作品タイトル不明
第20話 使者との会談
アレンとライオネルたちがライラックのダンジョンを攻略してから二週間が経過した。
どんちゃん騒ぎが続いていた冒険者ギルドもやっと落ち着きを見せ始め、冒険者たちも多少テンションは高いものの普段どおりの生活に戻り始めた。
ただそんな中で、冒険者ギルドにはピリッとした空気が残っていた。その訳はもちろん、現在冒険者ギルドにて保管されているオリハルコンのインゴットのせいだ。
このオリハルコンについては、冒険者の 善意(・・) により国に献上されることが決まっている。
自由騎士であるネラが献上したインゴット一本に関しては、ライラック伯爵の屋敷で保管されていたが、ライオネルたちの取り分である残りの四本に関しては冒険者ギルドに保管されているのだ。
もちろん冒険者ギルドの警備体制は甘くない。ダンジョンの宝箱から出た希少なアイテムや、モンスターの素材などを扱うのだから当然だ。
しかし……
「これで六組目だな」
「ああ。欲に目のくらんだのか、それとも……」
「他国の間者か。ライはこいつらについてどっちだと思う?」
「錬度が低いし欲に目がくらんだ馬鹿じゃないか?」
目の前に倒れ伏している四人組の男たちへ視線をやりながら、アレンとライオネルがまるで世間話でもするかのような口調でしゃべり続ける。
その男たちは深夜の冒険者ギルドに侵入してオリハルコンを盗もうとしたところ、こっそりと見張っていたアレンとライオネルに倒されたのだ。
アレンが持っていたロープで男たちを縛っていき、万が一魔法が使える者がいた場合を考え口に布をかませる。ライオネルはその間も周囲の気配を油断なく探っていた。
「早く国の使者とやらが来て欲しいもんだな」
「たしかに。ナジームたちがこっそり警備してくれているとはいえ、家族が狙われるような状況は避けたい。アレンは特にそうだろう」
「俺は攻略メンバーじゃないからまだ危険は低いが、ライの実家の商店のほうが狙われてるだろ。今は長男が継いでいるんだっけ?」
「まあな」
二人は顔を見合わせて同時にため息を吐く。
近隣の村から出てきたナジームたちとは違い、アレンとライオネルはライラック出身でありここに家族が住んでいる。
ライラックのダンジョンを攻略した本人を襲うような馬鹿はいないが、その家族を盾に取り言うことを聞かせようとすることは十分に考えられた。
それだけの価値がオリハルコンにはあるのだ。
家族しかいないという状況にして隙を見せ、そんな不心得者を早期に捕まえようと考えてそうしているのだが、二人の胸の内に広がるもやもやが消えるわけではない。
だからこそさっさと国の使者がやってきてオリハルコンを持っていき、この状況が変わることをアレンもライオネルも望んでいた。
そんな風に交代でオリハルコンの警備をしながら過ごした三日後、アレンはネラの姿で領主の館に向かっていた。
その足取りはとても軽い。なぜなら待望の国の使者が今日の午後にやってくるという話を昨日聞いていたからだ。
館の門を警備する門番に自由騎士の証である記章を見せ、案内としてやってきた執事の後についてアレンが廊下を進んでいく。
昔であれば必ず騎士が同行していたはずだが、それが執事のみになったことにナヴィーンからの信頼を感じ、アレンはわずかに頬を緩める。
そしてしばらく歩いた後、執事が一つのドアの前で足を止める。てっきりいつもどおりナヴィーンの執務室兼応接室に連れて行かれるかとアレンは思っていたのだが、そこは今までアレンが行ったことのない部屋だった。
その扉には精緻な彫刻が彫られており、明らかに貴賓をもてなすための部屋だと推測できた。アレンは執事がその扉をノックするのを眺めながら気持ちを入れ替える。
中からナヴィーンの「入れ」という声が聞こえ、それに従い執事が開けた扉を抜けてアレンが部屋に入る。
華美ではなく落ち着いた内装、壁に掛けられた龍をモチーフにした見事な絵画や部屋に彩を添える美術品、窓際には先ほど切ってきたばかりといわんばかりの瑞々しい生花が飾られたその部屋の中央には見事な意匠のテーブルとソファーが並んでいる。
そこに腰掛けたナヴィーンに頭を下げたアレンは、言われるがままにその隣へと腰をおろした。
すかさず控えていたメイドが笑顔でアレンに紅茶を差し出す。その手がわずかに震えているのをアレンは見逃さなかった。
(あれっ、メイドにはそんなに怖がられていなかったような気がするんだが)
これまで領主の館に訪れたとき騎士や兵士たちはネラを恐れたりしていたが、メイドに関しては特にそういった印象をアレンは受けていなかった。
マスクをつけてクラウンの格好をしているため奇異の目で見られることはあったが、どちらかといえば噂のネラの姿を見たことをどこか楽しんでいるようにも見えていたのだ。
少しいぶかしむ中、ナヴィーンがアレンに告げる。
「ネラ、申し訳ないが今日は文字ではなく話してくれないか。無論メイドなどを退室させて配慮はさせてもらう。今回来る使者が王族でね。格好については普段どおりで良いとお言葉をいただいているんだが、不興を買うような要素は減らしておきたいのだ」
真剣な眼差しでそう告げるナヴィーンに、アレンはこくりと首を縦に振って返した。
内心、いや王族が来るなんて聞いてないぞ。というかわざわざこんなとこまで来るなよ、などと思ってはいたが、幸いにもマスクのおかげでそれが伝わることはなかった。
