軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 家族

魔王が動き出すという衝撃の事実、そしてそれに対するためにエミリーが聖女に選ばれた。それは普通の人が聞けば、馬鹿馬鹿しい、なにかの間違いだと一笑に付すようなことだ。

なにせ魔王という存在自体、勇者アーティガルドの物語に登場する悪役くらいの認識でしかない。五百年以上前の史実が元になっているとうたわれているが、実際に被害にあった経験のない人々からすれば、それは創作となんら変わりないのだから。

しかしアレンはその信じられないような事実を素直に信じた。

愛する家族であるレベッカがこれだけ必死になって訴えているからということが大部分だが、アレンが最近気になっていたことの裏づけがとれたように感じたからだ。

それは冒険者ギルドの怪我人の増加。

金級冒険者であるはずなのに、アレンにはずっとポーションの作製依頼が舞い込んでいる。

ドゥラレのダンジョンが発見されたことで、移動してきたよそ者の冒険者たちと地元の冒険者たちの確執から消費が増えているとアレンは聞いていたし、実際にギルドでその現場を見たこともあるのでそれが一因であることは確かだ。

しかしそれも最近は落ち着きをみせてきているようなのに、アレンへのポーション作製の依頼は減らなかった。つまりなにがしかの要因で怪我人が増えていることは間違いなかった。

レベッカの話を聞いて、それが魔王という存在のためではないかとアレンは考えたのだ。

魔王は魔、つまりモンスターを統べる存在だ。アーティガルドの物語ではその力が強大になればなるほどモンスターも力を増していくという描写があった。それが実際に現実で起きている可能性に思い至ったのだ。

むろんあからさまに強くなれば冒険者自身も、そして冒険者ギルドもすぐに異変に気づくはずだ。

ちょっと今日はついてなかった、慣れてない冒険者のせいで狩場があらされてやりにくい、その程度の感想しか抱かない微妙な変化なのだろう。

見栄っ張りの多い冒険者は倒したモンスターを誇りはしても、自分のミスで怪我したことを話すことなどない。むろん仲間同士で愚痴を言い合うことはあるだろうが、その情報が外に出て行かないのだ。

(もしこの予想が当たっていたらかなりまずいな。冒険者ギルドに知らせようにも、根拠が俺の推測だけじゃあ弱すぎる)

そんなことを思い浮かべて状況を整理しつつ、アレンはこれからどうすべきかを考え続けていた。

以前のアレンであれば迷わずエミリーを助けるためにすぐ動いたはずだ。しかし今のアレンには新たな家族であるマチルダ、レックス、アマンダがいる。彼女たちのことを考えずに動けるはずがなかった。

アレンは大きく息を吐き、アレンの右手を握るレベッカの手に左手を重ねる。

「とりあえず屋敷に行こう。レベッカも旅で疲れているだろうし、俺も状況を整理したい」

「うん」

「心配すんな。俺は家族を守ることにかけては誰にも負けない。そうだろ?」

「うん、うん! そうだよね。レン兄なら大丈夫だよね。なにせティアドロップのネラだし」

「泣いてるのはお前の方だろうが」

涙を流したまま笑顔を浮かべるレベッカを抱きしめ、優しく胸の内に包んだままその頭を撫でる。

しばらくの間大人しくそうしていたレベッカだったが、バッとその体を離すとそっぽを向いた。その腫れた目からはもう涙は流れておらず、ただ赤くなった目と同じくらいにその頬は染まっていた。

