軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 レベルダウンの罠から始まる魔王様の万能生活

防壁を越えた町の外、ライラックに向かう道と反対方向の場所へとやってきたアレンとエリックは想像通りの面子がそこにいることに二人してため息を吐く。

「なあ兄貴。こいつらって学習能力がないのかな?」

「頭はいいはずなんだけどな」

そっくりな表情でそんな愚痴を言いつつ二人が向かった先にいたのは、二人のドワーフと一人のエルフの少女、そして言いあいを続ける若い人間の男女だった。

「だからこれで効果としては十分なんだって」

「だがレベッカが僕たちに依頼したのは、いざという時に使う緊急脱出用の魔道具だ。そんな危機的な状況であればわずかな差が命取りになる可能性もある。ならば改良を続け完成した物を販売すべきだ」

「販売してからでもそれはできるじゃん!」

「それは違う。研究者として半端なものは出せない」

「うー、ジー兄のわからずや!」

口論を続けるレベッカとジーンの二人はアレンたちに気づいていないが、二人の口げんかを周囲で見守っていたドワーフのゾマルとドルバン、そしてジーンの婚約者であるフルナゼーノは気づき苦笑を浮かべる。

とりあえずこれまでの経験上、すぐに止めに入っても収まらないと知っているアレンたちはドルバンたちの下に近づいていく。

「フーノの魔道具の実験、まだ続きそうか?」

「ええっと、かなりいいところまで来ているとは思います」

「そうだな。手に入れられる範囲の素材での試作は終えたし、残りは携帯しやすい形状の追求くらいなもんだ」

「まだまだ続くってことかよ」

フルナゼーノとドルバンの答えにエリックが頭を抱える。

ライラックから派遣され、町の警備の最高責任者として働いているエリックのもとには、犯罪だけでなく苦情なども報告される。

まだ新しく、そして住んでいる住民も特異な者の多いこの町では、犯罪の報告はあまりなく苦情のほうが多いくらいだった。そしてその苦情の中で最も多いのが、この魔道具の実験に対するものなのだ。

