作品タイトル不明
第13話 ライラックへの帰途
そして二日後、無事にジーンの帰郷の手続きも終わり、アレンはジーン、そして『ライオネル』の面々と共にライラックに向かって旅立った。
ピートが操る馬車に揺られながら、アレンは目の前で静かに微笑むエルフの女性に声をかける。
「久しぶりだな、セリオノーラ」
「こんにちは、アレンさん。それにしても久しぶりって、そんなに時間も経っていないのに大げさですよ」
ふふふっと笑うセリオノーラの姿は、確かに以前別れたときと全く変わっていないかのようにアレンには見えた。
人間と寿命の違うエルフの感覚に苦笑いしながら、小さな声でアレンが問いかける。
「で、その後に進展はあったのか?」
「うーん、どうでしょう?」
ちらりとアレンが視線を向けた先には、ピートの横で周囲を警戒しているライオネルの背中があった。
その言葉の意味することを理解しているセリオノーラの顔が、まんざらでもなさそうなものだったことに少しアレンは安心していた。
ライにもやっと春が来るか、などとにやにやしていたアレンだったが、セリオノーラの顔を見てあることを思い出す。
「そういえばリサナノーラを見かけたぞ。話に聞いたところだと里に戻ったらしい」
「そうなんですか。私も久しぶりにお会いしたかったです。私が里の外に憧れたのは、小さい頃に叔母様が冒険の話をしてくれたからなんですよ」
「あー、確かにリサナノーラは面倒見が良かったからな。見た目は子どもみたいだけど」
「そんなことを言うと魔法で吹き飛ばされますよ」
「それ、すでに経験済みだわ」
くすくすと笑うセリオノーラに、アレンがおどけて答える。
アレンは横目でライオネルの様子をうかがっていたが、リサナノーラの名前が聞こえたときに少しだけ体がぴくりと動いた以外は、さして動揺は見せていなかった。
以前のリサナノーラに恋をしていたライオネルならば考えられない姿に、アレンは笑みを増す。
「ライオネルを頼むな」
「はい」
こっそりと伝えたアレンにセリオノーラは満面の笑みで応えた。
金級冒険者である『ライオネル』が苦戦するモンスターなどが出るはずもなく、知り合いばかりののんびりとした空気でライラックまでの旅が続くかに思われたのだが……
「ごめん、アレン兄さん」
真っ青な顔で横たわるジーンをアレンは心配そうに見つめていた。明らかに体調に異常をきたしているのは明らかだったが、アレンが焦る様子はなかった。
「馬車酔いは相変わらずか」
「うん。レベルが上がって少しは耐性がついたか……うっ!」
「あー、無理すんなよ」
馬車の後部から顔を出し、透明な液体を吐き出すジーンの背中をアレンが優しく撫でる。
キュリオに行くときも大変だったなぁ、などとアレンが思い出していると、セリオノーラが小さな葉っぱを持ってきた。
「エルフに伝わる酔い止めの葉です。本当は薬にした方がいいんですけど、これを噛むだけでも多少は効果がありますから」
「すみません、セーラさん」
「いいんですよ。ジーン君はフーノちゃんの未来の旦那さんですからね」
そういって優しく微笑むセリオノーラから葉っぱを受け取り、ジーンがそれを口に含む。わずかばかりではあるが、眉間のしわが浅くなったように感じたアレンはセリオノーラに感謝を伝えた。
「助かったよ。しかしセリオノーラはジーンとけっこう仲良さそうだな」
「はい、フーノちゃんに料理を教えにジーン君の寮に通っていましたから、そこで自然と」
「セーラさんは、僕の命のおんじ……うえっ」
「あー、そういえばフルナゼーノは料理が壊滅的だったか。悪かったな、色々と手間をかけさせて」
「いえ、私も最近フーノちゃんに色々と教えてもらっていますから、あの、その、お相子です」
顔を赤くして微笑むセリオノーラにもう一度感謝を伝え、アレンは再びジーンの看病に戻る。
