軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話 レベルダウンの罠

「んっ……」

少し苦しげな声を発しながら、閉じていたアレンの瞳がゆっくりと開いていく。殺風景な天井をぼーっとしながら見つめていたアレンだったが、しばらくしてその脳がゆっくりと動き始める。

(そういえば、テッサたちをスライムダンジョンに連れて行って、そこでイセリアに……)

そこまで考えたアレンの視界の端が明るく光る。とっさに視線をそちらに向けると、そこにはレベルダウンの罠を踏むスーの姿があった。そしてそのそばにはテッサが寄り添っている。

「テッサ。大丈夫か?」

「ああ、アレン。やっと起きたか。スーは問題ないよ。少しずつだが正気に戻ってきている」

「……」

声をかけたアレンに、テッサが安堵した様子で言葉を返す。そして顔の半分以上を怒りのマスクで隠されているスーの肩をぽんぽんと叩いた。

スーは言葉こそ発しなかったものの、アレンに向けてぺこりと小さく頭を下げる。二人の様子にアレンは自分の考えた馬鹿げた計画が、なんとかうまくいったことを察して大きく息を吐いた。

アレンが考えたのはとても単純なことだ。

邂逅したときのスーの言葉と様子から、魔王にもレベルがあり、それが上がるごとに魔王としての意識がスーを侵食していくということが推測できた。

ならばレベルを下げれば、元通りになるのではないか。そう考えたのだ。

一般には知られていないレベルダウンの罠がスライムダンジョンにあることをアレンは知っていた。

ダンジョンの罠が魔王には効果がないかもしれない、という可能性はあったが、それに賭けてみることにしたのだ。

そして計画したのが魔王であるスーをさらうという、人に話せば正気を疑われるような馬鹿げたものだった。

もちろんアレンなりに勝算はあったし、保険もかけていた。

魔法系の魔王であるスーの攻撃は、ライラックのダンジョンの黒い壁から造った装備で防ぐことができる。

さらにアレンの放ったカードを避け切れなかったことからしても体力面はそこまで優れているわけではないことは明らかだった。

それはアレンがダンジョンの宝箱から得た、魔法をステータスの上昇に変換するネックレスを装備させれば魔法攻撃自体を防ぐことが出来る可能性を示していた。

またテッサに対してだけはスーが反応を見せたので、アレンが大立ち回りして注目を集め、その隙にテッサが接近してスーにネックレスをかけてさらえば成功する可能性は上がる。

そして首尾よくスーをさらったら、テッサにスーを抑えてもらいながらアレンがひたすらにライラックを目指し、残った仲間たちは準備万端で待ち構えていたメルキゼレムたちと共にスーを追ってくるモンスターたちを掃討する。

これが、アレンが皆に話した計画の概要だった。

一つのピースでも欠けたら成功しない、綱渡りのような危なっかしいものだが、逆に言えばわずかにでも望みはある。その可能性に賭け、皆が協力してくれたのだ。

しかしアレンは一つだけ黙っていたことがあった。それは万が一、スーにレベルダウンの罠の効果がなかった場合のことだ。

その場合、スーは魔王の意識を抑えきることができなくなってしまう。そうなってしまったら、もうスーを救う手段は倒すことしかないとアレンは考えていた。

テッサにどれだけ恨まれたとしても、魔王という脅威は取り除かなくてはならない。そのとき手を下すのは自分自身だとアレンは決めていた。

しかし一人で真正面から戦って絶対に勝てるという自信をアレンは持てなかった。だからこそ今では自分よりはるかに高いステータスを得ているであろうイセリアに、そのときはサポートを頼むつもりだったのだ。

「っと、そういえばイセリアは?」

テッサと話し視線を巡らせたアレンは、イセリアがいないことに気づく。

そして起き上がろうと体を起こしかけたアレンを、テッサは笑いながら手で制した。

「もう少し、休ませてやりな。イセリアも結構無茶していたようだしね」

「なに、が?」

聞き返そうとしたアレンはテッサに自分の体を指差され、視線を下げて言葉を止める。そこにはアレンの体に寄りかかりながら穏やかな顔で眠るイセリアの姿があった。

「私が起きるまで、この子がずっとスーを見守ってくれていたんだ」

「そっか」

その静かな吐息を感じながら、アレンは柔らかく微笑むと小さな声で「ありがとう」と呟いたのだった。

そして数日後……

「本当にすみませんでした。私が魔王になんかなってしまったばっかりにお手間をかけまして。しかもこんなに美味しい食事まで用意してもらって……もぐもぐ」

「……いや、そんなに何度も謝ってもらわなくてもいいぞ。飯も自分の分を用意するついでだし」

「いやー、寮の食事も美味しかったんですけど、孤児院出の私にはちょっと合わなくてですね。もぐもぐ……魔王になってからは食事もとらなくなっちゃいましたし……うぐうぐ」

