軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 旅立ち

ネラが魔王討伐の依頼を受けた。

領主直々に発表されたその話は、瞬く間にライラック中に広がっていった。それに対する住民の反応は様々あったが、その大多数は好意的なものだった。

極端な者になると既に魔王の脅威などなくなったかのように思ってしまう者さえいた。それだけの信頼がネラに寄せられている証明とも言えたが、さすがに気が早すぎるだろう。

とは言えこの発表によって、ライラックの街は少なくとも表面上は元の平穏を取り戻していた。

食料などの一部の品が多少値上がりはしているものの、そこまでの混乱は起きておらず、アレンも旅の準備を整えることができていた。

そしてナヴィーンとの面会をして一週間後。

アレンはネラの姿でライラックの北門にやってきていた。マントをなびかせ、道の中央を颯爽と歩くアレンに沿道の住民たちから応援の声がかかる。

「頼んだぞ、ネラ!」

「ネラー、がんばれー」

「あんたなら絶対に魔王を倒せる!」

「頑張って!」

老若男女問わないその声援に、アレンはマスクの下で頬を緩める。

アレン自身わかっているが、ネラの格好はまともな者が着るようなものではない。やんわりと言ったとしても変わり者くらいにしかならないだろう。

しかしそんな変わり者にこんなにも期待してくれ、応援するためにやってきてくれた住民たちの思いが純粋に嬉しかったのだ。

兵士や騎士が住民たちとともに見送る中でたどり着いた北門には、領主であるナヴィーンが待っていた。

膝をついたアレンにナヴィーンは近寄り、その肩に手を置いて労うとアレンを立たせる。

「親愛なる領民たちよ。今、我らの英雄が魔王を倒すために旅立つ。その道は険しく、幾多の困難が待ち受けているだろう。ネラは強い。だが彼だけに全てを任せることは是なのか? そうではないだろう!」

ナヴィーンの張り上げた声が、群集の心にしみこんでいく。その熱意は言葉に乗って、人々の心の奥に火をつけて回っていた。

「我々には我々の戦い方がある。領主として、騎士として、兵士として、商人として、冒険者として、職人として、農民として、我々にしかできない戦いを今日から始めるのだ。魔王と戦うネラの物語に、我々も登場してやろうではないか。そして、いつかその歌を聞き、共に美酒に酔うのだ。酒代は心配するな。全て私がもとう」

冗談めかしたナヴィーンの言葉に、人々の顔に笑顔が浮かぶ。その瞳は輝いており、強い意志が宿っていることを感じさせた。

それを満足げに見回し、ナヴィーンが右拳を突き上げる。

「英雄ネラに恥じぬ戦いを、我々も成し遂げるのだ!」

「「「おおー!!」」」

空気が震えるようなその答えに、アレンの背中にぞくりとしたものが走る。

恐怖などではない。今まで感じたことのないくらい大きな感情の渦をぶつけられ、それに勝手に体が反応してしまったのだ。

そして同時にアレンは、心にふつふつとしたものが湧き上がってくるのを感じていた。そしてそれに従うように、アレンはくるりとステッキを回すと全力で上空に向かって『ライトサークル』を放つ。

