軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第25話 魔王の復活

アレンのドラゴンダンジョンの攻略は、階層が広いことややたらと成竜にからまれることをのぞけば順調だった。

スタンピードの兆候はなく、ライラックのダンジョンを攻略している『ライオネル』たちと定期的に会っては情報交換を続ける日々。それは非日常ではあったが、なにごともなく続くそんな日々は半年も経てば日常に変わっていく。

そして魔王なんか本当に来るのだろうか、そんな考えがアレンの頭にふとよぎるようになったころ、それは起こった。

その日、ライラックの街は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。冒険者のみならず街中の人々全てが自分の仕事をそっちのけで隣人と話していた。

その表情は不安そうなものから、楽観的なものまで様々であったが、騎士や兵士が普段よりも多く巡回していたおかげもあり大きな混乱が起きることはなかった。

「ついに発表されたな」

レックスの魔法の練習をみていたところ、買い物から戻ってきたコルネリアに、魔王が近々復活すると領主から発表があったと聞いたアレンは、いよいよかと覚悟を決めていた。

このためにアレンは様々な準備をしてきた。でも本心で言えばそんな日は来て欲しくなかったというのが正直なところだった。

「とうさま」

不安そうに自分を見上げるレックスに気づき、アレンは膝を折って視線を合わせると余裕のある笑みを浮かべる。

「魔王ってのはずいぶん寝起きが悪いらしいな。完全に目覚める前に俺たちがどうにかしてやるから心配すんな。それより俺がいない間、レックスが家族で唯一の男だ。ただ、しっかりしているといってもお前はまだ子どもだ。無理をする必要はない。でもできるだけ皆の支えになってやってくれ」

「うん!」

決意を秘めた表情でうなずくレックスの頭をアレンは少しだけ荒く撫でると立ち上がる。そしてそばで待機していたコルネリアにレックスを任せると、足早に屋敷に向かって歩き始めた。

マチルダとレベッカに報告を済ませたアレンはそのまま屋敷を出ると、ネラの衣装に着替えて大通りを貴族街に向けて歩いていった。

普段以上に人の多い街並みと、自分を見てなにごとかを話す人々を横目で見ながらアレンは進む。そしてたどり着いたのは、貴族街の端にあるネラの屋敷だった。

ほとんどここにアレンはいないものの、定期的に人に清掃してもらっているため屋敷の状態は悪くない。もしかしたら、アレン以外の住人が住み着いているからかもしれないが。

「おーい、ゾマル。いるか?」

「アレンか」

屋敷に入って呼びかけたアレンの言葉に反応し、廊下の奥の部屋から一人のドワーフが顔をのぞかせる。それはドワーフ内でも伝説の名工と名高く、現在はネラの屋敷で研究を続けているゾマルだった。

「領主からの手紙を預かっておる」

「おっ、悪いな。それよりゾマル、その格好は?」

「仕事の依頼だ。拒否のできん相手からのな。これまで世話になった」

すっかりと旅装を整えたゾマルが、アレンに一枚の手紙を手渡す。そこにはライラック伯爵家の蜜蝋が押されており、それをアレンは魔法で出した小さな火にあぶって開いた。

そこに書かれていたのは、最低限の飾り言葉さえ抜いてしまえば、なるべく早くネラと面会したいというナヴィーンの要請だった。

それを確認したアレンは手紙を丁寧に折りたたみなおして、それをしまう。

「ゾマルはもう出るのか? 今日一日ぐらい旅の準備を整えたらどうだ?」

「迎えが来ているからな。残した物は好きに使え」

「了解。じゃあな、ゾマル。また会おう」

「うむ。アレンのおかげで楽しい日々だった。感謝する」

そう言い残し、アレンと入れ替わるようにゾマルは屋敷を出ていった。細い目をさらに細くし、本当に楽しそうに微笑みながら。

アレンはそれを見送り、そしてゾマルが研究に使っていた部屋の中に足を踏み入れる。

そこにはゾマルとドルバンが二人で頭を悩ましながら作っていたダンジョンの白い壁と黒い壁を使用した武器や防具だけでなく、旅に使用できそうなスコップなどの用品や調理道具、皿、その他細々としたものが用意されていた。

明らかにアレンのこれからを考えて用意されているそれらに、アレンは頬を緩めると既に見えなくなった小さな背中に向けて告げる。

「俺も楽しかったぜ。いつかまた一緒に飲もうな」

腰に提げたマジックバッグにゾマルの好意を全て詰め込み、すっきりとしてしまった部屋を少しの間だけアレンは眺める。

そしてきびすを返すと、屋敷を出て街の中心に位置するライラック伯爵の屋敷に向かって歩き出した。

いつもより巡回の多い貴族街を通り抜けライラック伯爵の屋敷にやってきたアレンは、特に門番に止められることなく、やってきた執事にナヴィーンの執務室へと案内された。

執務机に座り書面を書いていたナヴィーンは、アレンに断りを入れてそれを書きあげるとアレンを案内してきた執事にそれを渡す。ピクリと眉を揺らした執事が、少し足早に出て行くのを眺めながら、アレンはナヴィーンに勧められるままにソファーに腰をおろす。

