作品タイトル不明
第5話 鍛冶士たちへの依頼
少しばかり遅い昼食をとった後、今後に備えて色々用意するものを作ってもらえないかドルバンやゾマルに相談に行こうとしていたアレンをルトリシアが呼び止めた。
そして伝えられた内容にアレンは思わず聞き返す。
「正式にメイドとして雇って欲しい?」
「はい。こんな老いぼれでは難しいでしょうか?」
「いやいやいや、そんなことはないぞ。今でも十分に働いてくれているし」
アレンの率直な感想に、ルトリシアは静かに笑みを浮かべて返す。
現状ルトリシアはコルネリアの指導役であり、メイドとして雇われているわけではない。そもそもアレンが不在時に屋敷の管理を任せていた延長でここまで働いていたのだ。
とはいえアレンたちが本格的に屋敷に住むようになってからは、コルネリアだけでは経験や手が足りない部分を補ってくれていたのだが。
「あの子に教えるべきことも、もうほとんどないのです。あとは経験を積むことで成長していくしかないでしょう。あの子をメイドとして一人前に育てるという責務は果たしました。なので一介のメイドに戻ろうかと」
「ほーう」
つらつらと理由を並べるルトリシアの言葉に、少しだけニヤリと笑いながら相づちを返す。
アレンの意味ありげな態度にもルトリシアは少しの反応も見せない。
「そういうとこ、ルーばあさんの方がまだまだ上だよな」
「なにをおっしゃっているのかはわかりませんが、お褒めいただきありがとうございます」
「まあ、いいや。身内が可愛いのは俺も一緒だしな。これからもよろしく頼む、ルーばあさん。いや、メイドとして正式に雇うならルトリシアのほうがいいのか?」
「ご主人様のお好きにお呼びください」
綺麗に礼をして返すルトリシアを眺めながら、アレンは微笑む。
ルトリシアの申し出はアレンにとってもありがたいものだった。これから度々レベッカとコルネリアのレベルを上げるためにダンジョンに連れ出すつもりだったからだ。
メイドとしてルトリシアが屋敷に残ってくれるのであれば、大抵のことには対応できるはずだ。とはいえ今までアレンがコルネリアをダンジョンに連れ出すときには、コルネリアの代わりに働いてくれていたのでなにが変わるというわけでもない。
それなのに、わざわざメイドとして雇って欲しいといってきた理由を考えれば、それが誰のためなのかは明らかだった。
「休みとかの調整は二人で相談して決めてくれ」
「過分な配慮、ありがとうございます。それではご主人様、いってらっしゃいませ」
そう言い残して背を向けたアレンをルトリシアは見送ると、少し軽い足取りで、ほんのわずかに尻尾を揺らしながら今後のことをコルネリアに伝えに向かったのだった。
屋敷を出たアレンは手土産の酒を数本購入すると、西地区の職人街にあるゾマルの工房に向かった。
いつもどおりノックもなく中に入り、わずかばかりの居住スペースを通り抜けて奥の工房に進む。そこではゾマルとドルバンが粉々に砕けた白みがかった塊を前に渋い顔をしていた。
「また失敗か」
「ゾマル師。やはり方向性を転換すべきではないじゃろうか?」
「うーむ」
「その調子だと、進展は無しって感じか?」
ぎろりと二人に睨まれ、アレンが少しびびりながらお土産の酒を掲げる。ゾマルたちは顔を見合わせて息を吐くと、炉の火を落として片づけを始める。
てきぱきと動く二人を視線の片隅に置きながら、アレンは机に並べられた失敗作たちに目を向ける。
アレンがダンジョンで手に入れた白と黒の壁をなんとか生かすことはできないか研究しているゾマルたちだったが、その結果は散々なもので、進展どころか手がかりさえない状態だった。
強力な物理耐性と魔法耐性という、鍛冶士にとっては垂涎物の特性をそれぞれもっているだけに、二人の研究にかける熱意は半端ではない。しかし一流の鍛冶士である二人をしてもなお、今の状態なのだ。
個人的にはもう諦めてしまってもいいのでは、と考えているアレンだがそれを口に出すことはない。これだけの熱意をもって動いているドワーフになにを言っても無駄だと理解しているからだ。
ほどなくして片づけを終えた二人と共に生活スペースに戻ったアレンは手土産の酒をテーブルに置く。用意されたゾマルとドルバン、それぞれの好みの酒を二人は開け、ぐびぐびと喉を鳴らして飲み始めた。