「私もなんでも協力するから」

「おう。なにかあったら頼む」

「料金はお安くしておくから」

「金取るのかよ」

呆れたように半眼になるアレンの様子を見て、レベッカがにしし、と笑みを浮かべる。

以前と全く同じというわけにはいかないが、多少なりともレベッカが背負っていた荷を軽く出来たかとアレンは安堵し、小さくため息を吐いた。

「えー、ネラが儲けてるって話は王都まで聞こえていたんだよ。ちょっとくらいおすそ分けしてくれてもいいじゃん」

「ネラの報酬は基本的に領主様に丸投げしてるから手元にないんだよ」

「えー!! なにそれ、詳しく話して」

掴みかからんばかりの勢いで詰め寄り、いきなり商人の目になるレベッカの姿に、ちょっと戻りすぎだとアレンは苦笑したのだった。

レベッカを連れて屋敷に戻り、歓迎の夕食などを表面上はいつもと変わりなくアレンは過ごした。

レベッカも久しぶりに会うマチルダやレックス、そして初めて会うアマンダと楽しげに交流し、夕食やお風呂を済ませると用意された客室に向かった。

旅の疲れが出たのかふらふらと歩くレベッカの姿は危なっかしく、コルネリアがかなり気を使っていたが、なんとか客室までは自分の足でたどり着くことができた。

しかし頑張ったのはそこまでで、ベッドに倒れこんですぐ寝入ってしまったレベッカの姿は、本当にギリギリの状態だったことを示していた。

レベッカが夢の世界の住人になった頃、アレンたち家族も寝室に戻っていた。コルネリアやルトリシアが様々な片づけを終え、最後の挨拶に来るまでもう少しといった時間だ。

夕食時などにレベッカが語る他の街などの様子を真剣な表情で興味深そうに聞いていたレックスは、その疲れが出たのかいつもより早くベッドで眠ってしまっている。

アマンダを抱いてベッドに腰掛けたマチルダが授乳しており、そのちゅぱちゅぱという音に癒されながらアレンはソファーでくつろいでいた。

「それで、どうしたの?」

「んっ、なにがだ?」

「私が気づかないと本気で思っているの?」

アマンダの体勢を変え、背中をさすってげっぷを出してやりながらマチルダが微笑む。しかし笑っているはずのその瞳に鋭いものを感じたアレンは、くつろぐふりをやめてソファーに座りなおすとマチルダに向かってあいまいに笑いかえした。

「いや、ちょっと問題が大きすぎてな。俺自身の考えがまだまとまってないんだ」

「わかったわ。話してくれるまで待つことにする。でも、絶対に一人で抱え込まないこと。私たちは家族なんだから。でしょ?」

「ああ。大切な家族だ」

「そうそう。あっ、アマンダがちょっと吐いちゃった」

げっぷと共に母乳を少し吐き出してしまったアマンダの口元をマチルダが拭う。当のアマンダはそれを気にした様子もなく、食欲の次に襲い掛かってきた睡眠欲に負け、うとうとするとその瞳を閉じて寝息を立て始めた。

「可愛いな」

「そうね。レックスも可愛かったけれど、アマンダはそれとは別の可愛さがあるわね」

「そうだな」

見つめ合った二人がやわらかく微笑む。

すやすやと眠る子供たちの姿を眺めながら、この幸せは絶対に守ってみせるとアレンは決意を新たにしたのだった。

コルネリアとルトリシアが屋敷を去り、家族だけが残った屋敷でアレンはマチルダに断って寝室から出るとポーションと共にネラの装備が保管してある小部屋に向かった。

夜泣きするアマンダをあやすといって一番近くに寝ようとするアレンの、いつもとは違う行動に、マチルダはなにも聞かず、ただ「いってらっしゃい」とだけ声をかけて送り出した。

本当にマチルダには敵わない。そんなことを考えて苦笑していたアレンが小部屋にたどり着く。

ポーションの並んだ棚の一角に隠されたマジックバッグを取ると、アレンはその中からネラの装備一式を出してテーブルに並べていく。

机に現れたネラはまるで抜け殻のようで、その涙を流す仮面から覗く暗闇にアレンは少しだけ背中をぶるりと震わせた。

「なに弱気になってんだ」

パンパンと顔を張り、アレンが大きく息を吐く。そしてどっしりと椅子に腰をおろすとネラの衣装を見つめて呟く。

「魔王、か。お前で倒せる存在だと思うか、ネラ?」

当然のことながらアレンの問いかけにマスクが答えることはなかった。