作品タイトル不明
第17話 悪魔との戦い
「ナジーム。ちょっと皆で体のほうの足止めを頼む。くれぐれも油断すんなよ」
「おう、任せとけ」
アレンの呼びかけに、軽い口調で応えたナジームが他の三人を連れて悪魔の体に向かって走っていく。
若干の不安はあったものの、以前アレンがドゥラレで相手をしたとき、悪魔はなにも出来ずに倒されたのだ。
若干ステータスとしてはアレンに劣るものの、全員が三千五百を超える今のナジームたちであれば十分に対応可能だろうと判断し、少しそちらに気を向けながらアレンは足で踏みつけたままの悪魔の頭に向き直る。
「間違いなく俺はドゥラレでお前と同じ姿の悪魔を倒した。そいつはお前と同じように『始まりを告げる者』と名乗っていた」
「アレン。そいつに記憶がないということは別個体ということじゃないのか?」
「かもな。こいつ、ダンジョンを周回しても二回目からは出てこない特殊なボスなんだよ。前回は事情があって話が聞けなかったんだ。さあ話せ、俺たちに始まりを告げるんだろ?」
さっさと情報をよこせと言わんばかりの態度をとるアレンに踏み潰されたまま、悪魔がその視線をアレンに向ける。
その表情には余裕など全くなく、鋭いアレンの視線に怯えているようにも見えた。
「いや、先ほど既に我は伝えたはずだ。魔を統べる者が復活したと。それ以上伝えるべきことは我にはない。それにお主たちよりも前に来た者に既に伝えている。なぜそれを知らぬ?」
「俺たちより先に来た奴がいるのか!?」
「うむ。人間二人と獣人、エルフ、ドワーフの五人組だった。奴らは我と戦うことではなく、情報を持ち帰ることを選び転移陣で一層まで飛んだのだ。死んではいないはずだが」
すらすらと話す悪魔の言葉に、アレンとライオネルが首を傾げる。二人には悪魔が嘘をついているようには見えなかった。この状況で嘘をつくメリットなど全くないということもあったが。
顔を見合わせた二人はぼそぼそと小さな声で相談を始める。
「どう思う、ライ」
「わからないな。ここまで来れるほどの実力を持ったパーティがライラックに来れば少なからず情報は入る。それにそんな多種族で組んでいるパーティなら目立つはずだ」
「だよな」
冒険者パーティのほとんどは人間なら人間のみ、エルフならエルフのみといったように同種族でまとまることが多い。
考え方を共有できる部分が多いし、なにより背中を預ける者に一番大切な信頼という面で昔からの知り合いとパーティを組み続けることが少なくないからだ。
アレンの頭に一瞬、ドゥラレで交流のあったティモシーのパーティが思い浮かぶ。人間、エルフ、ドワーフで組んだ珍しいパーティだったが、ドゥラレの最下層の城を攻略できずに足踏みしていたことから考えても違うことは明らかだ。
アレンはこれまでライラックにやってきたミスリル級の冒険者たちのことも考えてみたが、悪魔の言うパーティに該当しそうな者に心当たりがなかった。
首をひねるアレンの横で、なにごとかを考えていたライオネルが悪魔に尋ねる。
「お前はどんなときに、どんなダンジョンに現れるんだ?」
「魔を統べる者が復活せしとき、暗闇より我は生まれる。ダンジョンを攻略した勇ある者に時代の変革を告げる重要な役割を担うためにな」
「つまりお前と同じような奴が複数いるってわけじゃないんだな」
「当たり前だろう」
悪魔の言葉を聞いたライオネルが思案しながらちらりとナジームたちのほうへ視線をやる。
頭が転がされたままで視界などないはずなのに、悪魔の体は的確にナジームたちを狙って攻撃を繰り出していた。
振り下ろされた拳で地面がえぐれ、放たれた火魔法は業火となり周囲を焼き尽くす。悪魔の体はダンジョンボスにふさわしい強さを見せつけてはいたが、それでもナジームたちは傷すら負っておらず、まだまだ余裕がありそうだった。
