軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 魔王

テッサの言葉に反応したのかその魔王らしき少女が、手招きでもするかのようにその右手をアレンたちに向ける。

その瞬間アレンは背筋が凍るような嫌な予感を覚え、生存本能に従い自らの右手を前に掲げた。

次の瞬間、アレンが無詠唱で生み出した土壁と少女が右手から放った不可視のなにかがぶつかり、ガリガリと音を立てながら厚く硬いはずの土壁が削れていく。

土壁は指一本くらいの厚さを残してなんとかその攻撃を防ぎきってみせたが、バランスを保てなくなりバタリと前方に倒れる。

その光景にアレンは冷や汗が止まらなかった。

(無詠唱。しかも本気で出したのにここまで削られるのかよ)

魔法を唱えていては間に合わないと判断したアレンは、メルキゼレムに習った無詠唱で土壁を作った。

まだ覚えたてで慣れていないとは言え、アレンが全力で放った土壁はダンジョンの壁よりもはるかに強度があったはずだ。

それがいとも簡単に削りきられる。その事実から考えられるのは、相手の魔法が自分と同等か、もしくは上回っているということだった。

魔王は倒しきれなかったことが不思議なのか、その顔をわずかに傾げる。どこか人間臭い仕草でありながら、顔の表情が全く変わらないその姿は異様だった。

アレンがちらりとテッサに視線をやる。自らが攻撃されたというのにテッサは視線を少女から離すことなく、涙をこぼしながら見つめ続けている。自ら逃げるという選択肢が彼女の中にないのは明らかだった。

はっきり言って現状は最悪だ。

アレンは自分だけが生き残ることに全力を注いだとしても、目の前の少女から逃げ切れるという確信が持てなかった。

しかしそれでも恩人であるテッサを見捨てて逃げるという決断をアレンは下せなかった。

(テッサを抱えて、目くらましをしながら逃げるか? いや、それだとルパートとリーラが逃げ切れない。くそっ、やっぱ俺が時間稼ぎするしかねえか)

まがりなりにも対抗できそうな自分が残って時間を稼ぎ、テッサたちが逃げ切った頃合を見て自分も離脱する。それが瞬時にアレンが思いついた全員が生き残れそうな唯一のプランだった。

しかし先ほどの魔法攻撃が少女の本気だと考えていないアレンには、そのプランがいかに甘い見通しによるものかもわかっていた。

だが他のより良い手段を考える猶予が、今の状況であるはずがない。

それを示すかのように下げられていた少女の右腕がゆっくりと上がり始める。全身に鳥肌が立つのを感じながらアレンは対抗するために自身の右手を掲げ、そして……少女の左手が自分の右手を掴んで止めた。

