作品タイトル不明
第4話 商人とメイド
冒険者ギルドを出たその足で薬士ギルドを訪れ、先ほどスザンナに話した落ちこぼれた冒険者たちに調薬を教えようかと思っていることを提案した。
当初、薬士ギルドの担当者は良い顔をしていなかった。薬士ギルドにとって冒険者は最大の顧客だ。そんなことをされては自分たちの利益が侵される、そう考えたのだ。
しかしアレンは根気よく説得を続けた。
現状であってもかなりの量のポーション製作がアレンに依頼として出されており、薬士ギルドが明らかな人手不足であること。
あくまで教えるのは基本のポーションの作り方だけであること。
教えるのは冒険者としてやっていけない者になるので、交渉次第では引き抜けるかもしれないことなど、薬士ギルドにとってのメリットを挙げていった。
話していた受付の男の表情が真剣なものになっていくのに内心安堵したアレンだったが、これ以上の判断は自分ではしかねると言われ、奥から連れてこられた受付の男の上司にもう一度同じ話をするはめになってしまった。
その上司の反応も悪くなく、冒険者ギルドから相談があるかもしれないから考えておいてくれと伝えたアレンはそそくさと薬士ギルドをあとにする。
思った以上に薬士ギルドで時間がかかったせいで、すでに出かけてから三時間近く経ってしまっていた。
慣れない交渉ごとに硬くなっていたような気がする肩を軽くほぐしながらアレンは歩き、途中の店に寄ってお土産を買ってから屋敷に戻る。
そして誰もいない門を勝手に開けて中に入り、鈍い物音の響く庭にアレンは進む。そこではお互いに訓練用の短槍を構えたレベッカとコルネリアが対峙していた。
「はっ!」
短く声を発しながら放たれたレベッカの鋭い突きをコルネリアが冷静に受け流す。そしてお返しとばかりに振るわれた短槍を、わずかに体勢を崩していたレベッカがなんとか受け止めた。
距離をとり仕切りなおそうとするレベッカに対して、そうはさせまいとコルネリアが距離をつめていく。それを嫌ってレベッカが槍を払うが、苦し紛れのその攻撃は自らを不利にするだけだった。
「コルネリアの勝ちだ」
レベッカの首元でピタリと止められたコルネリアの短槍を見て、アレンが勝利宣言を行う。
とすんと腰を地面に落として荒い息を吐くレベッカに対して、コルネリアは礼をすると涼やかな顔でアレンに向き直った。
アレンは興奮した様子で二人の戦いを見ていたレックスを眺めて笑みを浮かべ、その隣で椅子に座って見学していたマチルダに問いかける。
「勝敗はどんな感じだ?」
「レベッカちゃんが二勝、コルネリアが四勝ね。なかなかいい勝負だったわよ」
「とうさま、ふたりともすごいです」
「そうか。勉強になったか?」
「はい!」
キラキラとした目をしながら元気に返事をするレックスの姿にアレンは頬を緩める。そして改めて勝負していた二人に視線を向けた。
「どうだ、コルネリア。レベッカの強さは?」
「そうですね。同じ短槍で、アレン様に手ほどきを受けているからか予測がしやすかったのでなんとか対応ができました。ただ虚を突かれることが少なからずあり、そこが反省点だと思います」
「不意打ちはレベッカの得意技だからな」
「ちょ、ちょっとレン兄。人聞きの悪いことを……はぁ、言わないでくれる?」
アレンの率直な評価に、レベッカが息を整えながら抗議の声をあげる。そしてレベッカは訓練用の短槍を杖代わりに使い、おっくうそうな仕草で立ち上がった。
明らかに疲労困憊なその姿にアレンは苦笑する。
「商人に集中しすぎて体力が落ちたか?」
「確かにそれはあるかな。駆け出しの頃は資金を稼ぐために結構冒険者として活動していたけど、最近は腕がなまらないように訓練するくらいだったし」
「ちなみにレベルは?」
「今は百十二かな? 百レベルを超えてからはなかなか上がらなくて」
