作品タイトル不明
第35話 白と黒の壁
半日後、口の中に広がる携帯食料の味に顔をしかめながらアレンはまだその場所にいた。周辺に置かれていた各種武器はもれなく壊れて山になっている。
相変わらず周囲にはモンスターの気配はなく静けさが支配する中で、傷一つない白い壁を眺めていたアレンはため息を吐いた。
「通れる目処が立ったのはいいんだが、厄介すぎるだろ、これ」
忌々しげな視線をアレンが白い壁に向けるが、それでなにかが変わるはずもない。携帯食料を再びかじりアレンが顔を歪める。
手早く気分を変えるために携帯食料を食べ始めたのだが、せっかくならちゃんとした食事を作ればよかったと少しアレンは後悔していた。
およそ半日の検証によって、壁の性質をアレンはおおよそ把握していた。と言っても最初に推察したとおりで間違いないだろうと事実を積み重ねただけだったが。
白い壁はアレンがどんな武器を使って攻撃したとしても傷一つつかず、黒い壁はどんな魔法を放とうとも破ることはできなかった。
前回の脱出時にアレンが行ったように白い壁を魔法でこじ開け、黒い壁を物理で壊し、反対側の白い壁を再び魔法でこじ開ければ壁に穴を開けることはできる。
しかし開けた穴は結構なスピードで元に戻ってしまうため、パーティでこの階層に来た場合は何度もその作業を行う必要があるだろうと推測された。
もちろんソロで攻略しているアレンには、そのことは大きな問題にはならない。しかしそれとは別にもう一つ問題があったのだ。
「少しは回復してきたし、もう一回ぐらいはいけるか」
残っていた携帯食料をアレンは口の中に放り込み、軽く噛み砕いたあと水で流し込む。そして真剣な顔で白い壁に左手を触れると、一度小さく息を吐いた。
「『ディグ』」
アレンが放ったのは本来であれば地面に穴を掘る魔法だ。普通の攻撃魔法を使うと自分もダメージを受けてしまうため、なにかいい魔法はないかと試していった結果、最も可能性がありそうなのがこの『ディグ』だった。
とはいえただの『ディグ』でダンジョンの壁に穴が開くはずがない。そのためアレンは魔力を注ぎ込みその効果を増大させていく。普通の地面であれば大穴が開くような規格外の効果に押され、白い壁に穴が開いていったのだが……
「ぐぅぅぅ」
その途端、アレンが苦しげな声を漏らし始めた。しかめられた顔には汗が浮かんでおり、なんとか状況を打開しようと魔法の制御に神経を集中させていたが、状況は一向に改善されなかった。
アレンはそのままステッキを振り下ろして見えてきた黒い壁を破壊すると、その奥の白い壁まで『ディグ』の範囲を拡大させ、壁に穴を開けてみせる。
穴から壁の向こう側の通路を確認したアレンは即座に魔法を解除すると、両手を膝につけて呼吸を整え始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ。あー、きっついわ」
アレンの目の前で壁に開いた穴がふさがっていく。呼吸を整えたアレンは、少しさがり通路の壁に背を預けながらそれを眺めていた。
完全に元に戻った白い壁から目を離し、アレンが自らの左手を見つめる。
「白い壁だけに範囲を限定したつもりだったんだけどな」
開いていた手をぐっと握り締めたアレンは壁から背を離し、床に転がっている壊れた武器類をマジックバッグにしまい始めた。
別にこのまま放置してもダンジョンに吸収されるだけだし、今ここまで到達できるのはアレンだけなので誰に迷惑をかけるわけでもないのだが、いつものもったいない精神が自然にアレンをそう動かすのだ。
全てを片付け終え、なにも残っていないことをアレンは確認すると、今一度検証に使った白い壁を眺める。
汚れや傷一つなく、憎たらしいほど綺麗な白い壁に苦々しい顔をしながら、アレンは七十階層に引き返すべく通路を歩き始めた。
