作品タイトル不明
第31話 出口を求めて
「こういう階層ってことか」
行き止まりになった通路の壁をぺたぺたと触りながらアレンが顔をしかめる。この場所は普通に直進できる通路だったはずだ。それが通れなくなっているということは……
「通路の壁が変化する階層ってところか? いや、床自体が動いているって可能性もあるな。どっちにしろ地図が意味なくなるって意味じゃあ、あまり変わらないが」
そんなことを言いながらアレンは床に転がって寝そべり、耳を床につけたまましばらく神経を集中させる。
五分ほどそうしていたアレンだったが、ひんやりとした床の感触があっただけで、地面が動く振動や音は全く聞こえなかった。
少なくとも自分がいる付近で床が動いていることはなさそうだと判断したアレンがほっと息を吐く。
「自分のいる位置をいつの間にか勘違いしているってことはなさそうか」
起き上がったアレンが腕組みをしながら考える。
階層の出入り口と現在の自分の位置関係が把握できているのであれば、まだ救いはある。ダンジョン全般について言えることだが、不可避の死というものがないことをアレンは経験からなんとなく理解していた。
もちろん絶体絶命な状況や致死性の罠などには事欠かない。しかしそれでも生き残る可能性は0ではないのだ。
「じゃあ出口を探しますかね」
アレンは立ち上がり、先をふさぐ壁を一瞥するとくるりと方向を変えて歩き出す。
どこかにあるはずの出入り口に続く通路を探すために。
「うーん、思った以上にやっかいだな」
出入り口に続く通路を探し始めて四時間。小休憩を挟みつつ歩き続けたアレンだったが、未だに七十一階層から抜けられないでいた。
幾度かかなり近い位置までたどり着いたりしたのだが、行き止まりだったり、通路が曲がって別方向に進むしかなかったりと脱出することができなかった。
気分転換を兼ねて作った温かい夕食を口にし、ほっとアレンは息を吐く。肉体的な疲労自体はそこまで感じていないのだが、出入り口に近づいては遠ざかるということを繰り返す今の状況は、アレンに精神的な疲労を少しずつではあるが与えていた。
脱出路など本当はないのではないか、そんな疑念がアレンの脳裏に浮かんでくるほどに。
アレンは首を振ってそんな考えを振り切ると、食事をかきこむ。しかし手軽な携帯食料ではなく、保存のあまり利かない食材を使って食事を作ろうとしている時点で、この状況が長期化するかもしれないというアレンの考えを示していた。
アレンは用意周到だ。ネラとしてライラックのダンジョンを探索するのは長くて一週間と決めているが、食料としては一か月分に近い量をマジックバッグに入れて持ってきている。その多くはまずい携帯食料ではあるが、栄養は十分に足りる。
水については魔法があるため心配する必要はない。
少なくとも当面食事で困ると言うことはなさそうだったが、食べれば減るのに変わりはない。それが尽きるまでに脱出しなければ、待っているのは死のみだ。
「ふぅ、弱気になってるな」
ごくりと口の中の食べ物を飲み込み、アレンが苦笑いを浮かべる。
これまでアレンは幾つかのダンジョンを探索してきたし、冒険者たちから他の地域のダンジョンについて話を聞いたこともある。
その中で隠し通路については自分でも知っているし、聞いたこともあったが、通路自体が変化するなどといったことは見たことも聞いたこともなかった。
食事を終え、片づけをすましたアレンは壁に背を預けながら目を閉じる。じっと身動きしなくなったその姿はまるで眠っているように見えた。
しかしアレンは眠るという選択をしなかった。起きていれば目を閉じていたとしてもささいな変化に気づくことができる。しかし本当に眠ってしまえば、その変化に気づかないかもしれない。
もし眠っている間に床が静かに動くようなことがあれば、重大な手がかりである自分の現在位置を見失ってしまう。しかもそれに気づいていないのだから、脱出できる可能性は限りなく0に近づくだろう。
そんなリスクをアレンはとれなかった。
(ははっ、こんな緊張した状態で徹夜するなんていつぶりだ?)
