軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話 成長

ドゥラレで一夜を明かしたアレンは旧知の者たちに軽い挨拶がてらお土産を渡すと、すぐに町を出た。

もっと時間がかかると思っていた交渉がすんなり終わってしまったことにアレンは拍子抜けしたが、うまくまとまったのだからいいことだと思考を切り替えて足を進める。

エミリーの忠告のとおり南に家族を逃がすとしても、どこに逃がすのかが問題だった。

アレンのいるエリアルド王国の南には、アレンがこれから向かおうとしている学術都市国家キュリオ、エルフたちの住むヴェルダナムカ大森林、そして獣人の国がある。

ジーンという信頼の置ける弟やギデオンがいるキュリオも考えたのだが、学術都市国家だけあり武力と言う面でキュリオは他の二か国に比べるべくもない。

そして残りのどちらを選ぶかを考えたアレンが選んだのがエルフの住むヴェルダナムカ大森林だった。

アレンは二つの国どちらにも訪れたことがない。話で聞く限りは武力の面ではほぼ同等の強さを保持しており、あまり人間が住んでいるという話を聞かないのも同様だ。

ただエルフにはギルド長を務めるカミアノールと言う縁があり、少しでも可能性が高い方を、と考えた結果アレンはヴェルダナムカ大森林を選んだのだ。

まあこれまで冒険者として関わってきた獣人たちが、性格は悪くはないが一癖も二癖もある者が多く不安だったということもあったが。

ともあれ、まだ本決まりというわけではないものの一つの問題に目処のついたアレンは足取り軽くドゥル山脈を越えていき、夜通し駆けたかいもあって、翌日の朝には見覚えのあるキュリオの門へとたどり着いていた。

(やればできるもんだな)

わずか三日でキュリオまでたどり着けたことに自分自身で驚きながらアレンはライラックなどとは雰囲気の違うキュリオの街を歩いていく。

まだ門が開いて間もない時間と言うこともあり、通りを歩く者の姿は多くない。さすがに宿などは営業を始めていたが、それ以外の店はまだまだ準備中というところも多かった。

記憶を頼りにアレンは歩を進めていき、見覚えのある長屋のような寮の一番端の部屋にたどり着いた。

いつもどおりに躊躇なく扉を開けようとして、アレンは思いとどまる。昔のジーンであれば声をかけても気づかず返事をしないことが多かったし、そういったことを全く気にしない性格であるため問題はなかった。

しかし既に独り立ちして長く、さらにはフルナゼーノという恋人までいるのだ。可能性として二人が一緒に住んでいることも考えられる。そんな場所に無遠慮に足を踏み入れるのはまずいと気づいたのだ。

玄関の扉についていたノッカーを鳴らし、アレンはしばし待つ。しかし中からはなんの物音もしなかった。それを数度繰り返し、しまいには窓から中の様子をうかがおうとして、さすがにそれは不審者に思われると気づいてやめたところでアレンは決断を下す。

「よし、入るか」

どちらにしろ鍵がかかっていれば入れないし、もしフルナゼーノが住んでいるならそのくらいのことはするだろう。

そう考えたアレンはゆっくりとドアノブをひねった。玄関の扉には鍵がかかっておらず、変わらないジーンの様子に安堵したような、残念なような複雑な感情を抱いたままアレンは部屋の中に入っていく。

部屋の中はお世辞にも綺麗とは言えない状態だった。洗濯されたと思われる衣服は畳まれることなく一角に積まれたままになっているし、しおりの挟まれた読みかけの本が何冊もテーブルに置きっぱなしになっている。

食事に使ったと思われる食器は水につけられたまま放置されているし、床にもゴミや脱いだ衣服が散乱していた。

「ジーン、成長したな」

以前の足の踏み場もない状態を知っているアレンは、この多少荒れてはいるが生活できるぐらいにまでジーンが成長していることに瞳をうるませる。

そして微笑を浮かべたまま、奥の研究用の部屋か寝室にいるであろうジーンの元に向かおうとして歩き出し、視線に入ってきた床に脱ぎ捨てられた衣服にピシリと固まる。

そこには見覚えのあるジーンの服と下着がくしゃっとしたまま地面に転がっていた。しかし今はそれはどうでもいい。

問題はその横に並ぶようにして床に放置された、明らかに女性のものだとわかる服と下着だった。

即座に視線を逸らしたアレンの背中に、嫌な汗がだらだらと流れ始める。そんなアレンの耳に奥の扉から何かが動くようなかすかな音が届いた。

そして聞こえてきた扉越しであるため多少くぐもってはいるが、明らかに男女の、それもどこか色を感じる声に背中を押されるようにして、アレンは細心の注意を払いながら音を立てずにこっそりと部屋を出る。

