作品タイトル不明
第36話 壁抜けの相談
「で、儂らのところに相談に来たと」
「ドルバンとゾマルなら色々な武器に詳しいだろ。俺も思いつく限りはやってみたんだが、二人なら壁抜きに効率のいい方法を思いつくんじゃないかと考えてな」
工房で食事を食べていたドルバンを引きつれ、貴族街の端にあるネラの屋敷にやってきたアレンは、研究をしていたゾマルにも時間をもらって事情を説明していた。
二人はアレンの用意したお礼の酒を飲みながら話を聞いていたが全く酔ってはおらず、むしろ興味津々といった表情で話を聞く。
「モノはあるか?」
「黒い壁の破片だけだな。白い壁の方は魔法でしか傷を入れられないから……いや、ウインドカッターとかをうまく使えば持ってこられるかもな。次の機会にできたらもってくる」
そんなことを言いつつアレンがマジックバッグから黒い壁の破片を取り出していく。
酒瓶をテーブルに置いた二人は黒い壁の破片を手に取るとまじまじと観察し始めた。その瞳は職人特有の鋭いものであり、未知の素材に対する二人の好奇心が伝わってくるようだった。
「破片でも魔力を吸収するようだ」
「この特性を防具に付与できれば、対魔法の良い装備が出来そうじゃが……硬さはそこまでない。特性を失わずに薄く延ばすことができれば、コーティングするなどで実現性はあるか?」
「吸収した魔力はどこに行くのだ?」
「うむ、合金という手もあるな。まずは少しずつ混ぜて特性が失われる限界点や減衰状況を見極めればある程度の目処は……」
「ちょっと二人とも待ってくれ。それぞれの研究はおいおいしてもらうとして、まずは壁抜けの方法を考えてくれよ。お礼として素材は持ってくるから」
苦笑するアレンの様子に、ゾマルとドルバンは顔を見合わせ、少し気まずげにしながら咳払いをした。
そしてコトリとテーブルに破片を置いたゾマルが、アレンの背後にかけられたネラの衣装を眺めながら尋ねる。
「ネラの全力の魔法でも吸収されるのか?」
「ああ。と言っても威力の高い上級魔法は範囲も広すぎて、あんな場所で使ったら自分も死にかねないから試してないけど、たぶん無理じゃねえかな」
アレンの答えにゾマルが細い目をさらに細め、さらに眉を寄せてしかめっ面をする。別に不機嫌になったわけではなく、ただ単に真剣に考えてくれているだけなのだが、初めての者が見れば逃げ出したくなるほどの威圧感があった。
もちろんアレンもドルバンもそれには慣れているので気にすることはなく、各々の意見を話し始める。
「魔法で消した壁を枠かなにかでふさぐのはどうじゃ?」
「ファイヤーボールで白い壁を消して、そこに枠を突っ込んでから黒い壁を破壊、さらに奥の白い壁についてはディグかなんかで開けるってことか。確かにそれなら魔力を無駄に吸収されることもなさそうだな。問題は壁の復元を枠で防げるのかってところか」
「成功しても枠は使い捨てになる可能性が高いがな」
頭の中でドルバンの考えどおりに自分が動けるかとアレンが検討を始める。
本当に枠で壁の復元を遅らせることができるのであれば悪い案ではない。現在でも怪我を負わないようにするとギリギリ無理というタイミングなのだ。数秒でも遅らせることができれば十分に可能性はあった。
「遠距離から攻撃してはどうだ?」
「それは試してみたんだが魔法の影響をもろに受けちまって、うまくいかなくてな」
「武器の素材は?」
「鋼鉄」
「そりゃ無理ってもんじゃろ」
ゾマルの質問に素直に答えたアレンに、ドルバンが呆れた目を向ける。
鋼鉄は広く使われているということからもわかるように優秀な素材ではある。しかしアレンの本気の魔法を相手にすれば紙切れ同然だということは直にみていないドルバンでさえすぐにわかった。
「いや、可能性を探っただけだからな。その検証は色々試した後の最後にやったし。それにモーニングスターについてた鉄球とかは壁に当たっていい音がしていたから可能性は感じたぞ」
「要は武器じゃなくて塊の方が可能性はあるということじゃな?」
「もったいないけどな」
