作品タイトル不明
第3話 冒険者ギルドでの依頼
準備を終えて屋敷を出たアレンは、冒険者ギルドに向かっていた。まだ冷たさを感じる朝の空気を吸い込みながら歩くアレンの耳に、活気のある人々の声が届く。
まるで昨日知った事実など夢であるかのような、いつもどおりの光景に少しだけ顔を歪ませながらアレンは進み、ほどなくして冒険者ギルドにたどり着いた。
すでに掲示板に依頼の張り出される朝の混雑時は過ぎており、ギルドの中には数えるほどの冒険者がいるだけだった。寝坊したのか必死に掲示板を見つめる若い冒険者を眺めアレンは少し微笑むと、一度息を吐いて気合を入れなおす。
そしてアレンが向かったのは、数人の冒険者が並んでいる依頼の受注や報告をする窓口ではなく、まだ朝も早いため暇そうにしている冒険者に依頼を出す窓口だった。
「おはようございます、アレンさん。依頼ですか?」
「おう、おはよう。手紙の配達でイーディスに指名依頼を出そうかと思ったんだが、今ライラックにいるか?」
「ええっと、イーディスさんなら数日前に見た気がするのでたぶんいるとは思うのですが。少々お待ちください」
受付嬢が奥の事務方の男性職員に話しかけ確認をとっている姿をぼーっと眺めていたアレンだったが、背中にドスンと衝撃を受けて振り返る。
そこにはアレンよりも少し背の高い狼の獣人の女性冒険者が白い尻尾を振りながら満面の笑みを浮かべて立っていた。
「アレンの兄貴。なにしてるの?」
「お前に指名依頼をしにきたんだよ。というかお前が朝からギルドに来るなんてどんな風の吹き回しだ?」
アレンの問いかけにその狼の獣人、イーディスが視線を逸らしてごまかそうとする。そのあからさまな態度にアレンは大きなため息を吐いた。
「また賭博でやられたな?」
「いや、違うんだよ。あれはただ預けているだけでいつか戻ってくるんだから!」
「それ何回聞いたかわかんねえぞ。お前もけっこういい年になってきたんだからそろそろ将来を考えろって」
アレンの忠告に気まずそうにイーディスが顔をしかめる。
イーディスはソロの冒険者であり、ダンジョンなどでモンスターと戦うような依頼ではなく、都市間の手紙の配送などを主に行っている変わった冒険者だ。
その配送の速さと正確さから指名依頼されるほどなのだが、賭け事が大好きという悪癖があった。弱いうえに、というのがさらに性質が悪い。
じろりと眺めるアレンの目の前で、ハッとした顔をしたイーディスが手を叩く。
「そうだ。いざというときはアレンの兄貴の妾になれば解決じゃない?」
「却下だ。俺は結婚してるからな」
「だから妾なんじゃん。兄貴はたまに来て発散できて幸せだし、私は養ってもらえて幸せ。ほら、なにも問題ない」
「問題だらけだわ!」
獣人特有の強い者にすがるのは当たり前という思想に基づいたイーディスの提案にアレンが頭を抱える。しかし当のイーディスは首を傾げるばかりだった。
そんな馬鹿なやりとりをする二人の元に先ほどの受付嬢が戻り、にこやかな笑みを浮かべる。
「相変わらずお二人は仲がよろしいですね」
「含みのある言葉は不安になるからやめてくれよ。はぁー、イーディスへの指名依頼の手続きを頼む」
「わかりました」
くすくすと笑う受付嬢が、手早く用意した書類にアレンが依頼内容を記載していく。興味深そうに覗き込むイーディスの大きな胸が背中に当たっているのを極力無視しながらアレンは一気に依頼を書き終えた。
書類の確認を行う受付嬢の目の前で、イーディスがぼやきはじめる。
「ドゥラレはいいけどキュリオかー」
「国外はだめだったか?」
「いや、キュリオって学術都市国家だけあってお堅いんだよね。賭場もないし」
「結局それかよ。ドゥル山脈を越える分、報酬は多めにしておいたから我慢してくれ」
「はーい」
確認を終えた受付嬢が、二人の様子を見てそのままイーディスの指名依頼の受注手続きを始める。そして依頼書を受け取ったイーディスに、アレンは四通の手紙を手渡した。
「じゃあ頼む」
「はいはーい」
