軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 魔王をスーに

「全員逃げろ!!」

全身が凍りつくような悪寒に襲われたアレンは、そう大声で叫ぶと自らもその場から全力で逃げ出した。

スーのそばにいるテッサのことが頭によぎったが、助けに行けば自分は確実に死ぬ。そんな確信めいた予感がアレンにはあった。

それを証するように、スーの近場にいた悪魔たちも他のモンスターを残して必死に逃げており、スーが放とうとしている魔法の威力をうかがわせた。

アレンの声に瞬時に反応したライオネルたちは即座に転進し、先ほどまでうるさいほど鳴り響いていた戦いの音が一瞬やむ。

そんな静寂の中、テッサは柔らかな微笑みを浮かべながら、昔の姿のまま無表情に自分を見つめるスーを抱きしめていた。

テッサは覚えていた。

手入れが楽だからとスーがすぐに髪を短く切ってしまうため、いつもうなじが露になるほどのショートヘアで、自分がそれをなんとか可愛くしようとしたことを。

運動は苦手なはずなのに、いつも自分の前を楽しげに歩いて引っ張ってくれていたその小さな体と青い瞳を。

演習のせいで日焼けするため、編み紐の部分だけが白くなってしまっているその手首をどこか嬉しそうに眺める姿を。

自分は死ぬ。これまでいくつもの死線をくぐりぬけてきたテッサにはそれがわかっていた。

逃げるアレンたちを見ても、裏切られたという気持ちはない。正しい判断だと思うし、むしろそれが瞬時に判断できるほどに成長した彼らを褒めてやりたいくらいだった。

冷えたスーの小さな体を抱きしめながら、案外自分の人生も悪いもんじゃなかったとテッサは笑った。

惜しむべくは、絶対に助けるという誓いを自分が果たせそうにないということだが、きっと自分の意志を仲間たちが引き継いでくれるだろうと信じているテッサの顔に後悔の念はない。

スーがゆっくりとその右手を天に掲げる。

終わりのときが来たことを察し、そしてその手首にわずかな日焼け跡を見つけてテッサは微笑みを増した。

そして自分しか知らない、スーに伝えるべきことを思い出す。

「スーの大切な編み紐は、故郷の教会に埋めておいたよ。もし正気に戻ったら、私のお墓をそこに立ててくれ」

そっと耳元でそう呟き、テッサは目をつぶった。

親友に殺される自分の姿など記憶に残って欲しくはなかった。ただ幸せな日々を思い出し、そのまま逝こう、そう思っての行動だった。

しかし一秒経っても、二秒経ってもその時は訪れなかった。

テッサがゆっくりとその瞳を開ける。

そこには全身に黒い光を纏わせながら、じっと自分を見つめているスーの顔があった。その無表情な顔は全く変わっていない。ただ侵食され、目尻の部分くらいしか残っていないそのマスクの目からはぽたぽたと涙が零れ落ちていた。

「テッ……」

わずかに動いた唇から発せられたその短い言葉はそれ以上続かなかったが、それでもテッサには十分すぎるほどの意味を持っていた。

テッサはスーの体を力強く抱きあげると、大声を張り上げる。

「アレン!!」

思わぬ声に振り返り、こちらに向けて走り始めているテッサとその腕に抱かれたスーを見つけたアレンが即座に転進する。

同じように足を止めたライオネルたちも、アレンとテッサの進路を守るために再び攻撃を始めた。

「やっぱ奇跡を起こすのは勇者だよな」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと担げ」

「はいよ!」

アレンが腰に提げたマジックバッグから真っ白な背負い籠をとりだし、その中にテッサがスーを抱いたまますっぽりと入り込む。

それをアレンは軽く背負って立ち上がると一目散に逃げ始めた。

「撤退するぞ!」

仲間に合図を送り、アレンは走りながら無詠唱で魔法を放ってモンスターを足止めする。倒すことを目的とせず、足止めを優先したその魔法によってモンスターたちの侵攻は着実に遅れていた。

