軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 未踏の階層へ

心からの家族団らんの日々を楽しみつつ、アレンはネラとして真剣にダンジョン探索を続けていた。

ゾマルが日々開発に励んでいる罠を自動解除する道具のテストもあったし、どんなモンスターが出てくるかわからない闘技場での戦いが、とっさの判断が遅いという自分の弱点を克服する訓練になると考えたことも一因ではあった。

しかし最も大きな理由は……

「ないとは思うが、もしも今度の子も勇者の卵だったら困るしな」

闘技場の壁に背を預けて座り、紙に走らせていたペンを止めてアレンが天を見上げる。雲ひとつ無い偽物の青空は澄み渡っており、アレンは思わず苦笑を漏らした。

マチルダに妊娠したかもしれないと告げられて、はや1か月。

少しずつではあるがマチルダのお腹はおおきくなってきており、つい先日、レックスの出産のときに世話になった産婆に見せたところ、妊娠していると診断されていた。

子宝に恵まれる、それ自体は喜ばしいことだ。診断によって妊娠が確定したとき、アレンももちろん喜んだ。しかしそれと同時にふと頭に不安がよぎってしまった。

二人続けて勇者の卵が産まれたなどという話をアレンは今まで聞いたことはない。そもそもライラックのような大都市でさえ、数年に一人産まれるかどうかというくらいまれなことなのだ。二人続けて勇者の卵として産まれるなど奇跡のような確率である。

しかしレベルダウンとレベルアップの罠を利用して人並みはずれたステータスを手に入れてから、どうにも妙なことに巻き込まれがちであることを自覚しているアレンには、それをありえないと笑い飛ばすことはできなかった。

(備えるだけ備えておくしかないんだよな、結局)

そんなことを考えながらアレンは先ほど戦った、廃都市にいたゴーレムに酷似した鈍色のゴーレムのスケッチを再開し、ある程度満足のいくものを描きあげると、それをマジックバッグにしまって立ち上がる。

尻についた砂をパンパンと叩き落とし、アレンは闘技場の対面に見える通路へ視線を向けた。

「じゃあ、行くか」

愛する二人目の子どもの将来を少しでも安心できるものにするために、アレンは今まで足を踏み入れたことのなかった七十一階層に向かって歩き出した。

ライラックのダンジョンは、はるか昔に攻略されており、その時の最下層は七十階層だったと伝わっている。

その後に幾度かのダンジョンの改変が起こっているため、アレンが進んできた階層も情報がないという意味では未踏の階層ではあったが、七十一階層は本当の意味で前人未到の領域だ。

新たに生まれたダンジョンであるドゥラレで同じ経験をしているとはいえ、これまでの癖の強いライラックの深階層の様子を考えるとどんな階層が待ち受けているのか、とアレンは戦々恐々としていた。

しかし七十一階層に降り立ったアレンの目に映ったのは、つるつるとした白い壁に囲まれた小部屋と、奥に続く同じく白い通路だった。

モンスターの姿は現状確認はできず、罠も見当たらない。

通路はそれなりの明るさが確保され、人が4人横に並んで歩けるほどの広さがあり、高さも三メートル近くある。一人で戦うのであれば十分すぎるほどの広さだ。

「なんか思ったより普通だな」

周囲を注意深く確認しながらアレンが白い壁に軽く触れる。まるで凹凸のないつるりとした感触はどこか異様で、触った指を怪訝そうにアレンは見つめる。

「壁自体が毒みたいなことはなさそうだが……うーん」

少しの間、首をひねって考えていたアレンだが、このままこの場にいても意味がないと思い直し慎重に通路を歩き始める。

七十階層の闘技場のモンスターでさえ、まだアレンは余力を十分に残したまま戦えている。闘技場のように階層に一体だけ、いわばボス扱いのモンスターの強さは、近隣の普通のモンスターに比べて別格だ。それを考えれば、七十一階層の通路などに現れるモンスターにアレンが遅れをとることはないだろう。

しかしアレンは決して先を急ごうとはしなかった。

慎重に、地図をときおり描きながらアレンは進んで行く。そうして進む中で、少しずつではあるがこの階層の厄介さにアレンは気づいた。

「特徴がなさすぎる」

直線的に延びていく通路。直角に交わる分かれ道。全く変わり映えのしない白い壁が延々と続き、油断すれば何度も同じ場所を通っているような、同じところをぐるぐると回っているだけのような、そんな錯覚に陥りそうになるのだ。

「こりゃあ、地図持ってても迷う奴が出そうだな。本当に自分の現在位置を見失えば帰ることも進むこともできずにおしまい、ってか」

どんなに強い冒険者であっても空腹には勝てない。食料が尽きれば体力は削られていき、その先に待つのは死だ。

食料となるモンスターでもいれば話は変わってくるのだろうが、既に二時間ほど探索してきたのにアレンは一度もモンスターに出会っていない。きっといないか、いたとしても食料にはならないモンスターなんだろうな、とアレンはなんとなく考えていた。

そんな地味にやっかいな階層ではあったが、アレンにとってそれはほとんど意味を成さない。並外れたステータスによる鋭い感覚と、地図を作成しながら探索してきたこれまでの経験により、自分が今どの場所にいるか手に取るようにわかるからだ。

それから一時間ほど探索したアレンは少し遅めの昼食として、まずい携帯食料をかじりながら地図を眺める。入り口からなるべく真っ直ぐに進んできたアレンだったが、まだまだ通路は先に続いていた。

交わった通路は既に八十を超えており、全ての通路を探索するとなれば膨大な時間が必要になるだろうことは明らかだった。

「うーん、地道に範囲を広げていくしかないな。罠もモンスターも出ないから気は楽だし」

咀嚼をし、たまに水を飲みながらアレンは周囲をこっそりと観察し続ける。隙をさらせばなにかしら起こるかもしれないと考えて、あえて地図に集中しながら食事しているように見せていたが、なにも起こりはしなかった。

口の中に残っていた携帯食料をごくりと飲み込み、アレンは眺めていた地図をマジックバッグにしまう。

「さて今日はこれぐらいで戻るか」

一度先へと視線をやり、くるりと方向を変えてアレンが来た道を戻り始める。やろうと思えば通路で野営しながら進むこともできるのだが、なぜかアレンはその気にはなれなかった。

そもそも今日は雰囲気を掴むために探索をしたのだ。本格的に七十一階層の探索を始めればそうせざるを得なくなるだろうが、今日のところは七十階層の闘技場の控え室に戻って休もうとアレンは考えていた。

しばらくの間、すいすいとアレンは通路を進んでいく。一応注意はしているが、一度通った道であり罠がないことは確認している。

思ったよりも早く戻れるかもな、などとアレンはのん気に考えていたのだが、突然その歩みが止まった。

アレンが左右に視線をやる。相変わらずの特徴のない白い壁が真っ直ぐに続いており、右に曲がる通路が直角に交わっている。

アレンは首をひねるとマジックバッグから地図を取り出し、自分の現在位置を確認する。そこには右に曲がる通路が交わっている様子が描かれていた。ただそれは、入り口から見た場合にという注釈がつくが。

「どういうことだ?」

アレンは紙に地図を描いてきたが、同時に頭でも地図を記憶している。自分の位置を間違えているということはありえないし、そもそも地図を間違えて描いたということも考えられなかった。

嫌な予感を覚えつつアレンがそのまま真っ直ぐ進んで行くと、その先に待っていたのは先を白い壁でふさがれた通路の行き止まりだった。