軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話 穏やかに過ごす日々

二人目の子どもができたかもしれないとマチルダに知らされた翌日、アレンたちは家族三人でアレンがマチルダにプロポーズした思い出の場所である『木漏れ日の庭』にランチをしに出かけた。

アレンに肩車されたレックスは興味深げに街並みや人々を眺め、キョロキョロと視線を行き来させている。

「かーさま、あそこは?」

「あれは魔道具の専門店ね。魔石を使うことで普通の人にも魔法のような効果が得られる道具を売っている店よ。家にもいくつかあるでしょ?」

「うん、あかりのやつとかだよね。へー」

レックスが指差した店は、ライラックの魔道具店の中でも比較的大きいところだ。貴族御用達とまではいかないが高級店には変わりはなく、その品揃えと品質の高さから大規模な商店や高ランクの冒険者などがよく利用していた。

「うちにある魔道具の一部もあそこで買ったやつだな。レックスは魔道具にも興味があるのか?」

「うん、なんかふしぎ。どうやってうごくんだろうって」

「魔道具の中には魔法回路が刻まれているんだ。そこに魔石に溜まった魔力が流れることで効果が発揮される。ジーン叔父さんがいる学術都市国家キュリオでは、その魔法回路だけを研究する人たちもいるんだぞ」

「そーなんだ。とーさまは、ものしりだね」

レックスの感心した様子にアレンは顔をにやけさせ、そんな二人の姿を見ながら隣を歩いていたマチルダが微笑む。

通りを歩く三人の姿は、幸せな理想の家族そのものだった。

『木漏れ日の庭』にて楽しいランチをとり、いくつかの雑貨店や製菓店を回ったアレンたちは冒険者ギルドに向かった。

昼過ぎという中途半端な時間なせいか冒険者たちの姿はほとんどそこにはなく、依頼窓口で商人が話しているくらいでのんびりとした空気が漂っていた。

そこに入ってきたアレンたちに視線が集まるのは当然であり、依頼の掲示板を整理していた一人の受付嬢がマチルダの姿を認めて嬉しそうに駆け寄ってくる。

「お久しぶりです、マチルダ先輩」

「久しぶり、ユーニス。たいぶ仕事には慣れたみたいね」

「はい、先輩のご指導のたまものです」

「私が教えたのはほんの少しよ。皆の指導と、ユーニス自身が頑張った成果ね。はい、そんな頑張ったあなたたちに差し入れ。休憩時間にでも食べてね」

先ほど買ってきたお菓子の入った袋をマチルダがユーニスに手渡す。漂う甘い香りに頬を緩ませていたユーニスだったが、はっ、と正気に戻るとぺこりと頭を下げてお礼を言い、マチルダがそれに笑って応える。

二人が歓談する様子を少し離れたところで眺めていたアレンだったが、くいくいっと手を引かれて視線を下げる。

先ほどまでは初めての冒険者ギルドに行くんだとはしゃいでいたレックスが不思議そうな顔でアレンを見上げていた。

「とーさま、ぼうけんしゃがいない」

「ああ。ギルドが忙しいのは朝と夕方だからな。昼はみんな仕事をこなしてるからギルドにはあんまりいないんだ。レックスは冒険者が見たかったのか?」

「うん」

しゅん、と気落ちした様子のレックスの姿にアレンが微笑む。

まだ2歳にもならないというのに、レックスはほとんどわがままを言ったりしない。

レックスを助けるために必死にアレンが動いていたことを、その生来の頭の良さから理解してしまっていたからではないかとアレンは考えているが、だだをこねて困らせるようなことを今までしてこなかったのだ。

そんなレックスがほんのわずかにではあるが、わがままの片鱗を見せてくれたことがアレンには嬉しかった。

「じゃあ今度は冒険者のいる時間帯に来てみるか。とは言っても仕事の邪魔は駄目だから眺めるだけだけどな」

「うん、ありがとー、とーさま」

二人がそんな約束を交わしていたとき、近づいてくる気配を感じたアレンが顔を上げる。そこにはギルドにいた半数近くの受付嬢がこちらを眺めており、興味津々といった様子でレックスに視線を向けていた。

