作品タイトル不明
第19話 祝杯
ライラックのダンジョンの完全攻略。その驚きの情報は瞬く間にライラックの街に広がっていった。
なにせライラックのダンジョンはこの街の冒険者たちが最も利用することが多く、そこから得られる素材などを求めて商人や職人が集まる、いわば街の根幹と言っても過言ではないダンジョンだから当然だ。
そこかしこでネラや『ライオネル』の名を褒め称える声が聞こえ、その姿を一目でも見ようと冒険者ギルドに一般人が覗きに来るほどの盛り上がりぶりだった。
冒険者ギルドにライラックのダンジョンの攻略を報告に来たアレンたちが、事前に相談しておいたとおり冒険者ギルドに併設された酒場を貸切り、そこで提供される食事や酒を全て無料で振舞うことを告げたのも大きいかもしれない。
無用な恨みを買うことを回避するためというのが一番の目的だったが、ただで食事も酒も飲み食い放題ということでギルドはかつてないほど冒険者であふれていた。
冒険者ギルドの機能が半ば停止するような状態ではあったが、ほとんどのギルド職員たちの反応は好意的なものだった。
酒場での飲み食いは冒険者に限らなかったし、なにより昔からライラックでずっと活躍していた『ライオネル』が偉業を達成したことに、そしてそれを自分たちが支えてきたという自負が誇らしく思えたのだ。
酒場の中心で冒険者たちに囲まれながらナジームたちが楽しそうに酒を飲み、話しかけてくる冒険者たちに対応している。
同じテーブルで、勢いで少量の酒を飲んで、すぐに潰れたライオネルにときおり優しい笑みを向けながら。
一方そのころアレンは、ギルドで行われている祝宴の場には参加せず屋敷へと戻ってきていた。
本来であれば主役であるネラがその場にいないというのはありえないことだが、正体を明かさないために話すことのできないことを考えるといないほうが正解だろうと判断したのだ。
酔った者にからまれたり、アレン自身が酔った結果不注意でマスクがとれてしまう可能性もあるため仕方のないことだった。
屋敷の食堂に集まった全員を前にアレンが告げる。
「昨日、ライラックのダンジョンをライオネルたちと完全攻略した。これで一つ区切りがついた形だな。ダンジョンボスのおおよその強さも把握できたし、今後は魔王が現れるまでライラックのダンジョンを周回して良い物が出ないか試すつもりだ」
「おめでとう、アレン。ライラックの歴史に名を刻んだわね」
「刻んだのはネラだけどな」
マチルダの祝福に、アレンが苦笑しながら返す。
アレンの言うように今回ライラックを攻略したメンバーの中にアレンは入っていない。いちおうパーティとしてはアレンも加入しているが、地上でサポートとして支えたということになっているのだ。
「まっ、どっちにしろレン兄の偉業でしょ。せっかくのご馳走が冷めちゃうし食べよ」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理に視線をやりながらレベッカがじゅるりとつばを飲み込む。
コルネリアとルトリシアがアレンの偉業を祝うために腕によりをかけて作ってくれた料理の数々がかぐわしい匂いを放って皆の食欲を誘っている。
アレンは家族と同じようにテーブルに座っているコルネリアとルトリシアに感謝を告げると改めて皆を見回した。
「じゃあ皆、飲み物は持ったな。俺がライラックのダンジョンを攻略できたのは、俺一人の力じゃない。皆の支えがあったからだ。ネラが英雄と呼ばれるなら、皆も英雄だ。そんな陰の英雄たちに感謝を込めて、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
アレンの発声にあわせて、皆がグラスを高く掲げる。それぞれ飲み物は違うが、その誇らしげな顔と気持ちは同じだった。
楽しく食事をしながら、アレンがダンジョンの様子を面白おかしく、そして時には真面目に話していく。そんなアレンの話をレックスは目をきらきらとさせながら聞き入っていた。
