作品タイトル不明
第39話 主役
「ぬうっ!」
「ちっ!」
アレンの突きを悪魔はとっさに構えた盾で防いでみせる。バチバチっという普通では考えられない音が辺りに響き、悪魔が地面を数メートル後退する。
しかしその漆黒の盾は傷ついている様子もなく、当然のことながら悪魔もダメージを受けていない。
一撃で倒せればと少し考えていたアレンだったが、その反射速度と思いのほか強い反動に自分と悪魔の間にステータスの差がほとんどないことを悟った。
「へー、魔王の側近って感じなだけあるんだな。まあまあ強いな、似非騎士」
「貴様、どうやってその力を……そうか、どうしてそんな道化の姿をしているかと思ったが、その呪いの装備のせいか!」
「はぁ? なに言ってんだお前。これは呪いの装備なんかじゃ……」
「我の盾の呪いを受けぬなど、呪われている証拠ではないか。この卑怯者が」
「いや、悪魔に卑怯者って言われる筋合いは……んっ!」
悪魔に装備が呪われているなどと思わぬことを言われ、戦いから考えがそれかけたアレンだったが、猛烈に嫌な予感を覚え、とっさに悪魔に向かって駆け出す。
その次の瞬間、先ほどまでアレンがいた場所に、悪魔を避けるように曲線を描いて飛んできた十三本の光の槍が深々と地面に突き刺さった。
視線を向けることが出来ないため、背後で何が起こったかアレンは正確には把握できていない。
しかしスーが魔法で攻撃してきたというのは、体を走る悪寒から察せられた。
「曲射なんて出来るのかよ。厄介すぎんだろ」
悪魔の大きな体に隠れてほとんど見えないスーに向けて愚痴を吐きながら、アレンが腕に仕込んでおいたカードを取り出す。
そして悪魔に向けて右手でステッキを振るいつつ、左手でそのカードをスーに向けて投げ飛ばした。
回転しながら飛んでいったミスリルのカードが、アレンに向けて差し出されていたスーの左腕に刺さる。
その瞬間、数メートルはあろうかという巨大な岩が出現し、そしてそれは瞬時に粉々に砕けて崩壊した。
腕に刺さっていたはずのミスリルのカードも影も形もなく消え去っている。そして多少なりとも傷ついたはずのスーの腕には、何の痕跡も残されていなかった。
「貴様、なにをした!」
「なにをしたって、ただカードを投げただけだぜ。こんな風にな!」
一当てして、少し距離を取っていたアレンが悪魔に向けてカードを投げつける。
飛んできたカードを悪魔は余裕を持って盾で受け止め、そしてその盾に触れたミスリル製のカードは効果を発揮することなく黒く染まっていき、そのまま地面に落ちていった。
「手品の種を自ら披露するとは愚かな。次は通さん」
そう言って盾を構える悪魔に対しアレンはステッキをくるりと回して構える。
そしてアレンと悪魔が同時に笑みを浮かべた。
悪魔は、自分とアレンのステータスを比べると、若干ではあるがアレンの方が強いことをこの短い戦いの中で悟っていた。
しかし攻撃を防ぐことのみに全ての力を注げば対抗することは可能だとも理解していた。今アレンが戦っているのは自分だけではないということも。
そしてそのことをアレンも十分によくわかっていた。このまま戦いをだらだらと続ければいずれジリ貧になる。
今もなおスーの仮面は徐々に小さくなっており、それが完全になくなってしまえば少なくとも良い結果は訪れないだろうということは簡単に予想がついた。
しかしアレンは笑った。先ほどまでの戦いで、大切な情報を手に入れていたから。
そしてなにより、自分は一人でないことをアレンは知っているから。
周囲で仲間たちの攻撃が、モンスターたちを着実に掃討していく様子をアレンは捉えていた。
アレンは余裕のある仕草で腰に提げた水玉模様の巾着袋に手を突っ込み、その中から赤、黄、青の玉を次々と取り出してジャグリングを始める。
まるでここが戦場ではないかのようなふざけた行為だったが、アレンを警戒して悪魔は防御を固めたまま動くことはなかった。
「こんな手品もあるんだぜ」
ぶつからないように回していた手をわざと乱し、空中で次々に玉をぶつけて融合させたアレンがそれを悪魔に向けて投げつけていく。
紫、橙、緑の三種の玉がいくつも悪魔に迫り、悪魔は警戒しつつも余裕をもってそれを盾で受け止めたのだが……
「ぬうぅ。またしても呪いの道具を使うか!」
先ほどのミスリルのカードとは違い、盾に当たった玉は効果を発揮した。
