、2人の話が止まったところで周りに人がいないことを確認したアレンが、少しだけ声をひそめながらイセリアへと問いかけた。
「なぁ、俺が知ってる知識ってこの程度のものだぞ。本当に冒険者としての心得を教えるってだけで良いのか?」
突然そんなことを言い出したアレンを、イセリアはキョトンとした目で見つめ返すのだった。