仲間の安全を改めて確認し、ライオネルがアレンに視線を戻す。
「魔王復活後、未攻略ダンジョンの最下層のボス部屋に初めて誰かがたどり着いたときに特殊なボスとしてこいつが現れるんじゃないか? そうでなければもっとこいつの存在が知られているはずだ」
「たしかにこのまえ鬼人のダンジョンを攻略したときはオーガキングが出ただけだったし、ドゥラレを周回しても出なかったことを考えると攻略済みのダンジョンは出ないと見ることもできるが……そこんとこどうなんだ?」
お互いの推察を交わし、アレンとライオネルが悪魔の首へと視線を向ける。
悪魔はアレンに踏まれたまま二人に視線を向け、そして笑った。
「我は役目を果たすのみ。そして役目を終えれば……」
「お前ら、避けろ!」
怒鳴りつけるようなナジームの言葉を聞き終える前に、アレンとライオネルは左右に跳んでその場を離れる。
次の瞬間二人がいたその場所は業火に包まれ、悪魔の首は焼き払われて跡形もなく消えた。
そしてさらさらとした灰が風に舞ったかと思うと、それは手を突き出した姿勢で立つ悪魔の体の首部分に集まっていく。
「ふぅ。やはりこうでなくては」
集まった灰が少しずつ顔をかたどっていき、そして元の状態に戻った悪魔が手を首にあて、こきこきと音を鳴らす。
まさか自分の頭を自分で焼くとは思ってもいなかったナジームたちが驚き動きを止める中、悪魔は両手を広げ高らかに宣言した。
「目の前の敵を殲滅する!」
見開かれた大きな目でアレンたちを睨み、悪魔の猛攻が始まったのだった。
およそ二時間後。
「んじゃ、そろそろ終わらせるけどいいな」
アレンはライオネルたちに尋ね、特に異論がないことを確認すると取り出した剣で悪魔を細切れに切り裂いていく。
「ぐぁあああ!」
苦しげに悪魔は悲鳴をあげるが、その表情はどこか安心したかのような穏やかな色が見え隠れしていた。
それも仕方がないことだろう。この二時間、悪魔はライオネルたちに倒され、復活してはまた倒されるを繰り返していたのだから。
驚異的な回復能力、そしてライオネルたちに匹敵する強さを持ったこの悪魔は、強化されたステータスでの全力の戦いという滅多に出来ない経験を積むのに非常に適していたのだ。
アレンは万が一のためにライオネルたちの戦いを見守っていたのだが、始めはどこかぎこちなかった動きが徐々に本来のスムーズさを取り戻していくのを確認できた。
五人と対すれば、ステータスで上回る自分でも負けるかもしれない。アレンがそう考えるほどの強さをライオネルたちは身につけたのだ。
細切れに切り裂かれた悪魔は悲鳴と共に消え去り、部屋の中に残ったのはアレンたちだけだった。
次の瞬間、部屋の中央に赤地に金で縁取られた宝箱が三つ現れる。そしてそれと同時に玉座の前には光り輝く魔法陣が出現した。
それを見つめたライオネルがぽつりと呟く。
「本当にライラックのダンジョンを攻略したんだな。俺たちが」
「おう」
ライオネルの肩に太いナジームの腕がかけられる。その反対には同じように肩を組もうとするピートがおり、そしてそんな三人をパーシーとトリンがすぐそばで笑顔を浮かべ見守る。
ライオネルは一度大きく息を吐くと、くるりと身を翻して仲間たちに向き直った。
「みんな、今まで俺についてきてくれてありがとう。お前たちがいてくれたから俺は冒険者を続けられた。そして、アレン」
「なんだ?」
「馬鹿な俺を許してくれてありがとう。そしてそんな俺を信頼してくれたお前の想いに、絶対に応えてみせるから見ててくれ」
「ああ、頼りにしてるぜ」
迷いのないアレンの返事に、ライオネルは満面の笑みを浮かべながら、ほろりと一粒だけ涙を流したのだった。