「あの、アレンさん。その子がアレンさんとマチルダ先輩の……」

「ああ。レックス、挨拶できるか?」

「うん」

たくさんの視線にさらされたせいか、アレンの体に少し隠れるようにして覗いていたレックスが、アレンに促されて前に進み出る。

「レックスです。もうすぐ2さいになります。とーさまと、かーさまが、いつもおせわになっています」

「キャー、なにこの子。可愛い」

しっかりと挨拶をし、ぺこりと頭を下げたレックスの可愛らしい姿に、受付嬢の一人がレックスを抱き上げる。

ぎゅーっと抱きしめられ困惑するレックスを、周りにいた受付嬢たちが代わる代わる抱き上げ、「かるーい」「ちっちゃいね」「あっ、口元はマチルダ先輩似かも」などとかしましく騒ぎ始めた。

拒否することもできず、困惑しながらキョロキョロと視線をめぐらせていたレックスがアレンを見つめる。

それが助けを求めるものであるとは知りつつも、アレンは手を軽く振って頑張れと伝えるのみで済ませた。若干レックスの視線が冷たくなったような気がしたアレンだったが、仕方ないと自分を納得させる。

どんなに強かろうと、男の冒険者には手を出してはいけない場所があるのだから。

結局レックスは、他の受付嬢たちと話していたマチルダによって救い出され、それから程なく忙しくなる前にということでアレンたちは冒険者ギルドをあとにした。

まだまだ夕方ともいえないほどに早い時間で、予定ではもう少し店でも巡ろうかと考えていたのだが、三人は既に屋敷に向かっていた。

ギルドで構われすぎたせいで、レックスが疲れてしまったからだ。

「とーさま、きらいです」

マチルダに抱かれたレックスが、ぷいっとアレンから顔を背ける。初めて言われた「きらい」という言葉だったが、その様子があまりに可愛すぎてアレンは顔がにやけるのを止められなかった。

とはいえこのまま本当に嫌われては立ち直れなくなることうけあいなので、すかさずアレンは口を開く。

「冒険者にとって受付嬢は大事な存在なんだ。自分の実力だけで仕事をこなしていると勘違いしている馬鹿な奴等もいるが、彼女たちがいてくれるから俺たちは面倒な手続きなんかをしなくて済んでいる。かーさまも、受付嬢だしな」

「もう二年も離れているし、最近は裏方みたいなものだったけどね」

「それも大事な役目だろ。そうそう、受付嬢時代のかーさまはすごかったんだぞ。可愛くて仕事も出来るから、冒険者たちに大人気だったんだ」

アレンの褒め言葉に、まんざらでもなさそうにマチルダが微笑む。昔の二人の話に興味があるのか、レックスがアレンの方に顔を向けた。その顔は少し不服そうなものだったが。

アレンとマチルダが昔話に花を咲かせる。楽しそうな二人の雰囲気にあてられたのか、レックスも次第に機嫌を直し、アレンの失敗談を聞いてやっと笑顔を見せた。

「やっと笑ってくれたか」

「きらいっていって、ごめんなさい。とーさま、たすけてくれなかったから、それがいやで」

「それについては俺も悪かった」

お互いに謝りあい、アレンがレックスの頭を撫でる。くすぐったそうに笑うその姿にアレンは安堵した。だからこそ口が軽くなってしまったのかもしれない。

「でもレックス。お前、途中から楽しんでただろ。たしかに可愛い受付嬢たちに囲まれてちやほやされるなんて、そうそうできる体験じゃないしな」

「たしかに、うれしくないわけじゃないよ。シアーラさんのおむね、おっきくて、やわらかくて、ふわふわだったし」

「あー、たしかにシアーラは大きいな。そっかー、レックスは胸の大きい女の人が好きなのか」

「いや、あの、その。……うん」

恥ずかしそうにもじもじしながらも素直にうなずいたレックスの態度に、アレンがとろけんばかりの笑みを浮かべる。しかしそれは長くは続かなかった。

「へぇ、アレンもそうなのかしら?」

冷えたマチルダの言葉に、アレンが表情を凍りつかせる。目の前で固まるレックスと、自分が同じような顔をしているんだろうな、と頭のどこかで考えながら、アレンは視線をゆっくりと動かしてマチルダを見た。

マチルダは笑っていた。しかしアレンを写すその瞳だけは冷えたままであったが。

「俺は、マチルダの胸が一番好きだぞ」

「……馬鹿」

ぎこちなく答えたアレンに、マチルダは呆れたように笑いながら体をぶつけたのだった。