作品タイトル不明
第8話 カミアノールとの交渉
「やあ、アレン。久しぶりと言うほどではないと思うが……彼は元気にやっているかな?」
「あー、ゾマルなら面白い素材が手に入ったからって元気に研究を続けてるぞ」
「それはよかった」
微笑みながらくいっとワインを飲み干すカミアノールの姿にアレンが苦笑する。長い時を生きるエルフにとって、数か月という期間はほんのわずかに過ぎないことを改めて認識したためだ。
カミアノールも見た目は二十代そこそこに見えるが実際は百を余裕で超えている。なにせアレンは以前に数百年使命を果たしてきたというカミアノールの発言を聞いているのだ。その経験はアレンが想像することすら難しいほどであろう。
そんな相手に今から交渉か、とため息を吐きそうになるのをアレンはこらえ、やって来た顔見知りの女性店員にエールを頼むと活気のある酒場を見渡した。
「良い景色だろう?」
「ああ。やっぱり若い奴らは夢と希望に溢れてるな」
「アレンもまだまだ若いだろう?」
「エルフ基準ならな。人間としてはいいおっさんだよ。子どもも二人目が生まれたし」
「それはめでたい。子は宝だ。大切にすると良い」
そんな話をしている二人のところにエールが届けられる。女性店員と少し雑談し、感謝を伝えるアレンの対面でカミアノールが優雅に自分の空になったグラスにワインを注いでいく。
「君の子の輝かしい未来を願って」
「ドゥラレの冒険者たちの明るい未来に」
「「乾杯」」
手に持った酒を少しだけ高く掲げ、視線を合わせた二人が小さく笑う。少しだけワインを口に含んだカミアノールとは対照的にアレンはエールを一気に飲み干す。
その後数杯のエールを飲みながらカミアノールと雑談をしていたアレンだったが、段々と酒場から冒険者たちの姿が消え始めたところで本題を切り出す。
「それで手紙の件なんだが考えは変わらないか?」
「そうだね。私の一存でどうにかなることではない。ヴェルダナムカとしての決まりだからね」
すげなく断るカミアノールだったが、アレンの瞳に全く諦めの色が見えないことを察すると小さくため息を吐いて立ち上がる。
「上で話そう」
「感謝する」
短く言葉を交わした二人は酒場を後にし、ギルドの二階にあるギルド長室に向かった。
ドゥラレのギルド長室はライラックのそれとは違い豪華な装飾品などの一切ない落ち着いた執務室といった風情だ。だが棚や机などのそこかしこに施された精緻な装飾に気づけば、それらがひとかどの職人の手による物だとわかる。
カミアノールの趣味か、はたまた来る者を試す意味なのかなどとかるく邪推しながらソファーに座るように促されたアレンは、ゆっくりと腰をおろす。
その対面に余裕の笑みを浮かべながらカミアノールが座った。アレンは少し部屋を見回し、違和感に気づく。
「あの女性のエルフは今日は休みか?」
「イール、ああ、イグノールはエルフの里に戻ったんだ」
「色んな奴に色目をつかったせいで愛想でもつかされたか?」
「まさか。彼女は勇者の卵たちを育てる役目に抜擢されたんだ。まあ、そのおかげで羽をのばせているというのは確かだがね」
軽い調子でウインクしてくるカミアノールに、アレンは苦笑を浮かべる。普通の人がやればキザな仕草なのだが、カミアノールはごく自然にそれを行っているのだ。
さすが『流れ雲』と昔の異名を思い出しながら、アレンは気を引き締める。二人きりという今の状況は、込み入った話をするのに丁度良いからだ。
アレンが息を吐き、そして口を開こうとしたところで動きを止める。その様子を不思議そうに眺めるカミアノールの前で、アレンは指を一本立てて見せた。
「お仲間か? 盗み聞きが趣味なんて性格が悪そうだ」
「なんのことだい?」
「知らないってことは不審者だよ、な!」
不思議そうな顔のまま眉一つ動かさないカミアノールの反応に、にやりと笑いながらアレンが腰につけていた解体用のナイフを取り出し天井へと投げる。
カミアノールがアレンのしたことに気づいたのは、天井にナイフが根元まで突き刺さった後だった。現役を退いたとはいえ、まだまだ衰えてはいないカミアノールの目でさえ、アレンの早業を認識することはできなかったのだ。
「次は当てるぞ」
「くくっ、やはり君は面白いな。下がってくれ。彼が本気で私を殺すつもりなら、おまえたちでは相手にすらならん」
にこやかに笑いながら視線を天上に向け、カミアノールがそこに潜む誰かへと指示を出す。その言葉に従い、わずかにあった気配が遠ざかっていくのを感じ、アレンはため息を吐いた。
「悪かった。私はこれでもエルフの要人でね。常に警備の者がついているんだよ」
「全然悪いと思ってないだろ?」
「どうかな?」
先ほどの動きでアレンが自分のはるかに上の実力を持っていると見抜いていてもなお、カミアノールの態度は変わらなかった。
むしろ先ほどまでの取り繕った笑顔とは少し違う、どこか興味深そうな色を瞳に湛えているようにアレンには感じられた。
「まあいい、それより本題だ。手紙にも書いたが、万が一のときに俺の家族をヴェルダナムカのエルフの里でかくまって欲しい。そのための対価はできうる限り払う」
「ヴェルダナムカは基本的によそ者を受け入れないんだ」
「ゾマルは?」
「彼は特別だ。それにこちらから依頼をして来てもらったんだ。受け入れるとは違うだろ?」
すげなく断るカミアノールだったが、それはアレンの想定内だった。エルフの閉鎖的な性質は有名な話だ。こうして話を聞いてくれるだけでも、まだマシなほうなのだ。
