作品タイトル不明
第37話 運命
「スーは魔王なんかじゃ……」
「待て、テッサ。メルキゼレム様。今、あなたは 今回の(・・・) と言った。その真意を問いたい」
目をむいて怒りを露にするテッサを強引に黙らせ、ルパートが鋭い視線でメルキゼレムを見つめる。
その細められた瞳は、一切の嘘も見抜いてみせるといわんばかりの冷たさを含んでおり、それを察したメルキゼレムは、ルパートとテッサの隣に立つリサナノーラに目をやってわずかに微笑んだ。
「テッサは良い仲間を得たようじゃな。その問いに答えよう。魔王は元人間じゃ。勇者の卵がいるように、魔王にも卵がおる。マスクに魅入られた魔王の卵が」
マスクという言葉に、皆の視線がアレンのつけている道化のマスクに集中する。
「いや、俺は違うぞ」
ぶんぶんと手と首を横に振ってアレンが自分は魔王じゃないと否定する。
魔王らしさなど一切感じられないその姿に皆が安心して苦笑する中、眉根を寄せ少し首を傾げていたリサナノーラが問いかける。
「この声は……アレン?」
「あー、とっさのことで声変えるの忘れてた」
リサナノーラの指摘に自分の失敗を察したアレンは、がりがりと頭をかくとマスクを外してその素顔を晒す。
ネラの正体がアレンであるという事実に、テッサは驚きに目を見開いていたが、他の面々は特に大きな反応を見せなかった。
メルキゼレムは元より、ルパートにも見抜かれていたみたいだなと察しながら、アレンは先に進めるように手で促す。メルキゼレムは小さくうなずいてそれに応え、そして再び口を開いた。
「魔王の卵がどのようにして生まれるのかは儂にもわからん。ただ彼らは等しくマスクをつけておるんじゃ。いや外せなくなっておるというのが正解じゃな」
「その言いようからして国は魔王の卵を捕らえたことがあるんだな」
「ああ、何人もな。儂らの役目の中には魔王の卵が力をつける前に狩ることも含まれておる」
「狩るって……」
「狩るじゃよ。基本的にマスクに魅入られ外せなくなってしまった者は、他者に対する深い憎悪を抱いておる。そのせいか大抵は盗賊などの犯罪者になっておるからのう」
どこか疲れたように息を吐くメルキゼレムの姿は、その言葉が真実であることを皆に告げていた。
気まずい空気が辺りに広がり、沈黙がその部屋を支配する。予想もしていなかった事実を告げられ、皆がどう反応してよいのかわからないのだ。
そんな中で口を開いたのは、やはりテッサだった。
「つまり、スーは?」
「おそらく崖から落ちた彼女は生きておったんじゃろう。そしてなんらかの方法でマスクを手に入れ、魔王の卵となった。いや、神託が出た今、すでに人ではなく魔王になってしまっておるというのが正しいがのう」
「スーにはまだ意識があった。私の言葉にちゃんと返してくれたんだ」
「だが攻撃を受けたのじゃろう? それに一度マスクに魅入られたものは元には戻らんのじゃ。魔王は存在するだけでモンスターに影響を与える。現に各地の冒険者や兵士たちのモンスターによる負傷が増えておることからも明らかじゃ。それをあの子が望むはずがないことを、お主が誰よりも知っておるじゃろう」
「……」
テッサの頭の中に、スーが言った「私を殺して」という言葉が響く。その願いは、スーの気持ちがメルキゼレムの言葉どおりであることを示しており、テッサは両拳をぶるぶると震わしながら黙ってしまった。
そんなテッサに視線をやり、メルキゼレムが頭を下げる。
「すまんな、テッサ。全ては施設長として王家に従うだけで意見できんかった儂の責任じゃ。儂の判断が甘かったせいで、お主の、スーの、そして殿下の人生を狂わせてしもうた。儂を恨むがいい。しかし魔王は倒さねばならんのじゃ」
メルキゼレムの瞳は優しくテッサを見つめていたが、しかしその決意に揺らぎはなかった。
テッサは何も言えない。これまでの話でメルキゼレムが自分と同様に苦しんできたことを察してしまったから。そしてメルキゼレムに対する自分の怒りが、本当は理不尽なものであると気づいているから。
メルキゼレムは息を吐き、そして視線を上げて天井を見つめる。