怒りの仮面を頭の隅にひっかけ、アレンが作り上げる料理をスーが片っ端から嬉しそうにたいらげていく。

ほんの数日前までの無表情の人形のような姿とは一変し、元気はつらつといったその言動にアレンとイセリアは目を丸くしていた。

「こら、スー。食べるか謝るか、どっちかにしな」

「じゃ、食べる」

「まったくあんたは……」

無言で食べることに集中し始めたスーを見て、テッサが大きなため息を吐く。しかしテッサの瞳には隠しきれないほどの優しさが宿っていた。

そんなテッサにスーが視線を向ける。

「なんかテッサ、話し方変わったね。おばさんになってるし」

「おばっ! いやいい歳なのは確かだが、それを言うならスーもそうでしょうが!」

「えっ、私? 私は若いよ。なんか魔王になってから体が成長しなくなったんだよね」

喧嘩しつつも仲良く話しはじめた二人をアレンは微笑みながら眺め、そして隣に立って料理を手伝ってくれているイセリアと目を合わせる。

そして同じように穏やかに笑うイセリアの手をアレンが掴んだ。

「それは塩じゃなくて、砂糖だからな。しかもそんな山盛り入れようとすんな」

「す、すみません。スーさんが良く食べるのでたくさん入れたほうがいいかと」

「変な気づかいはしなくていいから、まずイセリアは基本を覚えてくれ」

危うく台無しになるところだったスープを救出したアレンは、慌てて塩を探し始めたイセリアの姿に小さく笑ったのだった。

そしてその二日後。

「おー、ついにレベルが一にまで戻った。んー。あっ、と思ったら上がった」

「まっ、それは仕方ないね。定期的にここに来てレベルを下げればいいさ」

「だね」

ひたすらにレベルダウンの罠でレベルを下げ続けたおかげで、アレンたちはスーのレベルを一にまで落とすことに成功した。

レベルを落とす中で判明したのだが、スーはなにもしなくても定期的に経験値が入ってくるようでその時間はおおよそ一時間ごとだった。

つまり勝手にレベルが上がっていってしまうということだが、レベル三百程度までは全く魔王の影響は出てこないため早々に危険な状態になることはない。

「しかし仮面を完全に外すことは出来なかったな。レベル一になれば外れるかと思ったんだが」

先ほどレベルが一になった瞬間に、スーは仮面を外そうとしたのだがその怒りの仮面は頭から外れることはなかった。

顔からずらすことは出来ていたため、なんとかなるかとアレンは思っていたのだが、読みが外れた形だ。

「まっ、変わったアクセサリーだと思えばいいでしょ」

「さすがにそれは無理があるかと思いますが」

あっけらかんと気にした様子もなく笑い飛ばすスーに、イセリアが苦笑を浮かべる。

この数日間過ごしただけであるが、そのあけすけな性格もあいまってスーはかなり皆に馴染んでいた。

「じゃあ、とりあえずダンジョンから出るか。いちおう外に軽く家を作っておいたから二人はしばらくはそこで過ごしてくれ。その間に俺は色々と動いてくるから」

「えー、どんな家だろ。楽しみだね、テッサ」

「アレン、あんた家まで造れるのかい?」

アレンに案内され、二人が隠し部屋から出て行く。イセリアはそんな三人の背中を見送り、ほんのわずかな時間だけ隠し部屋に残った。

幾度も通ったその部屋をぐるりと見回し、イセリアがぽつりと呟く。

「これまでお世話になりました。そして、これからもスーさんがお世話になると思います。だからダンジョンの改変が起こらないようにと私は祈っています。それが起こらない限り、私は秘密を守り、このダンジョンを攻略しないことを誓います」

ここまでレベルを上げ、アレンをはるかにしのぐステータスを手に入れたことで、いや、それでいてなお、この部屋で幾日も過ごしてやっと気づくほどのわずかな違和感のある部屋の隅の壁に向けてイセリアは言葉を放つ。

当然のことながら返事などあるはずがない。イセリアとしても確信があってそうしているわけではなかった。しかし、なんとなく聞いているのだろうという予感があった。

「もし必要なものなどがあれば伝言でも残しておいてください。私は定期的にここに来るつもりですから」

それだけを言い残し、イセリアはくるりと背を向けると隠し部屋から出ていく。人気の無くなったその部屋には、ただ静寂のみが広がっていた。