セリオノーラにもらった葉っぱもジーンには余り効果はないようだった。
少しの間アレンは考えをめぐらせ、そして決断を下す。
「おーい、ライ。俺とジーンは歩いていくから先に行ってくれ」
「いや、そんなことをしたら時間が……あぁ、そういうことか」
御者席の隣に座っていたライオネルが、途中で言葉を止めて納得する。そしてゆっくりと馬車がその速度を落としていき、ついに完全に止まった。
アレンはジーンを抱えると馬車からひょいっと降りる。旅で使う道具や食糧、キュリオで買った本や家族へのお土産などはマジックバッグに入っているため特に他に必要な物はなかった。
心配そうなセリオノーラに大丈夫だと笑って返し、アレンはライオネルたちの乗った馬車を見送る。
木陰に寝かされたジーンは馬車から開放されたことに安堵しながら、これからどうするつもりなんだろうと回らない頭で考えていた。
半日もそうして休んでいれば体も落ち着き、夕食も食べられるようになったジーンは普通に話せるまでに回復していた。
「アレン兄さん、これからどうするの? 僕もレベルが上がって体力は多少ついたつもりだけど、さすがに徒歩は厳しいと思うんだ。たとえ吐いても馬車に乗った方がよかったんじゃあないかな?」
「初めてキュリオについたとき、ジーンは何日か寝込んだだろ。今回も同じことになるぞ」
「それは嫌だけど、研究のためなら僕はなんだってやるよ」
ジーンから発せられた力強い言葉に、アレンは少しだけ瞳を潤ませる。
ジーンは小さな頃から大人しく、頑固なところはあっても気持ちを表に出すようなことはほとんどなかった。
それがここまで自分の意思をはっきりと伝えられるようになるとは、そんなことに感動しながらもアレンは聞き逃しはしなかった。
「ジーンの気持ちはわかった。なんだってやるんだな」
「えっ、うん。なに、アレン兄さん。改めてそう言われるとちょっと怖いんだけど」
「任せろ。安全は俺が保証してやる。苦しいのも短時間で済むはずだ」
尻込みをしはじめたジーンの目の前に、アレンがマジックバッグから取り出した物をどーんと置く。
それはかつてイセリアがライラックのダンジョンでレベル上げをするために、闇の階層までアレンに運んでもらうために使っていた籠だった。
「あの、これは?」
「籠だな。ジーンにはこの中に入ってもらって、俺がそれを運ぶ」
「アレン兄さん、大変じゃない?」
「ダンジョン内ではあるが、実績はあるぞ。まあ試しにやってみようぜ」
「う、うん」
少し戸惑いながらも素直にジーンが籠の中に入る。冒険者としてレベルアップを続けたアレンならばこのぐらい容易いのだろうか、そんなことを考えながら。
「乗ったな?」
「うん」
「しっかり捕まってろよ。いちおう気絶しても落ちなかったから大丈夫だと思うがな」
「うん?」
疑問の返事を返したジーンには答えずに、アレンが籠を背負ったまま走り出す。
思ったより振動が少ないことに最初は安堵していたジーンだったが、そのうち流れる風景のあまりの速さに手が強張っていく。
「ちょ、ちょっとアレン兄さん。速過ぎだって!」
「大丈夫だって、まだ慣らしだから。しかしジーンも酔っている様子もないし、やっぱり馬車とはなにかが違うんだろうな」
「全部が全部違いすぎるって!」
びゅんびゅんと音を立てて通り過ぎていく空気を感じ、ジーンがその顔を青ざめさせる。吐き気などは全くなかったが、あまりの速度にジーンは死を感じてしまっていた。
そしてそれはついに限界に達し、ジーンはぐったりと気を失う。しばらく走ったままで話しかけ、返事がないことでそれに気づいたアレンが苦笑いする。
「悪いな。一日ぐらい気絶しておいてくれ。その方が体力的にも精神的にも楽だろうからな」
気を失ったジーンにそう伝えると、アレンは闇夜の中、少しでも距離を稼ぐために速度を上げたのだった。