軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第35話 分水嶺

戦いが開始されてから休憩できるような波があるとは言え6時間近くが経過し、疲労も徐々に溜まる中でやってきた第5波にエリックたちは苦戦を強いられていた。しかしその原因は疲労のためではない。

「ちっ、ついに来たか」

「まあ遅かれ早かれ、6階層以降のモンスターが来る事はわかっていたことだよね」

苦々しい顔をするエリックとは対照的に、淡々とした様子で上空から襲撃してきたドラゴンパピーをケネスが切り捨てる。

ドラゴンパピーとは竜の幼体のことである。幼体と聞くと非常に弱そうなイメージであるのだがそれは間違いだ。成体ともなれば優に10メートルを越すドラゴンの幼体だけあってその体長は3メートル以上あるし、それに加えて……

「正面、ブレス予備動作入りました、属性は火!」

その警告に冒険者や兵士達は即座に反応してその場を離れる。その直後、今まで彼らがいた場所を塗りつぶすような火柱がその場を覆いつくした。倒されてその場に放置されていたワイバーンなどが真っ黒な炭へと変わり、プスプスと音を立てながら焦げ臭いにおいを放ち始める。

「うおおおっ!」

その口から炎を吹き出しながら動きを止めたドラゴンパピーにエリックが肉薄し、勢いのまま剣を脳天へと向ける。炎の方向を変えて対抗しようとしたドラゴンパピーだったが、その動きはあまりにも遅すぎた。

エリックによって脳天を突き刺されたドラゴンパピーはぐったりと力を失い、そして口から吐き出していたブレスは、ボッという音を残して消えた。

「わかってはいたが、厄介な事に変わりはないぞ」

「避ければ良いんだよ。魔法で防御なんてしたらもったいないからね」

「簡単に言ってくれるな」

陣形へと戻ったエリックとケネスが軽口を叩き合う。まるでそんなことは些細な問題とでもいわんばかりの態度を見せつつもエリックの内心は違っていた。

(これは厳しいな。一部の兵士は撤退させた方が良いんだろうが、そうなると手が足らなくなるか……)

そんな風に考えながら、エリックが戦いの手を止めることはなかった。

エリックはこのスタンピードを防ぐ部隊の隊長だ。もちろん全体の指揮をとっているのは外にいる別の者だが、ことダンジョン内の指揮に関してはエリックに一任されていた。

兵士の中でももっと階級が上のものはいるのだが、ドラゴンを相手に出来るほどの実力者はその中にはいなかったのだ。

もしかすると自らの安全のためにエリックに押し付けたのかもしれないが、普段から兵士として仲間と近しい位置にいるエリックが指揮を執ることは理にかなっていた。個々の実力を十分に理解しているから、最適な判断をすることが出来るという意味でも。

そのエリックが厳しいと判断するほど、今の状況はマズイものだった。

もちろん普段どおりの実力を発揮できるのであれば、ドラゴンパピー相手でも対応できるだけの実力者ばかりだとエリックも思っている。しかし連戦による疲労の抜けきらない現状では、いつ事故が起こるかわからないと考えたのだ。

しかしそれを表に出す事はできない。隊長である自分の動揺は部隊全体に影響があると重々承知しているからだ。

(そもそも逃げる事は出来ないのだけれどな)

エリックたちに与えられた任務は、この地における防衛線の維持であり、応援がやってくるまでモンスターの氾濫を食い止めなければならないのだ。

ここを抜けられてしまえばライラックに被害が及ぶのは確実なのだから、ある意味では当然の任務とも言えるのだが、逆に言えば任務を放棄しての撤退は許されていない。つまり守りきれないということは、味方全員が死んだ事を意味していた。

「ジュリア」

一目ぼれしたと言って自分を慕い、ついには実家から離縁され貴族籍を剥奪までされてなおその意思を貫き通した妻の名を小さく唱え、エリックが剣を握る手に力を込める。

身分違いだと完全に無視していたエリックを落とし、溺愛させて、自らの望む場所を手に入れたそんな小さな奇跡の代行者を心に抱き、エリックは剣を振るっていく。必ず帰る、その約束を守るために。

エリックたちはなんとか第5波を死者を出さずにのりきった。しかしその結果は決して芳しいものではなかった。兵士のうち数人がブレスを避けきれずに重傷を負い脱落していたのだ。

幸いといって良いのか、冒険者や他の兵士などは大きな怪我をすることなくポーションで回復できる程度ではあったのだが、人数が減少した事に変わりはない。重苦しい雰囲気が辺りに漂い始めていた。

「客観的に見てもうすぐ限界だね。撤退する事を僕としてはお勧めしたいところだけど」

「無理だ。しかし希望はある。ライラックの門ももう開いているはずだ。応援が来る可能性は残っている」

「希望的観測は兵士にとっても冒険者にとっても良いことはないと思うけどね」

ケネスとエリックの話を休憩しながら聞いていた冒険者たちが同意するように首を縦に振る。その誰もが歴戦の猛者たちであり、その状況判断が正しい事はエリック自身もよくわかっていた。

冒険者たちにしても、現状は生と死を分ける境界は徐々に近づいている。もうしばらくは自分たちであれば生き残る事が出来る、そう判断しているからこそまだ大人しいだけなのだ。

限界を超えたと判断すれば、この場を放棄する事を冒険者達は躊躇しないだろう。冒険者ギルドと国との間の協定に従った結果彼らはここに残っている訳であり、自主的に残っている者などほとんどいないのだから。

ギルドからどんな処罰が下されようとも、自らの命に代えられるものではないと彼らは十分に知っていた。

「あの、補給でマジックポーションなども届いていますし、もっと魔法でサポートしましょうか? 少しレベルも上がりましたし」

重苦しい空気に耐え切れなかったのか、遠慮がちに、だがはっきりと聞こえた声にエリックとケネスが反応する。

「君は確か応援に来てくれた勇者の卵の……」

「イセリアだったね」

「はい。まだまだ未熟者ですが、多少使える魔法の種類には自信があります」

どうでしょうか? と聞くイセリアに、2人が顔を見合わせて苦笑いする。応援としてやってきたイセリアが魔法で戦いの補助をしてくれたおかげで戦線が安定していたのは2人も実感していた。

通常、魔法使いと言えば自らの得意な属性2種類程度を優先的に修行して伸ばしている者が多い中、イセリアは状況に応じて様々な属性の魔法を使い分けていたため、その言葉に嘘はないことは明らかだった。

だが、考え方は戦いの素人のそれ、と言わざるをえなかった。たった1人の活躍によって戦況が変わるほど、現状は甘くない。たとえイセリアが今よりも多くの魔法を使ったとしても、大きな変化が起こるなどありえなかった。

「申し出はありがたいが、現状を維持するというのがベストなんだ」

「そうそう。マジックポーションで回復するにしても限界があるしね」

「そう、ですか。申し訳ありません。余計な事を言いました」

少し気落ちしながらもきっちりと謝罪を行ったイセリアの姿に、ほんの少しだけだが周りの空気がやわらかくなる。そのことにエリックも目を細め、そして自分からも感謝の言葉を口にしようとしたその時だった。

巨大な影が兵士と冒険者を覆い、そして押しつぶされそうなほどの圧倒的な圧に誰も身動きが取れなくなったのは。

「ふむ、なかなか外に出ていかないと疑問に思っていたのだが、ここで防がれていたという訳か。自らの身を呈すとはなかなか骨のある者たちよ」

機嫌良さげにそう声をかけてきたのは、成竜の数倍はあろうかという巨体の、青い鱗をもつエンシェントドラゴンだった。