作品タイトル不明
第24話 ドラゴンダンジョンの成竜
アレンが探索し始めたドラゴンダンジョンにおいて、地図と呼べるものが存在するのは二十階層までだ。しかしそれ以降に到達した者がいないというわけではない。
実際四十五階層までは次の階層に続く階段がある方向はわかっているので、そこまで攻略した者がいるのは確かなのだが、階段を降りて右斜め前方の方角に次の階段がある、くらいしか情報が得られなかったため地図の作成が見送られたという経緯があった。
報告した者がおおざっぱだったということが原因のようにも思えるが、それは正しくない。
そもそも地図を作成できる冒険者など限られた一部の者たちだけであり、冒険者の報告を集めて冒険者ギルドが地図を作成していくというのが普通なのだ。
現状は地図を作成するための情報を集めている最中といえる。ただ、その情報を集めるのは困難であり、その証拠に何十年以上も地図が更新されていないのだが。
そしてもう一つ原因を挙げるとすれば……
「やっぱこのダンジョン広すぎだろ」
地図を片手に二十階層の森林を走りつつ、アレンがため息を吐く。その速度はかなりのもので、一般人であれば目で追うのがやっとというくらいだった。
普通ならこんな速度での移動をアレンはしない。罠にかかったり、不意にモンスターと遭遇したりする可能性が上がるし、なにより他の冒険者の迷惑になりかねないからだ。
しかし、そうせざるをえないほどこのドラゴンダンジョンは広かった。
アレンがこれほどの速度で探索しているのに、既にダンジョンに入ってから半日近く経っているのがその証拠だ。
距離だけで言えば、ドラゴンダンジョンで二十階層まで到達するほうがライラックの最下層に着くまでよりも長いと考えるとその広さがよくわかる。
もう一つアレンがそうするのを決めた理由を挙げるとすれば、そもそもドラゴンダンジョンで他の冒険者とすれ違ったことがなかったからだ。
ドラゴンダンジョンを攻略しているのは主にミスリル級の冒険者たちである。
冒険者のある意味頂点と呼ばれる彼らは一握りの存在であり、そもそも攻略を行っている冒険者パーティの数自体が多くない。さらに言えば次の階層への最短経路付近で狩りをするような愚か者は精鋭中の精鋭である彼らの中にはいなかった。
「ふう、やっと階段か。ライラックのダンジョンみたいに五階層ごとに環境が変わらないのは楽なんだが、森は視界が悪いんだよな」
誰に向けられたわけでもない愚痴をもらしつつ、アレンがたどり着いた階段を降りていく。
現在、この先の階層を攻略している冒険者はいないはずだった。地図がないからというのも一つの要因だが、それより大きな問題がそこにはあるのだ。
階段を降り、二十一階層にたどり着いたアレンの目に飛び込んできたのは先ほどまでの森林とはまるで違う、草木一本生えていない荒涼とした大地だった。
視界はとても良好になったわけだが、逆に言えば身を隠す場所がほとんどないとも言える。
特に上空を飛び回っている小さめの成竜たちの目を逃れて探索するのは至難の技だろう。
「なんか正面からぶつかってこい、っていうミヅチの意思を感じる気がするな。さて、いちおう階段のあるほうに進みつつ様子を見るか」
そう呟いてなるべく慎重に進んでみたアレンだったが、結局のところ付近の上空を飛んでいる各属性の成竜たちにことごとく発見され、その全てを相手取ることになってしまったのだった。
アレンが初めてドラゴンダンジョンの二十一階層に足を踏み入れた翌日の夜、冒険者ギルドは異常な熱気に包まれていた。
それもそのはず通常であれば一体を倒すだけでも英雄のように語られかねない規格外のモンスターである成竜を、ネラが数え切れないほど倒したという噂が広まったからだ。