「悪かったな、ネラ。仕事が立て込んでいてね」

「魔王が復活したそうですから、仕方ないでしょう」

よく見ればナヴィーンの目元にはうっすらとしたクマが見えていた。それでも表面上はそれを感じさせない力強い覇気を感じ、アレンはこれが貴族かと自らの中の認識を新たにする。

アレンの対面に腰をおろし、ナヴィーンがアレンを見つめる。その表情はとても真剣なものだった。

「魔王の復活はわかっていたことだ。それこそ20年以上前に予知されていたことだからな。それに向けての準備も人材の育成も行われてきた。負けることはない、そう信じたいところだがなにせ相手は伝説の魔王だ。人の常識など軽く飛び越えた存在にどこまで通用するか、それは誰にもわからない」

「だからこそ常識外の強さを持つ俺が必要になった」

「そうだ。すぐにライラックが戦火にさらされることはないだろうが、放置することはできない。そもそも領主にも国からの協力要請は既に来ているし、優秀な冒険者たちにも緊急依頼が出される予定だから無関係ではいられないんだが」

決してネラだけの力を当てにしているわけではないと伝えながらも、ナヴィーンの言葉の裏にはひしひしと、どんなことになってもネラの協力を得なければという意思が見え隠れしていた。

それがナヴィーン個人の意思によるものか、それともそれ以外の誰かの思惑が関わっているのかアレンには判断がつかない。

しかしネラの協力を得たいという気持ちはアレン自身よくわかっていた。

ドラゴンダンジョンのスタンピードの阻止、鬼人、ドゥラレのダンジョンの単独制覇、ライラックのダンジョンの最深層の探索、及び制覇、ドラゴンダンジョンの複数の成竜の単独撃破。

どれか一つの実績でさえ、吟遊詩人が歌い上げるような偉業なのだ。それを全て成したネラの価値が、こういった局面では非常に高く評価されるのは当然だろう。

「元々魔王が復活すれば率先して動くつもりで準備してきました。参戦することに否はないのですが、いくつかお願いがあります」

「できうる限りは聞こう」

「まず、冒険者パーティ『ネラ』としてこの依頼を受けさせていただきたい。信頼できる仲間が絶対に必要です。それができるのはあいつらしかいない」

「『ネラ』はたしか『ライオネル』という冒険者パーティと君の合同パーティだったな。たしかに戦場において仲間は重要だ。ライラックのダンジョンを攻略したメンバーなら不足はないだろう」

ナヴィーンは素直にうなづき、アレンの要望をさらさらと紙に書いていく。それを眺めながら、アレンは内心ナヴィーンが『ライオネル』のことを当然のように知っていることに軽く感動していた。

ライラックのダンジョンの踏破者なのだから当然ではあるのだが、昔なじみの名前が貴族から自然に出てくるのは感慨深いものがあったのだ。

「次に、万が一この街にまで魔王の手が及びそうになったら俺の家族の避難に助力をいただければありがたいです。騎士のエリックを護衛にして、その家族とも一緒に避難させてもらえれば一番なんですが……」

「それをエリックが望むとは思えないがな」

「でしょうね。だからそこの判断はエリックに任せます。最低ラインとして俺の家族の避難に少し助力をいただければいいです。街の住人に避難勧告を出すほんの少し前にその情報が伝わる、その程度でいいので」

「気の早いものは勧告せずとも逃げているだろうしな。その程度なら問題ないだろう」

「ありがとうございます」

アレンがナヴィーンに頭を下げる。

領主からの避難勧告が出れば、街が混乱の極地に陥るのは明らかだ。いくら準備を進めていても、それに巻き込まれてしまえば手遅れになりかねない。

ナヴィーンが約束したほんのわずかな時間は、万が一のとき家族の役に立つはずだとアレンは確信していた。気負っていたアレンの気配がわずかに緩み、それを敏感に察したナヴィーンが小さく笑みを浮かべる。

「家族が大事か?」

「ええ。もちろん育ったライラックには愛着がありますし、知り合いも少なからずおります。でも俺が守れる範囲はとても狭くて、ここから離れてしまえば手すら届かなくなるんです。だから大切な家族だけはどうしても守りたい」

「わかった。君の働きに恥じぬよう、私も君の願いを守るために力を尽くす。だからこそネラよ。私に、いや世界のために君の力を貸してくれ」

「承知しました」

二人はお互いにうなずきあった。

領主と自由騎士という立場ではなく、ナヴィーンとアレンという純粋な人と人としての約束を二人は交わし、どちらからともなく差し出された手をがっちりと握り合ったのだった。