手持ちの札をどのように出していけば望む結果が得られるか。顔色をうかがうアレンに、カミアノールが問いかける。
「なにを焦っているんだい? 万が一のときなんて、君はなにか起こすつもりなのか」
その問いかけにアレンは一枚の札を切る。
「俺じゃねえよ。これから何が起こるかを知ってるカミアノールなら、俺がどんな事態を想定しているかわかるだろ?」
「あいにく私は占い師ではなくてね。未来を見通すことは……」
「魔王」
話を遮り告げられたその言葉にカミアノールの笑みがわずかに崩れる。それはほんの数瞬の出来事だったが、それを見逃すほどアレンは馬鹿ではない。
カミアノールは魔王のことを知っている、そう確信したアレンが言葉をたたみかける。
「そもそもタイミングがよすぎるんだ。各地から有望な勇者の卵を集め、エルフが鍛えるなんて話、俺は聞いたことがない。伝手をたどってキュリオの歴史研究者に確認してもらったが知らないらしいし、知り合いのエルフも聞いたことがないそうだ」
「ずいぶんと知り合いが多いんだね」
「ちょっとした縁と、優秀な弟のおかげでな」
アレンが少し嬉しそうに笑みを浮かべる。
カミアノールとの交渉の前段階として、キュリオにいるギデオンとジーンにアレンはエルフが勇者の卵を鍛えるということが今までに行われたことがあるのかの確認をお願いしたのだ。
ギデオンには知り合いの歴史研究者に、そしてジーンには恋人であるフルナゼーノに。そして二人の手紙に書かれていた返答はどちらも否であった。
「末端まで話が通っていないのは、そもそも今回のことを知っている者が少ないと考えて油断したか、なにかの対応で手が足りないからか、それともその両方かもな。聞いたとしても疑問に思って調べる奴なんて普通はいないし、限られた者にしか知られていないと考えた方が自然だよな、 要人(・・) さん?」
「ふむ、面白い妄想だな」
「やっぱり手ごわいな、あんた」
まだまだ声に余裕を感じられるカミアノールの態度に、アレンが苦笑いを浮かべる。
アレンが並べたのはただの状況証拠だ。アレンの考えはそこから推論された結果に過ぎない。決定的な証拠があれば話は早いのだが、そんなものがあるはずなかった。
「まあいいや。とりあえず魔王がこれから襲い掛かってくることをあんたは知っている前提で話させてもらう」
「好きにしたまえ」
「魔王が現れれば兵士や冒険者たちはその対応に追われる。いくらライラックといえど流通は混乱し、治安は悪くなるだろう。そんな場所に家族を置いていきたくないんだ。俺はきっと前線で戦うことになる。憂いをなくすためには、全員が魔法を使えるうえに、ヴェルダナムカ大樹林という自然の要塞に囲まれ、独自で食料などを確保できるエルフの里が最も安全だと思うんだ」
精一杯の思いを込めてアレンが訴える。しかしカミアノールの表情はわずかにも反応を見せない。
しかたなくアレンは二枚目の札を切る。
「俺はネラだ」
「なっ!?」
「おっ、初めて驚いたな。さすがにこれをスルーされたらどうしようかと思っていたが」
「本気で言っているのか?」
「実力はさっき見ただろ?」
肩をすくめるアレンを眺めながら、カミアノールが驚きの表情を真剣なものに変える。心の奥底まで見定めるかのようなその視線を、アレンは微動だにすることなく受けきった。
「魔王相手にどこまで出来るかは正直俺にもわからない。だが並みの相手には遅れはとらないつもりだ。もしエルフの里に家族をかくまってくれれば、全力を持って魔王に相対することを誓う。あんたの信奉する、荒ぶる森の精霊に誓ってもいいぞ」
「その言葉に偽りはないな?」
「ああ。正式な方法は知らなくて悪いが、この精霊だろ?」
カミアノールからもらったギルド証入れを机に置き、その裏面に彫られた、全身蓑虫のような姿をした荒ぶる森の精霊に向けてアレンは誓いの言葉を述べていく。
カミアノールはそんなアレンの様子をじっと眺めていたが、はっ、と何かに気づいたように目を見開くとその眉根を下げ苦笑いを浮かべた。
そしてアレンが顔を上げる前に表情を戻すと、心からの笑顔を浮かべた。
「わかった。ネラの武力は魅力的だ。なんとか出来るように上に掛け合おう」
「えっ、本当にいいのか? もっと難航するかと思っていたんだが」
「それだけネラの実力を買っているんだよ。結果は手紙で追って知らせる。なるべく早くするつもりだが、1か月はかかると思ってくれ」
「あ、ああ。それで十分だ。ありがとう、カミアノール」
「なあに、それを渡すときに何かあったら頼れと言ったのは私だ。気にすることはない」
差し出されたカミアノールの手をアレンが握り返す。少し不思議そうなアレンを見つめるカミアノールの瞳はどこまでも優しかった。
しばらくしてアレンがギルド長室から出て行き、一人になったその部屋でカミアノールが窓の外を見つめる。
ドゥル山脈のふもと、灯りのたかれた今はドゥラレのダンジョンとなったその記念すべき場所に視線を向けながらカミアノールは静かに息を吐いた。
「アレン。いや、荒ぶる森の精霊様。あなた様の願いを叶えるため、このカミアノールが全力で応えましょう」
そう真剣な表情で呟いたカミアノールは執務机から紙を取り出すとペンを走らせ、戻ってきた護衛の者に最速でこれをヴェルダナムカの長老会に届けるように指示を出したのだった。