そして話も佳境に入り、ダンジョンボスを倒した後に出た宝箱に話が移る。
「そんでボスを倒した後に三つ宝箱が現れてな、その中身がオリハルコンのインゴットと大容量っぽいマジックバッグ、そしてネックレス型のマジックアイテムを手に入れたってわけだ」
「オリハルコンって、あの伝説のオリハルコンですか、とうさま?」
「俺も初めて見たから確証はないけどおそらくな」
「じゃ、じゃあとうさまやライオネルさんのけんとかが、オリハルコンのものに?」
「いや、オリハルコンは全部ギルドに提出した」
「えー」
あからさまにがっくりと肩を落とすレックスの子どもらしい姿に、皆から温かい視線が送られる。
普段子どもらしからぬ言動が目立つレックスだったが、冒険者の話やこういった伝説のアイテムなどに関することについてはただの男の子に戻ってしまうのだ。
それがアレンやマチルダからすれば、また可愛いと思われているのだが。
「オリハルコンは伝説の金属だからな。まずは王家に献上して、後日その褒章を得ることになるだろう。オリハルコンの一部が下賜されるなんてことはないだろうな」
「せっかくとうさまが、みつけたのに……」
「残念だがそこは我慢してくれ。レックスだって三歳の祝福の後に訪れたライラック伯爵の館のこと覚えてるだろ。あの何倍もの城に住む王様の機嫌を損ねるのは危険すぎるからな」
なおも不服そうにするレックスの頭を撫でながらアレンが諭す。
アレンに言われ、レックスもライラック伯爵の館を訪れたときのことを思い出したのか、小さく息を吐いて「わかった」と呟いた。
二か月半前、レックスはめでたく三歳の誕生日を迎え、屋敷に呼んだ司祭によって祝福を受けたレックスは当然のことながら勇者の卵という神託を受けた。
そしてその翌日、領主からの使いに案内されアレンとレックスは領主の館を訪れたのだが、さほど緊張した様子もなく着いて行くアレンとは対照的に、レックスはがちがちに緊張していたのだ。
格調高いという言葉が似合う広大な館、そしてそこで働く執事やメイド、護衛する騎士や見張りの兵士たち。
小さなレックスに対しても彼らは大切なお客様だというスタンスを崩さず、どこかピリッとした空気が漂っているようにレックスには感じられてしまった。
そして対面したナヴィーン・エル・ライラック伯爵の貴族然とした姿に、レックスはあわあわすることしかできなかった。
自分がどんな対応をしたのかもはっきりと覚えておらず、将来はライラックの騎士となる契約が無事に済んだということさえ後から聞いてやっと認識できたほどだった。
三歳としては当然のことかもしれないが、今までそつなくこなしてきたレックスにとってそれは大きな衝撃だった。
館にいた全ての者が貴族である一人の意思を体現する。それに飲み込まれた自分を認識したレックスは、貴族というアレンとはまた別種の力を持つ存在を理解したのだ。
アレンもレックスの気持ちがわからないではない。この国で生きる限り、権力者に逆らうのは得策ではないというのは当然なのだが、それに縛られることが多いのも確かだからだ。
できることなら健康で自由に生きて欲しい。それが親としてアレンが一番に望むことだが、レックスの将来は必ずしもそうはならないだろうと予想が着いている。
だからこそアレンは、レックスに目を合わせると楽しげに笑った。
「レックス。今、オリハルコンは冒険者ギルドに保管してあるんだ。その護衛を兼ねて『ライオネル』たちは冒険者ギルドに残っているんだが、同じパーティの俺なら奴らに頼んで見ることはできるはずだ。見に行きたいか?」
「うん!」
「よし。じゃあ明日にでもさっそく行くか」
笑顔を見せるレックスの頭を少し乱暴にアレンが撫でる。
自分が守ってあげられる間に、少しでもレックスが楽しい思い出をつくれるように頑張ろう。そのために出来ることは全部やろう。
そんな決意を抱きながら、アレンはマチルダと視線を合わせうなずきあったのだった。