「あー、それはあるあるだな。特に安全圏で戦っていると百を超えると厳しいんだよな。今のコルネリアは百十レベルくらいだし、同レベル帯の相手に奥の手を隠して戦ったのに二勝したのは良い方じゃねえか?」
アレンの言葉にコルネリアとレベッカが同時に目を見開く。
「奥の手ですか?」
「百十レベルって?」
完全に重なるタイミングでアレンに問いかけた二人がお互いに顔を見合わせる。そんな息のあった二人の様子にアレンは笑みを浮かべた。
「まずコルネリアの疑問だが、レベッカは魔法が使える。補助用のものも使えるし、俺も実際に見たことはないんだが攻撃用の魔法もなかなかの威力みたいだな」
「魔法……」
その言葉を呟いたコルネリアがレベッカのほうを見ながらぎゅっと口を引き結ぶ。
どれだけ魔法の補助道具などで訓練しても、どれだけレベルを上げてもコルネリアは魔法を覚えることが出来なかった。
アレンもなにか得意な属性があるのではないかと色々と試してみたのだが、その結果わかったのはすべての魔法の才能がコルネリアには無いということだった。
それは今までほぼすべてのことにおいて、高い才能を示してきたコルネリア唯一の欠点だった。
「で、レベッカの疑問だがコルネリアは俺と訓練がてら時々ダンジョンに行っているからそれだけレベルが上がっているんだよ」
「でもそれはレン兄が主導してレベル上げしただけでしょ。それにしては短槍の技術が私より上なんだけど」
「それはコルネリアの才能だな」
「才能……」
レベッカが手に持っていた訓練用の短槍をぐっと握り締めコルネリアを見つめる。
商人見習いとしてライラックを旅立つことになり、せめてもの護身用にとアレンに短槍の稽古をつけてもらってからレベッカはずっと短槍を振るってきたのだ。
そこに全てを注いだわけではないが、商人と冒険者の兼業という中途半端な立場をとっているからこそ腕は磨いてきたつもりだったし、そのおかげもあって鉄級冒険者になれたという自負もあった。
しかしそんな努力があっさりと抜かされた。才能というどうしようもないもののせいで。
顔を合わせた二人がじっと相手を見つめる。そしてどちらからともなく息を吐くと、同時に笑みを浮かべた。
「似てるね、私たちって」
「そうかもしれませんね」
共にアレンから短槍の教えを受け、メイドと商人という別の仕事を主としながらそれを振るう。そしてそれだけではない、どこか通じ合うものが二人にはあった。
レベッカがコルネリアに近づくと右手を差し出す。
「レン兄のメイドだっていうのは抜きにして、私と友達になってくれないかな?」
「えっ、しかし」
「いいじゃん。刃を交えた私とコルネの仲でしょ」
差し出された手を前に迷う様子を見せていたコルネリアの手を、レベッカが強引に握る。
ぎゅっと握られた手から伝わる体温に少し頬を赤くしたコルネリアが、ためらいがちに口を開く。
「ええっと、私あまり友達がいたことがないんです」
「なんで? コルネって器量よしだし、面倒見もよさそうなのに」
「その色々と事情がありまして。メイドとしての修行もしていましたし」
「そっか。じゃあ私が友達づきあいの極意を教えてあげるよ。きっと楽しいよ」
花のような笑顔を向けるレベッカの姿に、コルネリアの頬がさらに赤く染まり、尻尾がぶんぶんと勢いよく振られる。
楽しげに二人が話すほんわかした空気が流れる中、アレンは感じた気配に向けてゆっくりと歩を進める。
ちょうど二人からは目に付きにくい木に背を預け、二人のほうに視線を向けたままアレンが呟く。
「二人は友達になったみたいだ。よかったな」
「……」
「面倒事をもってくる、ふつつかな妹だが大目に見てくれ」
食事の仕入れに行くときに一緒に行こうと嬉しそうに約束する二人の様子を眺めアレンは微笑んだ。
その背を預ける木の陰に隠れていたルトリシアは、その瞳から涙を流しながら小さく「もちろんです」と返事をしたのだった。