イーディスが気軽な様子で背負っていた使い込まれたリュックに手紙を入れる。そしてそれを背負いなおすとにこやかにアレンに向かって笑いかけた。
「じゃあ、なるべく早く行ってくる」
「あっ、そうだ。これをやるよ」
立ち去ろうとしたイーディスを呼び止め、アレンが自分のバッグから五本のポーションを取り出す。
差し出されたそれを少し驚きながら受け取ったイーディスは、腰の袋に一本、そして再び下ろしたリュックに入っていたポーションを保護する容器に残りの四本をしまう。
「気をつけて行ってこい。ドゥル山脈はモンスターも結構いるからな」
「うん。それにしてもポーションを五本もぽんとくれるなんて……やっぱり将来は妾?」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行け」
アレンの軽い蹴りをひらりとかわし、にやにやと笑いながらイーディスが去っていく。その後姿を見送りながら深いため息を吐くアレンだったが、気を取り直すとその場を離れ一人の受付嬢のところに向かって行く。
「よっ、スザンナ。今日もお疲れ」
「優雅な出勤のできる金級冒険者様は言うことが違いますね」
短めの髪を後ろで一つにしばったいつもの姿で、少し疲れを感じさせる表情をしながらスザンナが軽い毒を吐く。
とはいえアレンも朝の混雑時の忙しさと、ぴりついた空気を良く知っているのでその毒を軽く笑って受け流した。
「それで今日もポーションの納品ですか、アレンさん?」
「いや、今日はそっちじゃないんだ。というか、その『も』っていう状況を改善したいんだよ」
「というと?」
聞き返してきたスザンナにアレンがうなずいて返す。
「前に言ってただろ。落ちこぼれそうな冒険者たちに調薬を教えたらどうかって」
「それは言いましたけど……えっ、もしかして?」
「ああ。さすがにこのままポーションだけを作る冒険者生活は嫌なんでな。それに俺も後輩がむざむざ転がり落ちていくのを見たくはないし」
突然のアレンの申し出に驚いた表情でスザンナが固まる。
確かに以前スザンナはアレンにそんな提案をしていた。しかしそれはあくまで冗談の範囲である。
もちろんそうしてくれればどんなにいいだろうか、というスザンナの願望が含まれているものだったが、そんな手間のかかることをしてくれるはずがないとわかっていた。
文句を言いつつもアレンが納品で稼いでいる額をスザンナは知っているのだから。
「おーい」
「あっ、申し訳ありません!」
目の前でアレンに手を振られてスザンナは正気に戻り、慌てて謝罪する。それに小さく笑いながらアレンは真っ直ぐにスザンナを見つめる。
「というわけで言いだしっぺのスザンナにギルドの内部調整を頼むな。一応これから薬士ギルドにも話は持っていくが、最終的にはギルド間の交渉になるだろうし」
「えっ、私がですか?」
「おう、俺の講師料は格安でいいからな。あー、でも最低限調薬の道具は必要か。そっちは俺も知り合いの鍛冶士に安く作ってもらえないか確認しとくが、調薬ギルドとの交渉でなんとかなるかもな」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、メモをとりますから!」
アレンの言葉を漏らさぬようにスザンナがペンを走らせる。その必死な姿に微笑みながらアレンは今後の流れや注意点、交渉の上で問題になりそうなことなどをつらつらと挙げていく。
アレンが話し終えた時には、スザンナの書いていた紙はびっしりと文字で埋まっていた。
「と、こんなもんか?」
「なんか思った以上に大事になりそうなんですが……というか、これは一介の受付嬢の仕事じゃありませんよね?」
「かもな。でも、だからこそ本気で動いてくれるやつの方じゃないと出来ないだろ。期待してるぜ」
にかっと笑いながらアレンがスザンナに向けて右手を上げて去っていく。
扉の奥に消えたその背中から、手元に残ったメモに視線を落としたスザンナは目を閉じて一度大きく息を吐くと、小さくうなずいて目を開けた。
確固たる決意を秘めたその眼差しのまま、スザンナは奥に座る上司の席に向けて歩き出したのだった。