作品タイトル不明
第25話 イセリアの事情
「駄目駄目な卵なんですけどね」
ちょっとだけ舌を出し、首を傾げて冗談でも言っているかのようにイセリアが告げる。
その可愛らしい仕草にクリティカルヒットされながらも、アレンはなんとか動揺を表に出すことなく耐えていた。
(落ち着け。落ち着け、俺。見た目は告白っぽかったが、内容は全く違うからな。勘違いすんなよ)
自分自身にそう言い聞かせながら、しばしアレンは深呼吸を繰り返す。するとさほど時を待たずして心は落ち着き始め、そしてイセリアの言葉について冷静に考えられるようになった。
「勇者の卵か」
そう呟いたアレンに、イセリアが苦笑いしながら首を縦に振る。
勇者の卵。
それは広く知られているが、実在の人物として会うことはほとんどないそんな存在だった。
普通、人にはレベルの上限がある。具体的に言うのであればレベル500を超える事は出来ない。しかし勇者の卵は違う。このレベル上限を突破し、更なる高みへとのぼる事が出来るのだ。
とは言えレベルの上限値は一定ではなく、人によってばらばらだ。極端な事を言えば上限レベルが501という勇者の卵も存在しうるということになる。それでも人としての限界を超えている事には変わりはないのだ。
そんな存在を国が放っておくはずはない。勇者の卵だと判明した者は半ば強制的に王都へと連れていかれ、教育と訓練の日々を送ることになる。そして自分たちの駒として利用できそうな者は騎士などとして登用し、そうでない者は王都から出されるのだ。
勇者の名に恥じぬよう人々を救えと、もっともらしい理由をつけられた上で。
普通の者はこれらの事情を知る事はない。だが、アレンは別だった。その話は、一時期アレンを小間使いとして雇い、世話をしてくれた冒険者パーティのリーダーである勇者の卵本人から聞いたものだったからだ。
豪快で、気風の良いそのリーダーが、酒を飲んだときに「くそったれな生活だったよ。その上いらなきゃポイだ。使えない駒には死んでほしいってことさ」と愚痴のように漏らしたその言葉は、強烈な印象を持ってアレンの心に刻まれていた。
「討伐義務のせいか?」
「あれっ、ネラ様はよく知っていらっしゃいますね。誰かお知り合いが?」
「ああ、昔な」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、アレンは目の前で微笑むイセリアを見つめる。
放出された勇者の卵には1つの義務が課される。それはモンスターの討伐義務だ。
魔王と言う存在がおとぎ話の中にしかいない現状、人々の安寧を乱すのはもっぱらモンスターだ。
勇者の卵なのだからその脅威を取り除くのは当然という建前であるのだが、この討伐義務というのは非常に厄介なものだった。
討伐義務の内容を簡単にいうと、存在場所の明示と討伐依頼拒否の権利剥奪にわけられる。
存在場所の明示は冒険者ギルドへと登録し、街を移動した場合は必ずギルドへと報告をすることという程度であるので普通の冒険者が行っている事とさして変わりが無い。
普通の冒険者が任意であるのに対し、強制であるという違いはあるが、簡単に言ってしまえば必ず連絡がとれる状態にいつもしておけ、という程度である。
問題はもう1つの方、討伐依頼拒否の権利剥奪だった。
冒険者は自らの意思で依頼を選ぶ事が出来る。自分の実力と報酬を勘案し、好きな仕事を選択できるのだ。
むろん緊急時などは強制的な依頼を受けざるをえない場合もあるが、基本的に自由な職業。それが冒険者だった。賭けるのは自らの命なのだから当然といえるのかもしれないが。
しかし勇者の卵の場合は事情が違う。勇者の卵はギルドからのモンスター討伐依頼を拒否する事が出来ないのだ。
むろんギルドもその実力を明らかに超えた依頼をすることなどはほとんどない。しかし基本的にギルドが依頼するということは、その依頼を受ける冒険者がいない、なにがしかの理由があるのだ。
その中には危険がつきまとう事情が含まれているものが少なくなかった。
そんな依頼を受ければ当然、その結果は……そこまで考えてアレンはギリッと歯を噛み締めた。
「これはまだ依頼にはなっていないぞ」
「かもしれません。でも脅威になるのは間違いないですから」
アレンはさらに言葉を続けようとして、決意を秘めたイセリアのその瞳に小さく息を吐く。これはもうテコでも動かせそうに無い、そのことがわかってしまったのだ。
アレンは軽く頭をかき、そしてイセリアへと手を差し出した。そしてその手をキョトンとした目で見つめるイセリアに言った。
「倒すのは俺がやる。イセリアは見るだけ、それがついてくる条件だ」
「はい。でもネラ様がピンチの時は助けに入りますから」
「いや、それは逃げて……まぁ、いいや」
