作品タイトル不明
第10話 ジーンへの提案
ギデオンの紹介でライラックの落ちこぼれの冒険者たちに調薬を教える候補者三人との面談をアレンは行った。
さすがにギデオンの元で研究しているだけあって、三人とも知識量はかなりのものであったし、実際に見せてもらった調薬の腕も確かだった。それは喜ばしいことなのだが、問題がないでもなかった。
それぞれが楽しそうに話す自身の研究内容について、アレンはある程度理解できる。ギデオンが研究している様を見ていたし、屋敷に残された調薬関係の本なども読んでいたからだ。
しかしそういった基礎知識がなければ、専門用語の飛び交う彼らの話を理解するのは難しかったのだ。少なくとも全く調薬については素人の冒険者たちになんとかなるとはアレンには思えなかった。
(最初に俺が教えるときに基礎は叩き込むとしても、参考になる本は欲しいよな。とりあえず本屋めぐりして良さそうな物がないか探してみるか)
そんなことを考えながらアレンは目に入った本屋に足を踏み入れる。壁一面にずらりと並んだ本の背表紙を目で追いながら、気になるタイトルの本をアレンが確認していく。
およそ三十分ほどだろうか。なかなか良い本が見つからなかったアレンは店を出て、別の本屋に向けて歩き始めた。
学術都市国家だけあり、ドゥラレには数え切れないほどの本屋が軒を連ねている。夕方に再びジーンの寮を訪ねるつもりなので、それまでの時間つぶしも兼ねてもう数軒回れば見つかるかもしれない。
そんなことを考えながら新たな本屋に入ったアレンに奥の方から声がかかる。
「あれっ、お義兄さんですよね?」
聞き覚えのある声と呼び方にアレンは一瞬固まり、ひきつりそうになる表情筋を精一杯ほぐして笑みを浮かべながら声の聞こえた方に視線を向ける。
そこにはジーンの婚約者であるエルフのフルナゼーノがいた。
「おっ、フーノか。久しぶりだな」
「はいっ、お久しぶりです。お義兄さんはいつドゥラレに?」
「今朝方だな。ちょっとギデオンに用事があってさっき会ってきたんだ」
にぱっと笑顔を浮かべるフルナゼーノの姿は、その小さな身長もあいまって本当に子どものように見えた。
そんな彼女が……、と変な方向に進みそうになる思考を無理矢理かき消すようにアレンは話題を振る。
「こんな昼過ぎにフーノが本屋にいるなんて珍しいな。研究はどうしたんだ?」
「今日はお休みなんです。お昼を買出しがてら歩いていたんですけど、いつもの癖でついふらっと寄ってしまって、ちょっと休憩がてら良い本がないかなと探していたんです」
ハハハと笑いながら恥ずかしそうにフルナゼーノが頬を赤く染める。
そういえば魔道具の研究のために、その素材であるモンスターについても勉強していたよなとアレンが懐かしく思い出していると、フルナゼーノは手に持っていた本をさりげなく隠した。
ちらりと見えたその背表紙の名前を認識したアレンは、無になってしまいそうな表情をなんとか取り繕う。
「そういや俺も昼飯食べてなかったわ。腹も減ったし、いったん本屋めぐりはやめるとするか。あっ、そうだ。フーノ。もしよかったらジーンに夕方会いに行くからって伝えておいてくれるか? あと今回は短期滞在のつもりだから宿を取ったし、部屋の用意はいらないって」
「はっ、はい。確かに伝えますね」
「頼んだ。もしよかったらフーノも夕食に付き合ってくれよな。適当に買い込んでいくから」
右手をひらひらと振ってフルナゼーノに別れを告げると、アレンは食事できる店を探して歩き始めた。
本屋に残されたフルナゼーノは遠く小さくなっていくアレンの姿をじっと見送った。そしてその姿が完全に見えなくなると安堵したかのように大きく息を吐く。
「びっくりしたー。でもここでお義兄さんに会えてよかった。夕方なら、片づけを考えてもお昼を食べてちょっと試すくらいの時間はあるよね。うん」
アレンから見えないように隠した本をとりだして眺め、ボッとフルナゼーノが顔を真っ赤に染める。
そしてそのまま生命の神秘に迫る貴重な資料をカウンターに持っていったフルナゼーノは、店員のお姉さんのニンマリとした笑みにもっと顔を赤くしながら会計を済ますと、ジーンの待つ寮に向かって走っていったのだった。
昼食後の本屋めぐりで何冊かの調薬の入門書を見繕ったアレンは、夕方というには少し遅い時間にジーンの寮を訪れた。
部屋の前でアレンは一度深呼吸して心を落ち着かせると、ドアノッカーを軽く叩いて呼び出しをする。
ほどなくしてドアが開き、ひょろりとした背の高い男が姿を現した。
「やあ、アレン兄さん。フーノから話は聞いているよ」
「久しぶりだな、ジーン」
軽いハグをして部屋の中に入ったアレンは、片付けられた室内の様子にほっと胸をなでおろす。
まるで湯浴みをした後のようにしっとりと髪を濡らしたジーンからも、特に変なにおいはしない。ほのかに漂う石鹸の匂いが事後を思わせなくもないが、まあ清潔なのはいいことだよなとアレンは強制的に思考を切り替えた。
少なくともこの部屋にいれば問題はなさそうだと考えたアレンは、店で買ってマジックバッグに入れておいた食べ物を取り出してテーブルに並べていく。
「そういやフーノはどうした?」
「疲れたから帰って休むって。久しぶりに家族みずいらずで話したらって言われたよ」
「フーノももう家族みたいなもんだけどな、ジーンの婚約者なんだし」
「う、うん。そうだよね。家族みたいなものだよね」
顔を真っ赤に染めて手を無駄にあわあわさせる、明らかに挙動不審なジーンの姿に苦笑しながらアレンは座るように促し、お茶の用意をするために部屋に備え付けられた簡易なキッチンに向かう。
(くっ、こいつら詰めが甘い!)
