作品タイトル不明
第34話 スタンピードを防ぐ者
時は少し遡る。
ライラックの街の門が閉門する直前に、ミスリル級パーティの『焔』の斥候によってもたらされたドラゴンダンジョンにスタンピードの兆候があるという情報は即座に冒険者ギルドへと伝えられ、そしてほどなく領主へと伝わった。
ライラックの街の領主であるナヴィーン・エル・ライラックの判断は早かった。冒険者ギルドの長であるオルランドの報告が来る前にそれを知り、既に兵士を派遣する準備を始めていたのだから。
周辺にダンジョンが4つあるということはライラックの街が栄える要因である一方、他の街よりもはるかにスタンピードの危険性が高い土地であるとも言える。
さらに言えば、12年前のスタンピードの記憶をナヴィーンが忘れるはずもなかった。なぜならそれはナヴィーンが領主としての地位を継いですぐに起こった出来事だったからだ。
今回のように兆候の把握が出来なかったという違いはあるものの、判断が遅れたために被害が増えてしまったというその苦々しい記憶はナヴィーンの心に刻まれていたのだ。
ナヴィーンの早い判断のおかげもあり、すぐに選抜された応援の兵士たちがドラゴンダンジョンに送られた。そしてその中にはアレンの予想通りエリックの姿があった。
選抜部隊として選ばれたエリックは、仲間の兵士たちと共にドラゴンダンジョンの中へと入り、そしてダンジョンの中で出入り口を囲むように防衛陣を敷いていた冒険者たちと合流した。
ピリピリとした緊迫感のある空気が張り詰めていたが、エリックが着いた段階ではまだスタンピードの兆候はそこからはうかがえなかった。
1階層に生息するモンスターであるワイバーンが上空を旋回する姿が遠くに見えたが、特に襲い掛かってくる様子もない。
そのことに少しほっとしながら、エリックが顔見知りの冒険者へと近づいていく。
「やあ、ケネス。今のところは問題ないようだな」
「エリック。 今のところ(・・・・・) 、だけどね」
エリックにやや疲れた表情をしながらそう返した男は、ミスリル級パーティ『焔』のリーダーであるケネスだった。
自らの体が隠れるような大剣を背負っている割に細身でどことなくひょろっとした印象を受けるケネスだったが、その実力が生半可なものではないことは幾度となく模擬戦を行ったエリック自身がよくわかっていた。
「落ち着いている間に情報共有したい」
「わかったよ。皆、しばらく頼むね」
周囲の冒険者に声をかけ、そしてケネスがやってきた兵士たちに自身が把握している状況を報告していく。そしてその代わりにエリックたちもダンジョン外の状況であったり、ライラックの街の防衛計画などを伝えた。
「問題は弓兵と魔法使いの不足だな」
「そうだね。ワイバーンを始めとしてドラゴンの中には飛行能力を持ったものも多いから。出入りする場所がここだけだから最終的には地面に降りてくることにはなるんだけどね」
「入り口の通路で戦うのはどうだ? 上空を気にする必要もなく、さらに多数を相手にしなくても良くなると思うんだが」
「ブレスを吐かれたら逃げ場がないからね。見えなければ予兆を察する事も出来ないよ」
エリックが出した案を、ケネスがやんわりとしかし即座に否定する。しかしそのことに誰も異論を挟む事はなかった。
ことドラゴンダンジョンについては普段から探索を行っているケネスの方が正確な判断を下せるとわかっているからだ。
もちろん常日頃、このドラゴンダンジョンで活動している『焔』のメンバーの中にも魔法使いはいた。上空から襲い掛かってくるドラゴンに対応できないでは、探索さえままならないのだから当たり前だ。
また『焔』の他にもいくつかの冒険者パーティもおり、その面々も何かしら対空攻撃を持つ者が必ずいた。
ドラゴンダンジョンに入る冒険者だけあり、それらの者は冒険者の中でも抜きん出た実力の持ち主である。
しかし、それはあくまで探索するのに十分な実力であって、次々とドラゴンが襲い掛かってくるようなスタンピードにおいては、足るだけの力なのかといえばそうではないのだ。
人の疲労は蓄積するし、体力にも必ず限界があるのだから。
「そっちでそういった人材はいないの?」
「弓兵は補給の関係もあって街の防衛に優先的に配備されているし、魔法使いはそもそも数が多くない。12年前の戦いでかなりの数が減ったらしくて、補充が間に合ってないそうだ」
「なにそれ」
「まあこんな短い周期でスタンピードが発生するなんて想定外という話だしな。もう少し長期で数を合わせるつもりだったんだろう」
呆れたような視線を向けるケネスに、エリックが苦笑いをしながら一応のフォローをする。