「成長した殿下は常に前線で勇者の卵として戦い、妹に恨まれるとわかっていながらお主たちのようにならないように手を打ったりと、全てを自ら背負い込むようになってしもうた。今回の魔王の戦いでもそうじゃ。それらは全てお主らに報いるためであったのに、その先がこのようなことになるとは……運命とは残酷なものじゃ」
自らの真意を明かすことなく突き進んでいくシャロリック第二王子の姿は、勇者であらんとする決意だけでなく、どこか死を望んでいるかのようにメルキゼレムには見えてしまっていた。
遠征から帰った日からずっと、シャロリックが休まず弛まず努力し続けてきたことをメルキゼレムは知っている。
だからこそ、その先に待っていたのが魔王となった恩人を殺すこととはあまりに救われないという気持ちが強かったのだ。
沈痛な面持ちで皆が沈む中、アレンは考えていた。この状況を覆せる一手がないものかと。
テッサが言ったように、まだスーの意識は完全に魔王になったわけではない。メルキゼレムは人間には戻れないと言っていたが、少なくとも今まではスーは魔王として行動を起こさないように制御できていたはずなのだ。
でなければもうとっくに戦いは始まっていたはずだ。それに……
(次にレベルが上がったらもう抑えられないって言ってたしな。でも本人がモンスターとかを倒したわけじゃないだろうし、時間経過とか、配下のモンスターが人を倒したらレベルが上がるとかで条件が俺たちとは違いそうだよな。どっちにしろ時間はあんまり残されて……んっ?)
アレンが首を少しひねり動きを止める。パズルのピースがはまっていくように、バラバラの情報が結びついていき絵を成していく。
アレンが笑う。
はっきり言って馬鹿げているとしか思えない、人から言われたら正気かと聞き返してしまうようなことだが、それでも……
「可能性がゼロじゃないなら、賭けてみるのもいいよな」
「アレン?」
アレンの変化に気づいたライオネルが苦笑する。その笑顔が、いつもは堅実すぎるぐらい堅実なくせに、ときおり突拍子もないことを始める前に浮かべているものだと知っていたから。
そしてそれが失敗したことは今まで一度もない。そのおかげで生き延びたことが何度もあるライオネルは、アレンがこの先に何を言ったとしても従おうと決意した。
「なあテッサ。魔王の、スーの戦闘スタイルってどんな感じだ? 見た感じは魔法使いっぽかったが」
「あっ、ああ。魔法に関しては天才と言っていいほどだったが、体力に関してはそこらの鉄級冒険者ぐらいだったよ。今はどうだかわからないが」
「よしっ!」
アレンが自らのマジックバッグから全身を隠すくらいの大きさの真っ白な盾を取り出す。いや横から見ると白と黒の層が幾重にも重なっているため、正確に言えば違うのだが。
「これは?」
「物理攻撃と魔法攻撃をそれぞれ吸収する素材で造られた盾だ。ちなみに白が物理で黒が魔法な。まあ逆の方法で攻撃されるともろいんだが、魔法特化なら黒で受け止められるはずだ」
「ダンジョン産の防具かい? しかしそれ一つだけでは……」
「ダンジョン産はダンジョン産なんだが、そういう性質の壁をくりぬいて造っているから結構数はあるぞ」
そんなダンジョンの宝箱から得た装備一つあっても対応ができない。そういう趣旨のルパートの指摘を、アレンは次々と同じ盾を取り出して否定してみせる。
床にこの部屋の人数分の盾を並べ、アレンが再びテッサに尋ねる。
「そういえばイセリアって今はどうしてるんだ?」
「あの子は途中まで一緒だったんだけど、ライラックでどうしてもやらなくてはいけないことがあるって別れたよ。なるべく早く向かいますとは言っていたが、何をするかは教えてくれなくてね」
「よし、ということはちゃんとあの本の仕掛けに気づいたってことだな」
アレンは笑みを増すと、自らに集中している視線一つ一つをしっかりと見返す。そして……
「なあ、我ながら馬鹿みたいな計画を思いついたんだが、俺の話を聞いてくれる奇特な奴っているか?」
そう言って持っていたステッキをくるりと回して肩にかけ、本物の道化のようにおどけて見せたのだった。