そこには二組の食器が干されており、明らかに二人で使ったことが丸わかりだった。しっかりと部屋が片付けられていたことから考えても、フルナゼーノがいたことを隠す意図はあるように見えるのにところどころで脇が甘いのだ。
俺の伝言ついでに家に寄って一緒に食事をしたと考えることもできるよな、と自分で自分を納得させながらお茶の用意を済ませたアレンが、それを持ってジーンの元に戻る。
「ありがとう、アレン兄さん」
「おう。じゃ、冷めないうちに食べるとするか」
「そうだね」
アレンはジーンの対面に座り、二人で食前の祈りを簡単にすると食事を始める。
フルナゼーノもいるかもしれないと、アレンは食事を三人分用意してきたので余るかと思ったのだが、思いのほかジーンの食べっぷりがよく残ることはなさそうだった。
食事なんて栄養が取れればいい、と言わんばかりだった昔のことを思い出し、アレンはこっそり感動しながら近況報告も兼ねてとりとめのない会話を続けていく。
「ふうん、ジーンの研究もだいぶ進んだってことだな」
「うん。レベルが上がるまでの行動と上昇するステータスの相関性についてはかなり進んだよ。今ならある程度上昇する数値をコントロールすることができるくらいに。もちろん他の人の協力が必須だけどね。ただ本来の研究対象のステータス上昇の補助数値のコントロールについては難しいっていうのが正直なところかな」
「ほうほう」
研究内容を語るジーンの瞳はきらきらと輝いていた。完全に食事の手が止まってしまっていることにも本人は気づいていないだろう。
アレンはそんなジーンの話に相づちをうちながら、優しく見守る。
「ステータス上昇の補助数値については、任意でコントロールできるものじゃなくて、やっぱり確率なんじゃないかな。研究は続けるつもりだけどとっかかりがないんだ。かなり正確なデータは取れているからこれ以上検証を改善するのも難しいし」
「ふうん。かなり正確なデータがとれているってことは、実証実験をしている人材が良かったってことか?」
そう言ってにんまりと笑うアレンに、少し顔をしかめながらもジーンがうなずく。
「確かに『ライオネル』の皆さんは非常に優秀でした。他にも何組かの冒険者の方に協力をしてもらいましたが、その精度は群を抜いています。報告も的確ですし、なにより熱心に働いていただきました」
「ほうほう」
「でも僕は彼らが嫌いです。昔ほど、ではありませんが」
素直になれず顔を背けるジーンの姿に、アレンは苦笑しながら手を伸ばしジーンの頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でる。
抵抗せずにそれを受け入れ、なすがままになったジーンの頭は、アレンの手が離れたときには寝癖よりも酷い状況になっていた。少し不服そうにしながらも文句は言わず、手ぐしで髪の毛をジーンが直す。
あのジーンが格好を気にするようになったか、などと少し感動していたアレンだったが、ふぅ、と一度息を吐くと真剣な表情でジーンを見つめる。
「なあジーン。お前の研究の手がかりになるかもしれないことがあるんだ」
「えっ、本当に? 教えて、アレン兄さん!」
「教える、教えるからちょっと離れろ!」
いきなり立ち上がり、胸倉をつかまんばかりの勢いでアレンに迫ってきたジーンをなんとかアレンが押し留める。あと拳一つでキスする寸前まで迫ったジーンの顔を離し、アレンはなんとかジーンを座らせた。
「言葉で伝えることも出来るんだが、実際に見てもらったほうがいいと思うんだ。だからジーン、一度ライラックに戻って来い」
「ライラックに? そこに手がかりがあるの?」
「ああ。だが少し危険な情報でな。だから手がかりを探すためじゃなくて、俺の子どもが産まれたお祝いのために一時帰郷するってことで手続きをして欲しい。出来るか?」
「わかった」
「よし、じゃあジーンの手続きが済みしだい帰るぞ。せっかくだしレックスやアマンダとも会ってやってくれ」
アレンが表情を崩し、そう笑って伝えると、ジーンも先ほどまでの真剣な表情を緩めて微笑みながらうなずいたのだった。