軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話 イセリアの目覚め

(そういや、考えてみれば前回もイセリアは気を失っていたんだよな。なんかそういう運命でもあるのかねえ?)

そんなことを考えながらアレンは一度大きく息を吐く。そしてゆっくりとイセリアを地面へと降ろし、そしてマジックバッグから取り出したトレントの建材を地面に敷き詰め、そこに毛布を敷くことで簡易的な寝床を造り上げた。

アレンはそこへイセリアを移動させると自身のローブをかけてやる。その途中でイセリアが足を怪我していた事を思い出し、慌ててポーションを用意しようとしたのだがあったはずのその傷は影も形もなかった。

アレンは周囲を警戒しながらイセリアが目を覚ますのを待つことにした。アレンのステータスであればイセリアを抱いたまま1階層へと戻ることなど造作も無いのだが、出入り口で鬼人のダンジョンの二の舞になる事を恐れたのだ。

むしろ鬼人のダンジョンよりはるかに規模が大きく、利用している人数も桁が違うのだからもっと厄介なことになるかもしれない。そんなアレンの予想はおそらく間違っていないだろう。

(しかしあの光、なんだったんだろうな?)

突然イセリアが光を放ち始めた状況を思い出しながらアレンが首をひねる。涙が零れ落ちた次の瞬間に起こったことなのでそれが契機にも思えるのだが、アレン自身の涙には何の効果もないことをアレンは誰よりも知っていた。

そうなるとかぶっている仮面の効果とも思えるのだが、アレンが今まで使ってきた限りそんな効果が仮面にあるとはとても思えなかった。

仮面を見つけた当時、水面に映った仮面をかぶった自身の姿に、せっかく見つけたお宝なのになぜこんな使いづらいデザインなんだ、と思わず涙を流したのだが、その時は何も起こらなかったのだから。

解けない疑問にもやもやとしながらアレンが警戒を続けていると、「うっんー」という声を出しながらイセリアが体を伸ばし始める。そしてぼーっとした表情のまま上半身を起こしたイセリアが、自身にかけられたローブを見つめ、そしてゆっくりと周囲へと視線をめぐらせていった。

そしてその視線はアレンへ向かったところでピタリと止まる。ぼーっとした目をしたままにこりと笑みを浮かべるイセリアに、少し困惑しながらもアレンはその姿を眺め続けた。

しばらくしてイセリアの瞳の焦点がしっかりと定まった瞬間、まるでバネ人形のように飛び上がったイセリアが左右をせわしなく警戒し始める。おそらくハンギングツリーのことを探しているんだろうと察したアレンは、心配するな、と言おうとして、そういえば今はネラの姿をしているんだったと思い直して口を閉じた。

ネラはこれが面倒なんだよな。必要な事なんだけどよ、と内心考えつつアレンはマジックバッグに入っていた黒い石板とそれに文字を書くための白い石を取り出して文字を書き始めた。

『ハンギングツリーならここにはいない。安心しろ』

そう書いて、コンコンと石板を叩いて知らせると、イセリアは胸に手を当てながら大きく息を吐いた。

「ありがとうございます。ネラ様が助けてくださったんですね。あの木の怪物、えっとハンギングツリーから」

そう言ってやわらかく微笑むイセリアの姿にちょっと見とれてしまい反応が遅れながらも、アレンは首を縦に振った。イセリアの少し潤んだ瞳にはネラに対する感謝の念だけでなく、全幅の信頼のようなものまで感じられるほどだった。

(うわっ、これ下手したら勘違いしそうだよな。なんというおっさんキラー)

ドキドキと高鳴る胸をそんな冗談で落ち着けようとしながらアレンは視線を外し、そして再び文字を書いた石板をイセリアへと示す。

『地上へ戻るなら階段まで案内するが』

「そうですね。助けていただいた上にそんなことまでしていただくのは申し訳ないのですが、さすがに今日は帰る事にします。戦いで痛んだ装備のメンテナンスも……ああっ!」

イセリアが悲痛な声を上げる。落ち着いた事で自身が装備していたはずの軽鎧がないことに気づいたのだ。そしてそれを探すように首をせわしなく動かしたイセリアが、自分の背後に落ちていた軽鎧を見つける。アレンが無理矢理に剥ぎ取ったせいで接合部などが歪み、通常通りには使えないだろう事がはっきりとわかるそれを。

呆然としたままそれを眺めているのであろうイセリアの背中を見ながら、アレンは内心焦っていた。

(やっべ。緊急事態だから気にしなかったけど、あれってかなりお高い装備だよな。弁償しろって怒るかな。いやイセリアの感じからして真実を告げれば仕方ないって言ってくれそうな気もするが)