まるで相反する意思が争うように両腕を震わせる少女は、その左半分の顔を隠す怒りのマスクの目の部分から涙を流し、地面に落ちたその涙は周辺の植物を成長させ花開かせる。

不可思議なその光景に誰もが目を奪われる中、その少女の唇が小さく動く。

「テ……ッサ」

「そうだ。私だよ、スー」

ふらふらと立ち上がったテッサが無防備に全身をさらす。その涙でくしゃくしゃになった顔は、それでも喜びにあふれていた。

そんなテッサに少女は視線を向け、そのマスクの左目からのみ涙を流し続けたままぎこちなく話しはじめる。

「テッサ」

「スー、今そっちに……」

「わたしを、殺し、て。次にレベルが、上がったら、きっと、もう、抑えられ……ぐっ!」

少女が苦しげな声をあげ、左手に抑えられていた右手が徐々にアレンたちに向けて動き始める。

その瞬間、アレンは即座に決断を下し、テッサを抱え上げると一目散に逃げ始める。

「離せ、ネラ! スーが、そこにスーがいるんだぞ!!」

「あれは魔王だ」

「違う、あれはっ!」

アレンに併走し始めたルパートが身をよじって抜け出そうともがくテッサの顔に布を被せる。

わずかに漂った甘い匂いに、それが即効性の睡眠薬であることを察したアレンは、これ以上吸い込まないように呼吸を止めた。

そんなアレンの動きにルパートがわずかに笑みを浮かべる。

「ネラ、リーラも背負えるか?」

「ああ」

言うが早いか、アレンは先行していたリサナノーラを追い抜きがてらつかみ上げ、自分の背中へと荒っぽく移動させる。

リサナノーラは顔をしかめながらも、文句も言わずにその背中に抱きついた。そして肩越しに気を失ったテッサを心配そうに見つめる。

「速度を上げるぞ」

「ああ」

速度を上げて先行するルパートに続き、アレンがその後を追う。

ちらりちらりと後ろを振り返るアレンは、その場に立ったままで追いかけることも魔法を放つ様子もない少女の姿を捉えていた。

ただその視線はじっとこちらを見据えており、そしてほんのわずかではあるが顔のマスクの面積が少なくなり素顔の部分が増したようにアレンには思えた。

アレンたちは少女の姿が見えなくなっても走り続けた。ルパートの先導のおかげでモンスターに出会うこともほとんどなく、ついにライオネルたちが木を切り倒している森の外縁部にまでたどり着いた。

突然森の奥から走ってきた自分たちを警戒態勢で迎えたライオネルたちの姿を見て、やっとアレンはその足を止める。

ステータスを考えればこの程度の速度で走ったくらいでは疲れないはずなのに、アレンは荒い息を吐き、その全身はぐっしょりと汗で濡れていた。

「アレ……ネラ! なにがあった? それにテッサさんはなんでそんなことに?」

「テッサは眠らせているだけだよ。生きて逃げ帰るためにはそうするしかなかった。はぁ、しかし疲れた」

武器から手を離して問いかけるライオネルに、ルパートがどすんと腰を地面に落として天を仰ぎ見ながら答える。その顔は疲労の色に染まっていたが、その頬は生還の喜びによりわずかに緩んでいた。

アレンはゆっくりとテッサを地面に横たわらせて寝かせ、それと同時にその背中からよろよろとした様子でリサナノーラが降りる。

そしてリサナノーラはふらふらと頼りない足取りでテッサの元に歩み寄った。

一流の冒険者であるテッサのパーティ、そして人外ともいえるステータスをしたアレンが地面に崩れ落ちるかのようにして休むその光景に、ライオネルたちはそれ以上尋ねることもできず、ただ圧倒されたのだった。

依頼を切り上げソドモ砦へと戻ったアレンたちは、森を偵察中に魔王らしき存在に出会ったことを冒険者ギルドに報告しようとしたのだが……

「その前に話したい奴がいる」

目を覚ました後、なんとか落ち着きを取り戻したテッサにそう言われて、冒険者ギルドには寄らず砦の中央へと向かった。

そしてそこにある屋敷を訪ねると、その現在の主であるメルキゼレムにテッサが面会を求める。

出迎えたユーナは、大勢で押しかけてきたことに少し顔を歪めながらも屋敷の応接室に全員を通した。

しばらくして扉が開き、メルキゼレムがその姿を現す。ユーナから状況を聞いていたのか表情を変えることなく平然と入ってきたメルキゼレムに、テッサはつかつかと歩み寄るとその襟首を掴みねじりあげる。

「あんたは知ってたのか?」

「ほほっ、いきなりなんのことじゃ?」

「スーのことだ。あんたの判断のせいで私と共に死地に向かわされたスーのことだよ! 忘れたとは言わせないよ、施設長!!」

「テッサ、落ち着く」

ガクガクとメルキゼレムを揺らし始めたテッサの腕に、リサナノーラがそっと手を添える。それで少しは頭が冷えたのか、テッサはチッと舌打ちをすると掴んでいた手を荒く離した。

メルキゼレムはローブに寄った皺を軽く撫でて伸ばし、深く長く息を吐く。そしてすっと視線をテッサに合わせると、真っ直ぐに見つめたまま問いかける。

「スーは生きておった。そして……彼女が今回の魔王なんじゃな?」