これ以上言っても堂々巡りになるだけだとアレンがあっさりと諦める。そして機嫌よさそうに笑うイセリアを連れ、ハンギングツリーと遭遇した場所へと走り始めた。
下手に時間をかけてハンギングツリーが遠くに行ってしまっても困るためそれなりの速度で走っているアレンであったが、イセリアは文句も言わずそれに付いてきていた。
その様子にやっぱそれなりにステータスは高そうだよなぁ、とアレンが考える。なにせ以前のアレンであればついてくるのがやっとというくらいの速度を出しているのだから。
昔のアレン以上、つまり中堅以上の実力を持っているということは誇るべきことだ。中堅を超えられる冒険者の数は決して多くない。つまり冒険者の中でも上位の実力者なのだ。
しかしそう考えると、アレンには1つイセリアの発言でわからないことがあった。それは……
「なあ、イセリア」
「はい」
「なぜ、お前は自分を駄目駄目なんて言うんだ。その若さでその強さに至れたのは誇るべきことだと俺は思うぞ」
「……」
率直に聞いてみたアレンだったが、気まずい沈黙が訪れた事に内心やっちまった、と後悔した。
人それぞれに事情があることなど、多くの事情を抱えているアレンには十分すぎるほどわかっているはずなのに。そのことに気づいたアレンが取り繕うように言葉を続ける。
「いや、事情があるなら話さなくても良いからな」
「大丈夫です。踏ん切りはとっくの昔についていますから。私の強さはこれが最大で、これ以上は強くなれないってだけです」
「いやイセリアってまだ20歳くらいだろ。それならもっと上が……」
「私の上限レベルは999。そして私の現在のレベルは999なんです」
「はぁ!?」
その言葉に思わずアレンが足を止める。その上限レベルが聞いたことも無いほど高いというのも驚きだったのだが、それ以上にイセリアのレベルが999である事が信じられなかったのだ。
アレンの見立てではイセリアのステータスは1000程度だ。
実力を隠しているという可能性を考え、そして即座にそれをアレンは自身で否定した。本当にそうならばハンギングツリーに殺されかける事などないはずなのだから。
「それにしちゃあ強さが……」
そこまで言葉を続け、そしてアレンは気づく。ある1つの可能性に。
「レベルアップの罠か」
その呟きのような言葉に、イセリアは首を縦に振った。
「その通りです」
「でも、なんでそんなことに。レベルの上がりにくくなる高レベルになってからならレベルアップの罠を使うのも理解できるが、これじゃあまるで……」
強くなってほしくないみたいだ、そんな言葉を続けようとしたアレンの口元をイセリアが人差し指でふさぐ。
そして目を見張るアレンに向けて、哀愁が含まれた笑みを浮かべながら首を横に振った。
「それ以上は内緒です」
「いや、内緒って」
「底なし沼に突っ込む気がネラ様にあるのなら止めませんけれど?」
ぱっ、と手を離し、無理矢理いたずらっ子のように笑みを浮かべてそう聞いてきたイセリアに、アレンが両手を上げて降参を示す。
これ以上は踏み込んではいけない領域、それをはっきりと示してくれたイセリアの思いをむげにする訳にはいかないからだ。
2人はしばらく見つめあい、そしてお互いに小さく苦笑すると再び走り始めた。
しばらくして2人は元の場所へとたどり着く。戦いの跡がはっきりと残るそこには、幹に穴を開けながらもそびえ立つハンギングツリーの姿があった。
「動かなかったみたいだな。探す手間が省けてラッキーだ」
「はいっ」
チラリとアレンはイセリアを見る。その顔は青く、そして体は細かく震えていた。一度殺されかけた相手なのだ。トラウマになっても不思議ではない。
しかしその瞳はじっとハンギングツリーを捉えていた。もしこの場にアレンがいなければイセリアは単独で再び戦いを挑んだだろう、そんな意思がその瞳からはありありと感じられた。
その姿はアレンにはとても眩しく映った。
(勇者として、か)
イセリアの言葉をアレンが思い出す。強さは別にしても、その心意気は少なくとも勇者として相応しい。そんな事を考えながらアレンは小さく微笑み、そして前へ足を進めた。
「俺の戦い。見守ってくれよ、勇者様」
「はい、ご武運を」
短く言葉を交わし、そしてアレンがその姿をあらわにする。ハンギングツリーに動きは無い。それが余裕によるものなのか、一度攻撃をくらわせたことを警戒しているのかアレンには判断がつかなかった。
しかし先ほど戦った経験から言って負けるとは微塵もアレンは考えていなかった。アレンの攻撃が通用する、その証拠の穴が目の前に開いているのだから。
「さて、戦いを再開しようか?」
そう言ってアレンはくるりとステッキを回してから構え、ピリッとした空気の中、アレンとハンギングツリーの第2ラウンドが始まった。