軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 新しい町

数週間後、エリアルド王国は喜びに満ち溢れていた。通りを歩く人々の顔は明るく、昼間から酒を飲み、顔を赤らめている者も少なくない。

どこか浮ついた空気が流れているのにはもちろん理由がある。それは、国から正式に魔王が討伐されたという布告があったからだ。

「「我らが勇者たちにかんぱーい!」」

ライラックのある酒場で、手に持ったジョッキを勢いよくぶつけあい、何度目になるかわからない乾杯をした男たちが勢いよくエールを飲み干していく。

そして空になったジョッキをドンッとテーブルに置くと、嬉しそうに笑いあった。

「しかしさすがシャロリック殿下。王族の騎士団長なんて名誉職だって言ってた奴等、今頃どんな顔をしてんだろうな?」

「今や魔王を倒した本物の勇者だもんな。ドワーフの名工によって打たれたオリハルコンの剣で魔王を一刀両断したそうだぞ。でも俺はその前に魔王軍に大打撃を与えたメルキゼレム様の活躍の方が好きだね」

「相変わらず渋い趣味してんな」

「いいだろ。魔王軍を誘い出し一斉攻撃を浴びせて、何十万ものモンスターや魔王軍の幹部である悪魔たちを打ち倒したんだぞ。武功としては魔王退治に匹敵すると俺は思うね。それにその作戦の肝であるおとり役は俺たちのネラとライオネルが担ったって話だ。こんな魔王討伐の話に出てくるような活躍をするなんて嬉しいじゃねえか」

「違いない。よし、我らが冒険者たちに乾杯しようぜ」

「ははっ、そうだな」

エールのおかわりを店員に大声で頼む男たちの周りでも、同じような者たちが楽しそうに酒を飲み交わしている。

彼らの話題は尽きることなく、やがて周囲を巻き込んでの大宴会へと発展していくのだった。

そして一年後。

大国であるエリアルド王国の中でも有数の大都市であるライラックにほど近い場所に新たな町が造られた。

元々そこにあったスライムダンジョンを取り囲むようにして築かれたその町は、千人が暮らせる程度の町としては中規模の大きさであるにもかかわらず、ライラックをしのぐかもしれないほどの強固な防壁で囲まれていた。

その異様さを普通なら不思議に思うかもしれないが、ライラックに住む人々が特にそれを気にした様子はない。

それはそこを治める新たな領主のことを、彼らは知っているから。マスクで顔を隠したその冒険者の強さと優しさが本物であることを。

その新たな町の名は『ネラ』。ライラックの人々には英雄たちの町と呼ばれていた。

そんな町のとある大工の工房の扉がバンッと勢いよく開けられ、一人の男が飛び込んでくる。その男は怒りに顔を赤らめながら、その茶色の短髪を揺らしズンズンと奥に進んでいく。

