作品タイトル不明
第32話 帰るべき場所
回転を止めたアレンは床に寝そべったまま首を傾ける。白い天井を写していた視界がゆっくりと動き、七十階層へ続く階段がそこにはあった。
待ちわびたその光景にアレンは笑みを浮かべようとしたのだが……
「いってー!!」
右手に走る激痛に悲鳴をあげた。
多少小さくなっていたとはいえ特大のファイヤーボールに突っ込んだ代償は少なくなく、アレンの全身は火傷を負っていた。特に右手は壁を壊すためにまともにファイヤーボールに触れたため、白い手袋は跡形もなく消えてしまっており、赤い袖も半ばまで焼けてしまっている。
自分の肉の焦げる嫌な匂いと激痛に顔をしかめながら、アレンは動く左手をマジックバッグに突っ込んでポーションを取り出す。そして数本をバシャバシャと右手にふりかけ、続いて二本のポーションを飲み干した。
右手の痛みは嘘のようにひいていき、アレンは天井を見上げたまま大きく息を吐く。そして外見上は元通りに戻った右手に視線を向けるとゆっくりと握り締め動きを確かめた。
「少し違和感はあるが、大丈夫そうだな。さすが最高級のポーション。一本で百万ゼニーするだけのことはある」
両手を上げて差異がないか比べ始めたアレンが、左手にあるポーションの空き瓶に視線をやりながら笑みを浮かべる。
そして底に残っていたわずかなポーションを、もったいないとばかりに飲み干すとその体をゆっくりと起こした。
この高級ポーションはアレンが作ったものではない。そもそもアレンが作るポーションは薬草のみを使用しているので品質は良くとも効果はそれなりなのだ。
とはいえ、ギデオン直伝の製法で作られたアレンのポーションは普通の調薬士が作るそれより頭一つ抜けた効果を発揮するのだが。
アレンが購入して持ち歩いていた高級ポーションは希少な素材を使って作られており、切断された腕さえくっつけることのできるほど効果が高い。
さすがになくなった腕を元通りに戻すことは不可能だが、大概の怪我であれば瞬時に治療できるのだ。危険と隣り合わせの高ランクの冒険者必携の一品といえる。
アレンもネラとして稼ぎだしてすぐ、マジックバッグを購入するのとほぼ同時期に高級ポーションを購入していた。それから劣化する前に疲れたときの気合入れ代わりなどとして使い、また購入するというのを繰り返してここまでやってきていた。
アレンは床に転がった空き瓶を拾うと、マジックバッグに回収していく。自分がポーションを作るときに再利用すればいいや、と考えてのことだったがその途中でふと気づいた。
「まともにこれを使ったのって、考えてみれば初めてだな。というか、ネラになって初めてのまともなダメージが自分自身の魔法って、アホか俺は」
苦笑いをしながら立ち上がったアレンは、ゆっくりと歩き出す。そして求め続けた七十階層に続く階段を上っていったのだった。
たどり着いた五十階層のエルフたちが管理する小屋でアレンは泥のように深い眠りについた。
本当ならば闘技場の控え室などですぐにでも眠りにつきたいところだったのだが、今眠ってしまえば完全に無防備になってしまうと考えたアレンは、無理をおして安全の確保されたここまで戻ってきたのだ。
ボロボロのネラの姿に、なにごとかと驚くエルフたちを尻目にアレンは奥に用意された自室へとこもり丸一日以上目を覚まさなかった。
もし悪意をもった者がここにいれば、容易に近づき危害を加えることもできるほどアレンは疲れきっていた。幸いにもエルフたちは約束を守り、部屋に入るどころか覗き見ることもしなかったところを見ると、アレンの判断は間違っていなかったといえる。
目を覚ましたアレンは、エルフが用意してくれた食事を勢いよくかきこんだ。久しぶりの味を感じる食事に、アレンの瞳は少し潤んでいた。
そしてエルフたちに最大限の感謝を書いて伝えると、アレンは小屋を飛び出して出口に向かって走り始める。