紅茶を飲みながらしばらく時間を潰して待っていると、執事が部屋にやってきて使者が到着したことを告げる。
緊張した面持ちで立ち上がったナヴィーンに習い、アレンはその後ろに控えるようにして立つ。そして扉が開かれ一人の若い男が入ってきた。
「シャロリック殿下。お久しぶりでございます」
「久しいな、ライラック卿。私がキュリオに向かうときに立ち寄って以来だからおよそ四年ぶりか?」
「もうそんなになりますか。いやはや歳をとると時の流れが早く感じるようになります」
入ってきたエリアルド王国第二王子シャロリックとナヴィーンが挨拶を交わすのを聞きながら、アレンは視線を下げたまま待機していた。
ソファーに腰掛けた二人はそのまま会話を続け、それがふとやんだところでシャロリックの視線がアレンに向けられる。
「さて、そこの彼が噂の英雄殿だな」
「ええ、ネラと言います。現在はライラック領の自由騎士として勤めており、今回は地元の冒険者とともにライラックのダンジョンを攻略するという偉業を成し遂げました」
「ふむ、顔を上げよ」
指示のとおりにアレンが顔を上げ、ソファーに座るシャロリックの姿を確認する。
短めの金髪を後ろに流し、ソファーにもたれかかることもなくピンと背筋を伸ばして座ったその男はネラの姿を見ても笑いも、侮りもしない精悍な顔つきをしていた。
そして服に隠されているが見る者が見ればわかる無駄のない肉体は、なにがあっても反応できるように一分の隙もなく備えていることがアレンにはわかった。
(王族っていうより騎士って感じだな)
そんな感想を抱きながら眺めていたアレンの顔めがけ、小指ほどの大きさの石がかなりの速度で飛んできた。
アレンはそれをほんのわずかに頭を傾けるだけで避け、それを親指で弾いて石を飛ばしてきたシャロリックを眺め続ける。
アレンの頬のわずかに横を通り抜けた小石が壁にぶつかり大きな音を立てて砕けた。
アレンの目に非難の色はない。王族を前にマスクをつけたままでいるという非礼をしているのは自分だと自覚していたし、王族の、しかもこれほどの鍛えている者であれば正体不明のネラの実力の一端を知っておきたいという思いもわかるからだ。
むしろアレンは異常なステータスを手に入れてすぐのころ、同じようなことが出来ないか試したなぁなどと懐かしく思っていた。
「で、殿下?」
「すまんな、ライラック卿。破損した壁紙の代金は王家に請求しておいてくれ。噂のネラの実力を試しておきたくてな。しかしあれを最小限の動きだけで避けるか。なぜそのようにした?」
「殿下の放った礫がわずかに頬をかする軌道であることがわかりましたので、礼を失せずに避ける方法をとらせていただきました。殿下がそれを望んでいらっしゃるように思えましたので」
「つまりそれを考えるだけの余裕があったということだな」
「そのとおりでございます」
言葉遣いこそ丁寧を心がけてぎこちなかったものの、その言葉に関しては一切の嘘がないとシャロリックは判断した。
その瞬間ほんのわずかにシャロリックの頬が緩んだがすぐにそれは消え、元どおりの顔つきに戻ってしまった。
そしてシャロリックに尋ねられるままにライラックのダンジョンの下層の話をアレンはし、そしてそこで見つけたオリハルコンのインゴットがシャロリックに渡される。
シャロリックはしばしそれを眺めて小さくうなずくと、自身の腰につけたマジックバッグにオリハルコンをしまう。
やっとこれで解放されるとアレンがほっと胸を撫で下ろしていると、シャロリックの静かな瞳が再びアレンに向けられた。
「ところでネラよ。お前は基本単独での戦いを好んでいると聞く。だが今回の『ライオネル』を含め、パーティを組んだこともあるそうだな」
「そのとおりです。ただ『ライオネル』以外となると、勇者の卵であるイセリアという冒険者と組んだことがあるだけですが」
「ほう。勇者の卵とは、また珍しいな」
少し興味が惹かれたのか感嘆の声をシャロリックがあげる。その反応に話を続けたほうがよさそうだと判断したアレンが口を開こうとし、視線を感じ一瞬それを止める。
それは振り向いたナヴィーンから向けられたものだった。
そういえばイセリアはナヴィーンの関係者だったか、とアレンは自身の失言を察したものの、ここで口を閉ざすのは不自然すぎる。それに、アレンが話さずとも……
「なぜそのイセリアという冒険者と組んだのだ?」
シャロリックに問われれば、答えないわけにはいかないのだ。
アレンはしばし頭を巡らせる。きっかけを問われれば偶然と答えただろう。しかし、なぜ、と聞かれるとそれを言語化することはとても難しかった。
なぜ自分はあれほどまでにイセリアに肩入れしたのだろうか。そう考えたときに浮かんだのはナムカの里に向かう馬車に乗り込むイセリアの姿だった。
アレンがわずかに表情を緩める。
「私は彼女に勇者の姿を幻視しました。私は道化。勇者を導くことが役割でございます」
「そうか。勇者か」
ちょっと気取ったアレンの言葉に、シャロリックがふっと笑みを漏らす。そしてシャロリックはすぐにそれを消すと、ソファーから立ち上がった。
「オリハルコンの献上、真に大儀であった。褒美については後ほど王より書状が届く」
「ありがたき幸せにございます」
「ネラよ。その武勇。今後もエリアルド王国のために尽くしてくれ」
「はっ、必ず」
そう言い終えると、シャロリックはナヴィーンを伴い部屋から出て行った。アレンはその扉が閉まり足音が聞こえなくなるまでじっとその場で姿勢を正したまま身動き一つしなかった。