「なあゾマル、なんでお前まで協力してんだよ。ジーンはお前の技量を見込んでさらに上を目指そうとしてる気がするんだが。新しい剣の製作とかに入ればいいじゃねえか」

そんなアレンの提案に、ゾマルは首を横に振る。そしてジーンを見つめながら自身の髭を撫で、その細い目を緩めた。

「上を目指すものを助けるのも先達の役目だ。それに儂は最高の剣を打った。武器はしばらくいい」

「そうか」

アレンは、はぁ、とため息を吐き、若干落ち着いてきたジーンとレベッカの言い合いを見て二人の下へと歩み寄る。

そして二人の頭にポンと手を置くと、にっこりと笑みを浮かべた。

「あっ、レン兄聞いてよ。ジー兄が頑固で……」

「アレン兄さん。レベッカが僕に中途半端な……」

「とりあえず落ち着こうか、二人とも」

「「い、いたたたたっ」」

ぎりぎりと頭を締め上げるアレンに、ジーンとレベッカが苦悶の表情を浮かべながら悲鳴をあげる。

腕を掴んでなんとか止めようとする二人に向けてアレンはため息を吐くと、その両手を離してジーンに向けて話しはじめた。

「実験するならダンジョンでやれって言っただろ」

「うん。だから基礎的な実験はダンジョンのボス部屋でやってるよ。今回は環境の変化によって効果がどう変わるのかを確認したかったんだ」

「まあ言わんとすることはわからんでもないんだが……」

ジーンの研究者気質を理解しているアレンが困ったように眉根を寄せる。

条件を変化させた場合にどのようになるか。それを調べずにはいられない気持ちはアレンにもわかる。問題はそれが住民の苦情に繋がっているということだ。

どうするかなぁ、などと考えるアレンのそばにエリックはやってくると、地面に座り込んでいるジーンと膝をついて向き合った。

「ジーン、前にも言ったが実験するときは俺でも詰所でもいいから事前に連絡しておいてくれ。それだけでも対応のしようが……フルナゼーノさん。頼めるか?」

「ええっと、はい。わかりました」

「なぜ僕に頼まないんですか、エリック兄さん」

「いや、だってお前、本とか実験のことになるとそれ以外の全てを忘れるだろ」

「そんなことは……」

「やーい、ジー兄怒られてるー」

エリックに説教を受け始めたジーンを、レベッカがはやし立てる。

そんな彼女の頭にアレンは再びポンと手を置くと、にっこりと笑いかけた。

「レベッカはまだまだ反省が足らないようだな?」

「いやいやいやいや、心の底から反省してますって。ほらっ、海よりも深く、空よりも高い私の反省がレン兄には見えないの?」

うるうると瞳を潤ませながら上目遣いをしてくるレベッカの姿に、アレンは呆れた視線を向ける。しかしレベッカがその程度でひるむはずがなかった。

アレンは小さく息を吐くとレベッカの頭から手をどけ、座り込んだレベッカを立たせてやる。

「どんな反省だよ。というかレベッカ、店はいいのか?」

「あー、店なら大丈夫。リアに任せてきたから」

「お前、客に店を任せるんじゃねえよ。ほらっ、さっさと戻るぞ」

「はーい」

叱られながらも嬉しそうに笑っているレベッカを連れて、アレンは町に向かって走り始める。

その姿を五人は笑いながら眺めていた。

「まったくレベッカはこれだから……」

「いや、兄貴に迷惑をかけてる程度で言ったら、ジーンも相当だからな」

「アレンさんは優しいですから。ジーン君も安心しているんですよ」

「弟妹に振り回されて。あいつはいつまで経っても変わらんな」

「うむ」

「まっ、とりあえず全員詰所で事情聴取な。少しは反省してくれよ」

全く反省の色を見せていない彼らに対してそう言いつつも、エリックは内心、こいつらはどうあっても反省しそうにないんだよなぁ、と考えていた。

常識人であるエリックの苦悩は、しばらくの間なくなることはなさそうだった。

ライラックに最も近い町の南門からは、町の中心部に向かって真っ直ぐな大通りが走っている。