他の冒険者の邪魔にならないように気をつけながらアレンはダンジョンを疾走し、五十階層から一日とかからずにダンジョンを抜け出した。
そのまま走ってライラックに向かったアレンは、昼過ぎの冒険者が少ないギルドで軽く報告だけを済ますと身を隠し、アレンとして急ぎ足で街を歩く。
見慣れた屋敷の姿が目に入った瞬間、アレンは走り出していた。そして門を開けると、庭の花壇の花々に水をやっているレックスの姿と、それを後ろで優しく見守るマチルダの姿を見つけた。
門が開いた音に気づき、二人がアレンの方を向く。
「とーさま!」
「あらっ、アレン。ちょっと遅かったわね。なにかあったの?」
嬉しそうに手に持った小さなバケツをぶんぶんと振るレックスと、優しい笑みを向けてくるマチルダにアレンは駆け寄り、膝をついてレックスを抱き上げると、そのままマチルダを優しく抱きしめた。
突然アレンに抱きしめられ驚いた二人だったが、そのまま何も言わずアレンを抱きしめかえす。少しだけ震えるアレンの体が、少しでも早く温まるように願って。
家に戻ったアレンは一度しっかりと汗を流すと、夕方になるまでレックスと遊び倒し、家族で仲良く夕食を食べ、一緒にお風呂に入るなどにぎやかに過ごした。
普段もアレンは家族の触れ合いが多いたちではあったが、明らかにいつも以上にかまうその姿に、メイドのコルネリアも、その祖母のルトリシアもなにかあったのだろうと気づいていたがあえて何も聞こうとはしなかった。
夜になり、アレンたち家族が寝室に入り、コルネリアとルトリシアは挨拶をし、いつものように屋敷を辞そうとした。
そんな彼女らにアレンは声をかける。
「コルネリア、ルーばあさん。これまで本当に世話になった。二人がいてくれたおかげで俺は安心して色々と動くことができた。本当にありがとう」
「メイドが主人に尽くすのは当然のことでございます」
楚々としたしぐさでコルネリアが礼をして返す。しかしその尻尾はわずかではあるが嬉しげに揺れており、それを横目にしたルトリシアがわずかに苦笑を浮かべる。
また後で説教かな、などとアレンは考え、手加減してやれよ、と視線だけでルトリシアに伝える。ルトリシアが微笑を浮かべながら小さくうなずいたのを確認し、アレンは言葉を続けた。
「二人のことは信用しているし、信頼している。メイドとして、ではなく人としてな。だから二人に俺の秘密を打ち明けようと思う。ただコルネリアはまだまだ若い。未来のためには聞かない方がいいかもしれない、そんな秘密なんだ。だから聞くか聞かないか選んで欲しい。どちらの選択をしても扱いを変えるようなことはしないから安心してくれ」
反射的に返事をしそうなコルネリアを手で制し、アレンがコルネリアを、そしてルトリシアを見つめる。その真剣な表情は、その言葉が真実であると示していた。
深刻そうな空気になりかけたが、マチルダが笑いながら口を開いてそれを打ち消す。
「二人ともアレンに秘密があることは察していたでしょ」
「「はい」」
「ルトリシアはおおよその見当がついているんじゃない?」
「知るべきことのみを知り、知るべきでないことを知らぬのがメイドでございます」
「つまりメイドでないあなたは知っているということかしら?」
マチルダの問いにルトリシアが微笑んで返す。余裕のあるその表情は全てを見透かしているようだった。
まあメイドとして色々経験してきたルトリシアがこれだけ長く一緒にいれば気づくか、とアレンは苦笑いする。
「ルーばあさんは、コルネリアの相談に乗ってやってくれ」
「かしこまりました」
「というわけで二人には明日休みを与える。俺たちの世話はいいから好きに過ごしてくれ」
そういってアレンは二人にそれぞれ金貨を握らせ、目を丸くするコルネリアの姿に笑いながら部屋から追い出したのだった。