ここに領主を盲目的に信奉しているような兵士がいればケネスの物言いに反発をする者もいたのかもしれないが、ここにいるのはエリックを始め20代の比較的若い兵士たち、しかも平民出身の者ばかりだった。
だからこそ彼らの内心はケネスと実はあまり変わりなかった。まあそれを口に出さない程度の忠誠心を抱いているだけマシだろう。
「じゃあ応援の冒険者に期待するしかないね」
「来ると思うか?」
「そう思わないとやってられないよ。まあ僕は運が良いし、きっと奇跡は起こるって信じることにするよ。じゃあ戦いになったらよろしく」
そう言ってケネスは冒険者たちのもとへと帰っていった。絶望的な状況になるとわかっていながらも、そこで自分が死ぬとは全く思っていないような飄々とした様子で。
「奇跡、か。それは起こるものではなく、無理矢理にでも掴み取るものだと俺は思うがな。そうだよな、兄貴」
弟妹というお荷物を背負いながら懸命に働き、そしてそれぞれの道へと奇跡的に旅立たせる事に成功した自分の兄、アレンの事を思い出してエリックは少し笑い、そして戦いの準備を始めたのだった。
「上空、ワイバーン残り1」
「私が落とします。エアハンマー!」
獲物を狙い、旋回していたワイバーンが見えない巨大なハンマーに殴られたかのようにその体を変形させ、地上へと落ちていく。上空から地面へと叩きつけられたダメージで翼を折ってのたうつワイバーンの首を、ケネスがその巨大な剣で一閃した。
ぽとりとまるで冗談であるかのようにあっさりと首を落としたワイバーンが地面に倒れ伏すのをチラリと眺め、ケネスが大剣を背負いなおす。
「第4波、終了。回収班急げ!」
エリックの指示のもと、そこらじゅうに散らばったワイバーンや双頭のヒュドラなどをマジックバッグを持った兵士たちが走りながら必死に回収していく。
周囲の警戒をしながらその様子を眺めていたエリックにケネスが近づいてきた。擦り傷1つないのに、返り血によって所々が赤黒く染まったその姿はこれまでの激戦を十分に感じさせる姿だ。
「低階層のワイバーンと双頭のヒュドラだけど、これだけの数があれば一財産だね。しばらくは価格が暴落しそうだけど」
「そういう意味で回収しているわけではないんだが、無事に乗り切る事が出来たらそうなるかもな」
まるで世間話のように話しかけられ、エリックが苦笑しながらそう返す。もちろんわざわざ倒したモンスターを回収しているのは金儲けという訳ではなく、戦場が荒れるのを少しでも軽減するためだ。
死体が残っていたせいで思わぬ不意打ちを受けたり、逃げ場をふさがれたりといった危険を防ぐためではあるのだが、そう言われてみれば大量供給されたワイバーンやヒュドラの価値は暴落しそうだとエリックも納得してしまった。
モンスターの来襲には波があり、エリックたちは既に第4波までを乗り切っていた。
適度な休憩を挟む事が出来るおかげもあり、今のところ誰も死ぬことなく戦い抜いてきたのだが……
(疲労が溜まってきている者がいるな)
そのことがエリックには気がかりだった。無論、全員が全員戦うわけではなくローテーションを組んで長時間の休憩がとれるような体制を組んではいるのだが、兵士の中、特に実力はあるが比較的年齢の若い者にその傾向が見て取れた。
おそらく休憩中も気が張り詰めすぎているせいだろうとエリックには予想がついていたのだが、それを解決できるような有効な手段を持ち合わせてはいなかった。
「まずいね。エリック気づいてる?」
「若い兵士の事か?」
「ううん、そっちは想定どおりだから。僕が話してるのは君の剣だよ。いつか話してくれた魔法のかかったその剣だけど、もう限界だよ」
「……ああ。気づいている」
エリックが自らの腰に提げた剣を見つめる。兵士に支給されるものではなく、それはアレンがエリックの試験のために贈ったドルバンが打った剣だった。
もちろんそれには魔法などかかっておらず、純粋な鋼鉄の剣なのだが、エリックにとってそれは魔法の剣だった。大切に、大切に扱い続け、いざという時の戦いにおいて必ず使用し、その全てを乗り切ったそんな剣だった。
しかし少し前からエリック自身、剣に違和感を覚えていたのだ。目に見えるようなひびが入っている訳でもないし、外見からは全くわからないのだが長年付き合ってきたからこそその微小な違いをエリックは明確に感じ取っていた。
そしてそれが意味する事も。
「わかってるなら良いや。たまたま応援の冒険者に良い魔法使いがいてくれたおかげで今は助かっているけど、僕は早めに交換するのをおすすめしておくよ」
「悪いな。考えておく」
そう言いながらも、動こうとしないエリックに苦笑いしながらケネスは去っていく。
そして間もなく、第5波が始まったのだった。