高級酒とは思えない豪快な飲みっぷりであり、うまそうなその表情はアレンの喉を鳴らすのに十分なほどだった。
一瓶を飲み干した二人がほぼ同時に大きく息を吐く。
「なかなかに難しそうだな」
「未知の素材とはそういうものだ」
「たしかにゾマル師のいうとおりなんじゃが、ことごとく逆の結果になっておるからのう。どの素材と組み合わせても性質を失う上に、元の素材も脆くなる。正直、手のうちようがないわい」
アレンの問いかけに、自然に二本目に手をかけながら二人が答える。ときおり差し入れがてら様子を見に来ていたアレンには半ばわかっていた答えだったが、それでもアレンは胸の内で落胆していた。
白い壁と黒い壁、それぞれの特性を持った装備ができたとしたら、モンスター相手にかなり優位に戦えると考えていたからだ。
特に魔王なんていうよくわからない化け物を相手にしなくてはならないかもしれないのだ。事前にできうる限りの装備を準備しておきたかったのだが、現状では間に合いそうになかった。
少し黙ったアレンを残し、ゾマルとドルバンは酒を片手に話をはずませる。
「他の物質を拒絶しているかのようにも思える」
「あぁ、確かに。白い壁と黒い壁同士ならなにもしなくてもくっつくからのう。アレンが適当に置いたせいで一度大変な目にあったわい」
「いや、そこらに置いておけって指示したのはドルバンだろ。それに大変な目って、結局俺が全部処理したじゃねえか」
自分の名前が出て気を取り直したアレンがドルバンの発言にすかさず反論し、テーブルの上に置かれたドルバン好みの酒を手に取ると飲み始める。
それに対してドルバンは特に気にした風もなく肩をすくめるだけだった。
ゾマルたちが研究を始めるにあたり、くりぬいてきた白い壁と黒い壁を指示されたとおりにアレンは積み重ねるように置いていった。
その日は特になにもなく終わったのだが、後日アレンはゾマルに呼び出しを受けたのだ。一連の塊になった素材をどうにかしてくれと。
意味がわからないまま工房にやって来たアレンが見たのは、分離されていたはずのそれらが積まれた形のままで繋がっている異常な光景だった。
結局それらはアレンが白い壁をエアカッターで切り裂いて元の状態に戻し、今は素材の間に木の板を置いて再び結合してしまうのを防いでいる。
マジックバッグに入れておけばいいのに、とアレンは思わないでもなかったが、二人にドワーフの流儀に反すると言われてしまえば、そうか、としか返しようがなかった。
「しかしせっかくの素材だ。それを生かした装備をつくってみたい」
「そうじゃな。気分転換にもなるしそれもいいかもしれん。まずは定番の盾じゃろうか?」
「比較的軽いし、全身鎧というのもいいかもしれん」
「装備する者によってはどちらを表にするか変わりそうじゃな。逆の攻撃には弱いことを考えると近接は白い壁になるか」
「モンスターのブレスなど、どちらか判別のしにくいものもある。アレン?」
「了解。俺もしばらくはダンジョンに行く機会が増えそうだからついでに確認しておく」
酒が入ったおかげで気分が切り替わったのか、楽しげに話しはじめた二人を眺めながらアレンも笑う。レベルの上がったおかげか酒にも強くなったアレンだったが、こういった雰囲気で飲む酒は格別で、飲むスピードもついつい上がってしまう。
こうやって生き生きとした顔で笑う二人のおかげと酔いのおかげで少しばかり心の軽くなったアレンはふと、あることを思いつく。
「いっそのこと白い壁と黒い壁を薄切りにしてくっつければどちらにもある程度対応できる装備になるんじゃね? それに金属の強度を持たせたまま細いひも状とかに出来れば挟まれたままくっついて強度も増すんじゃ……」
「……いくぞ」
「うむ!」
「えっ、おーい」
カッと目を見開いたゾマルが飲み干した酒瓶を放り出して工房に向かう。ドルバンもその後をすぐに追っていった。
一人取り残されたアレンは二人の消えていった扉を呆然と眺めていたが、奥から聞こえてきた作業音に頬を緩ませると後のことは二人に任せて片づけを始める。そしてふと気づく。
「あっ、調薬用の道具を作れる職人を紹介してもらうの忘れてたわ」
ぽりぽりと頭をかいて照れ笑いしたアレンは、また今度の機会だなとあっさりと諦めるとこれから戦場と化すであろうその場所を後にしたのだった。