そんな事を考えながら様子を窺っていたアレンだったが、一向に動こうとしないイセリアに不安が高まっていく。

アレンがそろりそろりと移動してこっそり彼女の顔を確認すると、イセリアは顔を歪めながらも声をこらえ、ただ涙を流し続けていた。

その尋常ならざる様子に、ネラとしての立場や賠償をどうしようかなどといったアレンの思考が全て吹き飛ぶ。

ただ装備を失った以上の何かがそこにはあると、ありありとわかったからだ。

「すまん。大事なものだと知らずに心肺蘇生に邪魔だったからって引きちぎっちまった!」

これまでさんざんアレンが弟妹たちに言ってきた、悪いことをしたらすぐに謝る、という教訓を体現したかのような潔さで胸に手を当て、自分のせいだと告白した。

イセリアが顔を上げ、そして涙を溜めた瞳でアレンを見つめる。何を言われるのかと、鼓動を早めながらアレンはじっとその時を待った。

「ネラ様、声が……」

「あっ、やべっ」

思わぬ一言に、アレンが失態に失態を重ねて慌てふためく。その様子がおかしかったのかイセリアはその表情を少しだけ緩め、ふふっと笑った。

「お話しできたんですね」

「あー、まあな。正体を周囲に知られたくなくて声を出してなかっただけだ」

いまさらごまかすわけにもいかず、アレンがお手上げのポーズをしながら首を左右に振る。そしてイセリアの前にどかりと腰を下ろすと、真剣な眼差しで壊れてしまったイセリアの軽鎧を見つめた。

「悪かったな。なにか思い入れのある品だったんだろ」

「はい。とってもご恩のある、私のおじい様のような方から餞別にいただいたものです」

その言葉にアレンが表情を青くする。思い入れの品を壊してしまったということが半分と、見るからに高級品の軽鎧を餞別に送るようなおじい様という人物の背景を考えてしまったせいだ。平民であれば大商人などの裕福な者であろうし、そうでなければ貴族の可能性が高い。どちらにせよ影響力があるだろうことがアレンには容易に想像がついた。

懐かしむように壊れた軽鎧を見ていたイセリアがアレンへと視線を戻し、そしてその尋常ならざる雰囲気ににこりと微笑む。

「大丈夫ですよ。おじい様は優しい方ですし、私の命を救うために必要だったのだから褒められこそすれ、悪いようにはされないと思います。理不尽な事が大嫌いな方でしたから」

「いや、別にそんなことは……ありがたい情報、感謝する」

「感謝するのはこっちのほうですよ」

笑うイセリアにつられて、アレンもやっと笑みを見せた。とは言えネラのマスクをかぶっているためその表情は見えないのだが、それでも雰囲気はイセリアに伝わった。

「直りますかね?」

「腕の良い鍛冶師が知り合いにいるから頼んでみる。ちょっとの間借りても良いか?」

「はい」

提案に嬉しそうにしながら即答したイセリアに向けて、アレンはため息を吐く。そして頭をぽりぽりとかきながら口を開いた。

「いや、イセリアは疑う事を覚えろよ。俺がそのまま持ち逃げする可能性だってあるんだぞ」

「でもネラ様はそんなことしませんよね」

「それはそうだが」

「なら問題ありません」

全幅の信頼を寄せているようなその対応に、アレンが言葉を続けられずに黙り込み、そして再びため息を吐いた。そしてそれとは対照的にイセリアは、軽鎧をアレンが拾いそのままマジックバッグに詰めるのをニコニコと笑いながら眺めていた。

イセリアが立ち上がり、そして体の調子を確かめるように動かしていく。何の支障も無く動く体に安堵の笑みを浮かべるイセリアにアレンは尋ねた。

「じゃあ階段まで送っていく。悪いが俺は少し用があるから、独りでダンジョンを出る事が不安ならそこで待機していてくれ」

「ネラ様の用とは?」

「ああ、ハンギングツリーを吹き飛ばしはしたが、救助を優先したから放置してきちまったんだ。あいつがいると余計な犠牲者がでかねないから先に始末しておきたくてな」

この9階層に来る者など物好きしかいないが、下の階層へと進むために通り抜ける者はいるし、逆に言えば物好きがここに来る事はあるのだ。このまま放置して帰って、犠牲者が出たなんて聞いた日には後悔してもしきれない。そうアレンは考えたのだ。

言葉を聞いていたイセリアが、その表情を真剣なものへと変えている事にアレンが気づく。

「私を連れていってくれませんか?」

「駄目だ。イセリアのステータスじゃああいつには勝てない。悔しいかもしれないが、そういう判断が出来て、気持ちを切り替えられないと良い冒険者には……」

若干説教臭い言葉を続けようとしたアレンだったが、イセリアの真っ直ぐな眼差しに貫かれ言葉を止める。そんなアレンの前でイセリアは目を閉じ、まるで告白でもするかのように頬を赤くしながら目を開いた。

「私、勇者の卵なんです」