そんな考えに少し笑いながら、アレンは意識を完全に落とさないように注意しながら目を閉じるだけの休息に入ったのだった。
七十一階層の探索二日目。
「うーん、落とした小石の残り方と壁の変化を考えると、床が動いているわけじゃあなさそうだな。完全にそうだとはいえないが、ひとまず安心といったところか。魔法で壁もこわせねえし、地道に探していくしかねえか」
七十一階層の探索三日目。
「ちっ、全力で走ってもやっぱり状況はかわらねえか。壁が変化するところぐらいは見えるかと思ったんだが」
七十一階層の探索四日目。
「この壁さえ開けば、すぐ出入り口なんだ。なんでだ、なんでなんだよ! 変化しない範囲も把握してその範囲外にしたはずなのに、なんでここだけ開かねえんだよ! くそっ」
七十一階層の探索五日目。
床にうなだれるように座り目を閉じていたアレンが、ゆっくりとその目を開く。仮面に隠されて外から見えはしないが、その顔はひどいものだった。
四日連続の徹夜のせいで、腫れぼったい目の下には深いクマが浮かんでいる。決して痩せたわけではないのだが、頬がこけて見えるほどアレンはやつれていた。
のそのそと立ち上がったアレンは魔法で水球を生み出すと、それに顔を突っ込んで意識を多少はっきりとさせる。
少しばかり明瞭になった頭で、アレンが真っ先に考えたのはこのままではマズイということだった。
アレンとて不測の事態に巻き込まれて徹夜した経験は一度や二度ではない。体力的にぎりぎりの状態で、モンスターに脅えながら過ごしたときを、道を見失いさまよい続けたときなどをアレンは覚えている。
それらのときに比べれば、今は体力的には余裕がある。しかし連続して四日の徹夜はアレンの思考力をかつてないほどに奪っていた。
おっくうな仕草でマジックバッグに手を突っ込んだアレンは、携帯食料を取り出してもぐもぐと口に運ぶ。既に味まで考えは及んでおらず、ただ栄養を補給するという意識のみがアレンの体を動かしていた。
(いっそのこと、もう寝ちまうか。あれっ、なんで俺は寝てなかったんだっけ?)
浮かんだ疑問に答えがすぐに浮かばず、アレンは首をかしげてしばらく考える。そしてようやく床が動いている可能性は低いが、万が一を考えて寝ないようにしているという理由を思い出して笑い始めた。
物音一つしない静かなフロアに、アレンの笑い声だけが響く。それはどこか狂気じみたものだったが、アレンの他にその声を聞く者はいない。
ひとしきり笑い終えたアレンが、ふぅーと大きく息を吐く。
「人間って寝ないとこんな感じになるんだな。初めて知ったわ」
再びなぜか笑いそうになるのをこらえ、その代わりにアレンは大きくあくびをすると体をほぐしはじめた。バキバキに固まっていた体がほぐれていくのは心地よく、ゆらゆらとアレンの頭が左右に揺れ始める。
沈み込みそうな意識の中でアレンは左右に頭を振って眠気をとばすと、再び魔法で作った水球に顔を突っ込んだ。
限界、の二文字がアレンの頭に浮かぶ。徹夜で動けるのはよくて今日まで。明日にはまともに考えることさえできなくなっているだろうとアレンは察していた。
眠ってからの方が明らかに動きはよくなるとはわかっているものの、アレンはなぜかそれをする気にはなれなかった。
ゆっくりとアレンは通路を進んでいく。その先にあったのは突き当たりの壁。ここが開きさえすれば出入り口までたどり着けるはずなのだが、そこには昨日と変わらぬ光景があるだけだった。
アレンはしばらくそれをボーっと眺め、静かに笑い始める。そしてそれはいつしか大声になっており、壁に反響した自身の声に増幅されるようにしてアレンの中にあったふつふつとした怒りの炎は、業火のようにもえたぎっていた。
「ふざけんなよ。いきなり消えたり現れたりしやがって」
壁に近づいたアレンが手のひらを差し出す。その先現れた巨大な火球の熱がアレンの肌を焼いていく。しかしアレンはそれを気にした様子もなく、火球を大きくし続けた。
二日目の時点でアレンは魔法で壁を破れないか試している。その結果は失敗。多少は壁を抉ることはできたのだが、溶かした白い壁の奥に現れた黒い壁は魔法では一切傷つかなかったのだ。どれだけアレンが全力で魔法を放とうとも結果は同じだった。
だから今のアレンの行動に意味はない。二日目と同じく失敗に終わるだけだ、ただ魔法を放つだけであれば。
火球を壁に放つ瞬間、アレンは笑った。
思考力が落ちたせいだろうか、なんとなくこれが正解だという直感をアレンは疑いもせずに信じきっていた。
火球が白い壁を溶かし、黒い壁が現れる。そして急速に小さくなっていく火球にアレンはその身を突っ込ませた。
ほんのわずかな時間ではあるが火球はアレンの身を焼き、激痛を与える。しかし今のアレンにはそれさえも気にならなかった。
地面が割れるほどに踏みしめ、その勢いのままにアレンがステッキを黒い壁に振るう。どれだけの火球であってもわずかな変化さえしなかった黒い壁は、ステッキの衝撃によってバラバラに砕け、そしてその背後にあった白い壁を火球の残りが溶かしていった。
壁にぽっかりと開いた穴の先に階段の姿を認めたアレンは、身を躍らせるようにその穴に体をつっこみ、残っていた壁に足を引っ掛けてごろごろと床を転がった。