これまでもミスリル級の冒険者パーティが成竜を倒したことはあった。しかしそれらは基本的に一体を釣りだして狩ったものであり、複数の成竜を倒したなどということは人々の記憶にはなかった。
「ネラがドラゴンダンジョンの攻略を始めたって聞いて、なんかやるとは思っていたがさすがネラだぜ」
「お、おい。成竜一体でもしばらく遊んで暮らせる額が手に入るんだよな。あいつ今回どれだけ稼いだんだ?」
「俺たちの一生分の稼ぎより多いだろ。というかそもそもあいつは金に興味ないんじゃねえか? これまでの稼ぎだけでもう何もしなくても贅沢三昧して生きていけるはずだ」
「俺はおごってくれるならなんでもいいぜ。いやーただ酒はうまい!」
ネラの申し出により、全ての飲食がタダになったギルドの酒場で、ネラを肴に冒険者たちは噂話に花を咲かせていくのだった。
一方そのころ当のアレンはというと、屋敷の食堂で家族揃っての夕食を食べ終え、まったりとした時間を過ごしていた。
倒した成竜の素材をギルドに提出したところ、報酬がとんでもない額になると聞いたときは冷や汗が止まらなかったアレンだったが、もうこれについては領主のナヴィーンにお願いして有効活用してもらおうと開き直っていた。
既に十分すぎるほどの蓄えをアレンは手に入れているし、稼ごうと思えばいつでも稼げるのだ。
下手な大金をもってしまい、それについてあれこれ考えてしまっては本来の自分の目的が果たせない。そうアレンは考えていた。
食事の片付けも終わり、綺麗に片付けられたテーブルの上に様々な色に染まった爪が並んでいる。
それは一つにつき50センチ以上もあり、その先端の鋭さはどこか鋭利な刃物を思わせた。
「で、これがレックスにお土産の各属性竜の爪だな」
「ふぉぉぉー。とうさま、すごい!」
興奮し、目を輝かせてドラゴンの爪をぺたぺたと触るレックスの様子に、アレンがその頬を緩めに緩める。
レックスが好きそうだと予想して各属性の成竜から、アレンは一本ずつ綺麗な爪を選んできたのだが、ここまで素直に喜んでくれるとそれは嬉しくなるものだ。
とは言え素直に喜びを表現しているのはレックスだけであり、マチルダとレベッカは少し心配そうにアレンを見ていた。
「本当に大丈夫なんだよね、レン兄?」
「大丈夫だって。一体の強さで言えばオーガキングよりちょっと強いくらいだし。図体が大きい分、狙い放題だしな」
「それならいいけど」
全く気負った様子もないアレンの言葉に、少し首を傾げながらもレベッカが納得をみせる。そしてレベッカ自身も元々興味はあったのか、レックスの元に近寄ると一緒に爪を持ち上げたりして観察を始めた。
アマンダを抱くマチルダにアレンは近づき、少し苦笑する。
「やっぱり成竜は特別か?」
「アレンが強いってのはわかっているし、ライラックのダンジョンでそれ以上の竜を倒したというのも知っているんだけど、やっぱりライラックに住む者としてドラゴンダンジョンの成竜は格が違うっていう意識があるのよ」
「あー、なんとなくわかるわ。でもそこまで危なくないのは本当だから安心してくれ」
「うん、信頼してる」
迷いなくそう返したマチルダがアレンの頬にキスを落とす。思わず口の端を上げたアレンにマチルダは微笑みかけると、その表情を少し真剣なものにして問いかけた。
「スタンピードは大丈夫そう?」
「ああ。今のところ兆候は全くないな。だがエルフと人間の時間に関する感性が違うように、ドラゴンの時間に関する感性も違うはずだ。下手をすると数年単位でずれるくらいは考慮しておく必要があるかもな」
「用心には用心を重ねてってことね」
「だな。それにドラゴン素材が流通すれば、魔王が来た時に役立つだろ。そのための準備だと考えてぼちぼちやってくさ」
そう言って笑ったアレンはマチルダの肩を抱く。その腕の中ですやすやと眠るアマンダの笑顔が曇ることがないように全力を尽くそうと心に決めながら。