そこは宿屋や商店が立ち並ぶこの町で最も賑わう場所であり、その中の一見真新しい店舗部分とその隣に少し古びた家の並ぶその店にアレンとレベッカは入っていった。

奥のカウンターには金髪の美女が座って本を読んでおり、入店のベルの音を聞いた彼女は顔を上げて微笑みを見せる。

「いらっしゃいま……あっ、レベッカお帰り」

「ただいま、リア。困ったことはなかった?」

「特にはなかったよ。アレンさん、こんにちは」

「よっ、イセリア。レベッカが迷惑をかけたな」

申し訳なさそうな顔をするアレンに、イセリアは楽しそうに笑って気にしないでと伝える。

無言のうちに通じ合う二人の様子に、少し頬を膨らませながらレベッカがイセリアの腕を抱きしめた。

「リアは私の親友だから、このくらいの頼みはなんでもないんだよねー?」

「し、親友。えっと、あの、はい。私たちは親友ですから」

覗き込むようにして笑みを浮かべるレベッカに、イセリアが頬を真っ赤にしながら同意する。

それをなんとも言えない表情で眺めていたアレンだったが、まあイセリアが喜んでいるならそれでもいいか、と思い直して店内を見回す。

「しっかし、本当に人が来ない店だな」

「うん。だって高い物しか売ってないし。ほらっ、これなんか見て。ライオネルさんが格安で売ってくれたダンジョンの宝箱から出た剣。なんとお値段一千万ゼニー!」

「ちなみに元値は?」

「百万ゼニー。いやー、コネがあるのはやっぱり強いね。奥さんへのプレゼント用のアクセサリーなんかも特注してくれるし。さっすが貴族様」

「あいつ、なにしてんだよ」

魔王討伐の褒賞として男爵になった親友が、レベッカの店の上得意になっていることを知りアレンがため息を吐く。

ライオネルたちの屋敷は町の中央にあるネラの領主の館の近くにそれぞれ建てられており、この町に住みつつ冒険者として活動を続けていた。

いちおう立場上はネラの護衛騎士であるのだが、彼らがその役目を果たすのはなにかの行事くらいなものだった。

「私もなにか持ってきましょうか?」

「えー、別にリアはいいよ。もう勇者の卵として依頼を受けさせられることもなくなったんでしょ?」

「はい、シャロリック兄様が頑張ってくれましたから」

気を使ったイセリアの提案を、レベッカがからからと笑いとばした。そんな気安い対応に、イセリアはその表情を柔らかくする。

その微笑みの理由はレベッカの態度だけによるものではなかった。

魔王を倒した勇者として王都に凱旋したシャロリックは、その名声を背景に勇者の卵たちに関する改革を提案した。

具体的には三歳での半ば強制的な連行の廃止、訓練所の教育方針の転換、冒険者となった勇者の卵への強制依頼要件の厳格化などだ。

まだそれらは道半ばであり依然として調整がついていない部分はあったが、冒険者となった勇者の卵への強制依頼については冒険者への指名依頼よりわずかに厳しい程度にまで緩和された。

もう勇者の卵だからといってむやみに死地へ向かわされるということはなくなったのだ。

そうシャロリックが提案した理由の中に、きっと自分のことも含まれているんだろうとイセリアは考えていた。

だって、かごの鳥として城の離れで暮らしていたイセリアに、唯一会いにきてくれていたのがシャロリックだったからだ。

そのシャロリックに裏切られたと思ったからこそイセリアは絶望しかけたのだが、今ではその行動の意味をイセリアもわかっている。

「なんとなく、シャロリック兄様とアレンさんは似ている気がします」

「そうか?」

「ははっ、レン兄が? ないない。シャロリック殿下ってめっちゃ美形じゃん。それに比べてレン兄はいたって普通……あたたた」

「お前はいつも一言多いんだよ」

頭を掴まれ悲鳴をあげるレベッカと、それを呆れた様子で見つめるアレンの姿にイセリアがくすっと笑う。

「まあまあ、ダンジョンに行く必要はなくなりましたけど、私、ドラゴンダンジョンのミヅチ様の階層までは行ってみたいんです。もう一度会ってアーティガルドの話をもっと聞いてみたいんです。付き合ってくれますよね、アレンさん」