「金ならあるじゃろ」
「そういう問題じゃねえよ。まあ方法がそれしかないっていうならそうするけどな」
テーブルに置かれた酒瓶を指し示してニヤリと笑うドルバンに、今度はアレンが呆れた目で返す。
確かにアレンが二人のために用意したお酒は一本で十万ゼニーを超える高級酒だ。それが無造作にテーブルに並んでいるのだからドルバンの言葉も間違いではない。
昔のアレンであれば目を疑うような光景であるが、一流の鍛冶師である二人に相談にのってもらえるということはそれだけの価値があると今のアレンは考えていた。
それにネラとして一回ダンジョン探索に向かうだけで、テーブルに並んだ酒全てを上回りかねない金額の収入になるのだ。
普通にパーティで探索しているのであれば人数で分配される上に、武器や防具などの装備品の整備やポーションなどの消耗品の補充にお金がかかる。
しかしアレンの場合、ネラの装備品はダンジョン産のものであり、破れたり汚れたりしても自動で修復する機能があるのでそこにお金はかからず、さらに攻撃を受けること自体がまれなのでポーションなどの消耗品もほとんど補充が必要ない。
そもそも普通のポーションであれば、市販のものよりも質の良いものをアレンは作ることができるため、そちらにもあまりお金をかける必要がなかった。
唯一の普通の冒険者と一緒なのは食材や携帯食料などの食品系だが、その値段は収入から考えれば微々たる物だ。
ダンジョン内で小屋を維持してくれているエルフたちに差し入れる分を含めてもそうたいした金額にはならなかった。
むしろアレンとしては放置すれば溜まるばかりのお金をどうすべきか少し悩んでいるくらいだった。
今のところは領主であるナヴィーンに、街を良くするために使ってほしいと丸投げしているのだが、ナヴィーンには「預かっておく」と言われてしまっているので問題の先送りになっているだけというのが本当のところだった。
そんな余分なことがちらりと頭に浮かび少し苦い顔をしたアレンを、腕を組みながらゾマルが見つめる。
「魔法を付与した武器ならどうだ?」
「へっ?」
「武器に魔法陣を刻む。それで擬似的な魔剣などが造れる」
「魔剣って、ダンジョンの宝箱なんかから見つかるあの魔剣だよな。人の手で造れたのか?」
魔剣といわれてアレンの頭に浮かんだのは、お世話になった勇者の卵であるテッサが使っていた、振ると風の刃が出る剣だ。
ミスリル級の冒険者でも滅多に持っている者がいないほどの希少品であり、幼いころのアレンも憧れたものだったが、それを人工的に作れるという話は初耳だった。
「一度や二度であれば使えるはずだ。アレンも同じようなものを使っていただろう」
「俺が? あっ、あのカードのことか」
「そうだ」
「なんの話じゃ?」
ドゥラレの街で悪乗りで作ったカードのことを思い出し、アレンがマジックバッグを探ったが別のマジックバッグに入っていたためそこにはなかった。
話が理解できていないドルバンに、アレンがゾマルと二人で作ったカードについて説明していく。
「ふむ。つまりファイヤーボールで白い壁を破り、そこに魔法陣で水をまとわせた武器を投げ込めば損傷がより抑えられ黒い壁も破れるかもしれんというわけじゃな。さすがゾマル師」
機嫌よさそうに笑みを浮かべるドルバンをよそに、アレンは難しい顔をして考え込んでいた。
なにかが頭に引っかかるのだが、それが出てこない。もどかしげに頭を悩ませるアレンをよそに、ドワーフの二人は黒い壁の破片を肴に飲酒を再びはじめた。
頭を右手でぽりぽりとかきながら考え込んでいたアレンだったが、ドルバンが持ち上げた酒瓶があったテーブルに残った酒瓶と同じ形の円を描く液体を見て、ハッと顔を上げる。
「これはもしかしてもしかするか? ゾマル、ドルバン。ちょっと俺の考えを聞いてくれるか?」
そう言って説明を始めたアレンの話を二人は聞き面白そうに顔を歪めると手に持った酒瓶を飲み干し、テーブルに開いてないお酒を残したままドルバンの工房に向かって走っていったのだった。