弾けた紫の玉は液体となりジューと溶けるような音と共に刺激臭を辺りに立ちこめさせ、ぶつかった緑の玉からは悪魔を覆うように蔦が伸び、その盾に張り付いた橙の玉は爆発を起こしてその盾を跳ね上げた。
悪魔はうっとおしそうに蔦の絡まった盾を振ったがその蔦はなかなか切れず、苛立ちを露にしながらアレンをにらみつける。
「これほどの呪いの装備の対価を払って平然としているだと? 貴様、本当に人間か?」
「人間だぞ。というか呪いの対価なんて払った覚えはねえっての」
「いや、出ているはずだ。その種の呪いの装備であれば、その忌々しい玉を取り出すごとに対価が必要になる。貴様の中の何かが消えているはずだ!」
「へー、特に気にならないけどな。まあそれとは別に一つ気づいたことはあるが……」
アレンはニヤリと笑うと、袋から取り出した青色と黄色の玉を次々に融合させては悪魔に向かって放っていく。
悪魔はそれを必死に盾で防ぎ、剣でなぎ払っているがそれはアレンが投げるペースには追いつかず、どんどんと増えていく蔦のせいでその身動きは確実に遅くなっていった。
「うぬぅ!」
「やっぱ武力に全振りで魔法には弱いタイプだったみたいだな。魔法で一気に片付けたいとこだが、その鎧がちょっと嫌な気配がするんだよな」
アレンの指摘にピクリと悪魔の頬が動く。それを見たアレンはさらに笑みを増した。
「その反応はわざとか、それとも本気か? まあどっちにしろこのまま動けなくしていけば結果は同じだけどな」
そう言って緑の玉を投げ続けていたアレンだったが、その目の前で突如悪魔を覆わんばかりに生い茂っていた蔦がバラバラに切り裂かれる。
いきなり開けた視界の端に銀色の何かがキラリと光ったのを察知した悪魔は、瞬時に剣を振るってその軌道を変えた。
「おっ、せっかく狙えるようになったのに防がれたか。そりゃあ助けてもらった王様に攻撃されたら騎士の面目丸つぶれだよな」
「言わせておけば貴様……どこまで我を侮辱するか!!」
憤怒の表情でアレンを見据えながらも、悪魔はその場を動かなかった。
アレンは既に新たな緑の玉を投げ始めている。しかもそれは悪魔が避ければスーに当たる実に嫌らしい軌道なのだ。
怒りに震えながらも悪魔は頭の冷静な部分で判断していた。これほどの効果を発揮する呪いの道具の対価がないなどありえないと。きっと目の前の男はそれを隠しているだけなのだろうと。
もしその予測が外れていたとしても、時間は自分にとって味方なのだ。時が経つごとに戦況は自分たちに有利になっていくはずだと悪魔は信じていた。
だが目の前で余裕の態度を全く崩さないアレンの姿を見ていると、悪魔は胸の内に言い知れぬ何かが広がっていくのを感じていた。
それは生まれたときに既に強者であった悪魔がこれまで感じたことのない感情。自らの理解を超えた存在に対する恐怖だった。
悪魔はそれを言葉に変換することはできなかったが、その神経の全てを注いでアレンを注視していることで表していた。
そんな悪魔に向けてアレンが手を止めないままに微笑む。マスク越しではあるがそれを察した悪魔の背中にぞわぞわっとした寒気が走った。
「貴様、なにをするつもりだ?」
悪魔の発したけん制の言葉に、アレンがぴたりとその動きを止める。
嫌な予感が増していくのを感じる悪魔の目の前で、アレンはゆっくりと悪魔を指差して笑った。
「俺は道化だ。いわば前座なんだよ。魔王に対する本当の主役はやっぱり勇者じゃないとな。だろ、テッサ!」
慌てて振り返った悪魔の目に入ってきたのは、魔王であるスーに向かって疾走する緑の光を全身に纏った勇者の卵、テッサの姿だった。
「させ……」
「前座の役目はもう終わってんだ。さっさと退場するのが筋ってもんだろ」
「……それ、も呪い、の……」
スーへ向かうテッサに剣を伸ばした悪魔の首から、アレンのステッキが現れる。
悪魔は自分の首を突き破ったステッキを両手で掴み、一瞬目を見開く。そしてだらりと腕を垂れさせると、そのままその瞳からは光が失われた。
力を失った悪魔の体からステッキを引き抜き、アレンがテッサに視線をやる。
「いけ、テッサ」
アレンの言葉のとおり、必死の表情で走るテッサは、スーの手が自分に向けられているのにも構わず飛びつくようにしてその身を寄せる。
「スー、お前は絶対に私が助ける!」
そう言ってスーの首に手をかけたテッサだったがスーの無表情な顔は僅かにも変わることなく、逆に膨大な魔力がスーの体から溢れ出した。
それは周辺に死を撒き散らす恐るべき魔法の前兆だった。