巨大な光の輪が天高く上っていく幻想的な光景に人々は見とれ、そして大きな喝采に辺りは包まれた。

「「「ネラ! ネラ! ネラ!」」」

自分の名を呼ぶ声を受けながらアレンはシルクハットをとって皆に一礼すると、ステッキを使ってシルクハットを上空に飛ばしてそのまますっぽりと頭にかぶる。

そして人々に背を向けると、ステッキを振って様々な形の光の輪を飛ばしながら、軽い足取りでライラックの街を後にした。

その背に向けられる名を呼ぶ声は、その背中が見えなくなってもしばらくの間響いて消えることはなかった。

その夜、ネラの衣装から着替えてライラックに戻ってきたアレンは、屋敷で家族と一緒にのんびりと過ごしていた。

明日にはライオネルたちと共にアレンもここから旅立つ予定であり、これが家族で過ごすことのできる最後の時間だ。次の機会は、魔王が倒れたあとになるだろう。

それは皆が承知していたが、アレンもマチルダたちも特別なことをしようとは思わなかった。

普段どおりに旅立ち、そしていつもどおりに帰ってくる。二人で話し合い、それがいいと決めたのだ。ある種の願掛けのようなものだった。

いつもどおりと考えてはいるものの、どこかしんみりとした空気は漂ってしまう。それを察したレベッカが明るい声を弾ませる。

「しっかし、レン兄の勇姿が見れなかったのは残念だったなー。街中ですごく話題なんだよ。ねっ、コルネ?」

「はい。ネラ様の魔法が天を裂いたそうです」

「いや、天を裂けるわけねえだろ」

「そのくらい印象的だったってことじゃない? ここからでも光の輪が見えたくらいだし」

「ぼくもみました!」

楽しげなレベッカに、コルネリアが同意を返す。

非現実的なその話にアレンは呆れた声をあげたが、マチルダとレックスもその話を聞いて笑っていた。

「ネラ様のおかげで街の雰囲気は良くなったように思われますよ」

静かに微笑んでそう告げるルトリシアに、アレンが少し頬を赤くしながらぽりぽりと頭をかく。

たしかにアレンが屋敷に戻るまでに見た大通りの様子は、ネラが出発する前よりもよくなっていた。元々ライラックは活気に満ちた街ではあるのだが、魔王という不安の種による影響は少なからずあったのだ。

しかし今は以前と同様の、いやそれ以上の活気を感じさせるまでになっていたのだ。

「領主様のおかげだな」

「あなたのおかげでもあるわよ」

アレンの照れ隠しの言葉にマチルダは笑い、胸に抱いたアマンダを軽く揺らしたのだった。

そして夜もふけ、アレンとマチルダは寝室のソファーに横並びに座っていた。コルネリアとルトリシアも既に退室しており、子どもたち二人も既に夢の中だ。

身を寄せ合い、お互いの体温を感じるその時間は、二人にとってとても大切な時間だった。

「はぁ、なんで魔王なんて生まれてくるんだろうな」

「どうしてかしらね?」

アレンの言葉には家族と離れたくないという気持ちがこれでもかとこもっていた。それを十分すぎるほど知っているマチルダは、くすくすと笑っていつもどおりに返す。

離れたくない気持ちはマチルダも一緒だ。しかしアレンはそうすることができない性格だとマチルダが一番良く知っているのだ。

だからこそマチルダは自分の気持ちを伝えない。伝えなくてもアレンには伝わっていることも知っているから。

「いざというときはドゥラレのカミアノールを頼れよ。あいつの手紙や色々な用品の入ったマジックバッグは肌身離さず持っていてくれ。レベッカとコルネリアもだいぶ強くなったし、大丈夫だと思うが……あぁ、やっぱり無理を言ってエリックに頼むべきだったか?」

「心配しなくても大丈夫よ。子どもたちを守って絶対に逃げ切ってみせる。逆に私はアレンのほうが心配よ。絶対に無理するでしょ」

「いや、できる限りのことはするが無理はしないぞ。マチルダに二度と会えなくなるなんて考えたくないしな」

「どうかしらね?」

マチルダがふふっと笑う。

アレンの言葉が嘘だなんてこれっぽっちもマチルダは考えていない。しかし、心のどこかに、アレンは無茶なことをするんだろうという確信があった。

これまでのアレンの生き様を知っているからこそのその言葉に、アレンが苦笑いを浮かべる。

そして真剣な表情でマチルダを見つめると、その体を力強く抱きしめた。

「絶対に生きて帰ってくる」

「うん。待ってる」

潤んだマチルダの瞳に映ったアレンの顔が大きくなっていき、二人の唇がゆっくりと重なる。それはすぐにむさぼるような激しいものに変わっていった。

そしてマチルダを優しく抱き上げたアレンはベッドに向かってその歩を進め、二人は愛を確かめ合ったのだった。