七十階層にある闘技場の控え室まで戻ってきたアレンは、床に毛布を敷くとそこに寝転がった。
動こうと思えばまだまだ体力は十分すぎるほどあるのだが、魔力切れ寸前の気だるさを感じたままでは注意力が散漫になってしまう。
とりあえずそれがある程度癒えるまではこうしていようと決めたアレンは、天井を眺めながら考えていた。
「黒い壁が魔法を無効にするだけだったら簡単だったんだけどな」
そんな呟きをアレンがもらす。
アレンが苦労している理由。それは『ディグ』で白い壁に穴を開けようとすると、どうしても黒い壁まで影響範囲に入ってしまうことだった。
アレンとしては黒い壁に触れないギリギリのところで止めているつもりなのだが、制御が完璧でないせいか、それともそれ以外の理由によるものかうまくいかなかった。
そして黒い壁まで魔法が届いてしまうと、とてつもない勢いで魔力を吸われていくのだ。規格外のステータスを持つアレンでさえ、十回程度しか検証できないほどに。
「とはいえ攻撃魔法にすると怪我するんだよな。怪我しないくらい遠くから何か投げるとかして黒い壁を破壊するか? いや、どっちにしろ魔法が消えないうちに穴に飛び込まないとふさがっちまうか」
ごろごろと体を転がしながらアレンは考え続ける。
無傷のまま通り抜けようとすれば魔力が枯渇し、魔力を温存しようとすれば怪我をしてしまう。マジックポーションとポーションを大量に用意すれば回復はできなくはないが、飲める量にも限界がある。
「脱出するだけなら前回みたいに走り回って壁一枚を抜くだけで済む場所を探せばいいからなんとかなりそうだが、本格的な探索をするならなにか方法はほしいところだよな」
首をひねりながらアレンは考えたが、そうそういい考えなど浮かんでくるはずがない。
しばらくの間そうしていたアレンだったが、結局打開策は思いつかずとりあえず『ディグ』の精度をもっと上げて試してみようと決めると本格的な休憩に入ったのだった。
その後、三日の検証の結果わかったのは、どれだけ魔法の精度を上げたとしても黒い壁に魔力を吸収されてしまうというものだった。
ミリ単位どころかそれ以下の精度で『ディグ』をコントロールできるようにアレンはなっていたが、いくら黒い壁を影響範囲外にしても無理だったのだ。
若干吸われる魔力が減った気がするので全くの無駄というわけではないが、根本的な問題の解決にはならなかった。
「ふぅ。いい勝負だったな」
体をかるく揺すって整えながらアレンが呟く。その目の前には先ほどまで戦っていた真紅の体をしたゴブリンが倒れていた。
特別な武器や防具を装備しているわけでもなく、色が違うだけで外見は低階層でよく見るようなゴブリンと同じだったのだが、異常なほどの速さで動き、洗練されたその体術に思わずアレンも一撃をもらいそうになったほど強かった。
防御に神経を集中させて観察を続け、相手に疲れが見えてきたところで止めを刺したのだが、この闘技場でアレンが戦った中でも上位に含まれる強者だった。
なにせ飛び上がった空中で、魔法を使って土壁を作り軌道を変えてみせるという曲芸のような戦い方さえしてのけたのだ。仕留めると決めたアレンの一撃が避けられたのは、並外れたステータスを手に入れてから初めての出来事だった。
モンスターでありながらも学ぶべきものも多かった戦いの相手に、アレンはしばし祈りを捧げ、その小さな赤い体をマジックバッグに収納する。
そして大きく息を吐いて気持ちを切り替えると、ゆっくりと控え室の方に向かって歩き出した。
「さて、新種も出たことだし今回は帰るか。しかし壁の攻略はやっぱり根本的に他の方法を探さないと駄目だろうな。ドルバンとゾマルに相談してみるか」
なにかいい案を思いついてくれるといいんだが。そんなことを思いながら、成果はあまりなかったのにもかかわらずアレンはさほど重くない足取りでダンジョンを脱出したのだった。