寮から外に出たアレンは気配を消したまましばらく歩き、細い路地に入って身を隠すと壁に背を預けながら大きく息を吐いた。

完璧に気配を消したアレンに、奥の部屋にいた二人が気づいた様子はなかった。しかしアレンの心臓は早鐘のように鳴っており、それを落ち着かせるように天を見上げる。

夜通し走るよりもぐっしょりと濡れた服が、肌に張り付く嫌な感覚を覚えながらアレンは今一度大きく息を吐いた。

別にジーンとフルナゼーノがそういう関係になっていたとしても問題はないだろう。二人は恋人なのだし、もういい大人である。

研究を認められたジーンはかなりの高給取りになっているはずであり、生活費に困るということもない。人間とエルフの間には子どもが生まれにくいが、もし生まれたとしてもジーンの稼ぎで十分に生活できるはずだ。

それはアレンにもわかっている。わかっているのだが……

「頼むから鍵くらいかけてくれ。あー、後で会うときに気まずいだろうなぁ」

思わぬところで弟の成長を知ってしまったアレンは、頭をかきながら寮とは反対方向に歩き始めた。

夕方に行けばさすがに大丈夫だよな、と少しの不安を胸の内に抱きながら。

門近くまで戻ったアレンはよさげな宿に入り、泊まる場所を確保するついでに朝食をすませた。

本当なら前のようにジーンの部屋に間借りしようかと思っていたのだが、さすがにあの状況を知ったうえで泊まることが出来るほどアレンの肝は太くないし、気がきかないわけでもなかった。

そしてとりあえず気持ちを落ち着けお腹も満たしたアレンは宿を出ると、一枚の手紙を取り出し、そこに書かれた地図を頼りに歩き出した。

たどり着いたそこは、ジーンやフルナゼーノが通っていた研究室と同じような建物であったが、その研究所の隣には温室が設えられていた。

「へー、ここがじいさんの研究室ね。なんというか、らしいな」

建物を眺めるアレンに不思議そうな視線を向けながら、老若男女様々な研究者たちがその中に入っていく。

まだここに来て三年程度しか経っていないはずなのにここまで人気なのか、と改めてギデオンの権威を思い知りつつもアレンは気負うことなくその中に入ろうとし、あっさりと入り口で止められた。

部外者が研究所に簡単に入れるはずがないのだ。

「はっはっは。先に面会予約をせんからそういうことになるんじゃ」

「一応手紙で近々会いにいくって書いておいただろ。それに本当は今日は面会予約だけのつもりだったんだ。まあ予定が変わっちまったんで、会えればいいなと思って直接来ちまったんだが」

手紙を見せ、なんとかギデオンに繋いでもらってようやく中に入ることができたアレンは、好奇の視線を受けながら研究所の中を進み、奥にあったギデオンの研究室に案内された。

以前に会ったときよりも生き生きとしたギデオンの姿に、よほどこの生活が楽しいんだろうなとアレンは頬を緩める。

「二人目の子どもが産まれたそうだな。アレンも父親として少しは成長したか?」

「まだまだだな。いい父親でいたいとは思うが、本当にこれでいいのかって不安ばっかりだ」

「その心がけでいい。慢心は停滞と同義じゃ。よい研究者は死ぬときに初めてやりきったと満足できる。これは全てにおいて同じことじゃろう」

うんうんと満足げに笑うギデオンの姿に、アレンは苦笑いする。アレンとしてはそこまで極端になるつもりはないが、まあここは言わぬが花だろうと判断して。

近況の報告などのたわいもない話を二人はしばらく話し、アレンが一度溜めを置いて真剣な目でギデオンを見つめる。

「で、手紙に書いておいた話なんだが……」

「んっ、おお。ライラックで調薬の指導をしてくれる者を探しているという話じゃな。いちおう立候補した者は数人おったが、本当にあの待遇で大丈夫なのか?」

ギデオンの問いにアレンは迷うことなくうなずく。

アレンが手紙でギデオンに提示した調薬の指導者の報酬は破格だった。調薬の設備の整った一軒家が用意されるうえに、週三日、半日の指導だけをこなせば後は自由なので自分の研究を続けることも出来る。

それなのに現在個人に研究費として振り込まれている数倍のお金が振り込まれるのだ。高価な素材を必要とする研究をしている者ならば、この好機を逃すはずがない。そう考えてアレンはこの報酬を用意したのだ。

「全くの素人の冒険者に教えてもらうんだしこのくらいはな。なにかしらトラブルがあるかもしれねえし」

「そういった者に教えることによって気づくこともあるじゃろう。まあアレンがそう言うならこれ以上儂からはなにも言わんわい。では候補者との面談といくかのう」

「助かる」

いそいそと立ち上がったギデオンに続いて立ち上がろうとしたアレンの肩に、そっとギデオンの手が置かれる。その細く骨ばった、どこか薬草の匂いを感じる手で、ギデオンはアレンの肩をぽんぽんと叩いた。

「何を考えているかはわからんが、余裕があってこそ新たな考えは生まれるもんじゃ。気負うな。頼れ。お主の周りの者は強い。むろん儂も含めてな」

ニヤリとした笑みを残し、ギデオンが部屋を去っていく。その背中をぼーっとしたまま見送ってしまったアレンは、一つ息を吐いて苦笑いすると頼もしいその背中を追うために歩き出した。