その先で面倒くさそうに書類仕事をしていた同じくらいの歳の男が顔を上げ、少しニヤリと笑って立ち上がる。

そして二人の男が机越しに視線を合わせる。

「ニック、てめぇ現場に俺一人だけってどういうことだ!?」

「いや、教会の建設を急いでほしいって話があってな。職人たちはそっちに送ったんだ。別に家の一軒や二軒くらい、アレンだけでなんとかなるだろ」

「それはそうだが。家主にじとっとした目を向けられながら作業する俺の気持ちを考えろよ。途中からはやたらもてなしてくれたけど、最初はマジでいたたまれなかったんだぞ」

「職人として認められて良かったな」

「俺は冒険者だ!」

抗議するアレンの肩を楽しそうにバンバンとニックが叩く。ニックの表情は明るく、アレンの抗議などさして気にしていないことは明らかだった。

「いや、だってなぁ。新しい工房としては教会みたいな太い客は掴んでおかないと。嫁と子どもの生活だけじゃなくって、独立した俺についてきてくれた奴等のこともあるしな」

「それはわかるが、順番ってものがあるだろ」

「だからアレンに依頼したんだろ。文句があるなら無理な依頼をしてきた教会に言ってくれ」

「ちっ、次からはちゃんと先に教えとけよ」

そう言い残すとアレンは教会に向かうべく、その身を翻して工房から出ていった。

突然やって来てはすぐに帰っていった親友の背中を見送ったニックは、皺の増えてきたその顔をにやけさせる。

「教えておけばいいのかよ。本当にアレンは変わんねぇな」

そんな独り言を呟き、ニックは視線を下げる。そこにはただの職人であったときには必要のなかった様々な書類が溜まっていた。

新たに工房を起こし、それがうまくいっている証拠だともいえるが、その仕事をニックはあまり好きにはなれなかった。

「あー、誰か書類仕事に強い奴を雇わないと。それがうまくいけば……またアレンと一緒に現場に立つのもいいかもな」

そんな未来を想像して少しだけ気分を盛り上げ、ニックは契約書類という新たな敵との戦いを始めたのだった。

領主の館のある町の中心部にほど近い場所に建てられる予定の教会は、大工たちによって建築中ではあるもののその完成度はまだ半分といったところだ。

現状はその隣の敷地に建てられた、将来は養護院になる予定の少し大きめの家屋で運営されており、そこに赴任してきた三十半ばの若い司祭にアレンは話を伝えていた。

「急ぎなのはわかるが、そもそも計画の段階でもっと小さくすれば早く終わるって話したよな」

「それは承知しております。しかしその時にも説明させていただきましたが、元枢機卿と名誉聖女のお二方がいらっしゃるのに粗末な建物にするわけにもいかないのです」

「スタンリーとエミリーだろ。二人ともそういうのにこだわらないと思うけどな」

「だとしても外聞というものがございますので。それに工房のニックさんに了承は得ていますよ」

誠実ではあるものの、頑固な司祭の性格をこれまでの話し合いで知っているアレンは、建設中の教会を見上げ小さくため息を吐く。

この状態の彼を説得できる言葉をアレンは持っていない。それが出来るとしたら……

「アレン兄様」

「アレン君。なにかあったのですか?」

「おっ、二人とも丁度いいところに来たな」

建設途中の教会から出てきた普通のシスター服を着たエミリーと、簡素な法衣を身に纏ったスタンリーに声をかけられ、アレンが少し表情を和らげる。

そしてアレンに事情を聞いた二人は司祭にやんわりと注意をし、それを直立不動の姿勢で聞いていた司祭はすぐさまニックの工房に打ち合わせに向かっていった。

その後姿を見送りながら三人は苦笑を浮かべる。

「いちおう彼のほうが地位を返上した今の私より立場は上なのですがね」

「私の名誉聖女も権限なんてありませんから、立場としては普通のシスターと同じ……」

「いや、無理があるだろ。昔の功績が消えるってわけじゃないし」

「神に仕えるのに地位などさして重要ではないのに。そう思わないかい、エミリー?」

「そのとおりですね、スタンリー様」

二人の会話を聞きながらアレンがぽりぽりと気まずそうに頭をかく。

二人が本心からそう思っていることをアレンは知っている。だからこそ自分と同じ俗人である司祭にかかる負担は大変なものであろうと思い至ったのだ。

今度、個人的に差し入れでもするか、などと考えていたアレンにスタンリーが声をかける。

「大恩ある君に面倒をかけてしまってすまない」

「別にそんな大したことはしてないって」

「いや、私にとってはあるのだよ。君のおかげで元気なリーラに再び会うことができたのだから。まあテッサには思いっきり殴られてしまったがね」

スタンリーが右の頬を撫でながら苦笑する。そこがパンパンに腫れていた頃を思い出し、アレンとエミリーは小さく笑った。

リサナノーラが大怪我を負ったあと、テッサのパーティを抜けたスタンリーが手段を選ばず教会の上層部に登りつめようとしたのには理由があった。

それは教会に保存されているエリクサーの使用権限を得ること。それを成すことが出来るのは教皇のみであり、スタンリーはリサナノーラのために信仰に反する自分に苦しみながら茨の道を自ら進んでいたのだ。

そして自ら見出したエミリーという聖女と共に、魔王打倒という功績を打ちたてようとしたスタンリーが最前線であるソドモ砦で見たのは、平然とした顔でルパートと酒を飲んでいる以前と変わらぬ姿をしたリサナノーラだった。

その時のスタンリーの思いは筆舌に尽くしがたい。しかしそれでもスタンリーの心に最初に浮かんできたのは、リーラが元気になって良かったという思いだった。

そして前線での戦いが一段落したところでリサナノーラと共にテッサの元を訪れたスタンリーはテッサに殴り飛ばされた。その場にいたアレンが止めることも出来ないほどの早業だった。

スタンリーはすぐに癒せるはずのその腫れを直さずに過ごし、それを見たテッサは呆れた様子で彼を許した。以前のように冒険に一緒に行くことはないが、ときおり会っては一緒に酒を飲む、そんな関係に今は落ち着いていた。

「ああ、そういえばテッサから伝言を預かっているよ。また今度戻ってきたら一緒にライラックのダンジョンに行こうとのことだ。深層への道案内が必要らしい」

「帰ってくるのって一か月くらい先だったよな。了解、予定を開けておく」

「アレン兄様。色々忙しいでしょうが無理はなさらないでくださいね」

「大丈夫だって。ライラックのダンジョンは知り尽くしているし、それに町の問題なんて早々に……」

そう言いかけたアレンの言葉を遮るように、ドーンと大きな音が響き渡る。その音の鳴った方向に視線を向けたアレンの目に、立ち上る白い煙が飛び込んできた。

がっくりと肩を落とすアレンに、通りを信じられないスピードで駆けてきた騎士が声をかける。

「兄貴、問題発生!」

「騎士様に全部任せた」

「俺があいつを苦手なの、兄貴も知ってるだろ。ほら行くぞ」

「おい、押すなってエリック。自分で走れるから。じゃあな、エミリー、スタンリー」

軽く右手を上げて二人に挨拶し、アレンがエリックと共に町の外に向けて駆けていく。目にも留まらぬ速さで消えていく二人の背中を見送り、エミリーとスタンリーは目を見合わせる。

「アレン君の心休まる日が来るのをユエル様に祈ろう」

「はい。でもアレン兄様はいつだって人のために動いてしまいますから、そんな日は来ないかもしれませんね」

そう言って笑いあうと、二人は仮の教会の中に向けて歩き始めたのだった。