しかし一度動き出したモンスターたちを止めることはできない。魔王のそばにいただけあってそのモンスターたちの強さは並みではないのだから。

ルパートと共に先頭を走るライオネルはときおり上空に向かって魔法を放っていた。そしてついに森を抜けた彼は、防壁に向かって大声をあげる。

「魔王にとらわれていた少女を救助。ただモンスターの大群も来ている。数は不明。悪魔を数体確認している。注意しろ!」

その声を防壁の上で受け止めたメルキゼレムは、ネラの背の籠に乗ったテッサとスーの姿を確認し、わずかにそのまなじりを緩める。

そしてすぐにその表情を引き締め、大声を張り上げた。

「愚かにも魔王の軍勢がここにやってくるそうじゃ。準備万端に整えられたこの場所にのう。それでは諸君、奴等に自らの愚かさを知らしめてやるのじゃ!」

「「「おう!」」」

怒号の響き、防壁の上に連なるように並んだ冒険者たちが魔道具を一斉に構える。宮廷魔術師たちはメルキゼレムに習って杖を前に掲げ魔法の詠唱を始めた。

アレンたちが仮組みの階段を昇り終えて防壁に上がると、その階段はバラバラに砕かれ森から防壁を昇る手段がなくなる。

防壁の上の各所に散っていく仲間たちに視線を送ったアレンは、そのまま足を止めることなく防壁を駆け下り、一目散にソドモ砦とは別方向に走り始めた。

「放て!」

メルキゼレムの号令の後に響いた爆音を耳に捉えながら、アレンは整備されていない道なき道を駆けていく。

目指すのは自らの故郷であるライラック。ネラの始まりの地とも言えるスライムダンジョンに向けて、アレンはひたすらにその足を急がせたのだった。

エリアルド王国の中でも指折りの大都市であるライラック。その周辺には四つのダンジョンが存在している。

モンスターの素材や発見される宝箱などを目指して冒険者が日々出入りする中、ある一つのダンジョンだけはまったくと言っていいほど人気がなかった。

そのダンジョンの名はスライムダンジョン。わずか三階層のみのダンジョンであり、そこに出現するのは経験値も少なく、ドロップするのも魔石のみのスライムだけ。

レベルアップの罠が見つかった一時期はかなりの盛況を見せていたが、数年経ちそれが落ち着いた今ではときおりレベルアップを目的にした者が来る程度にまで戻ってしまっていた。

そんなスライムダンジョンの中を一人の女性が駆けていた。

艶のあったはずの金髪はくすんでおり、一目で高級とわかるその装備もどこか薄汚れている。目の下にくまができたその顔は疲労を隠せていなかったが、それでもその青い瞳には強い決意の光が宿っていた。

「もう少し、もう少しですから……」

その女性、勇者の卵であるイセリアは祈るようにそう呟いて三層のボス部屋にある隠し部屋に入る。

そして発動しないレベルダウンの罠に少しやきもきしながらも、その罠が復活するのをじっと待った。

エルフの里で勇者として修行していたイセリアは、魔王に動きがあるという情報が入ってすぐに旅の準備を整えた。

まだ全ての教えを完璧に掴んだとは言えなかったが、ここでの修行で得た技術は必ず実戦で生かせるという確信がイセリアにはあった。それだけ真剣にイセリアは修行し続けていたのだ。

そしていよいよ明日出発するという夜、イセリアは与えられた部屋で荷物の再確認を行っていた。

「食料、ポーション、予備の装備も大丈夫。他の道具もそろっているし問題はない、よね」

テーブルに広げた戦いの準備として用意した品々をイセリアはマジックバッグに再び詰め込んでいく。

そして全てを詰め終えたイセリアはベッドに腰をおろすと、天井を見上げてゆっくりと息を吐いた。

「もうアレンさんは行っているんだろうな」

自分を冒険者として導いてくれた大切な人のことを思い出しながら、イセリアは枕元に残したアレンが手作りした本をパラパラとめくっていく。

大切に、幾度となく読み返したためその内容について、イセリアは完全に記憶してしまっている。しかしその文字などから伝わるアレンの優しさが嬉しくて、イセリアは何度もそれを見てしまうのだ。

しばらくページをめくっていつもどおりに読み終えたイセリアだったが、その裏表紙を閉じようとして動きを止める。

いつもどおり表紙や他のページよりもわずかに厚い裏表紙が、なぜか気にかかったのだ。

イセリアは裏表紙をじっと見つめ、それが二枚の紙が貼り合わされているせいだと気づいた。

そして少しの間迷った後、ゆっくりとその貼り合わされた二枚の紙をはがしていく。

「これは……」

そこに書かれていたのは、アレンが人並みはずれたステータスを得た方法。そしてこのページに気づいたのなら、やって来る前に絶対にレベルを上げてからやってこい。それまでは絶対に食い止めてやるというアレンの激励の言葉だった。

急ぎライラックにやってきたイセリアは、冒険者ギルドで無茶を言ってスライムダンジョンのレベルアップの罠を借り切るとテッサたちに別れを告げて、ひたすらスライムダンジョンでレベルアップとレベルダウンを繰り返した。

寝る間も惜しみ、動き続けたおかげで現在のイセリアのレベルは既に八百九十になっている。あと数日もすれば最大レベルである九百九十九まで上げきれるはずだった。

復活したレベルダウンの罠を踏んでレベルを下げ、イセリアは普通に歩いて部屋を出る。ここで焦っては意味がないことをイセリアは学んでいた。

そして通路にいたスライムを踏み、頭の中に響くレベルアップの音を聞きながらステータスを確認する。そして運よく全てのステータスが十上がっていることを確認すると、わずかにその頬を緩ませ、そしてレベルアップの罠に向かって駆け出そうとした。

その時……

「イセリア!!」

聞こえるはずのないその懐かしい声にイセリアが顔を上げる。そこには衣装こそ新品同様であるものの、肩で息をし、明らかに疲労困憊の、ネラの姿をしたアレンがいた。

「アレンさん!?」

「あとを頼、む。この女の子、をレベルダウンの罠に……」

なんとか背中の籠を床に置き、それだけを言い残してアレンは床に崩れ落ちるように倒れた。

慌てて駆け寄ったイセリアはアレンが呼吸していることに胸を撫で下ろし、そして籠の中で気を失ったテッサに抱きしめられた状態で無表情に自分を見つめてくるスーと目を合わせた。

「あなた、でいいんですよね?」

「……」

人形のように全く反応しないスーをしばらく見つめていたイセリアだったが、アレンが倒れるほどの緊急事態だと思い出し、床に置かれた籠を軽々と背負うと、気を失って倒れたアレンを抱き上げる。

「こんな風にアレンさんを私が抱き上げて運ぶなんて、これも運命ですかね?」

そう言って、ふふっと笑いながらイセリアはレベルダウンの罠を目指して駆け出したのだった。