「お、おう。時間が取れるようになったらな」

「がんばれ、レン兄」

他人事だと思って適当な応援の言葉を発するレベッカの頬を、アレンがぐにっと掴む。別に力を入れていないので変な顔になりながらもレベッカは笑っていた。

そんなレベッカに、そういえば、とイセリアが向き直る。

「そういえばレベッカ。ちょっと珍しい料理の本を手に入れたんで作ってみたいんです。手伝ってくれませんか?」

そう言って手に持っていた本を掲げてみせるイセリアに、動きを止めたレベッカが脂汗をかきながら視線を左右に揺らす。

「えっ、いや。私はお店が……」

「客はあんまり来ないんだから問題ないだろ」

「レン兄ー」

「頑張れよ、親友さん」

情けない顔で助けを求めてきたレベッカの肩を楽しそうに叩き、アレンは巻き込まれる前にさっそうと店を出ていく。

期待の目で見つめてくるイセリアの純粋な視線に、レベッカが耐え切れるはずがなかった。

「わかった。火事にならないように気をつけようね」

「はい。最近はアレンさんが忙しそうでどうしようかと思っていましたけど、レベッカは料理が得意だから安心ですね」

「レン兄、絶対にかわしてたでしょ。あっ、そうだ! 出来た料理はレン兄に差し入れしよう。きっと喜んでくれるよ」

「それはいいですね。日ごろの感謝をこめて」

「うん、感謝をいっぱいこめてね」

純粋な感謝と、若干黒いものが混じった感謝。二人が浮かべる笑みには若干の違いがあったがアレンに対する気持ちに変わりはなかった。

一日中走り回り、若干の疲れを感じながらアレンが町の中心部に建てられた自宅に向かう。

既に日が傾いて町は赤く染まり始めており、少しの間振り向いて、いつものようにその光景をアレンは眺める。

「なんか身内が問題を起こしてばっかな気がするが、まあ今日も一日平和に終わったな」

そう言ってアレンは小さく笑みを浮かべると再び歩を進め、そして家族の待つ屋敷にたどり着いた。

アレンの帰ってくる姿を見つけたのか、二人の獣人のメイドが門を開けて待っており、アレンの帰宅にあわせて綺麗な礼を同時に行う。

「「お帰りなさいませ、アレン様」」

「お疲れ、コルネリア、ルーばあさん。今日も特に変わりはなかったか?」

そう気軽な様子で聞いたアレンにコルネリアとルトリシアは顔を見合わせ、少しだけ笑みを増した。

「はい、いつもどおり奥様もお子様もお元気でした」

「特にレックス様は家庭教師の方と熱心に お話し(・・・) していましたよ」

含みのあるその言葉に、本当にいつもどおりなんだなと察したアレンが苦笑を浮かべる。

そして皆がどこにいるか聞かずに庭に向かって進み始めたアレンの後に、コルネリアとルトリシアは何も言わずに付き従った。

アレンから見えない二人の顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。

しばらく庭を進んだアレンが、レックスの魔法の練習用に作った施設に近づいていくと賑やかな声が聞こえてくる。

そこにいたのは活発そうな背の低い少女に対して、必死に愛を伝えようとするもっと小さな男の子。そしてそれを幼児を抱き上げながら見守る妙齢の女性だった。

「うん、だからね、レックス。私は魔法を教える家庭教師であって、そういう対象ではないと言うか。それにこう見えて私って結構な歳だし、釣り合わないかなーって」

「でもスーさん。愛に垣根などない、という言葉もありますよ」

「マチルダさん、笑ってないでなんとかしてください」

「それをかわすのもいい女になる訓練よ。いい女になって、結婚したテッサさんを見返すんでしょ?」

「ちぇっ、マチルダ先生は厳しいなー」

再びレックスとの話に戻ったスーに視線を向けながら、アレンがマチルダに近づいていく。

「ただいま、マチルダ。アマンダ。レックスはまだ諦めてないのか?」

「理性的かと思っていたんだけど、恋愛については別みたいね。まぁ、スーもまんざら嫌そうでもないししばらくは放っておきましょ」

マチルダがアマンダをアレンに渡し、両手をあげてゆっくりと背伸びをする。そしてデレデレとした顔でアマンダをあやしているアレンを見つめ微笑むと、その顔をぐいっと自分に向けた。

「んっ、どうし……」

突然マチルダに唇を奪われ固まるアレンを眺め、マチルダがおかしそうに笑う。

「忙しいのもわかるけど、私のこともちゃんと見てね」

「ああ。わかってる。愛してるぞ、マチルダ」

「私もよ、アレン」

二人が見つめあい、その唇が近づいていく。そしてそれが重なるかに思えた瞬間……

「だからレックスも私が魔王だってことは知ってるでしょ。さすがに結婚なんて無理だよ」

「でも父様だって魔王の卵って称号なのに普通に暮らしていますし問題ないはずです。それにステータス的にはどっちかと言えば父様のほうが魔王っぽ……あっ!」

しまった、とばかりに固まるレックスに皆の視線が集まる。

アレンは抱いていたアマンダをマチルダに預けると、ゆっくりとレックスに近づいていった。

「なあレックス。ちょっと色々聞きたいことがあるんだが、話してくれるよな。称号とか俺のステータスについてとか?」

「いや、僕はなにも知らな……」

「私もぜひ聞きたいわね」

マチルダの追撃にレックスが撃沈する。そして目だけが鋭い怖い笑顔で手招きするマチルダに連れられて、がっくりと肩を落としたレックスは屋敷の中に入っていった。

それに続いて歩き始めたアレンの隣にスーが並ぶ。

「魔王の卵だって」

「まっ、ネラもマスクを持っているからな。可能性としては考えていたさ。なんでレックスがそれを知っているのかは聞かないといけないけどな」

「色々聡い子だなとは思ったけど、秘密を抱えてそうだよね」

ししし、と楽しそうにスーが笑う。そんなスーとその頭に残る怒りの表情のマスクを見つめながらアレンは尋ねた。

「ここでの生活は楽しいか?」

「まあね。普通の人らしく生きられるのは嬉しいよ。町の人たちも優しいし。ちょっとレックスには困っちゃうけどね」

「そっか、そりゃ良かった」

「だからレックスに困ってるって言ってるでしょ」

そう文句を言いつつもスーの顔は笑っていた。その笑顔を眺めながら、こんな生活も悪くないよなと考えながら、アレンが視線を領主の屋敷に向ける。

アレンの視線の先、領主の館の最奥の部屋の壁にはネラのマスクがかけられており、隙間風のせいかどこか愉快そうにゆっくりと揺れていたのだった。